異世界からの誘拐犯は裁けない

第十一話 勇者と軍師と魔法少女


 会談。

 百合の国と縫いの国で何度か交わされた書状の結果、両国の主要人物を集めての会談が行われることになった。場所は、平原。隣り合う二つの国が幾度も戦いを繰り広げた、あの平原だった。

 交わした書状で判明したのは、以下の三点。隣国も和平については考えていたこと。しかし、和平を強く望んではいないこと。だが、冷静に話し合う意思はあること。

 平原に集まったのは、百合の国からは、アスカ王、フィーリー、ココット、メイシア、ハイリエッタ、リリ、ローゼの七人。縫いの国からは、勇者ヴィクセン、軍師ドックス、魔法少女ユイの三人。互いに武器や兵器は持たず、平和的に話をする。椅子や敷物などはそれぞれの国から持ってきたもので、念のために検分も行われた。

 もっとも、魔法のあるこの世界。その気になれば、武器がなくとも戦闘行為に及ぶことは可能だが、不意打ちを仕掛けるような意思も理由も、両国にはなかった。

「みなさん、今日は集まってくれて感謝します。早速ですが、アスカ王」

 場を仕切るのは、メイドリーダーのリルカ・フィーリー。リーダーという立場なだけあってか、こういう場には慣れているようだった。

「ああ。大体の事情は書状でも伝えたと思うが、百合の国と縫いの国の、和平についての話し合いをしたい」

「確認するけど、休戦や停戦ではなく、君が求めるのは終戦による和平なんだね?」

「そうだ」

 隣国の軍師、ウィンリー・ドックスの質問に明日花ははっきり答える。

「ふむ。とりあえず、僕たちの意思を伝えておこうか。ヴィクセン」

 黒トリのドックスに呼ばれた白ネコの勇者――レンドバーグ・ヴィクセンが、一歩前に歩み出て声を発する。

「くだらんな。今すぐに戦いをやめての和平など、私は認めん」

「僕としては、賛成してもいいんだけどね。彼女のおかげで今までの戦いでも被害は少ないし、国民感情も心配はないよ。でもね、僕たちの国を動かしているのは、僕やヴィクセンなんだ」

「その通りだ。そちらのハイリエッタも、和平を認めてはいないのだろう?」

「まあね。私はスポーツなんてする気はないから。でも、ドックスが思ったよりもやる気がなさそうだから、どうしようかなって」

「ヴィクセン。交渉する余地はないか?」

「ふん。ならば、目的を話してもらおう。アスカよ、我らが救世主と同じく、貴様が王になったのはつい最近と聞く。いきなりの和平、何を望んでのことだ?」

「それは……」

 明日花は勇者の質問に、どう答えるべきかと考える。夕衣に告白するため、などとは本人の前ではさすがに言えない。

「自分の望みを叶えるため。それだけだ。百合の国にも、縫いの国にも、迷惑をかけるつもりはない」

「理由は話せぬが、企みはない……それを、信じろと言うのだな?」

「ああ。どうしても、ここでは言えない事情があるんだ」

「ふふ、大変ですね、アスカ王」

 全ての事情を知っているフィーリーが、楽しそうな声で言った。この場に似つかわしくない声に、場にいる者の視線が集まる。

「事実、ではあるようだな。演技でなければの話だが」

「どうだい、ヴィクセン?」

「まあ、いいだろう。私もその話、考えてやってもいい」

「ありがとう。ヴィクセン、ドックス。それと……あー」

 フォローしてくれたのはフィーリーだが、なんとなく素直に感謝の言葉は伝えたくなかった。が、交渉を円滑に進めるには必要だろうと、明日花は彼女にも感謝を伝える。

「フィーリーも、な」

「どういたしまして、と言いたいところですが……アスカ王、お気付きですよね?」

「……ああ」

 とりあえず、二人の承諾は得られた。おそらくこれで、ハイリエッタも和平を認めてくれる可能性が高いだろう。が、説得するべき人物が、まだ一人残っていた。

「夕衣は、どうだ?」

 その人物――幼馴染みの想い人の名を呼び、明日花は尋ねる。

「和平を結んだら、私、魔法少女として活躍できなくなるよね」

「そう、なるかな」

「そのためにこの世界に来たのに?」

「競技じゃだめか?」

「だめじゃないけど、なんかやだ。明日花ならわかるよね、この気持ち」

「うん。よくわかってるつもりだ」

 明日花の顔をじっと見つめて、夕衣が言葉を続けていく。彼女がどれほど魔法少女に憧れていたのか、明日花もそれはよく知っている。

「代理戦争だって、戦争だよね? そんな名ばかりの和平で、明日花は何がしたいの?」

「えっと、それは、だな」

 夕衣に告白したいからだ、とはやはり言えない。二人の会話を邪魔する者は誰もいないが、ここで想いを伝えるには空気が悪すぎる。

「あの」

 言葉を待つ夕衣に、明日花が何も言えないまま数十秒が過ぎた頃、少女の声が響いた。

「競技がだめなら、お祭りではだめ……ですか?」

 声を発したのは、淫魔――アルマリノ・ローゼだった。

「和平を結んだ友好国同士が、親睦を深めるためのお祭り。ふふ、確かに、それなら代理戦争でもなんでもないね?」

 それに同調したのは、天使――ソラソノ・リリ。

「お祭り、楽しいよねー」

「ええ。アスカさん、ユイさん、どうでしょうか?」

 サマリエル・メイシアとハルナート・ココット。二人のメイドも続く。フィーリーは仕切り役として黙っていたが、顔には微笑みを浮かべていた。

「私も祭りは嫌いではないが、ドックス」

「悪くないね。お祭りにしてはちょっと激しすぎる気もするけど」

 隣国の勇者と軍師も、ローゼの提案に好意的な態度を示す。

「お祭り、か」

「お祭り、ね」

 明日花と夕衣の声が重なる。二人は互いの顔を見て、小さく笑みを浮かべ合った。

「どうだ、夕衣? 結局は言葉の違いでしかないと思うけど……」

「そう、だよね。でも、印象はいいよね。何より私も魔法少女として活躍できる。和平を結んだ救世主――うん、いい響き!」

「アスカ王の名も世界に知れ渡りますね。良かったじゃないですか」

「いや、それはどうでもいいんだけど……」

 明日花は困った顔で、フィーリーに言葉を返す。自分の目的はあくまでも、夕衣に告白するための環境を作ること。名を知れ渡らせることなど望んではいない。

「お祭り? アスカお兄ちゃん、テンション上がって、ついついやりすぎちゃっても怒られない?」

「ハイリエッタ、それ冗談だよな?」

「でも、お祭りなら、普段よりお金を使ってもいいんだよね?」

「それは、どうなんだ?」

 明日花は内政担当のココットに尋ねる。財政を管理するのは彼女の仕事だ。

「ええと、そうですね……多少なら。お祭りとなれば、国の経済も活性化すると思いますし、その代わり」

「わかってる。魅せる戦いをして、お祭りを盛り上げればいいんでしょ?」

「それなら私にも任せてよ! 魔法少女は可愛く魅せてこそだからね。実用的じゃなさすぎて、今までドックスに却下されてた魔法はいっぱいあるんだから!」

「話がわかる。さすが魔法少女。相談、しておこうか?」

 夕衣が頷いて、二人は少し離れたところに行き、身振り、手振りを加えながら小声で会話をしていた。

「僕はそういうの得意じゃないけど、普段通りでいいかな?」

「ドックスはそれでいいだろう。魅せるだけでは、単調になるだけだ」

「了解。あ、でも、アスカくん?」

「なんだ?」

 真面目な会談とは思えないような、和やかで明るい雰囲気。その中で、ふと思い出したように、ドックスが明日花の名を呼んだ。

「君も何となくわかってるとは思うけど……」

「和平を結ぶかどうかは、お祭りの結果次第、ってことか?」

 明日花は彼の言いたいことを読んで、自分の声ではっきり口にする。

「ああ、その通り。国の関係を変える大事なことだ。さすがに、この場のノリだけで決めるわけにはいかないからね」

「それでも、ありがたいよ。ただ呼び名を変えただけ、なんて言わせないつもりだ」

「目的のために、かい?」

「ああ。それを果たすために、俺はここにいるんだからな」

「本気みたいだね。立場上、気安く応援はできないけれど、僕たちの国と君たちの国。長年変わらなかった関係を、動かそうとしてくれたことには感謝しておくよ」

「ふ、そうだな。私からも感謝をしよう。さすがは我らが救世主の幼馴染み、といったところか」

 それだけ言うと、二人は何事かを話し始めた。おそらくお祭りについての、色々な話をしているのだろう。彼らにも彼らの理由と目的があって、夕衣をこの世界に呼んだ。明日花はそれを僅かではあるが理解して、自分の国のメイドリーダーとは大違いだなと苦笑する。

 その当人は、苦笑する明日花を見つめながら微笑んでいた。明日花が視線に気付くのを見計らって、彼女は言葉を口にする。

「アスカ王が何を考えていたのかは問いませんが、私としてはそのまま怒りに燃えてもらえると最高ですね。それはそうと、アスカ王。これからは大変ですよ? 今までのお祭りと違い、国民に任せられる部分は限られています。覚悟はよろしいですね?」

「ああ。もちろんだ」

 明日花は大きく頷いて、自分の意思をフィーリーに伝える。全ては大好きな夕衣に告白するため。そのための努力を惜しむ気など、今の明日花にはこれっぽっちもなかった。

 こうして無事に会談は終わり、件のお祭りは準備に余裕を持たせて、十日後に開催されることになった。場所は当然、今日と同じ。百合の国の西、縫いの国の東。両国の中間に位置する、いつもの平原である。


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