北は凍えて四季の花

後日譚 皐月から水無月へ


 六月最初の連休を終えた日、旧校舎前の広場。放課後のこと。陸道四伝と南城稲穂は、フラグメント・ウェポンの新たな武器を狼四季花に披露されていた。

「お兄ちゃん、これってどうしたらいいと思う?」

 四季花の右手に握られているのは、矢。一本の、矢である。

「どうしたらって、それが武器なのか?」

「一途型の特徴通りだね」

「そもそも、四季花の一途な方の武器も、まだ見せてもらったことがない」

 四伝が、四季花がフラグメント・ウェポンから武器を生み出すのを見たのは、これが初めてである。

「あ、これ? だって見せても面白くないし……」

 矢を消して、新たに生み出されたのは長剣。四季花の一途型は、長剣に一途なのだ。

「身を守るには十分だよ。しっかり練習さえすればね」

「けど私、通信と指揮が優先だから。まだ全然使えないの。だから、そのときに見せればいいでしょ? って思って」

 四季花の笑顔に、四伝は苦笑する。確かにその通りだが、その状態で先の戦いに臨んでいたのかと思うと、自分よりも遥かに強い護衛がいたとはいえ驚くものだ。もし、先輩たちが引き受けてくれなかったら、一番危険だったのは四季花かもしれない。

 彼らがそんな会話をしているところに、一人の少女が旧校舎前にやってきた。

「やあ、面白そうなことをやっているね。ボクにも見せてもらえるかい?」

「あ、アルベガちゃん。あの日以来だね」

 雪羊高校の制服を着た少女。擬人――オータムの少女。アルベガは堂々と湖囲高校の敷地を抜けて、旧校舎の前にやって来ていた。

「ああ、そうだね。ボクも学業に忙しくてね、放課後に来るのは難しかったのさ」

「私たちも、これからのことで色々とね。主にアルベガちゃんのせいで」

「はは、酷いな。でも、それなら朗報を持ってこれたかもしれないよ」

 和やかに会話をする二人の様子に、四伝たちも警戒はしない。ただ、他校の生徒がわざわざ放課後にやってきたことに、何をしに来たのかは気になっていた。

 稲穂が首を傾げていると、質問が声になる前にアルベガは、ほんわか笑顔で、

「稲穂。ボクもイリスに協力したいんだ」

 ふんわり優しく、そう言った。

「うん。いいよ」

 四伝と四季花が驚きに言葉を失う中、稲穂はあっさりとその申し出を承諾した。

「……迷わないんだね」

 さすがにその反応はアルベガにも予想以上だったらしく、答えが少し遅れる。

「『タギ』ならともかく、イリスの決定権は私にあるから。それに……」

「それに?」

 今度は遅れることなく、アルベガは尋ね返す。

「アルベガちゃんとは、仲良くしていたいしね」

 稲穂は柔らかく微笑んで、答えた。単純な理由。明快な一言。

「稲穂さんが決めたなら、俺も異存はないよ」

「私も、お兄ちゃんと稲穂さんがいいなら」

 四伝と四季花にも迎えられて、この場にいるイリスの面々はアルベガを受け入れた。東雲私立学園にいる小麦も、きっと伝えれば受け入れてくれる。

 しかし、イリスの面々以外は少し違い……旧校舎から出てきた二人の先輩は、やや困った顔で楽しそうにする後輩たちを見ていた。

「南城稲穂。あなたの気持ちは尊重するけれど、あまり派手には動かないようにお願いするわ。私も今の立場では、あなたを助けるにも限度があるの」

「あたしは別にそういうのはないけど、アルベガ――あの日逃がしたオータムなら、一度あたしとも一騎討ちをしてもらいたいね」

 二人の言葉に、アルベガは小さく笑って口を開いた。

「はは、だそうだよ。ボクもできることには限りがあるし、自重させてもらうよ。それから、一騎討ちは遠慮したいね。一文字珊瑚さん、君の強さはよく知っているからね。せめて、素手の勝負でお願いするよ」

 こうしてアルベガは断ったつもりだったが、珊瑚の答えは予想外のものだった。

「あはは、じゃ、それで。素手でやろうか。擬人に打撃は効かないけど、極め技で動きを封じられればあたしの勝ち。明快だ」

「……困ったものだね。でも、ボクからの提案だ、二言はないよ」

 アルベガは苦笑したものの、断ることはなかった。その条件なら、珊瑚を相手にも十分に戦えるのだから、一騎討ちは自分を鍛えるのにも繋がる。

「そういえば、涼乃先輩」

 今日も扇を左手に、扇いだ風を顔にそよがせている涼乃。出会った日からよく見る光景を今日も見ながら、四伝は彼女に声をかけた。

「先輩のフラグメント・ウェポンって、どんな武器なんですか?」

「あら……陸道四伝、あなたにも見せているでしょう?」

「見せて?」

 四伝が疑問を口にすると、涼乃は静かな笑みを浮かべて四季花を見た。

「狼四季花。あなたのさっきの矢、全力で私に投げてみなさい」

「全力で? いいんですか?」

「ええ。大丈夫」

 表情一つ変えずに答える様子を見て、四季花は言われた通りにさっきの矢を生み出して、全力で涼乃に投げつける。もちろんしっかりと、鏃が前方になるように、狙い澄まして。弓がなく矢だけなので飛距離は出ないが、近い距離なら十分な威力になる。

 顔面に飛んでくる矢を、涼乃は平然としたまま、開いた扇で受け止めるように軽々と弾いてみせた。

 鋭い矢を弾いた扇には傷一つなく、涼乃は再びその扇で自らの顔と髪にそよ風を吹かせる。

「おお!」

 四季花がその光景に感嘆の声を上げる中、四伝も驚きを顔に出していた。

「ずっと、出していたんですか?」

「そうなるわね。陸道四伝、気付いていなかったの? これは……もっと鍛えないと南城稲穂も困るでしょう」

 涼やかな声を風に乗せて、涼乃の言葉に稲穂は考える仕草を見せる。

 答えが出るまでは、まだしばらくかかりそうだ。この場で答えは出ないのかもしれない。ただ、珊瑚が、いつでも付き合うよ、といった顔で四伝を見ているのは、彼もすぐに気付いた。

 大きな騒動は終わったが、今日も驚かされることばかりだ。

 そしてこれからも、『タギ』の一員として、一目惚れした少女――南城稲穂と一緒にいたいと思えば、こんな驚きは何度も訪れるのだろう。六月になっても、彼女からの答えはない。卒業までにはまだまだある、答えを急ぐ必要もない。

 妹みたいな幼馴染みが、先輩に「もう一度いいですか?」と矢を右手に握って投げようとして、先輩が「仕方ないわね」と微笑む光景を目にしながら、四伝は思っていた。

「ふふ、楽しいね。ボクが気に入ったんだ、君も気に入るのは、よくわかるよ」

 そんなアルベガの声が聞こえてきて、四伝は彼女に振り向いて微笑みを返す。

 きっと彼女も、自分と同じように――南城稲穂に、一目惚れしたのかもしれない。

 実際にどうなのかは今すぐには問えないが、いつか問える日も来る……そんな気がした。


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