浴衣とオルハが二人で戻ると、こちらの話もかなり進展していた。遠くからでも茜と魔衣が何かを話している様子は目に入り、近付くにつれて声も耳に入ってくる。
「……へえ、そういう原理で、あの魔法は……興味深いですね」
「ちなみに、その原理を応用すれば、もっと面白いこともできるよの」
どうやら握清高校で見せた魔法についての解説をしていたようだ。思いの外複雑な原理であったが茜はすんなりと理解し、魔衣も滞りなく解説ができたが、複雑な原理を一分や二分では解説しきれない。
「と、そこまで話したかったが、弟たちのご帰還よの」
「そうですね。また今度、聞かせてください。浴衣くんの小さい頃の話もいっぱい」
「それは私も聞きたいよの」
茜と魔衣も浴衣とオルハの姿に気付いて、二人の話はそこまでとなった。
「魔姫さんはあんまり教えてくれないんです。『んー? 恋人なら直接体に聞けばいいでしょう?』って」
「ほう。直接、体によの」
(面倒なことを!)
魔衣の視線は鋭く浴衣の体を捉えていた。一瞬で全身を射抜かれるような感覚に、浴衣は緊張して魔衣の行動に注意する。
「ふふ、大事な弟に無駄な魔法は使わぬよの」
「ならいいけど」
「それよりも、気になることもあるよな。のう、茜?」
「うんうん。どうなったの、二人とも?」
小さい頃の話より、今さっきの話の方が大事。魔衣と茜の視線は、浴衣とオルハをまとめて捉えていた。
「あんまり進展はしていないですよ?」
ひょこっと浴衣の方から、ラフィェリータが顔を出した。いつの間にか彼の背中に抱きつくようにして現れた女神は、よじ登るようにしてその体勢を維持する。
「んしょ、むう……浴衣さん」
「現れたら維持できないのか」
浴衣は後ろに手を回してラフィェリータの体を支える。姿が見えない間に幼女ラフィェリータになっていたので、おんぶしても軽い。
「できますけど、この方が嬉しいかと」
「歳の離れた妹みたいだな」
耳元で響いた楽しげな声に、浴衣は答える。余計な誤解を生まないようにと反応したが、これはこれでまた別の誤解を生んでいた。
「ゆかたん?」
「姉より、妹が好きよの」
「ロリコンな上に、シスコン?」
「上にってなんだ」
最後の茜の台詞にはちゃんと言葉を返しておく。ついでにオルハの怪訝な視線もなくなったが、魔衣の顔から寂しい表情を全て消すことはできなかった。
「冗談だよ。それで、ラフィェリータちゃん」
「はい。告白はしましたけど、新たな関係性は見えていませんでした」
ラフィェリータの言葉に浴衣とオルハは顔を見合わせてから、小さく頷く。
「そっか。ま、私と浴衣くんの関係は変わらないし、ゆっくり考えていいよ。それより、七不思議の調査を引き続きお願い」
「最後の七不思議よの。私の見せた魔法の光は、握清神社の師匠巫女が再現したものを、真似して見せたものよな。貴重な目撃者よの」
「では、改めて聞きに?」
オルハが聞いた。
「その必要はないよの。師匠巫女からの情報は、再現だけよの。真相もおそらく知っているとは思うても、聞いて答えてもらっては修行は成立せぬよの」
「魔法には関係している、って推測しているんだけど……」
「だから先程まで、色々話していたよの」
「なるほど。だったら」浴衣が魔衣に視線を送る。最後まで言わなくとも、浴衣が言いたいことはしっかり伝わった。
「うむ。やはり一度、本物を目にしたいよの。しかし……」
魔衣はざっと他の四人を見て、言葉を続けた。
「深夜二時に高校生を連日連れ出すのは、避けるべきぞ」
「私は大丈夫ですよ」
「女神ですから」
連日連れ出されても問題ない二人は、笑顔で答える。
「俺はそこまで七不思議に興味はないけど……」
「私も別に、茜ほどの熱意はない」
「今は少しだけ、普通じゃないことをしてみたい気持ちもある」
「ゆかたんに、ついてく」
浴衣とオルハは目で合図をすることもなく、ぴったり合った呼吸で言葉を繋げた。幼馴染みゆえに成せる業。様々な変化があろうとも、幼馴染みとしての繋がりは揺るがない。
「ふむ。ならば数日は付き合ってもらうよの。そのくらいなら大きくリズムが狂うことはあるまいぞ弟や」
魔衣の提案に浴衣たちは頷く。外国で行われるスポーツの試合中継を、連日徹夜で見るようなものである。深夜二時なら事前に少し眠っておけば、睡眠を大きく削る必要はない。
とはいえ念のため、始めるのは金曜日の深夜――休日の前からに決まった。休日の間に見られればそれでよし。平日に重なっても、早目に見られれば影響は少ない。長引く場合は当初の予定通り、魔衣、茜、ラフィェリータの三人が中心となって調べるだけだ。
一日目。
深夜二時の握清高校。五人はグラウンドの前に待機して、何かが起こるのを待っていた。魔衣の言う師匠巫女が再現したのは、淡く明るい小さな光の正確な動き。つまり前回同様、浮かび上がるのはグラウンドの中央である可能性が高い。
休日までに茜や魔衣が他の目撃者を探して聞き込んだ情報でも、光の動きは大きく変わらない。特に出現地点と消失地点がグラウンドであるという情報は――そのタイミングで見ていない者は推測になるが――一致していた。
「ふふん!」
「……掘る気満々だな」
茜は大きなスコップを立てて仁王立ち。魔衣とラフィェリータは離れたベンチに座って観察しており、この場にいるのは他に浴衣とオルハの二人だけだ。
グラウンドが重要地点といっても、握清高校のグラウンドは野球とサッカーの試合を同時にできるくらいに広い。小さな光を正確に確認するには、縦横から観察するのが確実だ。
「むう」
「ゆかたん、時間」
「十五分経ったな」
深夜二時十五分。見落としもなく時間は過ぎて、得られた成果は何もなかった。
二日目。
明日も休日の土曜日。この日のうちに見られれば非常に楽な結果となる。深夜二時の少し前に、今日も五人は握清高校のグラウンドに集まっていた。
「ふふんっ!」
「……要るのかそれ?」
茜は大きなスコップ二本を両手で立てて、仁王立ち。
「一本は浴衣くんの分だよ?」
「俺も掘るのか」
そんなやりとりがあったこの日も、成果はなし。月と星の光以外に、目立つ光はグラウンドに輝かなかった。
三日目。
明日から学校の始まる日曜日。今夜も握清高校に五人は集まり、深夜二時を待つ。
「ふふーん!」
「……私も?」
茜は今日もスコップを立てて、仁王立ち。右手に一本、左手に二本。合計三本のスコップを綺麗に立てて待機する。
「それ、スカートの中に入れておけないのか?」
「魔衣さんとラフィェリータちゃんの分は、今日も入ってるよ?」
どうやら初日から五本のスコップを持ってきていたらしい。しかしそのうち三本出したスコップが活躍することは今日もなく、十五分後に浴衣たちは自宅に戻るのだった。
四日目。
平日に入っての深夜二時。まだ疲れはないが、これが続くと少しずつ疲れが目立ち始める頃だ。この日もいつもの位置で、五人はグラウンドの様子を見守っていた。
「ぽー」
「ぽー、って」
茜はスコップを持たずに、変な声を出しながら仁王立ち。二時になったと思ったら聞こえてきた声に、浴衣は今日も反応する。
「魔衣さんと一緒に呼んでるんだよ。浴衣くんもやる?」
「呼ぶって何を?」
「ちなみに浴衣くんの呪文は『ふにふにふわわん くーるくーるぴょんっ みんなまとめてとりこにしちゃうぞ! 魔法少女ゆかたん!』だよ」
「男の娘ってやつか」
「トランスセクシャルだよ?」
どうやらその呪文を唱えて変身したら、女の子の体にされてしまうらしい。
「私にもある?」
魔法少女という言葉にちょっと惹かれて、オルハが茜を横目に尋ねた。
「え? オルハちゃんなら魔衣さんが手伝わなくても、似たようなことできるでしょ? 未来の正義の味方もやってたよ」
「そうだけど」オルハはグラウンドの方を眺めながら答える。「可愛い呪文を考えるのは難しいから」
(そっちなのか)
オルハの答えにやや驚きながら、浴衣もグラウンドを眺める。無駄話に気をとられて本来の役目を忘れるわけにはいかない。
「ぽー」
茜も何かを呼ぶ呪文とともに、観察を再開していた。何度か息継ぎしながら声を出し続け、数十秒後には小さな声で別の言葉を口にした。
「浴衣くんも」
「本気か」
「最初から本気だよ?」
遠く離れたグラウンドの向こう、魔衣とラフィェリータの様子を確認する。魔衣は長めの杖のようなもの――一本のスコップを頭上で振り回し、ラフィェリータは期待に満ちた目で浴衣をまっすぐに見ていた。
姉の振り回しているものも気になったが、茜の声は冗談に聞こえない。
「ふ……ふにふにふわわん くーるくーるぴょんっ」
「ぽー」
「みんなまとめてとりこにしちゃうぞ! 魔法少女ゆかたん!」
「……ぷっ」
(笑った!)
恥ずかしいポーズはないながらも、台詞だけでも羞恥心でいっぱいな言葉を口にしたら、右隣のいつもの位置から響いたのは、可憐な茜の笑い声。
「ゆかたん」
「やだなー、もう。本当に変身できると思った? ……でも」
真剣なオルハの声と、楽しさに溢れた茜の声。しかし茜も最後の一言は真剣で、浴衣も答えるより目の前で起きている現象に目を奪われていた。
グラウンドの中央から浮かび上がる、淡く明るい小さな光。紛う方なき本物の、七不思議の光である。ふわふわと浮かんで、校舎を貫くようにすり抜けて、縦横無尽に敷地内を飛び回って、淡く明るい小さな光はグラウンドに吸い込まれるように消えていった。
「さて、掘ってみるよの」
「おー!」
光の消えた場所に集まり、魔衣と茜がスコップ片手に高く振り上げる。
「さっき振り回してたのだよな」
「うむ。杖の代用にもなる、便利なスコップよの。弟の恋人はかくも優秀よな」
「掘ったあとの処理は私がしますので、どんどん掘っていいですよ」
学校のグラウンドを勝手に掘ることに関しては、女神のおかげで問題はなくなった。浴衣とオルハも渡されたスコップを手に、土を掘り続ける茜と魔衣を見守る。掘るべき範囲は広くない。二人ずつの交代制である。
「ふにふにふわわん くーるくーるぴょんっ みんなまとめてとりこにしちゃうぞ! 女神幼女ラフィェリータ!」
結果が出るまで暇なラフィェリータは、可愛らしいポーズを決めて少女の姿から幼女の姿に煌びやかに変身していた。
「そういえば、ラフィェリータっていくつなんだ?」
二人はまだ元気に掘っているので、浴衣も暇潰しに質問をしてみる。
「いちまんさいと、もっとです」
「それだけ生きても、わからないものはあるんだな」
「そうですね」
そろそろ交代を頼まれるだろうかと思い始めた頃、深く土を掘っていた茜のスコップが止まった。同じく魔衣も振り上げたスコップをゆっくり下ろし、慎重に土を掘り始める。
「見つかった?」
「みたいだな」
二人は発見に沸き立っていて、見ている三人への報告を忘れていたので、変化した掘り姿から状況を推察する。近付けばはっきりするが、土掘りの邪魔にならないように見守る。
「うむ」
「見つかったよー」
茜が大きく手を振って、浴衣たち三人に笑顔を見せる。魔衣の手には掘り出した物が乗っている。金属製の小さな機械。遠くから見た浴衣の目には、そう映った。
「見たところ、魔法式の時限爆弾よの」
(爆弾!)
浴衣は四角とも丸ともいえない絶妙な形のそれに注目して、身構える。
「安心するよの。魔力は薄れておるから、爆発しても危険はないよの。私たちが見た淡く明るい小さな光も、仕組みからすると……大きな爆発だ」
小さく笑って、魔衣は魔法式の時限爆弾を高く放り投げる。そして持っていたスコップを振り上げて、鋭く一突き!
空振り。
(外した!)
突き上げたスコップは空を切り、時限爆弾の下を突き抜けた。魔法式の時限爆弾は、そのまま落下するかと思われた。それゆえの浴衣の驚きだったが、予想は外れて爆弾は空中で静止していた。
「魔法で動き、魔法を炸裂させる爆弾――ならば、魔法で処理するべきよの」
魔衣は大きく息を吸って、スコップを握る手に力を込めて、
「はっ!」
叫んだ。
直後、空中で静止していた魔法式の時限爆弾は炸裂し、数百もの淡く明るい小さな光が放たれる。放たれた光は星空を舞い、月の輝きに吸い込まれるように消えていった。あとに残ったのは、魔衣の突き上げた一本のスコップだけ。
「七不思議はこれで、全て解明よの」
そして魔衣のその一言により、彼らの七不思議調査は一旦の終了を迎えるのだった。