「……うう」
改めて茜から説明を聞いたオルハは、さっきまで浴衣がいた場所を見て唸っていた。
「それにしてもオルハちゃんが動揺すると、あんな感じになるんだね。いざというときは浴衣くんを盾にすれば、オルハちゃんは言いなり?」
「そんなことをさせる前に、私があなたを砕き潰す」
それでもオルハは平静を取り戻している。さっきのことを思い出すと恥ずかしくて浴衣の顔も見られないが、もしそんなことをしたら浴衣が勘違いすることもわかっているから、どうしたらいいのだろうかと唸るしかない。
「いいの? 浴衣くんの恋人なのに」
「茜が悪いことをしないように、考えを改めさせるだけ。ゆかたんも怒らない」
「へえ、できるの?」
「私たちの文明を舐めないで。その気になれば、人間一人の洗脳くらい」
「オルハちゃんの方が悪者みたいだよ」
「必要なら正義も悪も関係ない」
茜とオルハは見つめ合う。思えば、こうして二人きりで正面から話すことなど今日まで一度もなかった。そのきっかけを作った茜はせっかくなので色々情報を聞き出そうとし、原因となったオルハはこの機会に牽制をしつつ気を紛らわせる。
「洗脳対策ならできてるから無駄だけどね。それと、浴衣くんを盾になんてしないよ。その、ほら、大事な恋人なんだから」
「こい、びと」
茜の口から出てきた言葉に、敏感な反応を示すオルハ。
「オルハちゃんを言いなりにする方法なら、他にもいっぱい思いつくからね。例えばえっちな写真を撮って、浴衣くんに見せるぞーって脅すとか」
「性犯罪」
「浴衣くん以外には見せないよ? 幼馴染みのえっちな姿を見たら、浴衣くんはどう思うでしょう。さっきみたいに反応しちゃうかな?」
「さっき、みたいに……」
思わず思い出してしまいそうになり、オルハは慌てて首を横に振る。そして真剣な顔で茜に強い視線を送る。弱みを見せたせいで、主導権を握られっぱなしだ。このままではいけない。
「ゆかたんに見せるくらいで、私は脅せない」
「なんで?」
「なんで、って」
なんでなのだろう。素直に気持ちを口にしたら、自分でも疑問に思う言葉が出てきた。
「大好きな浴衣くんになら、裸を見られても構わないの。それで興奮してくれるなら、今度は生で見せて、触らせてあげる……ってこと?」
「なっ!」
馬鹿なことを言わないで、という言葉は咄嗟に出てこなかった。出てこなかった以上、この方向での勝負は負けが見えている。
「そんな、ゆかたんを浮気させるようなこと、私はしない」
「オルハちゃんなら私は公認するよ。むしろ三人で?」
「……ゆかたんと、さんぴー」
うっかり想像してしまったその光景を、オルハは今度は振り払わない。さすがに同じようなことが何度も続けば、もう気付いてしまった。自分の中に浮かんだ感情は、一つだけ。
だけどその言葉は口にしちゃいけない。口にしてもいい時期は、もう終わっている。
「んー、どうしたの?」
茜は小首を傾げて疑問を口にする。
「わかってるでしょ」
「あはは、私を見くびってもらっちゃ困るよ。子作りの仕方はともかく、恋に関してはまだまだ勉強中なんだから! オルハちゃんの感情がどれくらいのものかまでなんて、さすがにわかんないよ」
「じゃあ、それは教えない」
オルハは小さく笑って、それから小さく肩をすくめてみせた。
「もっとも、教えても教えなくても、ゆかたんはもう選んじゃった。私にできることなんてもう、ひたすら茜を見張って悪いことをしそうになったら止めるだけ」
「うわ、凄く面倒!」
オルハと同じく、茜も素直な気持ちを口にする。
「それだけどさ……あ、一応、はっきり言ってもらってからにする?」
「言わせる?」
「言えないくらいの、薄い気持ち?」
「違う。私はゆかたんのことが、男の人として好き。もう、演技だけじゃない」
はっきりと気持ちを口にしたオルハに、茜は柔らかく笑って言った。
「うんうん。じゃあ、その気持ちもぶつけていいよ?」
「恋人なのに?」
オルハから出た疑問に、茜も疑問で首を傾げる。
「男二人に女一人だとさ、子作りしたときにどっちの子供かって問題も発生するでしょ? けど男一人に女二人だと、子作りしても子供が二人になるから問題はないんだよ」
「なんでも子作り基準にしないで」
「でも、最後にはするでしょ? したいよね?」
「うん」
ここで嘘をついたりごまかしたりしても意味がないので、オルハは素直に答える。
「私も知らない女の人と、知らないうちに、浮気されて子作りされたら嫌だけど、オルハちゃんなら気にしないよ? 隠れてこっそりじゃなくて、堂々と互いに知った上でなら」
「あなたの考えは理解した」
茜の考えを全て聞いて、オルハが言う。
「でもゆかたんは? それに、私の気持ちも」
「そんなの、私に聞かないでよ。浴衣くんの気持ちは浴衣くんが、オルハちゃんの気持ちはオルハちゃんが一番……わかってるとも限らないかな?」
「……む」
先程までの自分のことを言われて、オルハは黙り込む。
「けど、恋愛に対する考えなら、やっぱり自分が一番わかってるものじゃないかな? 子作りばかり言ってる私が言うのもなんだけどさ、ね?」
「そう、かもしれない」
オルハは認めつつも、自分の考えは口にしない。それをわざわざ、この場で茜に伝える理由はないと判断した。代わりに、別の質問をする。
「なんで私を助けようと?」
「そんなの、オルハちゃんと親しくなって懐柔する以外に、何かあると思う? 悪いことしていいよってオルハちゃんが言ってくれれば、世界征服の第一歩!」
「懐柔するのは、こっちの方。悪いことしないって考えを変えさせる」
茜の言葉に、すかさずオルハは反論。それから数秒の沈黙のあと、二人は微笑み合って見つめ合った。互いに理解を深めた、二人の少女の自然な反応。
「……それに、浴衣くんにも頼まれたから。頼むぞ、って」
最後に茜の口から聞こえてきた小さな声。それにオルハはやや驚いた顔を見せつつも、無言で応えることにした。