告白の翌日も、浴衣たちはいつものように三人で図書美術博物館に来ていた。
「昨日はああ言ったけどさ」
広場のベンチに座って、地下に秘密基地があるという彫像を眺めながらの会話。
「恋人って子作り以外に何するの?」
「何って」
関係の変化で座り方も少し変わり、浴衣の右隣に茜、左隣にオルハという両手に花状態である。茜が自主的に移動したのを、浴衣もオルハも止めることはなかった。
「もちろん知識としては知ってるよ? 物語は読んだことあるし。でも、感覚的に恋する気持ちがよくわからなくて。こういう形で告白を承諾したのって、迷惑だった?」
「迷惑って気持ちは理解できるんだな」
茜の口から出てきた意外な言葉に、浴衣は質問に答えるより先にそう言った。
「やだな、忘れちゃった? 私は悪の秘密組織の一人娘だよ。どんなことをすれば人は迷惑に思って苦しむのか、ちゃんとわかってないと悪いことはできないよ。人様の迷惑を考えないで悪いことをする人なんて、ただの身勝手な人間だから一緒にしないでほしいな」
「また堂々と……ゆかたんと恋人になったからといって、悪事を働いたら砕き潰すから」
オルハのいつも通りの反応に安心しながら、浴衣はさっきの質問に答える。
「告白した結果、こうして一緒にいられるんだから迷惑なんかじゃないよ」
「ん? 告白される前から、私がこっちにやってきてからずっと一緒にいたよね? もちろん学校にはついていってないし、トイレにお風呂やベッドでは別々……やだ、えっち」
「なんでもそれに繋げないでくれ」
「思春期の女の子の頭の中は、えっちなことでいっぱいだよ。ね、オルハちゃん?」
「同意を求めないで。それにあなたの頭の中は、悪いことの方でいっぱいのはず」
「そうだけど、脳は広いからどっちもいっぱいでも満杯にはならないよ。ところで思春期の男の子の頭の中も、えっちなことでいっぱい?」
「いや、俺はそんなに」
全くないとは言い切れないので、そう答えておく。
「だよね。子作りになびかないんだもん。ちなみにこれは今日、魔姫さんに言っておいてと頼まれた言葉なんだけど」
一つ咳払いをしてから、茜は魔姫の声を真似してその言葉を再現する。
「『マニアックなプレイをしたいと思ったら、いつでも声をかけてねー。ちゃんと色々用意してあるから……あ、もちろん新品だから安心してね』だそうです」
「直接言わないのは、反論を封じるためか……全く」
今すぐに声をかけることは絶対にないが、将来的には声をかけることはあるかもしれないので、浴衣は一応その言葉を覚えておいた。しかし、それもまだまだ先の話だ。
「でもさ、ずっと一緒にいたことは変わらないよね?」
「うん」
話を戻した茜に、浴衣はそれだけ言って頷く。確かに一緒にいるという点では、何も変わらない。友人として一緒にいることと、恋人として一緒にいることと、二つの意味は全く違うものだけど……それを言葉で説明するのは難しかった。
「私、いない方がいい?」
左から聞こえてきた声に、浴衣と茜は揃って振り向く。
「なんで?」
「意味がわからないな」
声を揃えて疑問の言葉を口にした二人に、オルハは平然と答える。
「恋人だから二人きりの方がいいかと思って。ゆかたんは気にしない?」
「あ、私は無視?」
「恋人と一緒にいるからって、幼馴染みと一緒にいちゃいけない理由はないよな? そりゃもちろん、そういうことをするときはまた別だけど」
「私は見られてもいいよ。むしろ混ざる?」
「うん。ゆかたんがいいなら、別にいいけど、少しは私の気持ちも……」
そのオルハの反応に、茜は小さく笑って言葉を用意した。さっきまでは二人に無視され続けたが、今度の言葉は無視できないと自信を持って言い放つ。
「変なの、オルハちゃんは浴衣くんに恋愛感情ないんでしょ? ねー」
これ見よがしに浴衣の右腕に抱きついて、茜はオルハを見上げるように見つめる。
「……むう。その権利は私とゆかたんだけの、だったのに」
少しの間見つめ返してから、オルハが答えた。
「恋人だから問題ないよね? それに私なら、オルハちゃんにはない大きな柔らかさも浴衣くんに提供できるよ」
「言うほど大きくないくせに」
「そうだけど、なんでそこで張り合うの?」
「なんでって、こんな外でそんな破廉恥な」
「オルハちゃんも学校でしてるんでしょ?」
「それは……その」
勝負は明らかにオルハが劣勢である。幼馴染みとして何か助けた方がいいだろうかと思いつつ、この状況で割って入るのは危ないのではないか。浴衣はそう考えたが、黙っていてもこの状況は変わらず、きっと茜の攻撃は終わらない。理由はよくわからないが、割り込もう。
「茜、それくらいにしておいたらどうだ?」
「私を止める手段はキスだけだよ。さあ、どうぞ」
「いや、いきなりそれは」
「恋人だよ? したくないの? 軽くちょっとやったら私は止まるよ?」
「オルハも見てるし、それ以上に君の気持ちが問題だ」
「ふむ……納得だね。だけどね」
とりあえず矛先を逸らすことには成功した。しかし、これはこれで難しい状況である。
「女の子の気持ちを変えたいなら、少しくらい強引な手段も必要なんじゃないかな? 特に相手が私みたいに、とっても素敵で積極的な女の子なら」
「確かに、自分で自分の攻略法を解説するなんて、とっても積極的な女の子だ」
「でしょ?」
ほんわかと微笑んだ茜は、視線でこれ以上は何も言えないよね? といった言葉を伝えつつ浴衣の答えを待っていた。
「だったらなおさら、君の言う通りにはできないな。言われたままにやっても茜は驚かないんだろ? 君が驚くようなことを考えて、また今度やらせてもらうよ」
「う……ん。へえ、そっか」
茜の顔を見つめて、きっぱりと。浴衣の態度と言葉に、茜は少し気圧される。
「いいよ。私を驚かせるなんて、できるならやってみせて! 生まれてからずっと、私は悪の秘密組織で驚かせる側だったんだよ? 今まで私を大きく驚かせたのは、突然現れた正義の味方くらい」
「嘘はいけない」
矛先が逸れている間に平静を取り戻したのか、オルハがいつもの調子で言った。
「今のゆかたんの言葉に、驚いてなかった?」
「ちょっとだけ? 今のはちょっとよくわからない感覚で、迷っちゃった。大きく驚かされてないって意味では、嘘じゃないよ?」
「そう。勘違いだった」
茜の答えに、オルハはあっさり引き下がる。これ以上攻めると、さっきよりも強烈な反撃が返ってくる。それを理解しての見事な引き際だった。
「オルハちゃんもさすが、未来の正義の味方の先祖だね。隙を見つけても油断して一気に攻めてこないから、本当に困る相手だった」
「あなたも引き際を覚えたら?」
「それは無理な話だね。私ね、悪いことは正々堂々やるのが好きだから」
その言葉に込められた意味を、オルハが尋ねることなく会話は終わった。浴衣は意味を理解しつつも、二人の間に他にどんな正々堂々があるのか――その答えにはいくら考えても辿り着けなかった。