雪触手と空飛ぶ尻尾

安土塔での作戦会議――安土ツイナの侵略日誌・二


 十二月も下旬。人間族にとってのイベント、クリスマスや初詣もそろそろやってくる。あたしも菊花たちに誘われたので、今後のために参加する予定だ。学園は冬休み。あたしはお姉ちゃんと一緒に、今後の侵略計画について話し合っていた。

 といっても、今のあたしにやるべきことは少ないので、そのほとんどは十二月にあった出来事を話すのに費やされたのだけど、仲良くなるのも作戦の一環。だから問題はない!

 檜山家での事件があった翌日のこと。学園での朝の話。

 あたし、菊花、俊一、クーリの四人は人の少ない中庭に集まっていた。正確には二人と一手と一テールだけど、長いから省略する。もちろん集めたのは私だ。

「昨日のこと、いいかしら?」

 その一言で菊花も俊一も、すぐに私についてきた。

「あのあとは何もなかったの?」

「ああ。菊花にも話したけど、特には何も」

 檜山俊一の妹、檜山遥は魔法王の血を引き、その力を使えるようになったという。彼女の力は相当なものだ。侵略の支障にならないかどうかは確かめないといけない。

「そう。特に魔法も使ってないのね?」

「日常生活で使う必要はないからな」

「俊一が使えたら、えっちなことに使うのにね」

「菊花、具体例はいらないからな」

「ふ、メス尻尾風情も興味があるか」

 クーリがくりぐるみの背中から這い出てきた。中庭には木もあるので周囲からは見えない。彼女が出てきやすいように案内したあたしの狙い通りだ。

 にょきにょきと伸びる、白くて綺麗なクーリの体。そろそろ尻尾の部分が見えてきて、完全に出てくるかと思ったら、クーリの体は切れなかった。ようやく触手の全体が見えたのは想像していた時間の倍、1メートルの時間の倍だから、長さは二メートルくらいだ。

「なんで伸びてるのよ」

「ほう、気付いたかメス尻尾風情」

「気付くに決まってるでしょ」

 俊一も驚いた顔でクーリを見つめていた。菊花は平然としていたけど、彼女はクーリと一緒に暮らしているから不思議はない。

「起きたら成長していたのだ。わらわも成長期だからな」

「最初見たときは寝ぼけてるのかと思ったよ」

 微笑む菊花に、触手を高く伸ばして先っぽを下ろし、あたしと視線の高さを揃えるクーリ。

「けど、どうして突然」

「そうよ、説明しなさい」

 あたしと俊一の言葉に、クーリは先っぽを少しだけ持ち上げて答えた。

「なに、メス幼女風情がわらわと接近し目覚めたように、わらわも魔法王の血族と接近し成長が促された。ただそれだけのことだ。予想の倍は成長したぞ」

「ま、力は変わってないみたいだけど」

 肩をすくめるあたしに、クーリは姿勢を変えずに答えた。

「変わらずとも、メス尻尾風情には負けぬがな」

「言うじゃない。試してみたら……と言いたいところだけど、今日は別の用事があるわ」

 あたしはクーリから視線を外して、俊一を見る。

「さて、俊一。あなた、あたしの弟子にしてあげてもいいわよ」

「なんだよ弟子って」

「ふん、メス尻尾風情め、目当ては遥なのだろう?」

「見抜かれたところで困りはしないわ」

 遥は俊一のことが大好き。魔法の力はお兄ちゃんのために使う。なら、そのお兄ちゃんと仲良くすれば、少なくとも彼女と敵対することはなくなる。もちろん、望み通りに彼の一番は遥に譲る。

「なんで弟子なんだよ」

「そうだよね。俊一はそんなのじゃ喜ばないよ」

「そうなの?」

 あたしのようなツインテールの弟子になれるというのは、テール族であれば多くが喜ぶものだ。お姉ちゃんのポニーテールには負けるけど、こと直接戦闘に関してはあたしはテール族の中でもトップクラス。

「あたしが教えれば強くなれるのに?」

「強くって、テール力使うんだろ」

「あたしはね。でも、格闘術や武器の扱いも得意よ? いくらツインテールでお姉ちゃんの妹だからって、テールとテール力だけに頼るようでは幹部になんてなれないんだから」

 当然、お姉ちゃんもポニーテールだからというだけで隊長になれたわけではない。いくら戦略上の価値が低いとはいえ、二テールだけで任されるのはそれだけ実力のある証拠だ。

「強く、か……」

 俊一が考え込んでいる。これならもう一押しでいけるかもしれない。

「そうよ。あたしの弟子になれば、熊や鹿だって素手で倒せるようになるわよ。エゾシカ狩りで大活躍よ!」

「狩猟はどうでもいいんだが」

 あれ、俊一の反応が鈍った。これじゃだめだったみたいだけど、興味は薄れていないようだから、まだまだ終わりじゃない。

「ツイナ、そんなんじゃだめだよ。俊一はね、夜の格闘術を望んでるの」

「おい待て、菊花」

「え? あたし、暗殺術は習得してないんだけど……」

「そうじゃなくて、ベッドの上の話だよ」

「ああ、それなら……って、もっと知らないわよ!」

 将来的にはわからないけど、今のあたしにその技術はまだ早い。

「ちら」

「なんだよ」

 菊花がわざわざ声に出して俊一を見た。けれど、見られた本人は何を望まれているのかわからずに、ぽかんとしている。

「俺が教えてやるから大丈夫。最高の快楽で調教してやるよ。はい、どうぞ」

「どうぞじゃねーよ!」

「あれ、違った?」

 菊花は首を傾げて、じっと俊一を見つめてから、手をぽんと叩いた。

「下手でもいい、とにかく俺を罵って責めてくれれば満足だ。放置、縛り、なんでも好きなようにやっていいぜ。やり方なら俺が教えてやるから安心しろ。はい、どうぞ」

「そもそもそんなの求めてないからな!」

「ツイナのおっぱい触りたい。優しく普通に楽しもう。これなら?」

「それもねーよ!」

「俊一、そんなこと言ったらツイナに失礼でしょ?」

「誘導したの誰だよ」

「はいはい、夫婦漫才はそこまでにして。で、どうするの?」

「め、夫婦って」

 よくわからないけど俊一が動揺している。たたみかけるべきか、いや、ここは黙って答えを待つべきか。

「ちょっと興味はあるけど、今は遠慮しとく。そもそも、俺はまだあんたたちを信用したわけじゃないからな」

「そう。残念ね」

 でも脈があるとわかっただけでも収穫だ。機会があればまたアプローチするのも考えよう。

 十二月中旬。あたしが気付いたのは、お姉ちゃんの部屋で遊んでいるときだった。

「ツイナ、学園はどうですか?」

「ええ、菊花や真美ともだいぶ打ち解けたし、俊一はまだちょっと警戒してるけど、初めて会ったときよりはマシね。とっても楽しいわ」

「そう、楽しんでるなら幸いです」

「ええ……あ、でも、これは潜入調査だからね。忘れてないから!」

「ふふ、わかっていますよ」

 お姉ちゃんはくすくすと笑って楽しそうだ。あたしも普通に学園生活を楽しんでいるのを、お姉ちゃんの前でくらいは認めてもいいのかもしれないけど、やっぱり恥ずかしい。潜入を提案したのはあたしなのに、そう簡単に認めたくはない。

「そ、それより、お姉ちゃんはどうなの? 桜さんと、えっと、百合さんだっけ?」

「桜と百合ですか。私は一定の距離をとっていますよ。あまり仲良くなりすぎては、作戦に支障が出るかもしれませんから」

「本当に?」

 私はお姉ちゃんに詰め寄る。

「本当ですよ」

「でもお姉ちゃん、少し前までは、桜さんと百合さんって呼んでたよね?」

「……そうでしたっけ」

 お姉ちゃんはとぼけてみせるけど、あたしはここで終わらせはしない。

「何かあったんでしょ?」

「いえ、先日、二人にスケートを教わっただけです。その際に、転びそうになって、つい呼び捨てで呼んでしまったので、そのまま自然とそう呼ぶようになっただけですよ」

「お姉ちゃんも楽しんでるんじゃない」

「も、ということは、ツイナも認めたということでよろしいですね?」

「う……お、お姉ちゃんも認めるなら、あたしも認めてあげてもいいわ!」

 一方的に攻めていたつもりが、反撃されてしまった。さすがお姉ちゃん、侮れない。

「認めます」

「うう……わかったわよ。あたしも認めるわ」

 お姉ちゃんはあっさり認めた。こういうことで躊躇しないのがお姉ちゃんだ。

「ところで、クーリさんとは?」

「仲良くなるわけないわ。あいつは敵よ」

「しかし、ツイナは確か……」

「あー、う、うん。そうだけど」

 あたしが学園潜入を提案した際に提示した、最大の目的。それは触手族の姫であるクーリとの友好的な関係を築くことだった。触手族という障害がなくなれば、地球侵略は時間の問題。ただ、あたしには彼女と仲良くなるきっかけは掴めなかった。

「あいつ、ずっとあたしを見下して……仲良くなんてなれないわよ」

「まあ、年上ですし。ある程度は仕方ないのではないでしょうか」

「年上? どういうこと?」

「私の調べによると、クーリさんは十五歳です。地球の暦では、一月十七日生まれ。学園の学年でいうと、私と同じですよ」

「そうなんだ」

 なるほど。だったら年下のあたしたちに、ああいう態度をとるのも理解が……。

「理解できないわね。クーリは誰に対しても態度は同じよ。菊花と桜以外は名前で呼ぼうともしないし!」

「性格ですね」

 そんな性格のクーリと仲良くなれるとは思えない。でも、目的は目的。何か考えるべきとは思うのだけど、話したらいっつもあれだから、仲良くなるきっかけさえもない。

「似た者同士ですから、仕方ないのかもしれませんね」

「あたしとクーリが、そんなこと……うーん」

 ない、とは言い切れないような気もする。あたしだってその、結構偉そうな態度をとることが多いような気もするし。それに、お姉ちゃんが言うんだから、きっとそうなんだろう。

 と、大きなことはこれくらいかしら。他にも細々とした話はいっぱいしたけど、重要なことではないから、わざわざ侵略日誌に書くほどでもないと判断する。

 それから、あたしたちは今後の計画について話し始めた。まずは間近に迫った、クリスマスと初詣。そして、触手族のクーリと、魔法王の血を引く遥との関係をどうするべきか。お姉ちゃんから地球侵略部隊の総隊長に連絡したそうだけど、返事はあたしたち二人に一任するとのこと。他の地域では触手族や、それに匹敵する存在との遭遇例はないらしい。

「では、ゆっくり進めていきましょうか」

「ええ。急ぐことはないわね」

 その言葉で作戦会議は終了する。そう、急ぐことはないのだ。じっくりその世界に溶け込んで、内部から確実に侵略するのがテール族。教わったようにしっかりやればいい。あたしやお姉ちゃんの世代にとっては初めての侵略、きっと成功させてみせよう。


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