雪触手と空飛ぶ尻尾

空飛ぶ尻尾の幽霊騒動――佐宮桜の手記・二


「幽霊?」

「ええ、土曜日に見たという人が続出。桜もあの噂、当然知っているでしょう」

 月曜日の朝、学園に着いた私は親しい一人の友人からその話を聞くことになった。

 彼女は楠木百合。身長はぴったり一メートル七十センチ。ミディアムストレートの美しい黒髪を持ち、ハスキーボイスが心地いい、中高合同オカルト研究部の部員。得意とするのは心霊分野だ。

 あの噂、というのは雪触手と空飛ぶ尻尾。クーリとツイナのことに他ならない。

「利音市の中心地を、長い間、尻尾の幽霊が空を飛んでいたそうよ。でも前の噂と違って、一本しかなかったというの。だから、もう片方の尻尾を探して飛び回って、そのためなら人を襲うこともあるのではないかなんて言う人もいたけれど、幽霊が人間に危害を加えるなんて、ありえない話よ。

 死者である幽霊には、生者を攻撃する力なんてない。そんなことが可能なら、世の権力者の何人かは恨みや逆恨みで、呪い殺されているはずよ。不審死の続発。だから、その尻尾が幽霊だとしたら、危険なんてないのよ」

 百合は心霊に関して、独自の持論を持っている。私も詳しくはないのだけど、彼女の持論はもっともなので賛同している。

「幽霊以外だとしたら、百合の見解は?」

「専門外だから知らないわ」

 そして百合は心霊以外には基本的に興味を示さない。

「おはようございます、桜さん、百合さん」

 話に一区切りついたところで、扉を静かに開けて入ってきたポーニャの挨拶。彼女は転校直後に私に話しかけてきて、そのまま百合も混ざって三人一緒にいることが増えていた。

「ポーニャ、あなたにも話しておきましょう」

 百合は土曜日の噂について、ポーニャにも話した。一本の尻尾ということから、その正体は推して知るべし。話を聞いたポーニャは顔色一つ変えずに、感想を述べる。

「利音市には面白い話があるのですね」

 完璧な潜入技術と褒めるべきだろうか。私たちへの害意はないようだから、特に咎めることもないのだけど、親しくなるには見えない壁が一枚。見えないものなので、実際は壁などないのかもしれない。本人のみぞ知る真実を尋ねるには、もう少し仲良くなる必要がある。

「ほう、君たちもやはりその噂を知ったようだね。君たちの見解、聞かせてもらえるかな。この本田聖也が解き明かしてみせよう」

 一人のショートヘアーの男子生徒が話に入ってきた。百合より二センチ高い彼、聖也は探偵志望の図書委員。菊花との繋がりもあって、話をすることもそこそこある。

 探偵志望なだけあって体も引き締まっていて、顔も美形なのだけど、彼は普段の行動が怪しいので女子からの人気は低いようだ。それでも、中学生の頃よりは好印象を持たれている。

 彼は中学時代から探偵志望だった。そのせいで中学二年生の宿泊研修で起きた、覗き事件の犯人と疑われた。その濡れ衣を真犯人を探すことで晴らしたのだけど、その技術の高さに警戒する女子もちらほらといた。

 ようやく信頼を得たのは、中学三年生のときに起きた、女子更衣室盗撮事件の解決。ちなみにそのときも彼は濡れ衣を着せられていた。

 私たちは聖也にそれぞれの見解を伝える。私の見解は地球を侵略しにきた、未確認飛行物体ではないかという、事実に基づく見解だ。ポーニャは平然とそれに同意した。百合も興味なさげにそれに同意する。

「貴重な意見だ。参考になったよ。さて本題だ、桜さん。君の愛する妹から言付かっている。ポーニャさんと一緒に、放課後時間を作って欲しいとのことだ。ではね、僕にはまだまだ調べないといけないことがある」

 言い終えると、聖也は教室を飛び出していった。

「ああ、また本田か! 廊下を全力疾走はやめろと言ってるだろ、待て!」

「ははっ、これも調査のためだ。許してくれたまえ橋先生!」

「許すか! 俺の足をなめるなよ!」

 廊下では恒例の追いかけっこが始まっていた。全速力で廊下を走る聖也を、同じく全力で追いかけるのは、我らが担任橋先生。百八十八センチの歩幅は速度が出る。担当は日本史・世界史なのだけど、足の速さだけなら教師の中で一番だ。

 坊主頭の元気な方。しばらくすると、外から教頭先生の声が小さく聞こえてきた。遠くの方で二人とも怒られている。橋先生は今日も元気が過ぎるようだ。

「あなたは放課後、問題ない?」

「はい。特別な用事はありません。しかし、なんでしょうね」

 小首を傾げるポニーテールの侵略少女にも、心当たりはない様子。私だけでなくポーニャまで呼びつけたことに、いかなる意味があるのか。

「ふふ、大きな運命の気配がするね。放課後は色々と忙しくなるでしょう」

 そしてその予想は見事に的中することになったのだけど、これ以上は愛する妹に譲るとしましょう。私の手記はあくまでも補助に過ぎないのだから。


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