しましまくだものしろふりる

第三章 大陸南部精霊記


 夕方近く、リクリヤの家に着いたレフィオーレは、精霊神殿でフィルマリィと戦ったことを伝え、スィーハ、チェミュナリア、ルーフェの三人を部屋で休ませて欲しいと願った。

 突然の来訪に、リクリヤは驚いた様子を見せながらも、快く承諾。用意した部屋に彼女たちを案内して、案内された三人は一言お礼を口にしてから、部屋に入って静かに扉を閉めた。

 そして現在、レフィオーレはリクリヤと二人で広い部屋――初めて来たときに案内された部屋にいる。部屋の様子も、リクリヤの艶のある黒髪の撥ね具合も変わってはいない。それでも違った雰囲気を感じるのは、あのときと違い、二人きりでいるからだろう。

「あなたは休まなくてもいいの?」

 リクリヤと話がしたい、と言ったのはレフィオーレだ。すぐに話を切り出そうとした彼女に対し、リクリヤは水を運んできて、優しい声をかけた。

「はい。それより、話、いいかな?」

「どうぞ」

 促されて、レフィオーレは精霊神殿で起きたこと、フィルマリィのこと、リシャのこと、自分の判断でリシャの記憶の残るしましまぱんつを渡したこと。全てを包み隠すことなく、リクリヤに話した。

「ルーフェたちには?」

 話を聞き終えたリクリヤが真っ先に口にしたのは、その一言だった。

「まだ話してないです」

「そう。まだ、なら文句はない」

 リクリヤはレフィオーレに微笑みかける。レフィオーレがここまで話さずにいたのは、スィーハたちの動揺が収まるのを待つため。あのときにした判断は後悔していないし、間違ったとも思っていない。けれど、ここへ来るまでに話していたら、スィーハたちに余計な負担をかけることになってしまう。

 彼女たちのことだ、自分一人にそんな判断をさせたことに対して、悩むのはわかっている。リシャのことだけで精一杯のはずなのに、自分のことまで考えさせるわけにはいかない。

「それで、リクリヤに頼みがあるんだ」

「仕立ての依頼?」

 予想していたとばかりに、すぐに答えたリクリヤに対し、レフィオーレは頷く。

「と、いっても、漠然としたものなんだけど……リシャを救うために必要なぱんつが欲しい。とりあえずは、なくなっちゃった水色と白の横じましましまぱんつを一枚」

 万能の力を発揮する、水色と白の横じましましまぱんつ。大陸中部で入手した、縦じまのものはあるが、水中用なので地上での使用には向かない。横じまに比べれば、半分の効果を発揮するのがやっとだろう。

 他のぱんつでも戦えないことはない。速度を高め攻撃力に劣る黄色と青の横じましまぱん。防御がやや高まり攻撃にやや劣る緑と水色の横じましまぱん。攻撃が強化され防御に劣る薄紅色と檸檬色の横じましまぱん。その他のぱんつも含めて、はきかえれば様々な相手に対応できるが、水色と白の横じましまぱんの力を完全に引き出すリシャを相手にするには不向きだ。

 それにしても、現時点でも、とフィルマリィは言っていた。より力が増した場合を考えるとより一層、万能にして最強、どんな相手にも対応できるぱんつが必要だ。

「それだけでも、簡単じゃない」

「リクリヤでも?」

「仕立てること自体は可能。でも、素材がない。あなたたちが頼みに来ることも考えて、必要そうな素材で不足しているものは集めておいたけれど、創世時代のぱんつと同じものを仕立てることになるとは予想していなかった」

 リクリヤは微笑みながら、肩をすくめてみせた。

「素材自体は珍しいものではない。全て大陸南部で採取可能。共通の素材もあるから、全て集める必要もない。問題は水色の染色剤。あの素材は、私では取りにいけない場所にあるから、アルコットに取ってきてもらっていた」

「じゃあ、彼女に頼めば……」

「用意できる。でも、急ぎなら彼女に場所を聞いて、あなたが直接採取した方がいいと思う。水色の染色剤は、カランネル海岸の側、海の底で取れる貝殻から抽出するものだから」

「わかりました」

 水中であれば、水色と白の縦じましまぱんが役に立つ。

「採取してきたら、抽出と仕立ては私に任せて」

 レフィオーレは頷いて、次の相談に移る。戦うためのぱんつを用意するだけでは、リシャを救うことはできないだろう。フィオネストのぱんつも手に入れて、リシャが記憶を取り戻したとしても、説得が通じるはずはない。フィルマリィがその可能性を見落としていない限り、何らかの対策が練られているのは確実だ。

 そうなると、やはりリシャを倒して、それからどうにかする必要があるのだろう。だが、果たして倒しても問題ないのか。それについて、レフィオーレはリクリヤに相談したかった。

「彼女がぱんつの力と精霊の力の融合で生まれた、というのは確か?」

 リクリヤの確認に、レフィオーレは頷く。彼女は少し悩むような仕草を見せたあと、

「あくまでも可能性の話だけど」

 と前置きしてから、話を始めた。

「チェミュナリアの持っているぱんつ、あのりぼんにピスキィの力が宿っていたことは覚えている? ――ええ。なら続ける。ぱんつの力と精霊の力の融合。それ自体は、フィルマリィでなくとも可能。新たな生命を生み出せるほどとなると、さすがに精霊である彼女にしかできないのだろうけど、ぱんつに精霊の力の宿った素材を組み合わせることなら、彼女の侍女たちができたように、私にもできる。

 もっとも、試したのは弱い力の宿った素材だけ。かつて、大陸南部に四人の精霊がいた名残として、彼女たちの力の宿った素材がたまに見つかるから、それを使って仕立てたことが何度かある。

 それで、ここからが問題なんだけど、リシャがぱんつの力と精霊の力を融合した存在であるなら、同じように二つの力を融合したぱんつを使えば、彼女に何らかの影響を与えることができるかもしれない。ただ、彼女の力はとても強い。少なくとも、彼女を無力化した上でないと使えないと思う」

「無力化って、倒しても大丈夫なのかな」

 レフィオーレが不安気な表情を浮かべて聞く。

「おそらく。創世時代のぱんつが失われないように、精霊が倒されても死なないように、二つの力を完璧に融合させた存在であるなら、倒したくらいで消えることはない。もっとも、彼女は記憶を元に生命として存在している。記憶の少ない、生まれたばかりのとき――あなたたちと初めて対峙したときに倒していたとしたら、危なかったかもしれない。もうひとつ、フィルマリィの行った力の融合が完璧でない、という可能性も考えるべきだけど……」

「あのしまぱんの力が証拠になる」

 レフィオーレの言葉に、リクリヤは頷く。完璧な融合でないとしたら、精神を保ちながら、しましまぱんつの力を完全に引き出せるはずはない。

「つまり、必要なのは精霊の力の宿った素材、ということ?」

「ええ。ピスキィのりぼんのように、強い力の宿った素材が必要。それがあれば、フィルマリィがリシャを言いなりにする策を弄していたとしても、破れるかもしれない」

「見つかりやすそうなのは、フィルマリィのかな」

 フィルマリィは神殿をそのままにして北へ向かった。神殿を中心に探せば、そういう素材は見つかるだろう。

「融合という点では問題ないけれど、同じ精霊の力では中和できない可能性が高い。こちらがあちらを上回ることができれば別にしても、直接与えられたものには敵わない」

 それでは他に何があるだろうかと、レフィオーレは考える。大陸南部で、フィルマリィではない精霊の力の宿った素材。それがあるとすればどこか。

「……シェーグティーナ」

 彼女のことを思い出すのに、時間はかからなかった。クラングレッソで別れ、港町カルスティルへ向かった少女。精霊を受け入れ、精霊とともにある少女、アーリアスト・シェーグティーナ。彼女の力を借りれば、精霊の力の宿った素材を入手できるかもしれない。

 念のために他の精霊についても考えるが、ミリィとエリは大陸中部、ピスキィは大陸北部にいる。ピスキィは精霊国にいるとして、ミリィとエリの居場所は不明。探す時間も考えると、フィルマリィが戻ってくるまでに間に合わない可能性が高い。

 シェーグティーナの現在の居場所もわからないが、彼女の衣装は独特で、特徴的だ。そしてカルスティルから、クラングレッソ、フィルマリィ王国までの間に他の村や街はない。聞き込みをすれば、足取りを追うことは難しくないだろう。

「アルシィアの力なら、大丈夫だよね?」

 リクリヤは頷く。そこでふと、レフィオーレは気になったことを尋ねる。

「ところで、チェミュナリアのぱんつではだめなの?」

「だめ。あれは、精霊の力を攻撃のために利用している。素材にして仕立て直すにしても、赤りぼん自体が一定の攻撃の力を持つから、目的にはそぐわない」

「そうなんだ。それじゃあ、その素材も探さないといけないのかな」

「それなら問題ない。しろぱんつに癒しや守りの力を与える、黄緑色のりぼんなら、必要そうな素材のひとつとして既に集めてある。それをシェーグティーナに渡して、アルシィアの力を宿してもらえればいい。小さい素材だから、負担も少ないはず」

 精霊の力であれ、ぱんつの力であれ、物に力を宿らせるにはそれなりの負担がかかる。その負担は宿らせる物の規模や複雑さに比例し、城や橋なら数日はかかるし、土地となると数か月は確実で、宿らせるというより自然と宿るといった形が多い。だからこそ、リクリヤが僅かに精霊の力の宿った素材を見つけられるのである。

 その点、りぼんであれば一晩もあれば十分に力を込められる。一時的なものであればもっと短時間でも済むのだが、今回の目的を考えるとその程度では意味がない。

「でも、どうしようか。カランネル海岸には私が行かないといけないし、シェーグティーナにも事情を説明しないいけない。私一人じゃできないよね」

「あなた一人で全てをやる必要はないと思うけど」

「シェーグティーナは気難しいから。協力してくれるとは言ってくれたから、多分大丈夫だと思うんだけどね」

 大陸中部での彼女の言葉を思い出す。少なくとも、シェーグティーナは自分のことはある程度信頼してくれている。でも、他のみんなに対してはどうだろう。ルーフェとは、情報交換したとは聞いたけれど、それ以外の会話はほとんどしていないはずだ。

 もっとも、ルーフェの性格を考えると、シェーグティーナとは相性がいいかもしれない。けれど、そのルーフェのことも、自分はよく知らない。知っていた記憶は失われている。

「とりあえず、一人で考えるのはやめたら?」

 言いながら、リクリヤは廊下に続く扉を見る。レフィオーレは頷いて、その扉の向こうにいる彼女に声をかけた。いつ頃からいたのかはわからない。気付いたのは少し前。だからこそ、二つの目的について繰り返したのである。

 レフィオーレは椅子から立ち上がり、素早く扉を開ける。扉の外にいた少女、レーファ・スィーハは少し驚きながらも、微笑んでみせた。

「ごめん。立ち聞きする気はなかったんだけど、二人で大事そうな話をしていたから、邪魔するのは悪いかなって思って」

「そっか。体は休まった?」

「うん。それでレフィオーレに伝えようと思ったんだけど、部屋にいなかったから。探していたら声が聞こえてきて、ここに」

「いつから?」

 レフィオーレはスィーハに尋ねる。何気なく尋ねたが、重要なことだ。

「リクリヤに頼みがある、というあたりからかな」

「そうなんだ。じゃあ、最初から説明しないとだね」

 スィーハを部屋に招き入れて、レフィオーレはリクリヤに話したのと同じことをスィーハに話す。精霊神殿で起きたことは彼女も知っているので省略したが、フィルマリィとの会話については包み隠さず伝えた。

 話を聞いたスィーハは、頬を膨らませて不満を口にした。

「なんで相談の一つもしてくれなかったのさ。リシャのこと、わかっていればボクだって……ううん、ボクたちも協力できたのに」

「ごめんね。でも、失敗する可能性もあったから」

 フィルマリィの行った、精霊の力とぱんつの力の融合。本人が言っていたように、万が一の可能性があったのは確かだ。その対応も必要なのに、別の対応までさせるのは負担が大きいだろうし、気付かれればフィルマリィに何らかの対策をされる可能性もあった。

「まあいいや。今度は協力、させてもらうからね」

「ありがとう」

 屈託ない笑みを浮かべるレフィオーレに、スィーハも肩をすくめて微笑みを返す。

「それじゃあ、シェーグティーナの方はボクに任せてよ。一応、ボクだって彼女の弟子だったんだから。少なくとも、チェミュナリアやルーフェよりは彼女のことを知ってるよ」

「二人一組で、二手に分かれるんだね」

 目的を達成するだけなら一人でも十分だ。しかし、フィルマリィが何もせずに北へ向かったとは考えにくい。魔物に直接襲われることはないにしても、要所に魔物を配備して行動を遅れさせるくらいはしているに違いない。

「でも、スィーハはそれでいいの?」

 レフィオーレは尋ねる。彼女のことだから、自分と一緒に行きたいと言うものだと思っていたので、彼女からそう提案してきたことにやや驚いていた。

「時間がないんでしょ? なら、一番可能性が高い方法を選ばないと。彼女のためにも、君のためにも、リシャを救わないと」

「そうだね。それじゃ、組み合わせは私とチェミュナリア、スィーハとルーフェでいいかな。確定するのは二人にも話してからになるけど、戦力的にも、目的を考えてもその方がいいと思う」

 回避と防御はどちらも受け身であり、突破力に欠ける。足止めを目的として魔物に指示を出しているとするなら、突破する力は重要だ。

「ボクに異論はないよ。どうする? 今から呼んでこようか」

「今から?」

「うん。二人なら、きっともう大丈夫だよ。特にチェミュナリアは、ボクよりも早く立ち直っているんじゃないかな」

 レフィオーレはチェミュナリアを、スィーハはルーフェをそれぞれ部屋に呼びにいった。彼女の言葉通り、二人は既に立ち直っており、レフィオーレから話を聞いても動揺することはなかった。

「全く、あなたは本当に、無茶をするのが好きですね」

 チェミュナリアは苦笑とともにそう言って、大げさに肩をすくめてみせた。

「申し訳ないことをしました。レフィオーレ様だけに負担をかけて、私は……」

 ルーフェは動揺こそしていないものの、完全に立ち直ってはいないようだった。レフィオーレに対し、様をつけていることからもそれはよくわかる。ただ、それ以外に目立った変化はなく、冷静に思考ができる状態ではあった。

「二人一組の組み合わせ、二人ともこれでいい?」

 レフィオーレの問いに、二人はすぐに頷いてみせた。

「異論はありません。必ずや、目的を果たしてみせます」

「私にとっても、あなたと一緒というのは都合がいいですし……その通りにしましょう」

 硬い答えを返すルーフェ。チェミュナリアは何かを企んでいるかのような笑みを浮かべて承諾する。気付いたレフィオーレとスィーハは不思議そうに彼女を見つめたが、ここで答える気はなさそうだった。

「話はまとまった? 黄緑のりぼんは明日までに用意しておく。今日はもうゆっくり休んで……といいたいところだけど、その前に寸法を測らせてもらう。せっかくだから、スィーハ、あなたのも」

 リクリヤの言葉で、話は全て終了した。目的に対して動くのは明日。フィルマリィが戻ってくるまでに、迅速に行動しないといけない。

 翌日の朝早く、四人はリクリヤの家を旅立った。エラントル家の領地を抜けるところで二手に分かれ、それぞれの目的地を目指す。

 レフィオーレとチェミュナリアは、カランネル海岸を目指して歩いていた。道には魔物の姿はないが、まだ安心はできない。大陸南部での出来事を考えると、フィルマリィが大量の魔物を使役しているわけではないのは間違いない。

 実際、エラントル家の領地を守る魔物たちは、今でもリクリヤの友達として元気に活動していた。森林で襲ってきた魔物も少数で、神殿での戦いにも魔物は現れなかった。

 元々、精霊は魔物を自由に使役できるものではない。大陸北部では、ピスキィが暴走したことにより統率がとれていたが、そうでなければあくまでも友人として協力するだけだ。その気になれば、精霊の力で操ることも不可能ではない。だが、フィルマリィはリシャを生み出すのに多くの力を使い、大陸北部へ移動するのにも多少の力が必要となる。少数ならともかく、多数の魔物を操るようなことはできないだろう。

 フィルマリィが素材の事を知っている、という前提であれば、守らせるのはカランネル海岸の周辺だ。地上ではなく、海の中を水棲型の魔物に守らせるのが一番確実だろう。

 戦う必要はなく、素材を隠してもらうだけであれば、協力する魔物は少なくないだろう。時間を稼ぐことだけを考えるなら、最適な手段である。

 レフィオーレとチェミュナリアは、一度も魔物と遭遇することなくカランネル海岸に到着した。海水浴場には客の姿は見えず、二人はアルコットに会うことにした。

「こんにちは、アルコットさん」

「お久しぶり……というほどでもないですね」

「二人だけ?」

 アルコットは微笑みながらも、首を傾げてそう尋ねた。

「はい。事情がありまして……」

 レフィオーレは簡単に精霊神殿へ旅立ってからの経緯を説明する。静かに話に耳を傾けていたアルコットは、話が終わってから小さく頷いてみせた。

「そう。なら、早めにお願い」

「早めに、というと予約でも入っているのですか?」

 チェミュナリアの質問に、アルコットは首を横に振って答える。

「魔物。海水浴場に魔物が増えたから、お休み中」

 その言葉に、レフィオーレたちはやや緊張を高める。さすがにここまで襲ってくることはないだろうが、海水浴場に近づくと交戦になる可能性もある。

 その間に、アルコットは手元にあった紙に何かを書き、レフィオーレに手渡した。そこには海水浴場周辺の地図と、丸の形が描かれていた。丸の形はいくつか、海水浴場の側から結構泳がないといけないところにある崖の側まで、色々なところに散らばっていた。

 渡された紙はもう一枚あり、そちらには貝殻の絵が詳細に描かれていた。それが目的の貝殻を示すものであることは聞くまでもない。

「今までに見つかった場所。でも、簡単には見つからない」

「これは少々、時間がかかりそうですね」

「うん。一日でもどうにかできそうだけど、魔物もいるし、今からだと夜が明けても終わらなそう。今日は近くの場所を調べて、様子見がいいかな」

「そうですね。アルコットさん、宿は問題ないですね?」

 アルコットは笑みを浮かべて大きく頷いてみせた。海水浴場は使えなくとも、宿の準備は万全だという自信が伝わる反応である。

 最初に調べるのは宿――アルコットの家の側にある、小さな砂浜。唯一、浅いところに印がついている場所で、レフィオーレとチェミュナリアの二人で調べることができる。アルコットによると、滅多に見つかることのない場所だという。ここで貝殻が見つかればよし。見つからなければ、周囲を歩いて魔物の様子を確認する。

 レフィオーレを先頭に、チェミュナリアが続いて海に入る。浅いとはいっても、全身で潜る必要はない程度で、二人の体は腰まで海に沈む。とはいえ、ぱんつの力で濡れて重くなることはないので、動きに支障はない。

 魔物の姿は近くには見当たらない。チェミュナリアが周囲を警戒しながら、レフィオーレが目的の場所から少し離れたところで息を吸い込み、屈んで水中を確認する。目的の場所の周辺に魔物の姿は見当たらない。

 安全を確認して、二人は印で示された場所を探索する。息を吸い込み、水中を探索するレフィオーレ。チェミュナリアは念のためにと彼女の前に出て、魔物を警戒する。

 大きく息を吐く音とともに、レフィオーレが水面から顔を上げる。

「どうでした?」

 何も手に持っていないのを知りつつも、深いところに埋まっていてすぐに掘り出せなかった可能性も考え、念のためにと確認する。

 レフィオーレは首を横に振って、それに答える。

「他のところの様子、見に行こうか」

「了解です」

 二人はすぐに頭を切り替えて、次の目的を果たすことにする。滅多に見つからないということから、ここで見つかるとは期待していなかったので、落胆はしない。

 レフィオーレは水色と白の縦じましましまぱんつにはきかえて、カランネル海水浴場の海に潜る。印のついた場所には近づかず、海全体の様子を確かめる。チェミュナリアは砂浜を歩いて水面の様子を確認しつつ、岩陰に魔物が潜んでいないかを確かめる。

 アルコットの言葉通り、前に海水浴場に来たときは見かけなかった魔物の姿がちらほらとあった。といっても、巨大な魔物や強そうな魔物は少なく、レフィオーレたちなら威嚇するだけでも逃げていきそうな魔物たちばかり。一般の人であっても命の危険はないだろうが、遊びに夢中で気が緩んでいるときに遭遇したら、怪我をする可能性はあるし、冷静さを欠いてしまえば溺れる可能性も十分にある。

 二人は一通り調べ終わると、アルコットの家に戻ることにした。強敵はいないにしても、調べる範囲の広さから時間がかかるのは確実で、素材を隠すなり、守るなりされていればより時間がかかる。

 アルコットの家に戻ったレフィオーレとチェミュナリアは、それぞれの部屋に案内される。ここで体を休めて、明日は本格的に貝殻を探すことになる。

 レフィオーレはベッドに腰掛けて、明日のことについて思考を始める。

 レフィオーレとしては、なるべく魔物とは戦わずに、貝殻を探したいと思っていた。暴走していたり、好戦的だったり、身を守るための戦いなら躊躇はしない。しかし、あの場にいる魔物たちは、おそらくフィルマリィに協力しているだけだろう。

 それもおそらく、彼女の目的は知らされないままに。騙されているわけではないが、隠されてはいる。そのような魔物たちを倒したくはない。弱い魔物しかいないのが幸いだが、印で示された場所の近くには強い魔物もいるかもしれない。

 威嚇だけでは足りない相手にどうするか、そうレフィオーレが考えていたとき、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「誰?」

「私です。少々お話、よろしいでしょうか」

 聞こえて来たのはチェミュナリアの声だった。ベッドから立ち上がり、レフィオーレは扉の前まで向かう。

「いいよ。今、開けるね」

「ありがとうございます」

 扉を開けて、対面したところでレフィオーレは尋ねる。

「明日のこと?」

「それもあります」

 遠慮なくチェミュナリアは部屋に入る。微笑みながら答えた彼女の言葉に、レフィオーレは首を傾げたが、とりあえずベッドに座ってから話すことにした。

 一つのベッドに、隣り合うようにして座るレフィオーレとチェミュナリア。話を切り出したのはチェミュナリアだった。

「少々気が早い話だとは承知していますが、あなたはこれからどうするつもりですか?」

「これから? 貝殻を見つけて、フィルマリィとの戦いの対策を練って……彼女を止めて、リシャも助ける」

 レフィオーレはなんでわざわざそんなことを、と思いながらもすらすらと答える。彼女もわかっているはずのことだが、聞かれたら答えない理由はない。

「それからは?」

「それ……から?」

 今度はすぐに答えられない。それさえ終われば、世界の危機は救われるはずだ。

「えっと、フィオネストに世界の危機が去ったことを確認してもらう?」

 他にやるべきことはこれくらいだろうかと、レフィオーレは答える。すると、隣からため息が聞こえた。求めていた答えではなかったという反応。何か、重要な事を見落としていたのかと、レフィオーレは真剣に考える。

 そんな彼女の横顔をじっと見つめながら、チェミュナリアは再びため息をつく。そして優しい声で、レフィオーレに答えを伝える。

「少々、言葉が足りませんでしたね。世界の危機を救ったあと、あなたが何をしたいのか、ということです」

「世界の危機を、救ったあと?」

 レフィオーレはぼんやりと言葉を繰り返す。その意味はわかる。けれど、突然の話題転換に思考が追いついていなかった。

「はい。精霊国の姫として、リース・シャネア国の姫、その妹であるあなたのことは、今後もよく知っておかねばなりません」

「そっか」

 レフィオーレの素っ気ない答えに、チェミュナリアは用意していた言葉を付け加える。

「ええ。そしてまた、一緒に旅をした仲間。大事な友人の一人としても、ね」

 さらりと放たれた言葉に、レフィオーレは戸惑う。聞き間違いでなければ、彼女は確かに友人と言った。仲間だけでなく、友人と。

「何を不思議そうな顔をしているのです。あなたは私を友人とは思っていないのですか? それとも、私が友人では不満だと?」

「そ、そうじゃないよ。でも、えっと……」

 慌てて否定するレフィオーレだったが、言葉が続かない。チェミュナリアは黙って彼女の言葉を待ち、答えは急がせない。ここまで言葉を尽くせば、あとは彼女の問題。時間さえ与えれば必ず答えは返ってくる。

 その信頼に答えるかのように、レフィオーレは少しの沈黙ののち、口を開いた。慌てた様子は消えているが、どこか自信なさげな声で。

「チェミュナリアのことは大事な仲間だと思ってる。今はそれだけでも、いつか友人になれたらいいなとも思ってた。だから……」

「前にここに来たときに、遊びたい、などと言ったのでしょう?」

 続く言葉を奪われて、レフィオーレは黙ってしまう。代わりに言葉を繋いだのは、奪った本人であるチェミュナリアだ。

「あなたは、私のことを買い被りすぎです。ただの仲間としか思っていない相手と、遊びに付き合うほど私はお人好しではありません。友人と思っているからこそ、一緒に遊ぶことを承諾したのですよ」

「そっか。そう、なんだ」

 少し前と同じような答え。しかし、そこに先程のような素っ気なさはない。顔には微笑を浮かべ、声からは嬉しい気持ちがはっきりと伝わってくる。

「さて、それでは質問に戻りましょう。あなたは、戦いが終わったらどうしたいのです?」

「考えてない、じゃだめかな?」

 レフィオーレは素直に答える。それからのことなんて考えてない。世界の危機を救ってもいないのに、考えるのはまだ早いと思うから。

「世界の危機を救うことに全力を注ぐ、と」

 チェミュナリアの言葉に、レフィオーレは大きく頷く。

「あなたらしい答えですね。まあ、いいでしょう。これからのことは、スィーハがよく考えているでしょうから。ただ、これだけは言っておかねばなりません。戦いが終わったら、私は精霊国の姫として、リース・シャネア国との国交を結びたいと思っています。そのためにはあなたの協力が不可欠です。記憶の戻っていないあなたには少々辛いかもしれませんが、そのときは協力をお願いします」

「いいよ。記憶のことは、気にしないで。もしかすると、リース・シャネア国で何らかのきっかけが掴めるかもしれないし、元々、確かめに行くつもりだったから」

「ありがとうございます」

 感謝の言葉を口にすると、チェミュナリアは一呼吸おいてから、再び口を開く。

「では、明日のことについても話しましょうか」

「うん」

 レフィオーレは真っ先に、魔物との交戦を避けたいという旨をチェミュナリアに伝える。弱い魔物は威嚇し、強い魔物は可能な限り倒さずに、怪我をさせる程度で抑えたいと。しかし、後者が非常に困難なことであるのはレフィオーレも理解していた。

 最大の目的である、染料となる貝殻を探すことを優先しなければならない。

「私としても、魔物を倒さずに済むならそうしたいところです。そう、ですね……魔物たちがフィルマリィの命令を受けているのではなく、知人・友人として協力しているだけであれば、手がなくはないです」

 そう言ったチェミュナリアの表情はやや暗く、レフィオーレは素直に喜ぶことはできない。しかし、手段があるというのなら詳しく尋ねないわけにはいかない。

「どんな方法?」

「なるべくならやりたくない行為ではありますが、私の力で、魔物たちを使役します。融和ではなく、服従という形で。といっても、この短時間では一時的に使役することしかできませんが、貝殻を捜索する時間を確保するには十分でしょう」

「使役……」

 レフィオーレはぼそっと呟く。チェミュナリアが魔物に乗って大陸中部にやってきたことを思い出しながら、言葉の意味を考える。

 その様子を、チェミュナリアは少しの間不思議そうに眺めていたが、やげてその反応の意味を理解する。

「そういえば、あなたには話していませんでしたね。精霊国の姫として、私には魔物を使役する力があるのです。詳しい方法は話す必要がないので省くとして、その場合、私が好むのは融和による使役。リクリヤの言う、友達というのをより深めたもの、と捉えてもらえば結構です。そしてまた、融和ではなく、力によって強制的に服従させる方法もあります」

 チェミュナリアが魔物の使役について話をしたのは、大陸北部でのこと。一応、その場にレフィオーレもいたことはあるが、記憶には残っていない。そこにいたしまぱん勇者はリシャであり、レフィオーレではなかった。

「頼める?」

「引き受けましょう。強制的とはいえ、命を奪うよりはいいはずですから。暴走しているならまだしも、精霊に真実を知らされぬまま、動いている者たちを死なせるわけにはいきません」

 そして翌日、朝早くにレフィオーレとチェミュナリアはカランネル海水浴場の海へ向かう。水色と白の縦じましまぱんでいつでも潜れるようにしているが、すぐに水中には向かわない。

 チェミュナリアは赤りぼん装飾つきのしろぱんつをはき、おもむろに杖の先を水中に沈ませる。力強い視線を水面に送り、杖の先にぱんつの力を込める。

 海中に注ぎ込まれた力は、ゆっくりと海全体に広がっていく。カランネル海岸、カランネル海水浴場の海中にいる、全ての水棲型魔物をまとめて服従させ、使役するには、ゆっくりしているようでいて、最も早い手段。

「私の名はピスキィ・ルィエール・チェミュナリア。魔物を使役せし、精霊国の姫。海に棲む魔物たちよ、私の声が聞こえるなら今すぐに服従なさい。あなた方の命、そして心を全て私に預けるのです」

 チェミュナリアは淡々と言葉を放つ。威厳もなければ、辛さも見えない、静かで落ち着いて冷淡な声。魔物に対する、姫からの有無を言わさぬ命令。

 そのまま少しの間、じっとしていたチェミュナリアだったが、やがてゆっくりと杖を水面に引き上げる。大きな息をついてから、海に向かって杖を軽く振ってみせる。

「跳びなさい」

 小さな声。直後、数十体の魔物が水面を跳ねる。それがチェミュナリアの命令を受けてのものであることが一目でわかる動作。

「無事に成功しました。強い魔物はそう多くありませんでしたが、少なくもありません。私は陸上の魔物を警戒しています。レフィオーレ、あとは頼みますね。言うまでもないかと思いますが……」

「うん。なるべく早く済ませるよ」

 言うが早いか、レフィオーレは水中に身を沈める。範囲は広いが、魔物に襲われる心配がないのなら、場所を間違えさえしなければ問題ない。といっても、水中にいると距離感が掴みにくいのも事実。地図を片手に慎重に行動する必要はあった。

 レフィオーレが次に水面に顔を出したのは、その日の夕方だった。

 片手には、数枚の貝殻が。昼食を取る時間も惜しんで、探すことに専念したしまぱん勇者は無事に目的を達成し、彼女が砂浜に戻ってきたところで、チェミュナリアは再び杖の先を海中に浸す。

「自由に行動なさい」

 一度服従させた魔物たちを、簡単に解放することはできない。とはいえ、力を込めてやや強い命令を下すことなら簡単だ。最初に注ぎ込んだ力と、使役した魔物の数から、放っておいても魔物たちは自由に動けるようになる。

 だが、それだけでは再び彼らはフィルマリィへの協力を続けるだけ。最後に命令しておくことで、それを中和する。魔物のためにも、アルコットのためにも必要なこと。

「戻ろうか」

「ええ。そうしましょう」

 チェミュナリアは頷いて、レフィオーレとともにアルコットの家に戻る。彼女に貝殻が目的のものに相違ないことを確認してもらってから、二人は宿で一泊してからリクリヤの家に戻ることにした。

 ぱんつの力は十分で、枯渇しているわけではないが、減っているのは確か。急いで戻るところを、フィルマリィの命令を受けた魔物に襲われる可能性もゼロではない。

 大勢の魔物を使役していないにしても、彼女が数体の魔物を使役しているのは大陸南部に着いたときに知っている。弱い相手ではあっても、力を温存するに越したことはない。万全の状態であれば、彼らも襲ってくることはないだろう。時間稼ぎさえもできないのだから。

 その頃――といっても、時間は少し戻るのだが――シェーグティーナを探して旅立ったスィーハとルーフェの二人は、フィルマリィ王国で聞き込みをしていた。精霊都市の巫女服という独特な衣装の赤髪の少女の姿は印象的で、見かけたものがいればすぐに気付くはずだ。

 結果、城下町の住人で見かけた人は一人もいなかった。見かけたという情報をくれたのは、東からやってきた旅人や商人だけ。

 ただ、その場所はばらばらで、クラングレッソだったりカルスティルだったり、途中の道だったりと、現在どこにいるのかという情報はなかったが、必要な情報は十分得られた。

「東にずっといるのは間違いなさそうだね」

「ええ。早速向かいますか?」

 聞き込みを終えたのは昼下がりよりは遅いが、夕方にもまだまだ早い時間。今からなら、カルスティルまでは無理でも、クラングレッソまでなら到達できるだろう。

「当然。レフィオーレたちを待たせるわけにはいかないからね」

 スィーハは迷う様子を一瞬たりとも見せずに、同意を示す。

 エラントル家の領地からの距離は同じくらいだが、フィルマリィ川を直進できないこと、複数の街を回ることを考えると、かかる時間は多少なりとも長くなる。それに加え、シェーグティーナとアルシィアに、一晩かけて黄緑色のりぼんに力を込めてもらうのだから、よほどあちらが難航していない限り、先に戻るのはレフィオーレたちになるだろう。

 貝殻から水色の染色剤を抽出して、仕立てる時間もあるので、彼女たちと同時に戻る必要はないから問題ないとはいえ、ゆっくりしていて二日三日と何日も遅れるわけにはいかない。

 スィーハとルーフェの二人は、すぐに城下町を旅立って、ルレックル大橋を渡り、クラングレッソを目指す。カランネル海岸とエラントル岬の間に比べれば、人通りもそれなりにある道だから、魔物を配備して警戒されている可能性は低い。

 念のために、東からの旅人や商人には、待ち伏せしているような魔物を見かけなかったかという質問をして、特に見かけなかったという答えも得ている。

 警戒はしておくものの、一応といった程度のものである。襲うための待ち伏せではなく、情報収集のための監視くらいはされているのかもしれないが、放置していても問題ない。対策をしていることがフィルマリィに伝わろうが伝わらまいが、やらなければならないことに変わりはないし、対策の効果にも大きな影響はない。

 何事もなくクラングレッソに着いた二人は、宿をとってから、城下町でしたように聞き込みを開始する。結果、シェーグティーナの目撃例は増えたが、現在地の特定につながる情報は得られなかった。

 クラングレッソは広くないとはいえ、建物の中まで全て調べる時間はないので、ここにいる可能性も残る。

「どうしよっか?」

「別行動、という手もありますが……」

 二人でカルスティルへ向かうと、すれ違いの可能性もある。一人がクラングレッソに残り、もう一人がカルスティルへ向かえばその可能性は消えるが、魔物と遭遇した場合の対応を考えると、一人では限界がある。魔物たちに倒される危険はなくとも、シェーグティーナとの遭遇を防ごうとされたら突破するのに時間がかかってしまう。

 宿の一室で、スィーハとルーフェは思案する。夜遅く、今日のうちに動くわけではないから考える時間はある。

「目撃例はあるけれど、居場所は特定できない……か」

 スィーハが呟く。手がかりを残さないなんて、まるで隠れているみたいだと思う。しかし、彼女のことを考えるとそれも当然かもしれない。

 アルシィアと同化し、不死……かどうかはわからないが、不老となって二百年もの長い間を二人だけで生きてきたシェーグティーナ。人との過度な関わり合いを避け、記憶に残るような目立つ行動をしないようにしていたとしても不思議ではない。

 けれど、とスィーハは思う。今まではそうだったかもしれないが、レフィオーレと出会ってからの彼女は、少し変わったように見えた。

 といっても、昔のシェーグティーナを知っているわけではないから、初めて出会ったときからの短い変化ではあるのだけど、それでも確かに変わっている。それなら、今も同じように隠れるような行動をとっているのは、別の理由があるのではないか。

「フィルマリィに見つからないように……?」

 とすると、考えられるのはそれくらいだろうか。魔物の監視を逃れるために。

 しかし、彼女ならフィルマリィが現在ここにいないことはわかっているはずだ。魔物に見つかったとしても、魔物からの情報がフィルマリィに届けられることはない。

「ふむ。では、ここで待つというのもよいかもしれません」

 スィーハの呟きを受けて、同じようなことを考えていたルーフェが提案する。

「待つ?」

 意外な提案に、スィーハは思わず聞き返した。クラングレッソを拠点に探す、というのならわかる。しかし、ただ待つだけというのは時間がもったいないように思う。

「そうです。彼女の魔物への対応力は、戦いという観点を除いては、私たちより遥かに長けています。現に、私たちは監視されているであろうことはわかっていても、どこにその魔物がいるのかはわかっていない……そうでしょう?」

「うん。そうだね」

 スィーハは頷く。空からなのか陸からなのか、それさえもはっきりとはわかっていない。ただ何となく、そんな気がするというだけで、確信もない。

「ボクたちが下手に動くと、シェーグティーナが動きにくくなる、ってことだね」

「その通りです。あなたも、前より成長しているようですね」

 ルーフェは微笑んでみせる。以前の――大陸北部で一緒に戦ったときのスィーハであれば、もっと言葉を尽くさないと理解はできなかっただろう。

「当たり前だよ。レフィオーレにだけ、任せるわけにはいかないからね」

 そこまでは自信満々に。笑顔で口にしたスィーハだったが、続く言葉は苦笑とともに続けられた。

「なんて、まだまだ追いつけてないんだけどね。リシャのこと、ボクには気付けなかった」

「それは私も、チェミュナリアも同じです」

 仕方ない、といえばそれまでのことである。大陸北部で、一緒に戦い、旅をしたリシャに対して、三人が思考を鈍らせてしまうのは仕方ない。

 その一言で片付けてしまうのはいけない気がするけれど、片付けるしかないことでもある。それを利用されたことでフィルマリィやリシャと戦う羽目になったと同時に、リシャを救える可能性も得られたのだから。考えるべきは、その可能性を可能性のまま終わらせず、実現させること。そうしなければ、世界の危機を救っても大きな悔いが残る。

「それじゃ、そうしよっか。明日も聞き込み、がんばろう」

「はい。そのように」

 必死になって探し回る必要はない。しかし、シェーグティーナを探している二人がいる。その情報が彼女に伝わるくらいの行動はしておかないといけない。

 幸い、クラングレッソは旅人や商人がよく訪れる、街。大陸中部と、南東部、南西部の中間点であり交差点。情報の拡散にはうってつけの場所だ。

 そしてまた、人に溢れた活気のある街では、魔物も街中まで監視することは難しいだろう。飛行型の魔物にしても、陸上型の魔物にしても、長時間監視していれば不慣れといえど、気付くことは容易。せいぜい、今も街にいるかどうかの確認をたまにするくらいだろう。

 シェーグティーナが魔物の監視を気にする理由は未だわからないが、気にしているというのなら、彼女に合わせるまでだ。

 その日の夜はゆっくりと休み、次の日は朝早くから行動開始。シェーグティーナからの手紙が届いたのは、その日の夕方だった。

 宿屋の主人によると、昼過ぎに一人の少女がやってきて、手紙を残していったという。彼女のこれまでの行動と、手紙に書かれていた内容から、その少女がシェーグティーナ本人であると判断するには十分だった。

 手紙の内容は、今夜もう一度訪れること、具体的な時間は示せないから待機していて、という簡潔な文章に、事情はある程度は理解しているつもり、という言葉が加えられただけの短いものである。

「思ったよりも早かったね」

 部屋に戻って手紙を読んでいた二人。スィーハはベッドでくつろぎながら、そう言った。情報が広まるまでの時間を考えても、もう少しかかると思っていたが、予想外の早さに彼女はやや驚いていた。

「おそらく、この街にいたのでしょうね」

 冷静なルーフェの言葉に、スィーハも同意を示す。

「何にせよ、思ったより早く解決できそう。聞きたいこともあるけれど、ね」

 どこで事情を知ったのか、という点についてはしっかり尋ねないといけない。もっとも、フィルマリィは派手に精霊の力を使ったのだから、それに気付いただけという可能性が濃厚だけど、それ以上のことも知っているなら説明の手間が省ける。

 宿での夕食を終え、月がもうそろそろ天高く昇ろうとしていた頃、シェーグティーナはやってきた。宿の正面から堂々と、主人を通して二人の泊まる部屋へ。

「レフィオーレとチェミュナリアは別行動?」

 部屋を見回して、巫女服を着た少女はすぐにそう聞いてきた。

「うん。西の方にいるよ」

「そう。想像していたより、事態は大きそう」

「それについて、詳しく教えていただけますか?」

「詳しく、というほどは知らないけど」

 シェーグティーナは部屋の椅子に腰を下ろして、言葉を続ける。

「フィルマリィが大きな力を使ったのは気付いた。そして、少ししてから私たちを魔物が監視し始めた。彼女の気配は遠ざかっていったから、動きを報告するものとは思えない。目的は不明だったけど、少なくとも私たちを排除しようとする動きはなさそうだったから、そのままにしていた。だから、何か目的を果たすにしても、すぐにはないと思っていたけれど……。次はあなたたちの情報、教えてくれる?」

 ルーフェとスィーハはこれまでの事情をかいつまんでシェーグティーナに伝えた。最後の一番重要なこと、黄緑色のりぼんに精霊――アルシィアの力を込めてもらいたいということに関しては、特に詳しく話す。

 話を聞いたシェーグティーナは、小さく頷いてから手を差し出した。

「りぼん、渡して。力を込める必要があるんでしょ?」

「うん。そうだけど、いいの?」

 特に説得する必要もなく、あっさりと承諾してくれたことにスィーハはやや驚いていた。

「抵抗して、あなたにまで仲良くなりたいなんて言い出されても困る。それに、協力してあげるって言ったでしょ? あれは別に、レフィオーレだけに言ったわけじゃない」

 呆れた顔で、頬には微かな笑みを浮かべながらシェーグティーナは答えた。スィーハはルーフェと顔を見合わせて、小さく頷いてから黄緑色のりぼんを彼女に手渡す。

「それじゃ、また明日……といいたいところだけど、ここでやった方が効率的。危険もない。話はつけておいたから、同じ部屋にいさせてもらう。相手、お願いね」

「相手、ですか?」

 ルーフェが首を傾げる、スィーハも同じように顔に疑問の色を浮かべていた。

「アルシィアの力を込めるんだから、当然でしょ? このままでもできなくもないけど時間もかかるし、完璧にできるとは限らない。正直、今までのことを考えると心配はあるけど、仕方ない」

 そこまで言われて、二人は彼女が何をしようとしているのか理解する。シェーグティーナは目を閉じて、数秒の後にその目を開いた。彼女の姿に変わりはない。きょろきょろと辺りを見回すようなこともない。ただ、話し方だけは変わっていた。

「こんばんは。こうしてしっかり話すのは、初めてですね」

 シェーグティーナ――アルシィアはりぼんを片手に、もう片方の手をシェーグティーナの胸にあてながら、笑顔で挨拶した。

「……やっぱり、成長はしてない。ごめんなさい、シェーグティーナ。私のせいで」

 そのまま自分の体の胸を揉みしだく。もう片方の手、りぼんには淡い光が集まって精霊の力が込められているのがわかるが、誰もそちらに注目はしていなかった。

「残念。一度、あなたの意思で渡したからには、もう止められない。安心して、役目はちゃんと果たすから」

「……これの、相手?」

「そのようですね」

「こうして出るのは、えっと……五十年ぶり、くらい? 前のときは……ふふ、これ以上はシェーグティーナに本気で怒られそうなので、やめておく」

 なんのことだか気になるスィーハだったが、無理に追求することではないと思ったので諦める。ルーフェは一人頷いて、何となく理解を示していた。

「シェーグティーナの名誉のために言っておくけど、そちらの騎士さんの想像ほどのことはしてないから」

「……そうですか」

 明らかに落胆の色を見せるルーフェ。非常に気になるスィーハだったが、聞いてはいけないことのような気がして口をつぐんだ。

「それはそうと、フィルマリィについて何か知りませんか?」

 突然、真面目な話題に変えたルーフェに、アルシィアも真剣な顔で答える。

「最近のことは知らない。でも、一つだけ言えるのは、昔から彼女はあんな感じだったということ。彼女は、昔から変わっていない」

 知識を求め、高みを目指す。精霊とぱんつの力の融合。昔はできもしない夢を語っていただけで、冗談だろうと思っていたと、アルシィアは語った。

「でもまさか、実行に移すなんて……精霊として、あなたたちにお願いします。必ず、フィルマリィを止めてください。今はまだ、大丈夫かもしれない。でも、放っておくと彼女は、どこまでも追求する。それ自体は否定しないけれど、彼女が一人でやるべきことではない」

「言われなくても、そのつもりだよ」

「ええ。お任せください。私たちはしまぱん勇者とその仲間。世界の危機は、必ず救ってみせます」

 スィーハとルーフェは決意を改めて表明する。アルシィアは微笑んで、ようやく胸を揉んでいた手を離した。

 そのまま一晩、二人はゆっくりとベッドで休み、アルシィアは眠ることなく力を込め続けていた。スィーハたちは体調を心配したが、彼女によるとシェーグティーナはその間に眠っているそうで、元に戻れば問題はないらしい。

 そして翌日、その言葉通りに普段通りのシェーグティーナが、精霊アルシィアの力が込められた黄緑色のりぼんを手渡した。

「ありがとう」

「ええ。……けど」

 シェーグティーナは自分の体を見つめる。特に激しい動きは必要ないはずなのに、なぜだか彼女の着衣は乱れていた。

「問題はないと思います。そのような声が聞こえたなら、私が気付きますから」

「そう。その能力、私にも少しくらい欲しいかも」

 はっきりと言い切るルーフェに対して、苦笑しながら彼女は言った。

「じゃあ、あなたたちは戻って。監視の目については、私がどうにかするから」

「わかりました」

「ありがとう。シェーグティーナ!」

 宿の前。礼をするルーフェと、手を振って元気に挨拶するスィーハを見送って、シェーグティーナはふと空を見上げた。そこには青い空が広がるだけで、魔物の姿はない。

「……さて、と」

 シェーグティーナは呟いて、街の外へ向かって歩き出した。足取りは軽くなく、その瞳は真剣そのもの。とても、やることをすべて終えて、安堵した者の顔には見えなかった。


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