しましまくだものしろふりる

第二章 大陸中部精霊記


 ルトラデ湖の周りに人が集まり、それが次第に増えていき街となったのがコルトラディだ。大陸中部の者が好む木造の建物が多い中、僅かにある石造りの家は大陸北部や南部から来た職人が建てたもの。

 湖の岸には舟が泊まり、漁をしている舟の姿もちらほらと見える。漁村に縁のあるレフィオーレとスィーハにとっては、海と湖の違いはあっても懐かしいものだった。

 街の規模は大きく、湖の周囲に作られたという性質上、人の集まる場所も四方にばらけているため人を探すのは簡単ではない。姉の姿を知っているのはミリィだけなので、二手に分かれることもできない。

「まずは宿を探そうか」

「そうだね。ミリィ、わかる?」

 ミリィはこくりと頷く。時間はまだ昼を少し過ぎた頃。三人は湖の北にある宿を予約しておいて、まずはその周辺で聞き込みをすることにした。

 しかし、そこで得られた情報はそれまでの村で得た情報と大差ない。だが、ここがコルトラディであることを考えると、それだけでも充分な情報となる。北からすると距離の近い東や西の情報は集まりやすいはずだ。

 それなのに大差のない情報ということは、ミリィの姉は南側にいる可能性が高い。

 翌朝、早速三人はコルトラディの南へと向かった。湖を横切る船はなく、陸路になるため遠いが、半日もあれば問題ない。

 南側で聞き込みをすると、すぐにより具体的な情報が得られた。コルトラディの南にある、大きな時計塔。その周辺に作られた広場で似たような女の子を見かけた、という情報が数人の口から伝えられた。

 時間は朝、昼、夕方とまちまちだったが、どの時間にでもいると考えれば不思議ではない。

 時計塔広場についた三人は、ミリィを先頭に周囲を見渡す。レフィオーレとスィーハがあの子かなという女の子を示し、ミリィが確認していく。時計塔広場は子供の遊び場でもあり、すぐには見つからない。

 けれどきっと見つかると信じて探し続けていると、レフィオーレが声を上げた。視線の先にいるのは幼い少女。深い青色の長い髪はポニーテールに、着ている服はスカート丈の長いノースリーブのワンピース。瞳の色は遠くてよくわからないが、深海色に見えなくもない。

「行きましょう」

 ミリィは静かに言って、ゆっくりとその少女に近づいていく。そしてある程度近づいたところで、確信を持ったように言い切った。

「エリです。間違いありません」

 言葉と同時に足を速める。レフィオーレとスィーハもそれを追いかけていく。近づいてくる三人の姿に気付いた少女は、ミリィの姿を見て目を見開いた。

「ミリィ! なんで来たの? 私たち――むぐ」

「エリ、黙って」

 いきなりまくし立てるエリの口を押さえて、ミリィは彼女の耳元で何かを囁く。それから二人はレフィオーレとスィーハに背を向けて、ひそひそと何かを話していた。

「話はつきました」

「セグナシア・エリだよ。レフィオーレ、スィーハ、ミリィの頼みを聞いてくれてありがとう」

「どういたしまして、でいいのかな?」

「いいんじゃないの?」

 レフィオーレとスィーハは苦笑を浮かべる。何かを隠しているのは明らかだが、とりあえず感謝は素直に受け取っておこうと思う。

「それで、早速なんだけど、もう一つお願いがあるんだ」

 エリは両手を合わせて、笑顔を見せる。隣のミリィはほんの少し首を傾げている。

「もしかすると知っているかもしれないけど、ルトラデ湖に大きな魔物がいてコルトラディの人たちが困っているんだ。あの子、ちょっと影響を受けちゃってるみたいで」

 二人とも噂や情報を聞いたわけではないが、湖に出ている舟の様子から何となく変な気はしていた。停泊している舟の数の割に漁に出ている数が少なく、漁をしている範囲も沿岸ばかりで湖の中央には近づいていなかった。

 ただ、そのことよりもレフィオーレたちには気になることがあった。

「影響って、精霊の?」

「あ!」

「……エリ?」

 レフィオーレに聞かれて、しまったというような表情をするエリ。ミリィは非難するような視線を向けているが、慌てるエリはそれに気付く様子もない。

「う、うんとね、なんだろう、精霊がその、えっと……今はとりあえず気にしないで!」

「うん。ところで、エリの名前も精霊ミリィエリからとったの?」

 次の質問はスィーハから。

「え? とるもなにも元々――むぐ」

「なんでもありません」

 ミリィに口を押さえられて声を出せなくなるエリ。そのままミリィが言葉を続ける。

「とにかく、今は忘れてください」

「うん、そうするね」

「レフィオーレがいいなら、ボクもそうするよ」

 気になることがないわけではないどころか、大いに気になることがあったが、今はこれ以上詮索しないことにした。多分、しつこく聞けば話してくれると思うけれど、今はそれよりも魔物がいて街の人が困っているということの方が重要だ。

 落ち着いたエリに詳しく話を聞くと、その大きな魔物は数週間前から暴れているという。そして、最初のうちは湖の中央からほとんど動かなかったものの、日に日に行動範囲が広がって岸に近づいているらしい。

 精霊ピスキィの暴走は止めたとはいえ、しまぱん勇者とその仲間の旅はまだ続いている。ぱんつの力を完全に引き出し、強い魔物とも戦える力を持つ者として、これを放っておくことなどできない。

 そしてもうひとつ、ローレステでの訓練の成果を試す絶好の機会でもある。事情はわからないが、大陸北部のように精霊が暴走していないと、積極的に魔物と戦う機会などそうはない。

「問題は、湖にいることだよね」

 レフィオーレが言う。しましまぱんつとふりるぱんつの力を引き出せても、湖の中を自由に動き回る魔物を相手に、小さな舟の上で戦うのでは不利だ。弓の使えるルーフェや、魔物に乗って空を飛べるチェミュナリアがいれば話は別だが、いないのではどうしようもない。

「水の中で戦えればいいんだけど」

「それでしたら、祠にあります」

 何気ないレフィオーレに一言に、ミリィが答える。

「どういうこと?」

「湖の中央に浮かぶ島、その祠には縦じまのしましまぱんつが祀られています。その力を使えば、水中の魔物とも互角に渡り合えるはずです」

 世界が生まれたとき、大陸に最初から存在した精霊とぱんつ。精霊が祀られるのと同様、ぱんつも祀られる対象だ。しかしぱんつは衣服でもあるので、普通のぱんつなら人の手で作れてしまう。なので祀られるのは創世時代から存在していたという、一部のぱんつのみだ。

 もちろん全てのぱんつが祀られているわけではない。例えばレフィオーレが今はいている水色と白の横じましましまぱんつは、リース・シャネア国の国宝として保管されていた。スィーハの白無地のふりるぱんつも、浜辺に流れ着いたのを幼いスィーハが見つけたものだ。

 創世時代から存在するぱんつはそのものがある程度の力を持っていて、炎に焼かれても燃えることはないし、剣で斬られても裂けることはない。精霊が消滅しないのと同じである。

 とはいえ、持っているのはただ存在を維持するための防護の力だけ。基本的に引き出せる力は、優秀なぱんつ職人が作ったぱんつと変わらない。

 ただ、創世時代のぱんつは人の手で再現するのは非常に難しいものでもある。布の一枚、糸の一本からこだわり抜いて、寸分違わぬ縫い方をできる者は大陸に片手で数えるほどしかいない。

「でも中央って言ったら……」

 スィーハの言葉にみんなが黙る。大きな魔物は湖の中央を拠点としている。祠に戦える力があるとしても、そこまで近づけなければ意味がない。

 職人を探して作ってもらうにしても、縦じまの色の組み合わせ、しましまの本数と太さを完璧に再現しないことには、同様の力を引き出すことはできない。仮に誰かが過去に見たものを完璧に覚えていたとしても意味はない。創世時代のぱんつは、当時のぱんつの力を完全に引き出せる者の成長に合わせて大きさが変化する。だからこそ、レフィオーレとスィーハは幼い頃からずっと同じぱんつをはき続けていられるのだ。

「どうにかして突破するしかないね」

 話しながら、四人は湖の方へ向かう。湖に浮かぶ島の配置や、舟の停泊場所を把握しておかないと、これ以上の細かい作戦は立てられない。

 舟を出せる場所は北と南にやや多いが、全体的に分散していて出そうと思えばどの場所からも出せるだろう。状況が状況だけに、舟を借りるのも難しくはない。

 湖の中央に位置する祠のある島の他に、湖に浮かぶ島は十にも満たない。その中でも、人が乗って動き回れるだけの広さのある島は、祠のある島だけ。それぞれの島の距離も離れており、飛び移って利用することもできない。

 戦える場所は舟の上と湖の中。とはいえ、武器を持って泳いで戦うのは無理がある。

「囮を使えればいいんだけど」

「ボクとレフィオーレの二人じゃ無理だよね」

 舟の上で戦うことと、舟を漕いで前進させることは同時にできない。かといって、危険な魔物を相手にするのに、他の人に漕いでもらうわけにはいかない。

 足場の狭い舟の上で戦うだけでも大変なのに、守りながら戦うとなると突破するのは不可能だ。漕ぎ手には最低限、自分の身を守るだけの力が求められる。普通の魔物相手なら、探せば漕ぎ手はすぐに見つかるだろうが、今回は相手が違う。

 だが、片方が舟を漕いで、もう片方が戦ったとしても、魔物は湖の中を自由に動き回れる。目の前に立ちはだかれただけでそれ以上前進することはできないし、迂回してもまた繰り返すだけだ。

「エリ、魔物の大きさってどのくらい?」

 その魔物の大きさが思ったほどでなければ、可能性はある。そう思って聞いたレフィオーレに、エリは身体を大きく広げて答える。

「これくらいの、十倍くらいかな? あ、いま出てくるみたいだよ!」

 湖を見ると、水棲型の大きな魔物が身体を半分ほど出していた。祠のある島を覆うほどの大きな姿。暗い瞳に鋭い牙と爪。水棲型でありながら、陸にいる相手にも充分な攻撃の届く魔物の姿。

「隙を見て、ってわけにもいかなそうだね」

 レフィオーレは微かな笑みを浮かべる。陸地であればどんなに大きな魔物だろうと、戦って勝てない相手ではない。しかし、舟の上で戦う相手としては分が悪すぎる。

「どうしようか?」

「ちょっと危険だけど、あの方法でいくしかないかな」

 困り果てて聞くスィーハに対し、レフィオーレは軽く答えた。

「方法って、何かあるの?」

「うん。エリも舟、漕げるよね?」

 ローレステまでの道のりや、訓練での動きを見るとミリィなら舟を漕ぐくらいはできるはずだ。だが、エリとは出会ったばかりなのでわからない。ミリィの双子の姉とはいえ、レフィオーレとフィオネストがそうであるように、どちらもぱんつの力を引き出せるとは限らない。

「それくらいなら簡単だよ! でも、魔物の相手はできないよ?」

「危険を承知の賭け、ですか?」

 レフィオーレは首を横に振り、はっきりと答える。

「危険はあるけど、賭けじゃない。必ず成功するよ」

「でもレフィオーレ、二人を危険に晒すのは……」

「違うよスィーハ。危険なのは私とスィーハだけ。それならいいよね」

 そして、レフィオーレは作戦の内容を三人に告げる。作戦は単純明快で、誰にでも理解できるような簡単なものだった。

 話しているうちに日も沈んできたので、決行は明日。四人は街の南側の宿に泊まり、ゆっくりと休息をとってから魔物に挑むことにした。

 翌朝。湖の南に集まった四人は、二手に分かれて舟に乗り込む。一方はレフィオーレとスィーハ、もう一方にはミリィとエリ。どちらが囮で、どちらが祠に向かうかは説明するまでもない。

 こちらから積極的に攻撃をする必要もあるため、スィーハは白地に水色水玉模様のふりるぱんつをはいている。攻撃力が高まる代わりに回避の力は劣るが、元々舟の上では回避の力を最大限に活かすことはできないので大した問題ではない。

「行くよ、スィーハ」

 舟を漕ぐのはレフィオーレだ。囮としての役目を果たすには、回避が得意なスィーハの方が適している。

 二人が湖の魔物をひきつけているうちに、ミリィとエリが二人で舟を漕ぎ、祠のある島に上陸してぱんつを手に入れる。出発地点は南なので、可能なら北にひきつけたいところだが、難しいようならミリィとエリが迂回して北から向かう手はずになっている。

「気をつけてください」

「あんな魔物程度に負けないでね! じゃないと――むぐ」

 幼い双子の少女に見送られ、二人を乗せた舟は湖の中心へ向けて進んでいく。魔物が行動する場所まで距離はあるが、いつ現れるか予測できないため常に臨戦態勢だ。

 舟にはレフィオーレが使う二本の櫂の他に、いざというときにスィーハも漕げるようにもう二本の櫂と、魔物の攻撃で櫂が折られたときのために予備の櫂も二本積まれている。

 中央に向けて直進する舟。魔物の姿はまだ見えない。このまま魔物に気付かれなければ、簡単に祠まで到達できる。しかし、魔物がずっと同じ場所にいるわけもなく、湖の岸から四分の一を越えたあたりで魔物がその姿を現した。

 潜っている間に船の位置を確認していたのか、魔物は迷うことなくレフィオーレたちに向かっていく。水棲型ではあるが、半身を湖の外に出したままなので、その速度は遅い。

 それでも、レフィオーレが漕ぐ舟の速度と大差ない。舟の扱いに関して熟練の腕を持っていないとはいえ、しまぱん勇者でもそうなるのだから一般の者からすれば脅威だろう。

 方向を変えて突破しようと試みるが、魔物は機敏に反応してそれを許さない。

「行くしかないみたいだね。スィーハ、準備はいい?」

「いつでも大丈夫だよ」

 レフィオーレは頷いて、正面から魔物に向かっていく。相手が積極的に攻撃をしてこないなら、こちらから先手を打って注意をひきつけなくてはならない。

 魔物は鋭い眼を舟に向けながらも、攻撃を仕掛ける様子はない。

「突っ込むよ!」

「了解!」

 じっと様子を見ている魔物の懐に全速力で船を向かわせ、ぶつかる直前で方向転換。それに合わせて、スィーハが全力の蹴りを放つ。

 舟の勢いを活かした強力な一撃。しかし、魔物は一瞬視線を舟に向けるだけで、距離をとるレフィオーレたちを追いかけることさえしなかった。魔物から少し離れたところで再び向きを変え、二人は一度作戦を考え直す。

 勢いがあったとはいえ、ふりるぱんつの力は攻撃には向かない。水色水玉模様のふりるぱんつで力を高めたところで、あれほど大きな魔物に通用しないことはわかっていた。

 だが、攻撃をしても全く追いかけてこないのは予想外だった。これでは囮としての役目を果たすことができない。

「普通の舟は襲っていたんだよね?」

「漁をする舟が襲われて、ボクたちが襲われない理由……そっか」

 考えてみれば単純なことだ。あの大きな魔物は、魚を目当てにしているのだろう。だからこそ、漁をしている舟は敵とみなしても、近づいてくるだけのレフィオーレたちは敵とみなさなかった。

 そしておそらく、中央から動かないのはそこに多くの魚がいるから。漁が満足にできず、コルトラディの住民が困っているということにも一致する。

「一旦戻った方が良さそうだね」

 レフィオーレの提案に、スィーハも同意する。二人は岸に戻り、釣竿を手にして再び湖の中央へ向かうことにした。漁をしているだけあって、道具を手に入れるのは簡単だ。ただ、釣竿一本で敵とみなされるかどうかはわからない。

 とはいえ、本格的な漁の準備は、見せかけにしても多少の時間を要する。それに、道具が多いと戦闘の邪魔にもなる。まずはこれで試してみるのが一番だ。

 魔物から離れたところで釣り糸を垂らす。すると、魔物は今までよりも鋭い視線を二人に向けてきた。けれどそれだけで、襲いかかる様子はない。

 ならばと二人はもっと魔物の近く、湖の中央に少しずつ舟を寄せていく。近づくにつれ、魔物の視線はどんどん鋭さを増していき、さらに近づいたところで大きな咆哮が響いた。直後、鋭い爪を持った腕を振りかぶりながら、舟に向かって突進する。

 スィーハは釣竿を舟の上に投げ捨て、反撃態勢を整える。レフィオーレも櫂をしっかりと握り、いつでも舟を動かせるようにしつつ、魔物の動きにも注意を払う。

 突進しながら放たれる一撃を、スィーハは軽くいなして後ろに投げ飛ばそうとする。巨体は湖に沈み、大きな水飛沫があがる。地上であれば多少は魔物に傷を追わせることができただろうが、今いるのは水上で、相手にするのは水棲型の魔物。

 魔物は湖に身体のほとんどを沈めたまま方向を変え、再び舟に近づいたところで今度は牙の一撃を放つ。狙いはスィーハやレフィオーレではなく、舟そのもの。しかし、それくらいの行動は予想済み。直線的に向かってくるなら、前進して回避するのは造作もない。

 旋回した魔物は、今度はレフィオーレを狙う。それを守るようにスィーハが立ちはだかり、魔物を後ろに投げ飛ばす。再びあがる大きな水飛沫。

「……思ったよりも大変そうだね」

 スィーハは呟く。水中に潜った魔物の動きは速く、ひきつけてどこかへ誘導することなどできそうにない。もちろんそれでも、この場にひきつければ囮としては充分。

 けれど、あの速度に対応し続けるのは、いくら回避に優れたスィーハでも簡単ではない。今は同じように後ろに投げ飛ばせているからいいものの、さすがに何度も続けば魔物も攻撃パターンを変えてくるだろう。

 そしてスィーハの予想通り、それを四、五回続けていると魔物も今までのように突進をしてくることはなくなった。

 魔物はゆっくりと舟に近づき、腕を振って連続で攻撃をする。勢いがないため、いなすことはできても後ろに投げ飛ばすことはできず、そのぶん疲れも早い。

 二人と魔物が交戦状態になってすぐ、ミリィとエリも舟を出しているが、湖の外周に沿って北側へ向かっているため時間がかかる。スィーハが激しい攻撃を受け流しているうちに、湖の北半分にまで到達したが、祠まで向かって戻ってくることを考えると、三分の一を過ぎたくらいでしかない。

 もちろんそれだけではなく、二人も無事に戻らなくてはならないため、それだけの体力を残しておくのも必要だ。

「スィーハ、大丈夫?」

「どうかな。でも、やるしかないよね」

 魔物の攻撃を見切りながら、心配するレフィオーレに笑顔を返す。攻撃は激しいものの、突進の勢いがないため、一回の攻撃はさほど速くない。舟の上という制限はあっても、慣れれば耐えるのも楽になる。

 しかし、魔物もスィーハが慣れたのに気付くと、攻撃のパターンを変えてくる。体力勝負なら自分に分があるのをわかっているのか、舟やレフィオーレに狙いを変えることはない。

 戦いに注意を払いながら、レフィオーレはもう一艘の舟の様子を確かめる。スィーハが激しい攻撃を受け続けている間に、ミリィとエリは湖の北まで到達していた。もう少し。けれど、ここからが一番油断できない正念場だ。

 もし魔物をひきつけるのに失敗しても、これまでは二艘の舟の距離が離れているので、すぐに逃げれば危険はなかった。しかし、湖の中央に近づけばそうもいかない。北と南で離れているとはいえ、魔物が全速力で移動すれば追いつくのは造作もないだろう。

「スィーハ」

 レフィオーレの声に、スィーハは小さく頷いて答える。構えや動きは先ほどまでと変わらないが、ミリィとエリの状況が伝わったことで集中力は増している。

 両腕を振りかぶった攻撃も、一旦潜り勢いをつけた攻撃も、スィーハは紙一重の動きで回避し、受け流す。起こった波で舟が転覆しないようにするのはレフィオーレの役目だ。

 魔物は舟から少し離れたところで、再び大きな咆哮をあげる。水中に潜り高速で移動し、舟の直前で身体を出して攻撃。ときには舟の底を狙ってくることもあるが、二人は動きを見切って直撃を許さない。

 ふと見ると、舟の姿は祠に隠れて見えなくなっていた。それから幾度にも渡る攻撃を受けている間に、再び舟の姿が見えるようになる。進行方向は北。

 囮としての役目はもう充分だ。問題は、この状況からどうやって脱出するか。北にひきつけるのが難しいということは、隙を見て逃げるのも楽ではないということだ。

 しばらく攻撃を受けながら、魔物が一旦距離をとるのを待つ。それを見て、レフィオーレとスィーハは二人がかりで櫂を手にして舟を漕いだ。速度を上げた舟はいま船首の向いている方向――西へと向かっていく。

 魔物は最初は追いかけてきたが、ひたすら西へ向かう舟の姿を見て次第に速度を緩めていき、ついには追いかけるのをやめて中央に戻っていった。中央周辺を巡回するように泳いでいるのは、この間に別の舟が来ていないか確かめるためだろう。

 岸に戻った二人はミリィとエリと合流し、祠にあったぱんつを受け取る。

「これが縦じまのしましまぱんつかー」

 二人とも縦じまのしまぱんを見るのは初めてだった。しまぱんは少しだけ力を引き出せる者がいないので流通量も少なく、していても横じまが主流。縦じまは非常に珍しい。

 祠にあったしまぱんは、水色と白の縦じまのしましまぱんつ。その組み合わせは、今レフィオーレがはいているしまぱんと同じで、しまの太さも変わらない。細すぎず太すぎずのちょうどいい太さだ。唯一違うのはしまの数くらいだが、ぱんつの面積を考えると当たり前だ。

「早速はいてみるね」

 レフィオーレはスカートをめくり、水色と白の横じましまぱんを脱いで、水色と白の縦じましまぱんにはきかえる。

「どう? 何か変わった感じする?」

「どうかな……目立つ変化はないみたいだけど」

 ソードレイピアを抜いて素振りをしてみるが、感覚は先ほどまでと変わらない。軽く動き回ってみても、いまいち変化はないように感じられた。

「湖に入ればわかるかな?」

 武器を鞘に収めて、レフィオーレは湖に飛び込む。いつものように泳いでみるが、特に泳ぐ速度が上がっているわけではない。けれど、剣を抜いてみるとその違いがすぐにわかった。水中で振るっているにもかかわらず、その動きは陸にいるときと変わらない。

 そしてもうひとつ、長く潜っていても息苦しくなることはなく、口を開けると普通に言葉を話すことができた。その声は水中で発せられたものでありながら、陸の上にもそのまま届く。

「なるほどね」

 特にそうする必要はないが、湖面から顔を出してレフィオーレは言った。

「水中でも陸上と同じように動ける、ってところかな。確かに、これならあの魔物とも対等に戦えるね」

「じゃあ、舟はボクが漕ぐね。レフィオーレ、すぐに行ける?」

「もちろん。今日中に片付けちゃおう」

 水中で自由に動けても、泳いで湖の中央まで行けばそれだけ体力を消耗する。それに、舟がないと魔物が襲ってこない可能性もある。そうなると追いつくにしても、ソードレイピアで魚を突いて漁の真似事をするにしても面倒だ。

「気をつけてくださいね!」

「あんな魔物くらい簡単にやっつけてね! ……こ、今度は余計なこと言わないよ!」

 再び幼い双子の少女に見送られ、レフィオーレとスィーハは湖の中央へ舟を向かわせる。魔物は半身を現したまま中央付近を徘徊し、近づく舟がないか警戒しているように見えた。

 中央から少し離れたところで舟を止め、一度そこで待機。魔物は舟を見つけると、動きを止めて咆哮をあげ、威嚇する。二人は互いに頷きあって、レフィオーレは一人で湖に飛び込み魔物に向かっていく。

 自由に動けるとはいっても、相手は大きく、水中での戦いにも慣れている。レフィオーレはむやみに近づくことはせず、まずは魔物の様子を見る。魔物もレフィオーレが自由に動けているのを見て、先ほどのように突進してくることはないようだった。

 ルトラデ湖の底は浅くはないが、それほど深くもない。レフィオーレは水中深くまで潜り、魔物からの距離を保ちつつ下から近づいていく。

 レフィオーレが魔物の真下に到達するより早く、魔物は動き出す。真下から攻められると地面が邪魔になり突進しにくくなるのだから、当然の行動だ。レフィオーレはソードレイピアを抜いて魔物を迎え撃つ構えをとる。

 魔物は全身を使って突撃するのではなく、レフィオーレから軸を逸らして爪を使って攻撃を仕掛ける。レフィオーレが突き出したソードレイピアと、魔物の爪が衝突し、両者は反動で大きく後ろに飛ばされる。

 飛ばされた後の動きは魔物の方が早かった。水棲型の魔物にとって、水の中での戦いは慣れたもの。レフィオーレは無理に反撃はせず、回避に徹する。

 再び向かってくる魔物に、今度は突き。再びレイピアと爪が触れ合い、レフィオーレも魔物も大きく弾き飛ばされる。今度はレフィオーレも少し早く動けたが、それでも魔物の動きには追いつけず、反撃する余裕はない。

 それでもレフィオーレの表情には焦りはなく、浮かぶのは戦闘を楽しんでいるかのような余裕の色。それもそのはず、ここまでは作戦通りで上手くいっている。

 水中での戦闘に慣れていないのなら、実戦で慣れてしまえばそれでいい。気付いた魔物も攻撃パターンを変えてくるが、それも狙い通り。レフィオーレの目的は攻撃を見切ることではなく、魔物の多彩な攻撃を見て参考にすること。

 魔物が攻撃パターンを変える度に、レフィオーレはそれを記憶していく。もちろん、それを実際に使えるかどうかは別の話だが、シェーグティーナとの訓練を重ねたレフィオーレにはそれくらいはやれるという自信があった。

「そろそろこっちからも行くよ!」

 宣言してレフィオーレは魔物に向かって突撃する。魔物はその場で動きを止めて、レフィオーレの攻撃を迎え撃とうとする。

 レフィオーレの突き出したソードレイピアは、魔物の爪に弾かれ、レフィオーレの身体が弾かれて後ろに飛ばされる。レフィオーレはその勢いを利用して大きく旋回し、今度は魔物の側面から突きを放つ。

 魔物の突進攻撃は脅威だが、一度足を止めてしまえば意外に攻撃範囲は狭い。しかし大きな腕のリーチは長く、レフィオーレもなかなか懐に近づくことはできない。

 それでも四方八方から攻撃することで、魔物は迂闊に突進することはできなくなった。巨体で速度が出るとはいえ、小回りが効くわけではない。レフィオーレが水中戦に慣れていないうちはそれでも戦えたが、慣れてきた彼女には機動力での撹乱は通用しない。

 レフィオーレは一旦魔物から離れて、相手の行動を待つ。このまま攻撃をし続けてもこじ開けるのは難しく、体力を消耗するだけ。魔物が焦れて攻撃してくれば反撃すればいいし、それでなくとも次の作戦をじっくり考えることができる。

 魔物は悠然と構えて動くことなく、レフィオーレもこれといった作戦が思いつかず、戦闘は膠着状態。じっと各々の武器を構え、睨みあったままだ。

 この魔物が完全に暴走した精霊の影響を受けているのなら、もっと直情的な行動をとってきて簡単に決着がついたことだろう。しかし、エリの言葉通り受けた影響はちょっとだけ。理性を失って暴れてはいるが、知性を失うほどには至っていない。

「説得できればいいんだけど……」

 レフィオーレは呟くが、それができないことはわかっている。それに、もし言葉が通じて説得できたとしても、影響を与えた者がわからないことには根本的な解決にはならない。

 影響を与えた者に対して心当たりがないわけではないが、それが正解だったとしても、彼女たちにはどうしようもないから二人に魔物を倒して欲しいと頼んだのだろう。ならば今やるべきことは一つしかない。

 といっても、膠着状態を打破する方法が思いつかないのではどうしようもない。体力勝負というのも考えたが、相手の体力がわからない以上、分の悪い賭けでしかない。

 そのとき、湖の上で大きな音がした。見上げると、大きな石が湖に落とされたようだ。近くに見えるのは舟の姿。乗っているのが誰かなど考えるまでもない。

 レフィオーレは魔物が上に気をとられている一瞬の隙に、行動を開始した。懐に忍び込むチャンスは今しかない。魔物が気付いたときには、レフィオーレは魔物の腕近くまで接近していた。

 距離をとろうと振りかぶられる腕。しかし、届くのはそれだけで鋭い爪は届かない。ならば武器を使うまでもなく、動きだけで回避するのは難しくない。

 そして放たれた鋭い突きは、魔物の腕を貫いた。このまま懐に入って一撃を与えても、大きな傷を負わせられるとは限らない。これだけの巨体だ、ソードレイピアで貫いても深部までは届かない。けれど、腕の一本くらいならソードレイピアでも確実に貫ける。

 魔物は叫び声をあげ、身体を振り回し暴れ出す。レフィオーレは一旦距離をとって湖の上を見上げた。そこに舟の姿はもう見えない。

 落ち着いた魔物と再び睨みあう。魔物の構えは先程までと同じだが、左腕は僅かに垂れ下がっている。魔物は人とは違い血が流れていないためわかりにくいが、傷を負っているのは先程の手応えではっきりとわかる。武器となる爪は無事だが、腕を満足に振れないのでは飾りも同然。先端に衝突でもしない限り危険はない。

 レフィオーレは魔物に向かって突撃する。方向は彼女から見て右側から。魔物も死角を狙われないように、右半身をレフィオーレの正面に向けて対応する。

 それにも構わずレフィオーレは魔物に近づいていく。機動力を活かした攻撃に、魔物も最初は対応していたが、片腕しか使えないのが災いして次第に押されていく。それでも懐に入り込まれていないのは、レフィオーレの狙いがそこにはないからだ。

 懐に入ってもまた暴れられれば離れざるを得ない。倒すまでに何度攻撃すればわからない以上、何度も攻撃をかいくぐって近づくのは、こちらに有利な状態であっても危険が伴う。

 ならばまずはその危険を排除すればいい。レフィオーレの狙いは右腕一本だ。

 しかし先程のように隙がない以上、そう簡単に腕に攻撃は届かない。水棲型の魔物ということもあり、腕といっても軟体生物のそれに近い。鋭い爪を武器として振るように使っているため気付きにくいが、その気になればより多彩な動きが可能である。

 それにレフィオーレが気付いたのはついさっき、ソードレイピアで腕を貫いたときだ。魔物はこのような場合を考えて、普通の腕と同じように見せかけていたのだろう。

 とはいえその使い方は回避に特化したもので、攻撃には使われない。硬い爪と違い、武器を弾けない腕では直撃したとしても相討ちになる可能性が高く、もし外したら大きな隙ができてしまう。

 レフィオーレにとっては攻撃を受ける心配がないのは安全で良いが、回避に徹する相手を倒すのが難しいのはよくわかっている。

「……なら、こっちだね」

 レフィオーレは狙いを右腕ではなく、本体に定め直す。死角となる左腕付近から近づき、身体に鋭い突きを何度も放って魔物を攻撃する。魔物は声をあげて反応するが、動きは全く鈍っていない。

 普通に攻撃をしてもダメージを与えられないのを確認したところで、レフィオーレは再び魔物から距離をとる。追いかけてくればありがたいが、魔物はじっと様子を見るだけだ。

 隙を突かれないよう最低限の警戒をしながら、レフィオーレは次の作戦を考える。

 身体を突き刺してもほとんどダメージがないのは予想外だった。少しでもダメージを与えている感触があれば、何度も繰り返せばいつかは倒せる。だがあの反応を見る限り、仮に少しは効果があったとしても何万回と攻撃を当てる必要があるだろう。

 レフィオーレは遠くから魔物の姿を眺め回し、どこかに弱点がないかを探る。巨体の中で皮膚の薄い部分、ソードレイピアで貫ける場所。

 最初に目に付いたのは口の中。だが、魔物は鋭い牙を持っている。一撃で倒せるなら問題ないが、何度も攻撃することになれば確実に反撃を受けるだろう。

 ならば頭部はどうか。思い返してみると、魔物は突進してくるとき牙や爪を前面に出していて、頭突きをしてくることはなかった。弱点とまでは言えなくとも、少なくとも牙や爪よりは柔らかく、ソードレイピアの攻撃が通るはずだ。

 狙う場所は考えず、とにかく頭部に集中攻撃。通常の相手なら目を狙って視界を奪うという手もあるが、水棲型の魔物が目だけで物体を感知しているとは考えにくい。一応狙う対象には入れているが、大きな効果は期待しない方がいいだろう。

「戦闘再開。行くよ!」

 その声が届いたのかどうかはわからないが、魔物は声を発したレフィオーレが動き出す前に態勢を整えていた。

 回避に徹するのか、それとも意表をついて反撃を狙ってくるのか。どちらの可能性も考えながら、レフィオーレは巨体に接近する。頭部付近は片腕でも死角が少ないので、最初に狙うのは右腕。

 回避に徹した相手を倒すのは容易ではない。だが、スィーハに比べると魔物の回避行動はまだまだ甘い。一瞬で決めるとまではいかなくとも、じっくり動きを見極めれば確実に倒せる。

 気をつけなくてはならないのは、腕を貫かれる直前の魔物の動き。どうせ狙われるのならと捨て身で暴れ出されたら危険だ。反射的に暴れるのなら単調で回避するのも簡単だが、狙って暴れるのならそう簡単にはいかない。

 レフィオーレは積極的な攻撃は仕掛けず、動きの観察に注力する。油断して反撃してくれればそこを狙えるが、可能性としては頭に入れておいても期待はしない。

 貫かれる直前に暴れられても被害が少ない場所。普通の相手なら本体の周辺というのが効果的だが、ソードレイピアの突きに耐えられるなら振り回した腕にも耐えられるだろう。鋭い爪なら効果はあるかもしれないが、相手が自滅する可能性に気付かないわけがない。

 ならば、とレフィオーレは魔物から少し距離をとる。いくら暴れ回ったとしても、攻撃が届くのは腕が伸びるところまで。距離をとればとるほど暴れられたときの反撃を弱めることになる。

 しかし、あまり離れすぎると攻撃が届かなくなる。レフィオーレの得物では、腕を引っ込められた相手に強力な攻撃を放つことはできない。

 だから彼女がとる行動は反復。近づいて腕を追いかけ、一度離れてはまた近づく。それを何度も繰り返すだけ。次第に油断した魔物が腕を遠くまで伸ばしてくる、ということはない。ただ、レフィオーレが動き回らなければ、魔物も大きく動き回れず、回避のパターンも絞られてくる。

 その中で一番狙いやすいときに、レフィオーレは力を込めた突きを放つ。貫かれる直前に、魔物は大きく暴れ出す。大きな傷を負った腕は、ソードレイピアが突き刺さったまま、最後の力を振り絞るように縦横無尽に振り回される。

 予期していても、この状態でソードレイピアを抜いて脱出するのは難しい。だが、突き刺した直後に武器から手を離してしまえばあとは回避に徹するだけだ。

 魔物が落ち着いたのを見て、レフィオーレは突き刺したソードレイピアを回収に向かう。しかし魔物もレフィオーレが武器を持っていないこと、その武器が自分の身に突き刺さっていることを理解しているに違いない。

 それでも、動かない腕から武器を奪うのはそう難しいことではない。唯一の懸念は、武器を持ったまま逃げていかれることくらいだが、これまでの行動を考えるとその可能性は低いし、仮に逃げたとしても湖という場所が有利に働く。

 ソードレイピアを手に、レフィオーレは魔物の頭部へ接近する。

 大きな咆哮。魔物はこれまでのようにその場に留まるのをやめ、湖中を高速で泳ぎ出す。速度はレフィオーレの方がやや勝るが、攻撃面では頭部を狙うしかないレフィオーレと違い、巨体での体当たりで簡単に吹き飛ばせる魔物が有利になる。

 一度や二度ならレフィオーレも耐えられるが、数十、数百と繰り返されればいくらしまぱん勇者といえども無事では済まない。しかし、体当たりを回避することに徹していては、頭部に近づくことなど到底叶わない。

「牙の一撃には頼らない、か」

 呟くが、今までの戦い方からそれは予想できたことだ。だが魔物の動きにはどこか焦りのようなものが感じられたのを、レフィオーレは見逃さない。

 おそらく、捨て身で暴れることで倒すことはできなくとも、ある程度のダメージは与えられると魔物は踏んでいたのだろう。だからこそ、リスクの高い体当たりを繰り返すという戦い方を選んだ。

 簡単には頭部に辿りつけないとはいえ、体当たりのような単調な攻撃は繰り返せば繰り返すほど見切られやすくなる。倒すまで当て続けることなどほぼ不可能だ。

 そしてその行動は、レフィオーレに確信を持たせることにもなる。牙の周辺、頭部が弱点でないならそのような行動をとる意味はほとんどない。しかし、ひとつの可能性は残っているので、レフィオーレは油断をせずに魔物と対峙する。

 レフィオーレは何度か巨体の体当たりを受けつつも、次第に動きを見切っていき、頭部に辿り着く。そして鋭い突きを放つ。連発する時間もあるが、そこまではせずに距離をとる。

 頭部が弱点ではない場合を考えての行動だ。厚い皮膚に守られた身体のように、ソードレイピアではダメージを与えられない場所なら、手痛い反撃を受けてしまう。

 魔物は突き刺されて苦しそうに呻いたが、それが演技であるという可能性もある。有利な状況で一番やってはならないのは、このままなら簡単に勝てるという慢心だ。その慢心がミスを生み、気付かないうちに状況が逆転することもある。

 レフィオーレは体当たりを受けるリスクを背負いながらも、頭部を狙う突きは控えめに。慣れてくると二、三度は放てるようになったが、それ以上の攻撃はしない。

 何度もやっているうちに魔物が苦しんでいるのは演技ではないことはわかったが、魔物の動きはほとんど鈍っていない。ソードレイピアの攻撃は確かに通用しているけれど、大きなダメージを与えられているわけではない。

 それでも小さなダメージは蓄積されている。巨体の動きが少しでも鈍れば体当たりを回避するのも、頭部に近づくのも容易になり、レフィオーレの勝利はもう揺るがない。

 ただ、魔物も黙って頭部への攻撃を受けることはせず、牙で反撃をしてくる。攻撃範囲こそ狭いものの、当たれば大きなダメージを受けるだろう。とはいえ、これまでの攻撃を冷静に回避していたレフィオーレに、そんな攻撃が当たるはずもない。だが回避した瞬間に、大きく動くことでリズムを崩すことはできる。

 逆転の可能性がある限り、諦めずに抵抗する魔物。暴走していないからこその生存本能。

「ごめんね。すぐに終わらせるから」

 レフィオーレは優しい声で言うと、素早く頭部に近づいて、鋭い一撃。狙いは同じ。ただ、その攻撃は激しく、連続で何度も放たれる。魔物に反撃をする隙は与えない。大きく息を吸ってから放たれた最後の一撃で、巨体は崩れ落ちた。

 咆哮をあげて、淡い光となってゆっくりと消えていく魔物。レフィオーレはその姿が完全に見えなくなるまで見つめてから、振り返って仲間の元へと戻っていった。

「終わったみたいですね」

「さすがしまぱん勇者だね!」

「うん。でも、状況が状況なら、あの魔物と戦わなくてもよかったんだよね」

 迎える双子に、浮かない表情でレフィオーレは答える。今までも魔物と戦ったことはあったが、それは自分や仲間の命を守るためだったり、暴走している魔物だったり、戦う理由があるときだけだった。

 それにレフィオーレにとっては、暴走した魔物と戦った記憶はほとんど残っていない。ぼんやりと戦っていたのを覚えているだけ。魔物と戦った記憶があるのはフィオネストとその身体に生まれたリシャだ。

 もちろん、この魔物を倒したことでコルトラディの人たちは救われた。影響を受けてしまった魔物を元に戻せない以上、こうするしかなかったことはわかっている。

 だから後悔もしていないし、感傷的になって落ち込むこともない。しまぱん勇者として旅をすると決めた時点から、魔物と戦う覚悟はできている。ただ、今回のような魔物と戦ったことで、魔物に対する知識のなさを強く実感した。だから質問する。戦う相手を知るために。

「魔物は精霊から生まれたんだよね。死んだ魔物はどうなるの?」

 その質問はミリィとエリに向けられる。

「元々精霊の力から生まれたのが魔物。そして精霊は世界から生まれた。死んだ魔物の力は大陸に残って、いずれ精霊の力になるんだよ。精霊がその気になれば、姿形や記憶を引き継がせることもできるけど……疲れるからあんまりやりたくないというか、今はやれないよね」

「ええ、残念ですが」

 先程までのようにエリの言葉を止めることはせず、ミリィは同調する。

「ちょっといいかな?」

 口を挟んだのはスィーハだった。顎に手を当てて、不思議そうに問いかける。

「人や動物は死んでも消えないよね? 魔物とはどう違うのかな」

「ぱんつに聞いてください。人や動物を生み出したのは精霊ではありません」

「それじゃ、失われた人の記憶や人格についても何もわからない?」

 ミリィは首を縦に振る。スィーハはそっか、と一言。弱々しく呟いた。レフィオーレは口を挟まれたことに文句も言わず、ただ黙って会話を聞いていた。スィーハが口を挟んだ理由はわかっている。

「スィーハにとって、リシャは大切な人だったんだね」

「うん。あ、でも、レフィオーレの方がもっともっと大切だからね!」

「ん。ありがと。……でもなんでそんなに必死なの?」

「さあ、なんでだろうね」

 肩をすくめてはぐらかすスィーハ。レフィオーレは小さく首を傾げるが、スィーハはそれ以上答える気はない。というより、答えられないと言った方が正確だが、さすがにそれを本人に伝えるわけにはいかない。

「それよりレフィオーレ、今はもっと重要なことがあるでしょ?」

「うん。ミリィ、エリ。二人のことについて教えて。私たちの力が必要なんだよね」

 二人の視線は幼い双子の少女、ミリィとエリに向けられる。さっきの質問には素直に答えたのだから、これにもきっと答えてくれるはず。

「はい。ですが、話すのはもう少し待ってからにしましょう」

「役者が足りない、ってやつだね! 少し散歩しようよ!」

 ミリィとエリは並んでコルトラディの北へ向けて歩いていく。はぐらかそうとしているわけではないので、二人も黙ってついていくことにした。

 途中、魔物を倒したことで街の人々からは賞賛の声が聞こえて騒がしくなってくる。どこかへ向かっているのを見て軽く声をかける程度の人が多かったものの、あのまま湖の周辺で会話を続けていたら、少しの間見動きがとれなくなっていたことだろう。

 レフィオーレとスィーハはエリが散歩に誘った意図の半分を理解する。役者が足りないという言葉の意味はまだわからないが、それもじきにわかる。

 四人はコルトラディの北から、街の外れまで歩いていく。湖から離れたここは人も少ない。そこにある高台に着くと、ミリィとエリは立ち止まって振り返った。高台にはベンチもあり、ここで少し待ちましょうとのことだ。

 ミリィとエリはじっと北の方角を見つめている。つられるように二人も北を見ると、遠くに空を飛ぶ大きな魔物の姿が見えた。

「まさか、あの魔物も――」

 武器に手をかけて緊迫した表情を浮かべるレフィオーレ。

「待って。魔物の上」

 けれど、スィーハに指摘されて、武器を手にとる必要はないと安心する。大きな鳥型魔物の上には、人影があった。遠くてぼんやりとした姿形しか見えないが、魔物に乗って移動できる者は二人とも一人しか知らない。

「あ、来たんだ」

「そのようですね」

 遅れてミリィとエリも口を開く。反応が遅れたのは、北から来ることしか知らなかったからだろう。

 北から飛んできた魔物は高台に近づいて速度を落とし、ゆっくりと着陸する。魔物の上から降りてきた少女は、レフィオーレとスィーハに視線を向け、笑顔とともに挨拶をした。

「お久しぶりです、二人とも。奇遇なこともあるものですね」

 華美な装飾を施した真っ白なドレスは、前と同じく太ももをあらわにしている。けれど、その切れ目は綺麗に整えられている。戦いが終わったあとに仕立て直された証拠だ。

 磨かれた白銀のような長い髪と、金に近いオレンジの瞳を持つ端正な顔立ちの少女。レフィオーレたちよりやや背の高い彼女は、装飾杖を振って魔物に指示を出す。

「ここまでありがとう。もう国に戻ってもよろしいですよ。ピスキィのためとはいえ、彼女から遠く離れるのは辛かったでしょう」

 魔物は鳴き声をあげて、ゆっくりと陸から離れていく。北へ飛んでいく直前、魔物は振り返って少女の姿を見る。柔らかい笑みを浮かべる少女にもう一度だけ鳴き声を響かせると、高速で北へと飛んでいった。

 少女は振り返り、今度は幼い双子の少女、ミリィとエリに視線を向ける。

「あなた方とは初めてですね。気になることはいくつかありますが、まずは自己紹介を。私の名は、ピスキィ・ルィエール・チェミュナリア。精霊国ピスキィの姫にして、純潔の証たる純白のぱんつ、その力を完全に引き出す者です」

「セグナシア・ミリィです」

「エリだよ! よろしくね」

「……なるほど。あなた方がここにいたのは偶然ではない、というわけですね」

「わかりますか?」

「私は精霊国の姫ですよ。ピスキィとずっと一緒にいたのですから、たとえどのような状態だろうと、近くにいる精霊の気配くらいはわかります」

「えっと、どういうことかな?」

「ボクたちにもわかりやすく教えて欲しいんだけど」

 会話の内容を完全に理解できない二人は、既に理解しているらしい三人に向けて問う。

「知っていて一緒にいた、というわけではなかったのですね」

「うん。薄々はわかっていたんだけど、少し待ってって言われて……」

「それと、なんでチェミュナリアがここにいるのかも教えてくれる?」

「そうですね。お二人がよろしいのなら、私から先に話してもよろしいのですが」

 ミリィとエリが頷いて承諾したのを見て、チェミュナリアは言葉を続ける。

「私がこちらへ来た理由は簡単です。ピスキィが山脈の南で、アルシィアの気配を感じたというので私が調べに行くことにしたのです。国の復興も大事なことですが、精霊国はピスキィがいれば問題ありません」

「ピスキィがいればって、彼女は人見知りだったよね?」

 レフィオーレが聞くと、スィーハもうんうんと頷いて疑問を呈する。

「はい。私の他に彼女と普通に会話ができるのは、二人いる私の侍女くらいなものです。その者たちはピスキィが戻って来たことを知ると、すぐに国に戻ってくれました。あなた方が訪れたときに紹介する予定でしたが、二人ともすぐに旅立ってしまいましたから。

 さて、そういうわけで南へ向かうことになったのですが、出発する直前まで国の復興に尽力したいと思ったので、国の南の山脈を越えて向かうことにしました。当然、私や魔物だけの力では越えるのは不可能ですが、ピスキィが力を貸してくれたので無事に越えられました」

「アルシィアの反応があったのって、ピスシィア山脈のあたりだよね」

 レフィオーレから出た質問に、チェミュナリアはやや驚いて目を見開く。

「よくわかりましたね。弱い反応だから勘違いかもしれないとピスキィは言いましたが、今までにないことでしたし、念のため調べに行くことにしたのです。本来ならすぐに出たかったのですが、私の勘違いかもしれないのにそこまでしなくてもと言う、ピスキィを説得するのに思いのほか時間をとられてしまいました。侍女たちと三人がかりで説得するのは苦労しましたよ。

 ともかく、山脈を越えて南に着いた私たちは、反応を感知してから時間が経っていることもあり、まずは大きな街を目指すことにしました。そこであなた方に出会ったわけです。偶然ではない、といった意味は、私と一緒にいた魔物にピスキィの力が宿っていた、と言えばわかりますね?」

「精霊には精霊の力が感知できる。だからミリィとエリには――ミリィエリには気付くことができた、ってことだよね。いつ気付いたのかは知らないけど」

「ちょうどレフィオーレさんが湖で戦っているときです」

「……実は私は気付かなかったんだけどね」

 エリは照れたように頬をかく。ミリィは横目でエリを見て言う。

「私とエリに力の差はないはずです」

「でもほら、戦いに集中してたからさー」

 苦笑するエリに対して、ミリィは呆れたようにため息をつく。それから、レフィオーレ、スィーハ、チェミュナリアを順番に見て、エリに目配せをしてから口を開く。

「皆さんはもう気付いているようですが、改めて名乗っておきます。私たちは大陸中部に住まう精霊、ミリィエリです」

「訳あって今はこんなことになってるんだけど、順を追って説明するね」

「事の発端は十年ほど前になります。その頃はまだ僅かなものでしたが、精霊としての力が暴走しているのを私たちは感じました」

「完全に暴走するまでは時間があったから、どうにか抑えられないかって考えたんだけど、やっぱり普通の方法じゃ難しかったんだ。だけど、完全に暴走するまでは一年とかからない。その間に暴走を止めてくれる人が現れるのを期待したけど、ダメだった」

「かといってこのまま暴走してしまえば、多くの人や魔物に迷惑をかけてしまいます。ということで、少々危険な賭けでしたが、自らの精霊の力で暴走を抑えようとしたのです」

「そしてそれは見事に成功! 私たちはこうして二人に分かれて離れて暮らすことで、精霊の力を分離して暴走するまでの時間を稼げたんだよ。といっても、十年くらいが限界だからそろそろ危ないかなーって思ってたんだけど……」

「そこでピスキィの暴走が抑えられたのを感知して、二人がこちらに来てくれました。そういうわけで、私はエリに会うことを考えたのです。残りの二人はいませんでしたから、場合によってはすぐに離れることも考えましたが、ちょうどチェミュナリアさんも来てくれました」

「とりあえず三人いれば、あと一人は探すのに時間はかからないからね」

「自らの力で暴走を止めるって、そんなことできるの?」

「そうだよね。それができるなら、ピスキィだって……」

 レフィオーレとスィーハから出る当然の疑問に、ミリィとエリは平然と答える。

「もちろんピスキィも知っていたはずです。ですが、成功するかどうかは五分五分。その上、成功しても引き伸ばせるだけ」

「もし失敗したら精霊が消滅して、世界に大きな影響を与えちゃうからね。ピスキィとはずっと会ってないけど、私たちの知る彼女のままならそんなことはしないよ」

「そうでしょうね。しかし、暴走し始めたときに、ピスキィが何か悩んでいるように見えたのは、そういうことでしたか」

 少々どころではなく、とても危険な賭けに出たミリィエリに対して、非難する者は誰もいない。結果的に成功したからではない。その状況ではそうするしかなかったと誰もがわかっていたからだ。

 だが、最近の行動については一つ理解できないことがあった。

「精霊の暴走を止めるには、しまぱん勇者とその仲間が四人揃わないとだめ、だよね」

 レフィオーレの言葉に、スィーハとチェミュナリアも頷いて同意を示す。確かにここに三人は集まっているが、もう一人のエラントル・ルーフェはここにはいない。

 その上、エリは探すのに時間はかからないと言った。リース・シャネア国にいるルーフェを指している言葉としては不適切だ。

「その通りです。ですが、ぱんつの力を完全に引き出す者に匹敵する存在があれば、問題ありません」

「匹敵って、どこにそんな人がいるのさ」

 わけがわからないといった様子のスィーハに対し、レフィオーレは至って冷静に口を開く。

「スィーハ、私はさっきアルシィアの反応があった場所を言い当てたよね?」

「うん。ピスシィア山脈、だよね。でもそこで会ったのは、シェーグティーナだけだよ」

「そう。それでね、こっそりはいているぱんつを確かめたんだけど、シェーグティーナは動きやすそうな布地の少なめなぱんつをはいていたんだよ」

 ぱんつの力を引き出せるのは、しましまぱんつ、くだものぱんつ、しろぱんつ、ふりるぱんつの四種類のみ。その他のぱんつもあるが、引き出せる力はないので主にファッション用。普通はシェーグティーナのように旅をする者がはくようなものではない。

「言いたいことはわかったけど、いつの間にそんなこと……」

「ローレステに泊まっているとき、脱衣所で。精霊みたいな動きができるぱんつってどんなのかなと思って」

「その話、私にも詳しく教えてもらえますか?」

 この中で唯一、シェーグティーナを知らないチェミュナリアが声を発する。エリも会ってはいないはずだが、あの口振りからすると面識があると考えるのが自然だ。それでなくとも、ミリィから聞いたのなら知っていても不思議ではない。

 レフィオーレとスィーハは、ピスシィア山脈で出会い、ローレステでは一時、師匠と弟子の関係となった少女のことを話す。話を聞いたチェミュナリアは、大きく頷いて言った。

「よくわかりました。彼女がアルシィアと何らかの関わりがあるのは間違いなさそうですね」

 どんな関わりがあるのかについては、チェミュナリアだけでなくレフィオーレやスィーハもわからない。ミリィとエリならと聞いてみたが、彼女たちも今の状況を把握しているだけで、詳しいことはわからないようだった。

 その今の状況だけでも聞くことはできたが、本人に会ったときに聞けば全てわかるのだからと、誰もそれ以上のことは聞かなかった。

「次の目的は決まったね。でもその前に、ひとつ確かめていい?」

「はい。皆さんには精霊ミリィエリの暴走を抑えて欲しいと思っています」

「大変だと思うけど、協力してくれる?」

 言葉こそ今までと変わらないものの、その表情と声色から二人の真剣さはよく伝わってくる。レフィオーレたちはそれを聞いて、予め用意していた言葉で応ずる。

「もちろん。しまぱん勇者とその仲間なら当然だよ。ね、スィーハ、チェミュナリア」

「こういうことのために旅をしているようなものだしね。断る理由はないよ」

「精霊国の姫として、精霊への助力は惜しみません」

「ありがとうございます」

「みんな、ありがとう!」

 言葉は違うものの、ぴったり重なるタイミングでミリィとエリは感謝の言葉を口にした。


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