しましまくだものしろふりる

第一章 大陸北部精霊記


「さて、これからの行動について話しましょう」

 南門の宿に司令室に集まった七人――リシャ、ルーフェ、チェミュナリア、スィーハ、レフィオーレ、女王、騎士隊長。最初にそう言って切り出したのはチェミュナリアだった。

「私としては、すぐにでも南へ向かい、ピスキィの暴走を止めに行きたいところですが」

 チェミュナリアは女王と騎士隊長に視線を向けてから、今度はそれをルーフェに移す。普段なら積極的に参加してくるであろうルーフェは、目を伏せて黙ったままだった。

「すまないが、今日はここで休んでもらえると助かる」

「見ての通り、私たちは皆戦えません。万が一、魔物が攻めてきたら大きな被害が出てしまいます」

 わかっています、とチェミュナリアは頷いた。しかし、彼女が留まる目的はそのためではなく、ルーフェの様子が気がかりだからである。国を魔物たちから守る、というだけなら方法がないわけではない。だが、それを口にするのは躊躇われた。

「しかし、ピスキィとの戦いに備え、私たちは休息をとりたいと思っています。守りは別の者たちに任せてもよろしいでしょうか?」

 それでもチェミュナリアは口にした。女王と騎士隊長はその意味がわからず、きょとんとした顔でチェミュナリアを見る。

「別の者? 他にいるのなら、なぜ先ほどまで呼ばなかった?」

 当然の疑問に、チェミュナリアは一言で答える。

「……魔物です」

 女王と騎士隊長の顔に浮かんだのは、驚きや困惑ではなく、疑問だった。知らない二人にとっては当然の反応に、チェミュナリアは補足する。

「あなた方は、精霊国ピスキィの名をご存知ですか?」

「精霊、国?」

「聞いたことはある。だが、実在するかどうか、どんな国かまでは知らない」

「でしょうね」

「それで?」

「私はその精霊国の姫です――今は民がいないので、でしたと言った方がいいのかもしれませんが、ともかく、その姫にはひとつの力があります。魔物を使役する力が」

「なるほど、な」

「どのような力ですか?」

 女王と騎士隊長は驚きながらも、動じることなく質問をする。一国の女王と、筆頭の証となる騎士隊長の名は伊達ではない、といったところか。

「使役、といっても服従ではなく融和によるものです。とはいえ、前者の形も可能ではありますが、私はそのような使役を好みません」

「そうか。なら、頼めるか?」

 女王は迷うことなくそう答えた。騎士隊長も異論を唱えず、チェミュナリアの返答を待つ。

「良いのですか? あなたたち、パロニス王国の者にとって、魔物は忌むべき対象。その魔物に守ってもらうなど、仮にお二人が納得できたとしても、全ての者が納得できるとは限らないでしょう」

「それが、条件だな?」

「そう捉えてもらっても構いません」

 あまりにもあっさりと答えられたことにチェミュナリアは困惑していた。それで念を押すように、先ほどの台詞を口にしたのだが、女王は一歩先の答えを返してきた。

 単なるその場しのぎとして仕方なく受け入れた、わけではないのは女王の態度からちゃんと伝わっていた。一国の女王として、国を守るために必要なことは迷うことなく判断し、偏見があったとしても柔軟に対応する。国民から強く慕われる女王なだけはあると、チェミュナリアは感心していた。

「では、騎士たちには魔物を見ても一切戦わないようお願いできますね?」

「無論だ。できるなら、それ以上のこともしたいが、今はやめておこう」

「ええ。平和になってから、お願いします」

 もちろん、女王がそうだからといって、国民が皆そんな柔軟な考えができるわけではない。真実を知って、すぐに考えを変えられるのはごく一部の人間だけだ。

「さて、魔物に守ってもらうとして、見分け方はどうすればいい?」

「ありません。ですが、出発前に呼んでおきますので、間違えることはないでしょう」

「そうか。では、私たちはそろそろ出るとしよう。休息の邪魔になってはいけないからな」

 そう言い残して、女王と騎士隊長は部屋から出て行った。司令室に残されたのは五人。もちろん、言葉通りに休息をするわけではない。

 レフィオーレを除き、リシャ、スィーハ、チェミュナリアの視線はルーフェに向けられていた。その中で、最も鋭い視線を向けていたスィーハが口を開く。

「説明、してくれるよね? それとも、まだ考える時間が必要?」

 優しくもなく、きつくもない、微妙な声のトーンでスィーハは聞いた。ルーフェは間違いなく何かを知っている。最初は優しさなど欠片も入れずに、詰問しようと思っていたスィーハだったが、ルーフェがレフィオーレを見たときの反応を見てそれは間違いだと気付いた。

 ルーフェは何かを知っている。それが何かは、多くの可能性があり、漠然としていて推測することさえも難しい。

 そしてまた、ルーフェは何かを知らない。それが何かは、ある程度の推測がついていた。人の姿を見て驚く理由は、そんなに多くあるわけではない。ほぼ一つに絞れるだろう。出会えるはずがないと思っていた人に出会った、という理由に。

「時間は必要ありません。ですが、聞くべきことはあります」

「わかった。ボクの知ってることなら、話すよ」

 スィーハはレフィオーレとの関係について、リシャに話したときより簡潔に話した。削ったのは主に感情的な部分。なるべく事実だけを抜き出して、スィーハは話し続けた。

 話が終わり、ルーフェは静かに目を瞑って考えることに集中する。自らの考えた仮説との相違を確かめ、より正確な説明を考える。相違が少なかったこともあり、瞑った目を開くまでは十秒とかからなかった。

「悔やむのは後、ですね。……話しましょう」

 一呼吸置いて、そう言ったルーフェは自分の知っていることを話し始める。リシャはレフィオーレを側に寄せ、スィーハはルーフェを見据えて、チェミュナリアはそんな四人をぼんやりと見ながら、静かにルーフェの言葉に耳を傾けていた。

「まずは、私とリシャがどこから来たのか、ということから話さなくてはなりませんね」

 ルーフェは西北西の方角に目を向け、言葉を続ける。門の中からは何も見えないが、その視線の遠く先にはルーフェたちの故郷があった。

「リース・シャネア国。おそらく、大陸で名を知っている者はほとんどいない小さな島国です。そこから私たちは来ました。目的は、繰り返さなくてもよろしいですね。舟に乗ったとき、リシャはまだ眠っていました。眠っていた事情を説明するには、もっと時を溯らなくてはなりません。

 リース・シャネア国には双子の姫がいました。姉の名はリース・シャネア・フィオネスト。妹の名は、リース・シャネア・レフィオーレ」

 その名前に、リシャ、スィーハ、チェミュナリアら三人は小さく反応する。唯一反応しなかったのは、その名を持つレフィオーレ本人だった。ルーフェはちらとレフィオーレを見て、またすぐに視線を戻す。

「フィオネスト様はレフィオーレ様を大切にし、レフィオーレ様もフィオネスト様を慕っていました。幼い頃から、レフィオーレ様はしましまぱんつの力を完全に引き出せるようになり、フィオネスト様は力こそ引き出せなかったものの、特別な力をお持ちでした。

 ぱんつの力でもなく、精霊の力でもない別種の力。リース・シャネア国の姫が受け継ぐ特別な力です。そしてレフィオーレ様同様、フィオネスト様も幼い頃よりその力を使いこなしていました。どのような力か、というのは一言では言い表しにくいですが、その力のひとつで、未来に訪れるであろう世界の危機をフィオネスト様は予知したのです。

 そして十年前、レフィオーレ様を含めた幾人かの騎士が、大陸へ向かいました。危機が訪れる時期は正確にはわからなかったものの、それが大陸で起こるということははっきりとわかっていました。ですから、来るべきときのため、まずは大陸の様子を確かめようとしたのです。

 そうはいっても、大陸との交流は大昔にしかなく、造船技術も知識だけはある程度残されていたものの、肝心の技師が育っていませんでした。そのような舟が、突如荒れた海に投げ出されては、耐えられるはずがありません。

 結局、大陸へ向かった者たちは誰一人として帰ってきませんでした。フィオネスト様は大切な妹を失っても、悲しみを見せずに気丈に振舞っていました。私も、姫の騎士としてより一層の忠誠を誓い、そのまま七年の歳月が経ちました。

 その頃です、フィオネスト様はいつものように末来の危機を確かめ、私を呼んでこう仰いました。

『危機が近づいています。しましまぱんつの力が必要です』

 しかし、レフィオーレ様がいない今、それは叶いません。そこでフィオネスト様は、しましまぱんつの力を復活させるため、リース・シャネア国に伝わる秘術を試みることにしました。

 失われた命、その魂・意識を自らの身体に宿し、蘇生させる反魂の術。もちろん、それが仮に成功したとしても、通常ならしましまぱんつの力までは引き出せるようにはなりません。心と体は深く融和しているもの。心は同じても、体が違うのですから当然ですね。

 しかし、フィオネスト様とレフィオーレ様は双子。完璧ではなくとも、可能性はある。そう考え、フィオネスト様は書物を調べ、儀式を行いました。

 無論、心を宿すのですから、宿した本人の意識は奥底へと封印され、二度と目覚めることはありません。それだけの覚悟、どうして私ごときに止められましょうか。いえ、私だからこそ止められなかった、というのが正確ですね。他の騎士たちならきっと止めたことでしょう。そのような危険なことを、大事な姫に行わせるなど、普通は止めます。

 私が止められなかったのは、フィオネスト様への信頼もありますが、それよりもやはりくだものぱんつの力を完全に引き出せる者として、危機への実感が他の騎士より強かったから、というのもあるでしょうね。

 最初に行われた儀式は、失敗はしませんでしたが、成功もしませんでした。すぐにやり直すことはできません。反魂の術は命を失ったものが生まれたその日、その時間にしか行えないのです。

 ですので、再び儀式を行える来年に向けて、フィオネスト様と私は準備を進めました。そして二年目はある程度は成功しましたが、失敗。フィオネスト様の意識は弱まりましたが、まだフィオネスト様のままでした。

 三年目にも同様の儀式を行いました。フィオネスト様の意識が弱まっているため、一人では難しいものでしたが、私が手伝い儀式は無事に行えました。そして、三年目にして成功したのです。フィオネスト様は、レフィオーレ様の魂を宿らせ、眠りに落ちました。

 それから、私はフィオネスト様に頼まれた通り、眠ったフィオネスト様を連れ、他の騎士たちの目を盗んで城を抜け出し、舟を出しました。リシャ、という名はフィオネスト様の考えです。リース・シャネアの頭文字という、単純なものでしたが。

 それから、舟の上で目を覚ましたリシャを見て、私は困惑しました。記憶喪失。本来なら、レフィオーレ様の記憶があるはずなのに、そうではなかった。なぜそうなったのか、私にはわかりませんでした」

 そこで一旦言葉を区切るルーフェ。視線をレフィオーレに向けて、続ける。

「しかし、先ほどわかりました。同時に、反魂の術が三年かかってやっと成功した理由も。レフィオーレ様が生きていたのですから、当然ですね。そしてそれが影響を及ぼし、フィオネスト様の体にはリシャという人格が生まれたのでしょう」

「なるほど、ね」

 呟いたのはスィーハだった。ルーフェの話した通りなら、宿でリシャがレフィオーレに触れたときに起きた現象も説明できる。意識が元の体に戻ろうとしていたのだ。

 リシャはぼんやりと自分の体と、レフィオーレの体を見比べていた。ルーフェとスィーハ、チェミュナリアの三人は、そんなリシャを見ながら沈黙していた。長く続くかと思われた沈黙は、リシャによって簡単に破られた。

「お姫さまって、凄いんだね」

「え?」

 その言葉はチェミュナリアに向けられた。チェミュナリアは突然のことにどう答えてよいかわからず、小さな声を漏らしただけで言葉が続かない。

「だって、チェミュナリアも、フィオネストも他の人にはない力を持ってるでしょ? 凄いよね」

「そう、ですね。しかしリシャ、あなたはそれだけでいいのですか?」

「言ってどうにかなる?」

 リシャの言葉に答えられる者は誰もいなかった。しかし、それがこの場を暗くさせるための一言ではなかったことに、チェミュナリアはすぐに気付いて微笑んだ。スィーハやルーフェも、ほんの少し遅れてそれを理解する。

「言ってもどうにもならない。それで過去が変わるわけじゃないしね。もし変わるとしても、私は多分言わないと思う。だって、ほんの少しでも過去が変わって、誰かが別の行動をとっていたら、今ここにリシャという人格は存在しないことになっちゃうかもしれないから」

 悲観的な状況でも常に楽観的でいて、物事の本質を鋭く見抜く力に長けた、リシャならではの回答。フィオネストとも、レフィオーレとも違う、リシャだからこそ出せる答え。

 そう、これがリシャだ。ルーフェ、スィーハ、チェミュナリア――三人にとって短い付き合いではあっても、ここ数日の出来事は、それを理解できるほど深く、確かなものだった。

「ともかく、話はまとまったということでよろしいですね」

 チェミュナリアの言葉に、三人は同意する。そして、五人は明日に備えて休息をとることにした。

 朝、門を出たリシャたちは南へ向かっていた。目的地はアルニス平原より、さらに南。そこに何があるか、唯一知っているチェミュナリアがその名を告げる。

「精霊都市アルシィア。おそらくピスキィはそこにいます」

「精霊?」

 疑問を口にしたのはリシャとスィーハだった。ルーフェは口にこそ出さないものの、二人と同じ疑問を抱いているのは表情からはっきりと伝わってくる。

「ええ、精霊アルシィアを祀っていた、かつての大都市です」

 その言葉に、リシャたちはやや悲しそうな表情を浮かべる。しかし、その反応は間違っていると、チェミュナリアはすかさず補足する。

「アルシィアの民は仕方なく立ち退いたのではありません。そこにいる必要がなくなったから次第に人が減り、今では誰も住まなくなった……それだけのことです。私もピスキィから聞いただけなので、当時は知りませんが、二百年ほど前、アルシィアが姿を消したのです」

「精霊の死、でしょうか?」

 ルーフェの考えに、チェミュナリアは首を横にふる。しかし、それははっきりとしたものではなく、曖昧な否定だった。

「精霊が命を失うことなど、通常ならありえません。その可能性も否定はできませんが、精霊が消えれば世界に大きな影響を及ぼすのです。それこそ、大陸が割れたり、山脈が崩れたり、それくらいのものが。少なくとも、ここ二百年の間はそのようなことは起きていません」

 五人はアルニス平原を南下する。魔物の姿は見えず、このままなら万全の状態でピスキィと対峙できそうだ。開けた土地なので、警戒も背後を気にするだけで疲れるものではない。

「アルシィアに何が起きたのか、それはわかりません。ただ、消えたというのは事実です。そして、祀るべき対象がいなくなれば、民もその地を離れるのが道理。生まれたときから常にピスキィと共にあった我が国と違い、あそこは元々住んでいたアルシィアに惹かれて集まった人々が作った都市ですからね」

 そこで話は途切れ、五人は無言で、精霊のいる精霊都市アルシィアへと向かう。そこにいる精霊はアルシィアではなく、ピスキィだ。

 歩き続け、石造りの都市が遠くに見えた頃、ピスキィがぽつりと呟いた。

「ピスキィは、アルシィアのいた土地に惹かれたのかもしれませんね」

 それは単なる推測でしかない。僅かに残っていた自我で、かつての友人、唐突に別れることになった仲間の元へ、助けを求めにいった。そこにいないとわかっていても、何か心が安らぐかもしれないと。

 チェミュナリアはピスキィを想い、力強い視線を行き先へと向ける。暴走した友を必ず救ってみせると、強い意志を込めて。

 精霊都市アルシィア。大都市、と言われるだけあって、その広さはパロニス王国の城下町に匹敵するほどだった。違うのは、その雰囲気だ。石造りの低い建物が一面に並び、王城のような大きな建物もなければ、周囲に砦や門、壁どころか柵さえもない。

 ピスキィのいた精霊国ピスキィと同様、アルシィアがいた精霊都市アルシィアは、魔物から身を守る必要はなかった。かつては、魔物との戦いに疲れてアルシィアを目指した旅人も多くいたという。

 かつて栄華を誇った大都市も、今は活気の消えた静寂な空間となっていた。アルシィアの力が残っているため、家々は崩れることなく当時のままを保っており、廃墟とは化していない。人が集まれば、そのまますぐに暮らすことも可能だろう。

 五人は精霊都市の奥、山岳に面した所にある神殿へと向かう。規模はパロニス王国の砦や門と同じくらいだが、それでも都市の中では充分大きく見えた。

 広い都市のどこにピスキィがいるのかはわからない。だが、もしアルシィアの力に惹かれて来たのだとすれば、かつてアルシィアが住んでいた神殿にいるだろう、そうチェミュナリアは考え、残りの者も賛同した。

 神殿の前には大きく長い広場がある。装飾の施された柱が左右対称に並び、奥のかつてアルシィアが住んでいた神殿へと続く。その広場の最奥、十本目の柱と九本目の柱の間に、ピスキィはいた。

 ぼんやりと北からやって来た五人の姿を眺め、そのままじっと動かない。

「私、下がってるね」

 リシャは柱の影に隠れて、戦闘の邪魔にならないようにする。レフィオーレのぱんつは昨日のうちにいつものしまぱんにはきかえさせておいたので、今リシャにできるのは見守ることだけだ。

 隠れる柱はアルシィアの住んでいた神殿前の柱なだけあって、精霊の力を防ぐ盾としてこれほど適したものはない。接近されない限りは、リシャは安全だろう。

 ピスキィはチェミュナリアを見つめ、僅かに表情を変えたが、それも一瞬のこと。ほんの少しでも制御できるほどの自我さえ、もう残されていないことは誰が見ても明らかだった。

 チェミュナリアは中央に待機し、レフィオーレとルーフェが左右に広がりピスキィに近づく。スィーハは柱の影を移り、身を守りながら後方を目指す。ピスキィはまだ動かない。

 スィーハが後ろに回りこみ、包囲が完成しようとしたところで、ピスキィが動いた。

 素早く後方に、拡散して放たれる力。それは全てスィーハを狙ったものであり、狙っていないものでもあった。スィーハは接近を諦め、その場にとどまる。スィーハの前方、後方、上方――もし一歩でも動いたら、直撃を受けていただろう。

 牽制にしては激しすぎる一撃。だが、それが牽制であることは次の行動によってはっきりと示された。

 攻撃を仕掛けようと駆け出したルーフェに、大きな力が拡散して放たれる。そのひとつひとつがスィーハに向けられた力より遥かに大きく、数も三倍はある。ルーフェは何とかかいくぐろうとするが、間に合わない。

 その力がルーフェの体をかすめ、バランスを崩したところにひとつの力、今度は拡散しない大きな力がルーフェの体を貫こうとする。しかし、それは届かない。

 チェミュナリアが杖でその力を受け止めていた。そうして、誰にともなく掛け声をあげる。

 声に反応するかのようなタイミング、実際には完全な偶然だが、反対側から接近していたレフィオーレが、ピスキィに一撃を加えようと駆け出していた。ソードレイピアはピスキィの体に突き刺さり、一瞬攻撃が止む。

 その隙を逃さず、ルーフェとスィーハが追撃を狙う。槍の一撃はピスキィの体を貫き、身動きがとれなくなった……ように思えた。しかし、ピスキィは精霊であって、人ではない。攻撃が通じないわけではないが、物理的な力だけで動きを封じるのは不可能だった。

「上です!」

 さらに一撃を加えようとしたスィーハに、チェミュナリアが叫ぶ。ピスキィはすり抜けるように空へと飛び上がり、集まった三人を見下ろす。

「……まずい、ですね」

 ルーフェがそう呟いたときには、既に力は下方へ放たれていた。集まった三人を包囲するかのような、拡散する精霊の力。その包囲は徐々に狭まり、ひとつの力へと収束していく。

 三人を相手にしているだけあって、狙いは甘い。回避に長けたスィーハなら、全てを回避するのも難しくはないが、レフィオーレとルーフェにとっては充分な脅威だった。スィーハは回避しながら、二人を補助していく。

「レフィオーレ! 掴まって! ルーフェ、そこから左、今度は右、次のは弾いて!」

 レフィオーレの体を抱きかかえ、ルーフェには指示を出す。そのおかげで、無数に放たれた力はひとつも、誰にも直撃することなく、無事に包囲を脱出することができた。

 しかし、安心する時間はない。ピスキィは急降下し、三人に近づくことができなかったチェミュナリアへ突撃する。精霊の力をその身に込め、腕や脚に練り上げられた力をまとい、接近戦を仕掛ける。

 チェミュナリアは杖だけでなく、手や脚も使って攻撃を防ぐ。このような訓練は、ピスキィとずっと昔からやってきていた。今は実戦だが、それでもやることに変わりはない。

 ピスキィは左に身をかわしたかと思うと、直角に前方へと動く。鳥よりも自由に、ピスキィは空を舞い、攻撃を加えていく。不規則な動きに対応するのは難しい。しかし、その動きに慣れているチェミュナリアにとって、それは珍しい動きではなかった。

 最初は互角に見えた接近戦も、徐々にチェミュナリアが押されていく。これも訓練と同じ、だ。チェミュナリアは毎回いい勝負はしても、一度もピスキィに勝ったことはなかった。チェミュナリアの技術が劣っているわけではない。ただ、しろぱんつの力だけでは、相手を倒すだけの力が足りないというだけのことだ。

 今回は、それを補う力がある。しかし、ルーフェもレフィオーレも、スィーハも動けなかった。隙を見て攻撃を加えようと何度も試みたが、ピスキィの自由な動きを読み切ることができず、それらは全て空を切っていた。

 ピスキィにとっては普段通りに戦っているだけなので、かわした隙を狙ってチェミュナリアが一撃を加えることもできない。また、押され始めている今の状況では、助言をすることもできないし、したとしても動きが追いつかない可能性もある。

 チェミュナリアの杖が、ピスキィの振り払われた腕で弾かれる。懐に放たれるのは、もう片方の腕、開かれた手がチェミュナリアの腹部に触れる。ピスキィが動きを止めたのは一瞬。その隙を狙ったルーフェ、スィーハ、レフィオーレの攻撃が届くより早く、掌から精霊の力が放たれた。

 直撃を受けて、チェミュナリアは膝を落として崩れ落ちる。防御に長けたしろぱんつの力であっても、その威力に耐え切ることはできなかった。

 ピスキィは追撃を加えようとするが、後方から攻撃を受けたことにより、戦う対象を変える。チェミュナリアはゆっくりと立ち上がると、一旦柱の側まで下がり、ピスキィから距離をとった。あのまま追撃を受けていたら危なかったが、一撃だけなら動くのに支障はない。しかし、ダメージがないわけではないので、そのまま戦闘に参加することはできなかった。

「大丈夫、チェミュナリア?」

 チェミュナリアが移動した柱には、リシャが隠れていた。その声を聞いて、チェミュナリアは疑問を口にする。

「……なぜここにいるのです?」

 その柱は、リシャが最初に隠れた柱ではない。より神殿に近い柱、つまり、ピスキィの近くにリシャが移動していたことになる。

 リシャは疑問には答えず、少しは動きに慣れてきたのか、ある程度は戦えるようになった三人をじっと見つめる。動きに慣れていないからこそピスキィが優勢だが、もっと慣れてくれば互角か、それ以上の戦いにもなりえるだろう。

 疑問に答える気がないリシャの様子に、チェミュナリアは訝るような視線を向けるが、こちらにとって不利益な行動――前線に出たり、囮となったり――をとる気がないことを確認すると、それ以上は何も言わなかった。

「止められそう?」

「時間はかかるでしょうけどね」

 リシャの言葉に、躊躇せず答えるチェミュナリア。ぱんつの力は精霊の暴走を止める力としては充分なものだ。今苦戦を強いられているのは、ただピスキィの動きや戦略、精霊の体や力の性質に慣れていないだけ。

 なるべく大きなダメージを受けずに、徐々に動きに慣れていけば、いずれは暴走を止められるだろう。もっとも、それをこなすのも簡単ではないが、やらなくてはならないのならやるしかない。

「そろそろ私も向かいます。リシャ、決して無茶な行動はとらないように」

 念を押して、チェミュナリアは前線に駆けていく。リシャはその後ろ姿をほんの少しだけ見てから、視線をピスキィと戦う三人へと向けた。

 ピスキィは再び空高く浮かび、遠距離から力の放出を続けていた。狙いは三人ではなく、ルーフェ一人。ルーフェは正面から力に攻撃を加え、相殺していくが、激しすぎて反撃する余裕はない。

 レフィオーレとスィーハは柱の上を渡りながら、ピスキィを狙っていくが効果的なダメージは与えられない。空中戦はピスキィが有利というのもあるが、別の理由があった。

 ピスキィに攻撃が当たっていないわけではない。だが、その攻撃を当てているのは、スィーハだった。威力の高いレフィオーレの攻撃をかわすことを第一に。それさえすれば、大きなダメージを受ける事はない。

 このままでは、徐々に押されていくルーフェが倒れるのも時間の問題だ。しかし、しまぱん勇者とその仲間もそう簡単には終わらない。チェミュナリアがルーフェと合流し、二人で空からの攻撃を防ぐようになったのだ。

 ピスキィは攻撃を止め、一旦距離をとる。ぱんつの力と同様、精霊の力も無限ではない。回復する速度はぱんつの力より遥かに早く、一時間も休めば完全に回復する。その力も、ぱんつの力の四倍の量だが、四人相手にこれだけ激しく力を放出し続ければ、当然消耗も早い。

 距離をとったピスキィに、すぐに追撃はかけない。遠くにいるピスキィへ近づくことが難しいのは、最初のぶつかり合いでわかっていた。

 ふわりと浮かんだピスキィは、深緑の瞳に四人の姿をゆっくりと映していく。そして、最後に映したレフィオーレに、そのまま視線を送り続ける。レフィオーレは無表情に、淡い青の瞳でその姿を見つめ返す。

 ピスキィは静かに天を見上げ、瞳を瞑る。視線は逸れているが、隙はない。自らの周りに精霊の力を練り上げ、その力を二十に拡散して放つ。狙いは、神殿前の柱。

 柱を壊すことはできない。四人が不思議に思っていると、放たれた力は柱に直撃した瞬間、周囲に風を生んだ。弱くはないが、突風にはならない程度の強さの風。ぱんつの力を完全にではなくとも、ある程度でも引き出せるなら耐えられる程度の弱い風だ。しかし、ぱんつの力を引き出せない者には、充分な効果を発揮する。

 最初にそれに気付き、動いたのはレフィオーレだった。気付いた、というより感じたという表現の方が正確と思えるほど、素早い動きで吹き飛ばされたリシャのもとへ向かう。

 その二人の合流地点。そこへ向けて、ピスキィは精霊の力を放つ。止めようとピスキィに近づこうとするルーフェは、気付くのが遅れたため間に合わない。助けに向かおうとするスィーハには、道を塞ぐように弱い力で牽制を。

「……だめだよ」

 リシャはちらりとレフィオーレを見る。その視線に気付いて、レフィオーレは動きを止めた。このまま行けば、少なくとも直撃は避けられる。しかし、レフィオーレが受けるダメージは少なくはないだろう。それこそ、今後の戦闘に大きな影響を与えるほどに。

 放たれた精霊の力が、リシャの体を抜けていく。かつて受けた力よりも、さらに大きな精霊の力。そのときと同じように、痛みはない。けれど、自身を支える力を失い、リシャはふらりと地面に倒れこんだ。受け身を取る力さえ出せず、体が地面に叩きつけられる。

 全身に痛みが走るが、強い痛みではない。立ち上がれないのはただ、力が出ないからだ。

「レフィオーレ、お願い」

 力を振り絞って出された声は、とても弱々しく、近くにいるレフィオーレの耳にも微かに聞こえる程度だった。それでも、はっきりと聞こえたその声に、レフィオーレは頷く。

 レフィオーレは倒れたリシャの体を抱え、柱の影に座らせる。そのまま軽く手を握り、小さな笑みをリシャに向け、柱の影からピスキィの前へ出た。ただ静かに見つめるその瞳には、僅かな怒りの感情が宿っていた。

 放たれる力をかわし、レフィオーレはピスキィに接近する。空を舞うような独特な動きには、まだ完全に慣れてはいない。それでも、レフィオーレはピスキィに遅れを取ることなく、その動きに反応していた。

 ソードレイピアの一撃は確実にピスキィの力を削いでいく。それでも、やはり一人では力が足りず、徐々にピスキィが優勢になる。レフィオーレはそうなってすぐ、後方へ飛びのいて距離を取った。その代わりに、ルーフェとスィーハがピスキィの相手をする。チェミュナリアはさらに後方で、いつでもリシャの救援に回れるように待機していた。

 レフィオーレの動きが良くなって、戦況は変わった。しかし、チェミュナリアが後方に下がったことにより、単純に良くなったとはいえない。

「私のことはいいから、行って」

 柱の影から、チェミュナリアに声をかけるリシャ。声は弱いが、力を受けた直後よりはだいぶましになっていた。

「無茶はするな、と言いましたよね?」

「無茶はしない、って承諾した覚えもないけどね」

 リシャが約束したのは、不利益になるような行動をとらないということ。念を押したチェミュナリアの言葉には、確かに頷きも返事もしていなかった。

 チェミュナリアは嘆息して、諦めたように微笑んだ。そして、三人が戦う前線へと駆けて行く。リシャは柱に背を預けたまま、その足音に耳を傾けていた。

 動きに慣れてきたルーフェとスィーハ、レフィオーレらにピスキィは徐々に押し返されていく。そこにチェミュナリアも加わったところで、ピスキィは一旦距離を取ろうとした。しかし、それを許さないとレフィオーレが追撃をかける。

 咄嗟に放たれた蹴りは、その速度でレフィオーレを追い越したスィーハに掴まれ、ピスキィの体は後ろに浮かされる。投げ飛ばすまでに至らなかったのは、掴まれたことに気付いたピスキィが素早く抜け出したからだ。

 その浮いたところに、チェミュナリアが杖での打撃を加える。威力は低いが、注意を引かせるには充分だ。その隙を突いて、ルーフェの槍が連続して突かれる。ピスキィは呻いたり叫んだりはしないが、ダメージを受けているのは確かだった。

 ルーフェへの反撃は、チェミュナリアが受け止める。そして、ピスキィの後方に回り込んだレフィオーレが、渾身の一撃を突き出す。

 ソードレイピアの直撃を受けて、ピスキィの動きが止まった。表情には苦しみが浮かび、浮いた体がゆっくりと地面に落ちていく。暴走が止まる兆し。ピスキィは自我を、意識を取り戻そうとしていた。

 しかし、まだ終わってはいなかった。油断していた四人は、唐突に周囲に放たれた精霊の力で吹き飛ばされる。追撃は何とか防いだものの、一気に距離が離れてしまった。またすぐに近づくのは難しいだろう。

「力が、足りていない?」

「でも、ボクたちは四人揃って……」

「四人ではなく、五人です」

 ルーフェ、スィーハ、チェミュナリアの三人は沈黙する。表情には様々な感情がない混ぜになっていた。レフィオーレだけは、やや悲しそうな表情を浮かべている。

 そして、その沈黙を破ったのは、その中の誰でもない、五人目だった。

「やっぱり、足りないんだ」

 リシャの声に、三人は振り返る。リシャはレフィオーレの隣に立っていた。

「じゃあ、仕方ないよね?」

 リシャはレフィオーレの手を握り、レフィオーレはその手を握り返す。身体から自らの意識が抜けていく感覚が、リシャの体を包む。苦しみもなければ、痛みもない。悲しみや嬉しさ、そんな感情も、全て流れ込んでいく。

「いけません、リシャ!」

 その言葉はリシャに届いていた。届いていても、リシャは聞こえないふりをする。チェミュナリアは黙ってリシャのすることを見守っていた。そうしなくてはならないのなら、止める必要はないし、止められるだけの力もない。

「させないよ、リシャ」

 ただ一人、スィーハだけは言葉ではなく、行動でそれを止めようとした。リシャの腕を掴み、力を入れて離そうとする。その力に抗うだけの力は、今のリシャには残っていない。

「うん。でも、こうしないと世界が――ううん、みんなが危ない」

「大丈夫だよ。なんとかするよ。さっきはだめだったけど、何度もやればきっと――」

 暴走を止められる、とは言えなかった。口でそう言うことはできても、実際にはおそらく不可能だということは、スィーハにもはっきりとわかっていた。それでも、止めたいとスィーハは強く思う。

「だめだよ、リシャ。ボクはもう、君の記憶を失わせたくない! なんで、君だけが三度も忘れなくちゃならないのさ! 生まれた場所を忘れて、過ごした記憶も忘れて、旅した記憶も忘れてしまうなんて、そんなの、そんなのだめだよ!」

「やだな、スィーハ」

 泣きそうな顔で必死にリシャを止めようとするスィーハに、リシャは精一杯の笑顔で、それは間違っていると否定する。その笑顔は微笑であったが、今のリシャにはそれが限界だった。

「私は、記憶を失ってなんかいないよ? これからだって、忘れたりしない。失ったのはレフィオーレで、私はそのときに生まれただけ。そして、そんな不自然に生まれた私がいるから、しましまぱんつの力が完全に引き出せない。完全に近い力は出せても、ちょっとだけ足りない。だから、私は――レフィオーレを取り戻さなくちゃいけないんだよ」

 でも、と。スィーハの瞳をじっと見つめ、リシャは微笑んだ。

「ありがとう。スィーハ」

「……そんなの、いらないよ」

 スィーハは弱々しく呟いた。掴んだ腕は離さない、けれど、その力は弱まっていた。リシャは優しく振り解くと、再びレフィオーレの手を握る。

 再び、意識が流れていく。ゆっくりとでも、確実に。それを遮る者はもう誰もいなかった。

「リシャ」

 ふと、チェミュナリアの声が聞こえた。リシャはその声を、薄れゆく意識の中で耳にする。

「あなたがどう思っていようと構いません。ですが、私にとって、そして、ルーフェやスィーハにとっても、あなたは大事な友人です。そのことを覚えておきなさい。忘れたら、許しませんよ。それと、その……あなたは初めて、私の胸に触れ、その上、も、揉んだ、他人でもあります。そのことも、忘れたら許しません!」

 後半部分は聞こえなかったが、重要な部分は余すところなく伝わっていた。リシャは本当に小さく、よく注意していないとわからないほど小さく頷き、そこでリシャの意識は完全に途切れた。

「行こう、スィーハ」

 意識を失い倒れたフィオネストの体を、柱に預けて寝かせたレフィオーレは、親友の名を呼んだ。レフィオーレは、倒れている少女の名を知らない。その体の持ち主も、体に宿っていた少女の名も。鮮明に覚えているのは、ここ数日の戦いの記憶と、スィーハと過ごした日々の記憶――フィーレット村に流れ着いて、記憶を一度失ってからのレフィオーレとしての記憶だけだった。

 一緒に戦っている二人の仲間、ルーフェとチェミュナリアの名も記憶にはない。ただ、二人がくだものぱんつと、しろぱんつ。それぞれのぱんつの力を完全に引き出せる者であることは覚えている。

 今の状況もちゃんと把握している。名も知らぬ暴走した精霊、それを止めるためにしまぱん勇者とその仲間が戦っている。何かが抜け落ちているような変な感覚は残っていたが、それを考えるのは後にすることにした。

「しましまぱんつは最強にして万能のぱんつ。その力、見せてあげる!」

 強い意志を込めた瞳をピスキィに向け、スィーハと並んでレフィオーレは駆け出す。放たれる精霊の力を、二人は華麗にかわしていく。レフィオーレはスィーハよりもやや隙が大きい避け方だが、二人を狙った攻撃なら難なく避けられる。

「えっと、くだものぱんつの人、それとしろぱんつの人! 二人はまだ動かないで!」

 動きに合わせてピスキィに近づこうとしたルーフェとチェミュナリアを、レフィオーレは言葉で制する。やや迷ったのは、どう呼ぶかを考えていたためだ。その意図は正確に理解できなかったが、二人はレフィオーレを信頼してその言葉に従った。

 スィーハが単独でピスキィに接近し、攻撃を回避していく。レフィオーレはその二人を飛び越え、後方からソードレイピアを振り払った。スィーハごと斬るような攻撃に、ピスキィは前方に飛び退く。

 レフィオーレの攻撃を、スィーハは避けることなく、受け流した。そのまま腕を掴み、勢いに任せて後方に投げ飛ばす。

「動いて!」

 投げ飛ばされながら体勢を整え、言葉と同時に、ソードレイピアをピスキィ目がけて突き刺す。直撃を避けるため、ピスキィは飛び退いた勢いでさらに前方へと移動する。そこに待ち構えていたのは、ルーフェだった。

 ルーフェの槍がピスキィを貫こうとする。しかし、ピスキィは素早く横に移動し、それをかわす。そこへ追撃をかけたのは、レフィオーレだった。

「……無茶を、しますね」

 レフィオーレが急に方向転換できたのは、チェミュナリアの杖が足場となったからだ。しろぱんつの守りの力があってこそできる芸当。まさか追いつかれると思っていなかったピスキィは、突き出されたソードレイピアの一撃を、防ぐことも、かわすこともできない。

 直撃を受けたところに、ルーフェが槍を一突きする。ソードレイピアと槍の二本に連続して突かれたピスキィは、力を失ってゆっくりと落ちていく。浮かんだ体が落ちることで、武器も抜ける。表情に苦しみを浮かべ、自我が暴走する力に耐えようとしていたのも束の間。再び放たれたレフィオーレのソードレイピアが体を貫き、ピスキィは完全に動きを止めた。

「これでよし、と」

 ソードレイピアを鞘に収め、レフィオーレは地に落ちたピスキィの体を支える。ピスキィは美しい寝顔に安らぎを浮かべていて、再び力が暴走する気配はもうなかった。


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