世界の果てのその向こう

―終章―

第六話 世界の果てのその向こう


 街に戻ってコンクェイラの撃破を報告して、半月が経過した。怪物たちの活発化が収まったどうかの様子見も十分ということで、今日は俺たちの旅立ちの日だ。

 そしてもうひとつ、サクヤにとっての転機の日でもある。

「ほら、サクヤ」

「……う」

 街に見送りに来たリリィロットさんの前に、サクヤを促す。彼女はためらいつつも、ゆっくりと前に出た。旅立つ前に解決したいと、俺から申し出たことだ。

「リリィロット。その、ええ、と……」

 意外にも彼女は素直に受け入れてくれた。彼女自身、きっかけを待っていたのだろう。

「なんですか、サクヤ」

「私はもう、神をやめます。そうなると街には住みにくいですから、その、リリィロットの家に……また一緒に暮らしたいなと、そう思いまして」

 もっとも、さすがに告白する、というところまではいかなかったのだけど。進展としては十分なんじゃないかと思う。

 僅かな沈黙。それを破ったリリィロットさんは、呆れたような顔をして言った。

「わかりました。やっと少しは素直になれたようですね」

「……素直、とは?」

 サクヤは意味がわからないといった感じで、彼女に聞いた。

「しらばっくれなくてもいいですよ。幼い頃から一緒にいたあなたの気持ちに、私が気付いていないとでも? さすがに、告白でもされたらどうしようかと迷うところでしたが、そのくらいでしたらいつでも」

「え、気付いて、今、なんて?」

 みるみる顔が真っ赤になっていくサクヤ。俺も驚いて言葉が出ないけれど、ヒナタとヒヨリは平然としている。二人は彼女から直接聞いていたのだろうか。

「何なら、はっきりと言いますか?」

「け、結構です!」

 素早く反応するサクヤ。リリィロットさんは小さく頷いて、了承を示した。

「さて、見送りを始めましょうか。ユーグレンさんがいないのは、ちょっと残念ですけれど」

 見送りにはミコミャも一緒だ。彼女はまだリリィロットさんの家に暮らしている。兄のユーグレンは街にいて、神の柱について色々と調べているらしい。

「百合のち、旅立ちの見送り」

「あ、あなた!」

 ミコミャの一言に動揺するサクヤを無視して、リリィロットさんは話を進める。

「また会う機会もいつかあると思いますが、今日でお別れですね。聞いていませんでしたが、あなた方はこれからどこへ向かうのですか?」

「とりあえず、北に向かおうと思う。確か、大きな国があるんだよね。俺たちの世界にはなかったから、どんなものか見てみたくて」

「そうですか」

 もちろん、それは当面の目的だ。旅の目的ではない。

「私たちはあなた方の世界への道を探しておきます。旅を終えたとき、柱の上の世界に戻りたい、と思う日が来ても困らないように」

「できるんですか?」

 ヒナタが驚いた顔をして聞く。このことは初耳だったようだ。

「わかりません」

 リリィロットさんは首を横に振って、はっきりと否定した。

「ですが、研究するのは私だけではありません。サクヤの協力があればきっと何かは見つかることでしょう。それが道となるかどうかはわかりませんが、できる限りはやってみるつもりです」

「私は別に戻りたいとは思いませんけれど、リリィロットと一緒に研究できるのなら、断る理由はありませんね。二人の共同作業の成果、期待していてくださいな」

 いつの間にか立ち直っていたサクヤが、はにかんで言葉を引き継ぐ。

「私の兄も手伝う予定。神の柱は重要な研究対象だから。頼んだの、私だけど」

 締めたのはミコミャだった。旅を終えたときのことなんて考えてないし、まだまだ長く続きそうだから当面は考えることもないだろうけど、助けてくれる人たちがいるというのは素直に嬉しい。

「ありがとう。まあ、その日が来るのはきっと、かなり先になると思うけどね」

「カゲユキくんの目的は果てしないからね」

「無理に最後まで付き合わなくてもいいんだけど、ね」

 俺が言うと、ヒナタは笑顔で答えた。

「好きな人と一緒にいられる機会を、自分から無にするような女の子はいないよ」

「ヒヨリは?」

 隣のヒヨリに視線を移して、尋ねてみる。二人には前に話していたから、答えは一度もらっていて、今回の答えも予想できるけれど、念のための確認だ。

「当たり前のことを聞かないでください。あなたがお姉ちゃんにふさわしい男性だと認めるまで、私も同行します。旅が終わるのとどちらが早いかはわかりませんけどね」

 ミルニ・コンクェイラとの戦い以来、ヒヨリは俺に冷たい。俺は何も言えずに、肩をすくめる。曖昧な気持ちのまま、ここで何かを言うのは彼女との関係を悪化させるだけだ。

「果てしない、とは?」

「ああ。それなんだけど……」

 俺はリリィロットさんの質問に答える。修行を始めた頃からぼんやりと考えていて、コンクェイラとの戦いを終えた頃に、はっきりと決めた旅の目的。それは最初から、旅立ちを決めた日から、ひとつしかない。

 世界の果てのその向こうには、果てのない世界が広がっていた。でも、本当に果てがないのかはわからない。見えなかっただけかもしれないし、何らかの力で、見えないようになっているのかもしれない。

 だから、目的は変わらない。ほんのちょっと、言葉が変わっただけで。

 俺は大きく息を吸ってから、はっきりと言った。

「世界の果てを見てみたい。そして、もしその向こうがあるのなら、その先に何があるのか知りたい、行ってみたいんだ」

 街に戻ってコンクェイラの撃破を報告して、半月が経過した。怪物たちの活発化が収まったどうかの様子見も十分ということで、今日は俺たちの旅立ちの日だ。

 そしてもうひとつ、サクヤにとっての転機の日でもある。

「ほら、サクヤ」

「……う」

 街に見送りに来たリリィロットさんの前に、サクヤを促す。彼女はためらいつつも、ゆっくりと前に出た。旅立つ前に解決したいと、俺から申し出たことだ。

「リリィロット。その、ええ、と……」

 意外にも彼女は素直に受け入れてくれた。彼女自身、きっかけを待っていたのだろう。

「なんですか、サクヤ」

「私はもう、神をやめます。そうなると街には住みにくいですから、その、リリィロットの家に……また一緒に暮らしたいなと、そう思いまして」

 もっとも、さすがに告白する、というところまではいかなかったのだけど。進展としては十分なんじゃないかと思う。

 僅かな沈黙。それを破ったリリィロットさんは、呆れたような顔をして言った。

「わかりました。やっと少しは素直になれたようですね」

「……素直、とは?」

 サクヤは意味がわからないといった感じで、彼女に聞いた。

「しらばっくれなくてもいいですよ。幼い頃から一緒にいたあなたの気持ちに、私が気付いていないとでも? さすがに、告白でもされたらどうしようかと迷うところでしたが、そのくらいでしたらいつでも」

「え、気付いて、今、なんて?」

 みるみる顔が真っ赤になっていくサクヤ。俺も驚いて言葉が出ないけれど、ヒナタとヒヨリは平然としている。二人は彼女から直接聞いていたのだろうか。

「何なら、はっきりと言いますか?」

「け、結構です!」

 素早く反応するサクヤ。リリィロットさんは小さく頷いて、了承を示した。

「さて、見送りを始めましょうか。ユーグレンさんがいないのは、ちょっと残念ですけれど」

 見送りにはミコミャも一緒だ。彼女はまだリリィロットさんの家に暮らしている。兄のユーグレンは街にいて、神の柱について色々と調べているらしい。

「百合のち、旅立ちの見送り」

「あ、あなた!」

 ミコミャの一言に動揺するサクヤを無視して、リリィロットさんは話を進める。

「また会う機会もいつかあると思いますが、今日でお別れですね。聞いていませんでしたが、あなた方はこれからどこへ向かうのですか?」

「とりあえず、北に向かおうと思う。確か、大きな国があるんだよね。俺たちの世界にはなかったから、どんなものか見てみたくて」

「そうですか」

 もちろん、それは当面の目的だ。旅の目的ではない。

「私たちはあなた方の世界への道を探しておきます。旅を終えたとき、柱の上の世界に戻りたい、と思う日が来ても困らないように」

「できるんですか?」

 ヒナタが驚いた顔をして聞く。このことは初耳だったようだ。

「わかりません」

 リリィロットさんは首を横に振って、はっきりと否定した。

「ですが、研究するのは私だけではありません。サクヤの協力があればきっと何かは見つかることでしょう。それが道となるかどうかはわかりませんが、できる限りはやってみるつもりです」

「私は別に戻りたいとは思いませんけれど、リリィロットと一緒に研究できるのなら、断る理由はありませんね。二人の共同作業の成果、期待していてくださいな」

 いつの間にか立ち直っていたサクヤが、はにかんで言葉を引き継ぐ。

「私の兄も手伝う予定。神の柱は重要な研究対象だから。頼んだの、私だけど」

 締めたのはミコミャだった。旅を終えたときのことなんて考えてないし、まだまだ長く続きそうだから当面は考えることもないだろうけど、助けてくれる人たちがいるというのは素直に嬉しい。

「ありがとう。まあ、その日が来るのはきっと、かなり先になると思うけどね」

「カゲユキくんの目的は果てしないからね」

「無理に最後まで付き合わなくてもいいんだけど、ね」

 俺が言うと、ヒナタは笑顔で答えた。

「好きな人と一緒にいられる機会を、自分から無にするような女の子はいないよ」

「ヒヨリは?」

 隣のヒヨリに視線を移して、尋ねてみる。二人には前に話していたから、答えは一度もらっていて、今回の答えも予想できるけれど、念のための確認だ。

「当たり前のことを聞かないでください。あなたがお姉ちゃんにふさわしい男性だと認めるまで、私も同行します。旅が終わるのとどちらが早いかはわかりませんけどね」

 ミルニ・コンクェイラとの戦い以来、ヒヨリは俺に冷たい。俺は何も言えずに、肩をすくめる。曖昧な気持ちのまま、ここで何かを言うのは彼女との関係を悪化させるだけだ。

「果てしない、とは?」

「ああ。それなんだけど……」

 俺はリリィロットさんの質問に答える。修行を始めた頃からぼんやりと考えていて、コンクェイラとの戦いを終えた頃に、はっきりと決めた旅の目的。それは最初から、旅立ちを決めた日から、ひとつしかない。

 世界の果てのその向こうには、果てのない世界が広がっていた。でも、本当に果てがないのかはわからない。見えなかっただけかもしれないし、何らかの力で、見えないようになっているのかもしれない。

 だから、目的は変わらない。ほんのちょっと、言葉が変わっただけで。

 俺は大きく息を吸ってから、はっきりと言った。

「世界の果てを見てみたい。そして、もしその向こうがあるのなら、その先に何があるのか知りたい、行ってみたいんだ」


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