異世界からの誘拐犯は裁けない

第十話 和平と戦闘狂


 翌日。百合の国にはいつもと変わらない、平穏な空気が流れていた。戦いをすぐに控えているわけではないが、明日花は王城の地下で、ハイリエッタの魔法人形相手に、リリ、ローゼの二人と魔法の練習をしていた。

 帰還するかどうかは別にしても、魔法を使えるようにはなっておきたい。昨日、祭りが終わって城に帰る際、そう口にしたらハイリエッタが協力すると言ってくれた。

 出会ったその日にした交渉、「私を支援してくれるなら、元の世界への帰還方法、考えてあげる」という約束を守ってのことなのだろうが、明日花にとっても都合がいいので、彼女に頼むことにした。

「一応、帰還方法の目処は立ってるけど……アスカお兄ちゃんの魔法が下手だと、確実に失敗するね」

 というのは、昨日のハイリエッタの台詞。今日のハイリエッタは普段通りである。

「アスカ王、魔法の狙いが甘すぎる」

「動き、早くないか?」

 明日花たちが相手にする魔法人形は、地下室を素早く移動している。それを狙って、軽い魔法を当てるのが今の明日花に与えられた指示だ。

「これくらいできないと、練習にならない。それとも、お兄ちゃんが気に入った?」

「ボクはお姉ちゃんと呼んでほしいな!」

「リリ」

「くっ……」

「ええと、そういうわけじゃないよ」

 天使の声で答えるのが遅れたが、明日花ははっきりと否定する。

「でも、アスカ……。練習中に、考え事はいけない……ですよ?」

「やっぱり、わかるんだな」

 ローゼの指摘を明日花は素直に認める。彼女ほどの実力者なら、体の動きや魔力の流れから、それくらいは容易く察することができるのだろう。

「ああ、みたいだね。ボクはてっきり、お兄ちゃんのことだと思ったんだけど」

「違うからな」

 念を押すように否定。こっちもこっちで気付いてはいたようだが、考え事の内容については察せられてはいないようだった。

 明日花が考えているのは、どうやって和平についての話を切り出すかである。ハイリエッタと一緒にいれば、機会はそのうち訪れると甘く考えていたが、今日の練習を始めて二時間。休憩を二回挟んだにも関わらず、未だにその機会は訪れていなかった。

「とすると、やっぱり彼女のことかい?」

「誘拐した……魔法少女」

「告白、できなかったんだっけ?」

「ああ。そのことについて、ハイリエッタに話があるんだ」

 明日花が言うと、ハイリエッタは頷いた。

「じゃ、これが終わってから。次の休憩でいい?」

「わかった」

 そして、練習を終えた明日花たちは、そのまま地下室で話をする。ハリイエッタは魔法人形の動きを緩めず普段通りだったので、やや疲れているが、時間はたっぷりあるので問題ない。

「アスカ王は、彼女に告白したいんだっけ?」

「ああ。それで、なんだが……」

 いきなり切り出しても断られるのは確実。どうしようか明日花が迷っていると、先にハイリエッタが言った。

「とりあえず、アスカ王がされたみたいに、捕虜にするのは無理。彼女が全く成長していないというなら話は変わるけど、リリ、ローゼ」

「そうだね。ローゼから縫いの国での話を聞いたけど、彼女、想像以上に成長してるみたいだね」

「そうなのか?」

 明日花は驚いた声で聞き返す。彼の目にはそこまではわからなかったが、戦い慣れているリリが言うのなら間違いはないだろう。

「前は、知識の差で勝てただけ……ですよ。時間をかけても、勝てたとは思います……けれど」

「彼女の潜在能力が高いのはわかっていたけど、知識の吸収速度が凄いね。アスカの何倍も頑張ってるんじゃないかな。心当たりはあるかい?」

「夕衣は魔法少女に憧れていたからな」

 長年の夢が叶って、魔法少女になれた幼馴染み。彼女がより可愛く、強く、美しい、魔法少女らしい魔法少女であるために、努力を惜しまない姿は容易に想像できた。それくらい彼女は、魔法少女である自分に――魔法少女でいられるこの世界を、とても気に入っている。

「詳しいんだね」

「幼馴染みとして、想い人として、ずっと見てきたからな」

「照れずに言えるアスカ王は、なんで告白できなかったの?」

「なんでって……」

「……ごめんなさい」

 明日花がローゼを見ると、彼女は小さな声で謝った。こうして彼女の口から、はっきり謝罪の言葉が出たのは初めてかもしれない。しかし思った以上に申し訳なさそうなローゼの様子に、明日花は「もう気にしてはいないさ」とフォローしておく。

「じゃなくて、元の世界での話」

「それはフィーリーが……いや、違うな」

 ハイリエッタが何を尋ねようとしてるのか、明日花も何となく理解した。

「好きになったのは、最近?」

「違う。中学二年生、宿泊研修に行った頃だから……四、五年前だな。でも、そのときはまだ勇気がなくて、高校も同じだったから、なかなか告白できなかった」

「それで、勇気を出した矢先に、か。ローゼ、好きだよ」

「ごめんなさい」

「……ふ」

 唐突なタイミングで告白してきたリリに、ローゼは即答する。心の準備はできていたのか、天使は余裕の微笑を浮かべていた。

「そう。それはそれとして、アスカ王はどうしたいの?」

「夕衣に想いを伝えたい。そのための環境を、作りたい」

「……どうやって?」

 若干の沈黙のあと、ハイリエッタが再び尋ねた。彼女も何となく察しているのだろうと思うが、ここははっきり言葉に出さないといけない場面。

「和平を結べば一番簡単、だと思うんだが」

「嫌」

「どうしてもか?」

「うん。私から戦いを奪うの?」

「そう、だよな。戦争はやめて、競技という形で続けるというのはどうだ?」

「代理戦争なんて、本物じゃない」

「本物、か」

 殺し合いではない戦争ごっこというのも、本物と言えるのだろうか。明日花がそう考えていると、彼の考えを読んだようにハイリエッタが言った。

「アスカ王は、私を甘く見てると思う。徹底的に殲滅したら、次の戦いが遅くなる。だから私は、毎回どれだけ有利になっても最後は手加減してる。ドックスの方は――ううん、あっちの国の人は、ごっこで満足してるみたいだけど。戦争を利用した、技術開発だっけ? そういうのをやってる」

「ローゼ、ボクも甘く見てはいけないよ。ついに出会えた運命の人、ボクはそう簡単には諦めないからね。ローゼ、愛してるよ」

「アスカ……どうしますか?」

 ローゼは指でばってんを作り、リリの告白を受け流しながら、明日花に聞いた。

「想像以上だな。ローゼ、戦争は淫らな者に含まれないのか?」

「一方的な侵略戦争であれば、淫らな者として裁きます……けれど、百合の国と縫いの国の戦争は、悪いことではない……ですよ」

 ローゼがハイリエッタに何も言わないことから、彼女の答えはわかりきっていた。明日花はどうするべきか考えていたが、いい策は何も浮かばない。彼が考えをまとめるより先に、声を発したのはハイリエッタだった。

「でも……」

「でも?」

「私が戦いを好きなのと同じくらい、アスカ王も彼女、夕衣だっけ? その人のことを好きなのは、わかってるつもり。私も、女の子だから」

「ああ、俺は夕衣のことが好きだ」

「だから、書状を送るくらいなら、許可してもいい。それから、改めて考える」

「いいのか?」

「うん。もし今の彼らが、戦いを惰性でやっているのなら……私としても、あまり楽しくないから。聞く価値はある」

「ありがとう、ハイリエッタ」

 笑顔で感謝の言葉を口にする明日花に、ハイリエッタは顔を崩すことなく、冷静に返事をした。

「私は和平を認めたわけじゃない。感謝するのは、まだ早いと思う」

「そうだな。早速、メイシアに頼んでもいいか?」

「うん。あ、署名はしないから。私の意思だと思われたら困る」

「わかってる。そこまでは求めないさ」

「ふふ、決まったようだね。アスカ、ボクは全力で君の恋を応援するよ」

「私も、応援……します」

 天使と淫魔、二人に応援された明日花は、大きく頷いてみせた。まだ告白するためのきっかけを作ったとも言えないが、和平への大きな一歩であることに変わりはない。

 明日花は早足で階段を上って、王城でぽけーっとしていたメイシアを見つけると、隣国へ送る書状の内容について相談するのだった。


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