五つの星の頂点 ほしぐも

第七話 払われた雲


 私は再びききほし地域を訪れていた。彼と初めて出会ったあの思い出の日と違うのは、一人ではないこと。今日は真冬ちゃんと小夏ちゃんも一緒だ。

 枯葉くんは一人そらほし地域に残って、椿ちゃんと色んなことをして親睦を深めているに違いない。色んなことがどんなことなのか、それはあとで本人が話してくれるだろう。

 目的の一つは観光を楽しむこと。それから、私たちも私たちで、女の子同士の親睦を深めること。そして最大の目的は、いつ襲ってくるかわからない敵に対して備えること。五人揃ったところを襲ってきたあめとゆき。あのときは一旦引いてくれたけど、今度は一人になったところを各個撃破しようとするかもしれない。

 幸い、一度それぞれの地域に戻ったときは何もなかったけれど、いつまた襲ってくるか知れたものではない。私たちの戦う彼女たちは、気まぐれな敵なのだ。

 そのために私たちが向かったのは、ききほし地域の五星温泉。星寮にあるものより小さめだけど、星頂専用の特別な温泉だ。枯葉くんにも言っておいたけど、別にききほし地域の星頂の許可が要るわけではない。ただ、おすすめの温泉をよく知るのは、地域に暮らす星頂の彼をおいて他にはいない。

 これから向かう五星温泉は、彼の談では「肌が滑らかになって髪が艶やかになるって姉上が好きだっだ温泉だよ」とのこと。男の子の彼にとってではなく、女の子の私たちにおすすめの温泉を紹介してくれた。

「小夏ちゃん。三人だけだからって、襲っちゃだめだよ?」

「何を勘違いしてるのか予想はできるけど、私は女の子が好きなわけじゃないから」

 到着した五星温泉に入る前、念のために言った言葉に無表情の答えが返ってきた。いつもの表情で、声も冷静だから怒ってはいないと思う。むしろ、私はこういう人間だと理解されてるから、軽く受け流されている。

「違ったの?」

「……こっちは天然?」

 真冬ちゃんは凄く驚いた顔をしていた。おんながほしくなるのは、彼女の反動的な生理的なもの。ちなみにおとこがほしくなる私は、ここにくる前に枯葉くんからたっぷり補給しておいたから元気いっぱいだ。一晩寝れば、彼も元に戻っているから心配無用。もし敵に襲われたとしても、万全の状態で戦えるはずだ。

「入るよー」

「はーい」

「うん」

 私が促すと、少し睨み合っていた真冬ちゃんと小夏ちゃんが答えてついてきた。

「あかほし、あおほし、みどほしの星頂ですね。その髪型……承認しました」

「え? 髪型で識別してるの?」

 にっこりとした若い受付の女性は、しばし無言で何も答えなかった。

「ポニーテールにツインテール、それから触角のような毛が生えているという……と噂に聞いていますが、切りました?」

「これ?」

 ぴょこん、と生えてきた一本の毛。小夏ちゃんは本人証明をするように髪を煌かせる。

「あ、いえ、冗談です。ここは星頂専用の温泉。星頂の見分けがつかないようでは、ほしぐも様に受付を任せられることはありません。もっとも……こちらの星頂は、少しわかりにくくて困りものですが、姉上と一緒にきている姿は何度も見ていましたから。顔は覚えています」

 五星温泉はほしぐもちゃんが直接経営する日帰り温泉。だから彼女も、ノギさんみたいに選ばれた者なのだ。元々の性質か、鍛えた判断力かはわからないけれど。

 受付を抜けた私たちは並んで脱衣所に向かう。木材の匂いを感じる素朴な建物なのに、発する雰囲気はほしぐもちゃんのお城に近いものを感じる。さすが直接経営。ここにいる限りは、裸でも安全かもしれない。

 もっとも、私たちの星頂の力は服に依存するものじゃないし、誰もいないこの場所なら全裸でも何ら支障はないのだけど……。

「小夏ちゃんって、本当に女の子が好きじゃないの?」

 視線を感じて私は尋ねる。私だけじゃない、同じように服を脱ぐ姿をじっと見られていた、真冬ちゃんも同意を示す視線を彼女に向けている。その顔に浮かぶ表情は、嬉しそうで困ったものでなかったけれど。

「私はそういう視線、嫌いじゃないけれど……性欲が足りないかな?」

「星頂の力と、個人的な好みは別。結婚したいとか、えっちしたいとか、そういうことは女の子には思わない」

 下着を脱ぎながら、小夏ちゃんが答える。露わになった凄く小さな胸。

「もしかして」

「ちなみにこれは気にしてない。そもそも、二人も小さめ」

「私、半分ロシアの血だから」

「うーん、私は少しずつ大きくなってるんだけど……」

 確かにまだまだ小さいお胸である。でもまだ私は十四歳。これから大きくなるかもしれないし、大きくならなくてもあんまり困らない。このまま小さいままで、好きな彼の好みが大きい胸でも、性的接触で魅力を伝えてやればいいことだ。

 男の子は単純。口では何と言おうと、なんかを触って大きくしてやれば、特に枯葉くんみたいな若い男の子なら抗えないのだ。彼の好みはよく知らないけどね。

 私も足を上げて最後の下着を脱いで、準備完了。小夏ちゃんと真冬ちゃんも続いて、三人の女の子が一糸纏わぬ姿に。枯葉くんが見たら、これだけで倒せると思う。あ、でも、お姉さんで見慣れてるから、裸程度なら意外と耐性はあるかも。

「おー」

「へえ……」

「……ふむ」

 扉を開けた先に広がる露天風呂は、小さめだけど開放感が凄かった。私も真冬ちゃんも小夏ちゃんも、その光景に感心する。でもそんな時間は少しだけで、私たちはさっとかけ湯をしてから、一目散に露天風呂を目指す。

 ききほし地域の温泉は前にも入ったけれど、囲いが変われば泉質も少し変わる。特にここの五星温泉は、天然らしい良質の岩に囲まれた露天風呂。さらに低い柵の外には、広がる砂丘とずっと遠くに見える星外の海。この温泉は砂丘の高いところにあるから、その眺望は素晴らしい。あおほし地域に比べると、海は遠すぎて小さく感じるね。

 ここのお湯はさらさらしていて、さらにちょっとだけきらきらしている。天然の岩が生み出すものか、それとも引き方が上手なのか、理由はわからないけどこれなら納得だ。

「ここに敵がやってきたらどうする?」

 ややあって、私は二人に聞いてみる。のんびりしながらも、先のことは忘れない。

「私が撃退する。今度は負けない」

 ぴょこんと触角みたいな毛は生やさないけれど、小夏ちゃんは変わらない表情の中で、強い戦意をその声と瞳に宿していた。決して好戦的ではないけれど、意外と燃えるタイプ。

「退けるまでね。むしろこの三人の方が、敵がどちらか一人なら戦いやすい」

 冷静かつ冷徹に、そして可愛らしく。変わる表情と変わる声。真冬ちゃんもいつでも戦えるように心構えは万全だ。

「枯葉くんは足手まとい?」

「壁にはなる」

「彼は大事な力の源ね」

 戦いにおける枯葉くんの立場は、やっぱり私の想像通り。もちろんこれは彼自身も自覚していることだから、私たちが冷たいわけじゃない。むしろ、彼が自覚していることを、そしてそれが真実だとわかっているのに、過度な期待をかけることこそ危ない行為だ。

 枯葉くんも男の子だから、綺麗な女の子のためなら無理をするかもしれない。それは私たちのことじゃなくて、彼のお姉さん――花咲落葉さんのこと。

 私にはそういう人がいないから、彼の気持ちはわからない。彼がどれだけお姉さんのことを想っていて、お姉さんのために動こうとするのか。恋、でもしたらその気持ちが理解できるのかな。

「恋、か……」

「枯葉?」

「枯葉くん?」

 私の口から思わず出た言葉に、小夏ちゃんと真冬ちゃんが機敏に反応した。

「そうだねえ……今の私たちが恋できる相手って、枯葉くんしかいないよね」

 私たちに近しい男の子。私たちと同じ星頂の男の子。見ると、小夏ちゃんと真冬ちゃんの二人も同じような顔で、それを認めているみたいだ。

「あくまでも、可能性だけど」

「そうね。理解ある恋人というのは助かるけれど」

 そこでふと思うのが、彼の気持ちである。私たちの誰も、まだ彼に恋はしていない。じゃあ彼はどうだろう? 枯葉くんにとっては、今回の事件を機に五人もの美少女に出会って仲良くなったのだ。それはまだ、仲間としてに過ぎないのだけど。

「枯葉くんの好みって、どんな女の子だと思う?」

 さらさらでちょっときらきらなお湯にたゆたいながら、二人に問う。

「お姉さんみたいな人?」

 真冬ちゃんが先に答えた。やっぱり、最初に思うのはそれだよね。

「姉上以上の女性なんているわけない、と思っているかも」

 小夏ちゃんが続けて答えた。その可能性も十分にあると思う。

「今度、本人に直接聞いてみようか?」

「それがいい」

「名案ね」

 こうして私たちは結託した。男の子の好みなんて、女の子の私たちにはいくら考えてもわからない。だったらやっぱり、本人に直接聞いてあげればいい。

 椿ちゃんのところから戻ってきたら、早速尋ねてみよう。そう思っていた私たちだけど、その早速はお預けになってしまった。戻ってきた彼は、すぐにそんな楽しい話をできる状態ではなかったから。だからこの質問は、少しだけ遅れることになる。

 夢を見ていた。そう自覚する今は、現実なのだろうか。

「さて、第二回! 枯葉くんの好みの女の子は誰なのか! 椿ちゃんも混ざってほしかったけど、彼女はさっさと帰ってしまいました!」

 女の子の声が聞こえる。聞き覚えのあるような、とても元気な声。それを誰の声だと断定できない今は、現実ではないのかもしれない。まだ夢の中で、これは夢に響く女の子の声。

「大事な調べものがあると言っていた」

 どこか気難しそうに感じる声。これも女の子の声。

「単独行動ね。一人きりにして大丈夫?」

 クールなようで、可愛らしさも感じる声。三人目の女の子の声だ。

「心配だけど、彼女の大事を信じるよ」

 一人目の声。どうやらここには三人の女の子がいるらしい。そこに自分もいるのか、自覚できないのはここが夢の世界だから。

「あたしがあんたを守るから!」

 今度、聞こえてきたのは姉上の声。現実なのか夢なのか、頭の中に響くような声。夢の中で思い出されるのは、姉上のいたあの日の記憶。あの日の――そう、あの、日。

 男がいた。姉上がいた。そして俺もいた。

 三年前のあの日、事故の起きたあの日。

 ……事故。そう、あれは事故だった。事故としか言いようがなかった。姉上は強かった。姉上と一緒にいた男も、姉上ほどではないけれど強かった。そんな二人が、消えた。何かが起こって、二人とも消えてしまった。どんな敵でもそんなこと、あるはずがないのに。

 何が起きた? 何が起こった? 誰が起こした? 夢でも現実でもいい、思い出せ。

 記憶にかかっていた雲は、いくらか薄くなったように感じる。未だはっきりとは思い出せないけれど、思い出すための隙間はある。雲のかかった記憶は、一つも消えてはいない。

「雷斗、あれが?」

「ああ。君を誘った理由だよ」

 姉上の親しげな声。答える男の声も、親しげだ。姉上を誘惑して消えた男の――榛雷斗の誘惑する声。

「俺についてきてくれるか?」

「喜んで。あんたはあたしが守るから!」

 榛雷斗の誘う言葉。笑顔で答える姉上の言葉。俺に笑顔を向けて、告げられた言葉。

 どういうことか、疑問は浮かばない。これはただ思い出しているだけ。雲に覆われて思い出せなかった記憶を、不完全だけど正確に。だからこれは、俺が聞いた言葉。見た光景。触れた感触。感じた匂い。

 姉上は繋がれていた俺の右手を力強く握り直して、もう一度笑顔を俺に向けてくれた。

「姉上なら大丈夫。だって、俺の姉上なんだから」

「そ、あたしなら大丈夫。枯葉――あんたはあたしが守る。だから、あんたはあたしの傍にいなさい。あたしの刀で……守れる範囲に」

 少し幼い俺の声と、記憶のままの姉上の声。繋いでいない右手は、携えた刀の柄にあてられている。そこから抜かれる刀は、姉上を守る刀。俺を守る刀。俺たちを、ききほし地域の住民を守る刀。そのために姉上は、男の誘いに乗ったのだ。

 騙されていた? そうかもしれない。まだ全ての記憶は思い出せない。だけどはっきりしているのは、男の誘いの意味が違ったこと。彼もまた、何かを守ろうとしているみたいだった。

 二人の背後に見えるのは大きな海。見覚えのある、けれど見慣れてはいない不思議な海。

 月の下。姉上と、男と、俺と、そして……そして、二人は消えてしまった。なぜ? 思い出せない。見ていないから覚えていないのか、大事な記憶を雲が覆っているのか。

 記憶の雲が払われて、だけど払われたのは一部だから、全てはわからない。でもその一部さえ思い出せなかった今までに比べれば、これは大きな手がかりだ。現実か夢か。見ているのは夢でも、その夢の記憶は現実。きっと、間違いなく。

 声が聞こえていた。聞き覚えのある、三人の女の子の声。これは多分、夢じゃない。これから記憶に変わる現実だ。なぜなら……。

「さて、じゃあ早速、枯葉くんの好みについて話し合いましょう!」

「彼に興味はないけど……」 

 私の発声に、向かいのソファに座る小夏ちゃんが答える。無表情はいつもと同じだけど、隣に女の子がいなくて一人だけで座っているのは珍しい。

「私は……ふふ、秘密にするね」

 女の子が隣に座っているのは真冬ちゃん。私の左、すぐ傍から声が答える。秘密を湛える顔は明るい笑顔で、秘密の感情は表情からは全く読めない。ある意味、無表情よりも無表情。

「外見的な好みと内面的な好み、恋においては本来不可分なものだけど、どっちからいく?」

「外見」

「内面?」

 私の発案に、二人から返ってきた答えは別々。自信がある方を先にしているのか、自信がない方を先にしたのか、枯葉くんに興味がない小夏ちゃんでも恋には興味があるはずだ。

「やっぱり、お姉さんみたいな人が好きなのかな?」

 二人の意見を尊重して、私は外見と内面の両方からアプローチ。

「枯葉くんより背が高くて、少し大人で、肉体的にも精神的にも彼を引っ張ってくれるような頼りになるお姉さん。姉上のことが大好きな枯葉くんは、恋人の好みも同じかな?」

 花咲落葉さんの顔も体も声も心も、何も私は知らないけれど。それでも彼女は私たちより三歳も年上で、星頂としても先輩で、大人な女性のはずだ。

「強い女性?」

「包容力……胸かな?」

 小夏ちゃんと真冬ちゃんの答えに、考える。とりあえず私にはそんな要素はないと思う。強さも枯葉くんの言葉通りだとお姉さんが一番で、包容力……胸の大きさで考えると私たちじゃ頼りない。

「そもそも胸が一番とは限らないと思うけど」

「お尻?」

「脚かも」

「腋とか膝とか、関節系も侮れないね」

「もっとソフトにくびれは?」

「胸にしても大きいか小さいか、好みは千差万別ね」

 少し脱線する私たち。それにこんなことを深く考えても、聞いてみたら特にこだわりはないなんて答えが返ってくるかもしれない。女の子の体のここが好きで、どういうものが大好きなのか、体の反応では確かめられても言葉にできる男の子は上級者なのだ。

 いくら枯葉くんがお姉さんで他の男の子よりちょっとだけ女の子に慣れていたとしても、お姉さんは恋の相手じゃないからそこまで慣れてるわけじゃないと思う。

「お姉さんに恋をしている可能性も考えましょう」

 提案したのは真冬ちゃんだ。もちろんそれも忘れちゃいけないから、私は大きく頷く。

「否定はできない」

「低いとは思うけど……」

 私の言葉に小夏ちゃんは一瞬こちらを見ただけで、肯定も否定もしない。枯葉くんとお姉さんのことを話したのは、二人より私の方が少しだけ長い。でも詳しく聞いて気持ちを確かめたことは一度もない。だから彼が隠していたらわからないのだ。

「もしそうだとしたら、私たちに勝ち目はあるかな?」

「勝つ気はないけど」

「……秘密で」

 再びしっかり否定する小夏ちゃんと、またも秘密で曖昧な真冬ちゃん。微笑みの意味はどういう意味なのか、それも彼女にとっては秘密のうちだ。

「そっかー」

「……ところで」

「秋奈は?」

 私が穏やかに反応を返していると、真冬ちゃんが小夏ちゃんを味方に尋ねてきた。

「もちろん、秘密なら秘密で構わない。だけど、せっかくだから答えてみない?」

 真冬ちゃんの笑みを浮かべながらもちょっと真剣な表情に、小夏ちゃんはいつもの変わらない表情のままで大きくはっきりと頷く。

「もちろん有力候補の一人だけど、私、恋とかそういうのはまだ、特に彼とは早いよ」

 照れたような笑みと声で、私は答える。機会がないから言わなかっただけで、別に秘密にしないといけない気持ちは何もない。

「もうちょっと、そう、枯葉くんのお姉さんに会えるくらいになってからじゃないと」

 左の人差し指を小さく立てて、右腕は肘を曲げて手の甲を軽く腰に、小さく肩をすくめる。枯葉くんのことだからどうせ、お姉さんの問題が解決しないまま彼女なんて作らない。だから彼との恋を私たちが本格的に考えるのは、お姉さんと枯葉くんの今の関係をはっきりさせてからだ。

「落葉さん――私も話をしてみたい」

「私は手合わせがしたいね。落葉さん、枯葉くんより凄く強いんでしょう」

「うん。枯葉くんの小さい頃の恥ずかしい話とか、恥ずかしくない話もついでに、色々聞いてみたい」

 枯葉くんのお姉さん。花咲落葉さん。彼女は私たち星頂の先輩で、きっと凄いのだ。

「さ、話を戻しまして……」

「落葉さん以外にも興味があるとしたら?」

 小夏ちゃんの言葉に私が頷くと、真冬ちゃんは答えずに微笑んだ。ちょっと違う反応に私が見ると、彼女は視線で私たちを促した。……どうやら、お目覚めのようだ。

「君たち、何の話をしているのかな?」

「枯葉くんの好みについてだよ」

 視線の先――ききほし地域の星寮、星頂部屋のベッドの上。椿ちゃんが運んできて、眠っていた枯葉くんが目を覚ました。飛び起きるように体を起こそうとして、疲れを考慮したのか本当に動かないのか、ゆっくり起き上がってベッドから降りて立ち上がる。

「そういう話は本人がいないところでするものじゃないのか?」

「最初はしてたけど……ねえ?」

 私が視線と声で二人に聞く。

「この方が面白い」

「答え合わせも早いね」

 枯葉くんの視線が私たちを向いている。その視線の意味は推測するに、君たちは俺に恋はしていないなとか、答えを聞く気だったのかとか、俺がここで好きだとでも言ったらどうする気なんだろうとか、そんな感じの抗議と興味の混じった視線。

 実際にどう考えているのかはわからない。でも、聞けることは今すぐに聞ける。

「さあ、答えは――枯葉くん、どうぞ!」

「いや、俺も全部をはっきりと聞いてたわけじゃないんだけど……」

「大体は聞いていたから、わざわざ止めた。違う?」

 真冬ちゃんの冷静な指摘に、枯葉くんは黙ってしまった。図星的中。私たちは逃がさない。

「――秋奈さん」

 そして告げたのは私の名前。でもそれは、決して告白の始まりじゃない。

「秋奈さんの思っている通りだよ。姉上と再会するまで、俺には恋なんて早い」

「枯葉の好みはお姉さんとは別」

 小夏ちゃんの興味なさそうな指摘に、枯葉くんは言葉を失った。残念だけど、私たちは話を逸らすのを許さない。

 しばしの間があって、枯葉くんは私たちをまっすぐに見て口を開いた。

「答える気はない。秘密にするよ」

 ちょっとの笑顔と一緒に。私たちは穏やかな雰囲気で彼を迎える。私たちは逃がさないし逸らさせないけれど、追い求めることもしない。だって、これは暇潰しなのだから。他愛もない会話、彼が目覚めるまでの、和気藹々とした雑談に過ぎないのだから。

「それより――」

 そしてこれから彼が話してくれる言葉が、私たちのこれから。私たちを暇ではいられなくする、大切な事実の欠片だった。


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