五つの星の頂点 ほしぐも

第四話 呼ぶはほしぐも、集うは星頂


 あかほし地域から帰還して数日、ききほし地域は敵が現れることもなく平穏だった。

「えー、三千年続いたと噂の西暦が終焉を迎え、星暦が始まって三五五年。それは人々が星内で暮らすようになってからの年数に等しい。日本の星の一つであるこの星ができたのも、大体同じくらいね。日本の中では一番北の星。それから、隣国ロシアの星とも一番近い星ね」

 平穏だからいつも通り、五星学園で教官からの指導を受ける。仁実さんは黒板に文字を書きながら、俺たちはその情報を頭に入れていく。記録する暇があるなら、記憶をせよ――それが五星学園の方針であり、そのため忘れた頃に何度も同じ指導が繰り返される。

 その方針を決めるのは、国ではない。この星内において、一番偉い人。その者が全ての方針を決めるのだが、星での暮らしが始まってからずっとその方針は貫かれている。

「星内には六つの地域があって、頂点五地域を束ねるのが星頂。格式高い局面では『ほしいただき』とも呼ばれる、少し偉い人。ききほし地域の現星頂は、はい、枯葉くん。答えなさい」

「おい」

「……はい、文句は受けつけません。答えないなら前星頂、花咲落葉の友人として、現星頂の恥ずかしい秘密を暴露するので、羞恥プレイをお望みなら好きにするように」

 仁実さんはいつもこうである。真面目なのは最初だけ。それからは、こうやって誰かをからかうように指名して、授業を進めていく。この日に選ばれたのは俺だった。

「五日前も俺だった気がしますけど」

「四年前のあおほしの月第二週第九日、我らが星頂さんが十歳の頃、私は当時の星頂よりある相談を受けました」

「今の星頂は花咲枯葉」

 咄嗟に答えると仁実さんは気持ち良さそうに語っていた口を閉じて、同じ組の学生何人かからは小さなブーイングがとんできた。

「組は?」

「十四星ききほしの月。教官は山林仁実」

「はい、正解。さてその相談内容だけど……」

「仁実さん!」

「聞きたい人はあとで彼に直接聞くように」

 さらりと受け流して、仁実さんは指導を続けていく。一見すると不真面目なようで、これも真面目な指導の仕方。「同じことを同じように伝えるだけじゃ、あたしもあなたたちもつまらないでしょ?」と軽く言っていたが、姉上によるとその方が記憶に残るから、彼女も考えてやっているわよ、ということらしい。

 事実、この組の成績は全員揃ってトップクラス。姉上の言葉を疑うわけではなかったが、仁実さんのことは信頼しきれなかった当時、つい学園で反発したときの恥ずかしさは忘れない。

 それについても、「恥ずかしさが記憶に結びついて、人を育てるのよ」ともっともらしいことを言っていたが、これについて姉上は、それは彼女の趣味ね、とばっさり切り捨てた。

「さて、星内には五人の星頂がいます。でも、彼らは一番偉い人じゃない。星内において、一番偉い人はもう一つの地域――中央五角星にいるのね。彼女には星頂も逆らえない。あとで聞いても断られるであろう事実を、強制的に聞ける存在――橙子ちゃん」

「はーい、仁実さん。ほしぐもですね!」

「ん、そう。じゃ、次は恋人の紫朗くん」

 答える者はいない。紫朗の顔を見ると、黙って視線を仁実さんに送り続けている。

「男子寮頂の紫朗くん」

「はい」

 今度は即答した。

「最初から答えなさいよー」

「紫朗も不良になりたいお年頃なんですよー」

「お言葉ですが、仁実さん。橙子の恋人の紫郎、なんて条件に当てはまる人間はいません」

「あ、まだなってなかった? ごめんごめん。はい、続けるわよ」

 このやりとりもたまに繰り返される、いつものやりとり。仁実さんが仁実先生と呼ばれていたのは、何年も前のこと。橙子がそう呼んだのを皮切りに、今では教官を先生と呼ばないのは失礼だと最後まで抵抗していた紫朗も折れて、組の全員が仁実さんと呼んでいる。

「中央五角星に入って、ほしぐもに直接会うのは、星頂であっても通常は不可能。それには特別な条件が必要で、その条件は何かしら?」

「ほしぐもからの招待状。それを受け取る必要があります。それからは、ほしぐもとの謁見内容次第で、ある程度自由に訪れることも可能になると聞きますが、そのような事実があったとは誰も記憶せず、記録にも残されていません」

「はい、大体合ってるけど……謁見は誤用ね。ほしぐもは確かに一番偉い人だけど、決して身分が高いわけじゃないわ。そこの枯葉くんと同じようにね」

 星内において身分の違いはない。ただ、何かを果たせる力のある者に、それを果たすだけの権力も生まれるだけ。必要なものに必要な力が与えられる、それが星の摂理だ。

 その摂理を定める存在が、かつての西暦を旧暦とした……と伝わるが、詳しいことは五星学園では指導されない。その詳細を知る教官も、記録もないのだから、伝えられないのだ。

「似たようなものでは?」

「じゃあ、よく一緒にいる紫朗くんと橙子ちゃんも恋人。似たようなものね」

「それは……そうですね」

 納得したらしい紫郎はゆっくりと頷いた。

 ほしぐもについても、よくわからないことが多い。星内の住民にも、女性であるということは知らされているが、その容姿も年齢も、詳しいことは誰も知らない。密やかに頂点五地域を訪れていて、目撃情報もたまにあるが、その真偽を確かめられた者はいない。

「では枯葉くん、その招待状の形は?」

「いや、知るわけないでしょう」

「そうよね。あたしも今日まで知らなかったんだけど……はい、これ」

 仁実さんは一枚の手紙をこちらに投げてよこした。鋭く手裏剣のように飛ばされたそれを、俺は怪我をしないように両手で挟んで受け止める。

「招待状。五星学園に気がついたら届いていたから、渡しておけって誰かに言われて」

「誰かって……」

 そんな怪しい招待状、本物なのだろうか。本物だとしたら、こんな危ない渡し方をしてはいけないのではないか。もっとも、俺なら確実に受け止められると判断して、勢いよく投げつけたのだろうが……。

 真っ白な封筒には透明な蝋で封がしてある。蝋にはデフォルメされた幼い女の子の顔が描かれていて、封を剥がすと中には一枚の上質そうな和紙が入っていた。

 招待状。

 同じく上質な筆で書かれたのだろうか、達筆な文字がまず目に入った。

  ききほし地域の星頂さん。

  ほしぐもが招待します。

  そらほしの月第一週第十一日、中央五角星でお待ちしています。

 たった三行の招待状。招待する目的も、理由も、一切書かれていない。だが、招待する者と招待される者、三日後という招待する日時、招待状として必要なことは全て書かれている。

 ただ、招待状という文字に比べると、達筆ではないし、筆跡もまるで違う。

 可愛らしい文字であった。それはそう、蝋にデフォルメされていた幼い女の子が書いたかのような、それでもかなりはっきりした読みやすい文字で、不思議な可愛さがある。

 改めて真っ白な封筒を触ってみると、これもかなり上質な紙を使っているようだ。凝った蝋のデザインに、中に入った和紙の招待状。いたずらで用意するには、かなり手間のかかる素材ばかりだ。つまりこれは――本物の招待状。

「三日後に招待されました」

 俺が告げると、「おおー!」と歓声があがる。ほしぐもからの招待状。一番大きな声をあげた橙子だけでなく、紫朗も驚いた顔でこちらを見ていた。

「そ、何の用かは知らないけど、失礼がないようにしなさいね。あなたがほしぐもに悪さをして死んだりしたら、落葉に文句を言われるのはあたしだから」

「どんな悪さを想定してるんですか」

 呆れた声で言葉を返す。仁実さんは微笑して、楽しそうな声で言い切った。

「ほしぐもは女の子。枯葉くんはお年頃」

「しません」

 きっぱり否定すると、仁実さんはそれ以上何も言わなかった。

「するかもしれないと思う人ー!」

「はーい!」

「はい!」

 代わりに橙子が組中に呼びかけていた。そして何人かが元気に手を上げていた。俺は彼女たちに――何人か男子もいたが――睨むような視線を一度だけ送って、肩をすくめてこちらを見ていた紫朗に、同じく肩をすくめて呆れた顔を返すのだった。

 星寮から渡し舟に乗り、向かう先はききほし湖の先にある中央五角星。

 そらほしの月第一週第十一日。

 何度かきたことのある場所だけど、その全ては中央五角星に入ったことがあるというだけ。高い山々に囲まれた中心部、ほしぐものいる場所には近付いたこともない。中央五角星は星内の聖地。招待状もなく奥地に近付いてはならないのだ。

 とはいえ、この山を越えたらすぐに中心というわけではない。広大な中央五角星、その先には森林地帯があって、そこへ下りるところからが奥地である。

 登山を楽しんだり、体を鍛えたり、そういう者たちにはここの山は絶好の高さ。星頂になった三年の間にも、何度か登山の許可を通したことがある。一応、全てほしぐもに通す形になっているのだが、許可が下りなかったことは一度もない。

 登山道を見つけて高い山を進む。険しい山だが、俺も体は鍛えている。さすがに全く整備されてない場所ならこうはいかないが、この程度なら登るのに苦労はない。

 とはいえ次の森林地帯も考えると、駆け登ることはできない。

 ほしぐも、か。

 中腹あたりまでは到達しただろうか。そんなところでふと考える。

 彼女が俺を呼んだ理由は、何となく見当がつく。秋奈さんを始め、いまや五人のうち四人の星頂が遭遇した謎の敵。他の地域の情報は詳しくないが、あれからどこからも連絡がないところをみると、状況はこちらと変わらないと思う。

 そしてそう考えると、ほしぐもが呼んだのは星頂。各地域の、五人の星頂。

 しばらく歩いて頂上から見渡してみる。さすがに、ここからでは他の山の上に人の姿があるか、はっきり確認することはできない。

 しかし、高い山から見晴らす星の景色は素晴らしく、見下ろした森林地帯にすぐに下りようという気持ちは湧いてこない。とはいえ、高い山々は中央五角星のほしぐものいる場所を囲うようにそびえている。その山に遮られて、そらほし地域やあかほし地域は全く見えない。

 他の地域の星内や接する星外にしても、俺にはどこまでも見通せる視力はない。

 少しの景色観賞を終えてから、山を下りていく。

 登るよりは楽な下山を終えて、森林地帯に入った。

 深い森には何があるかは見通せず、招待状には地図もない。だが招待したのは、この星内で星頂よりも偉いほしぐも。目的地に近付けば、使いの者でもいるのだろう。

 木々の間を抜ける森林地帯は、見た目の深さに反して歩きやすかった。もっとも鍛えてもいない一般人が歩くには、そんなに楽な地形ではないと思うが……と、そこまで考えて、ある事実に気付く。

 見た目に反して歩きやすいのではなく、無意識に歩きやすい場所を選んでいるだけ……ではないかと。つまりほしぐもは、この広大な森林を手入れしている。

「底が知れないな……」

 思わず呟く。ほしぐもは星頂にもない力を持っているであろうことは想像に難くないが、それはどれほどの力なのだろう。もちろん、その力で手入れしているとは限らないのだけど、その場合は優秀な側近がいる可能性もある。

 いくらほしぐもといえど、こんなところにたった一人で住んでいるわけではないだろう。

 さらに進むと、石の壁が見えてきた。

 木々の間を抜けてもっと進むと、それは小さな城だった。

 ほしぐもの居城。見栄えのいい華美な装飾がまず目に入るが、入り口を探す間にその城の堅牢さもすぐに理解できた。正面の門の周りには櫓が建ち、入り口はそこを抜けた先。

 重い音を響かせた門を開けると、広い道がまっすぐに伸びていた。

 その道は一見すると気付きにくい、緩やかな坂道。今は櫓に誰もいないし、坂道にも何も仕掛けられていないが、本気で守りを固めたらかなりの堅牢さを発揮することだろう。

 ただ、その相手がただの人間であれば、という条件で。神出鬼没のゆきやあめ、雪蛇に雨蛇といった石壁もものともとしない敵には、そこまでの堅牢さは発揮できないと思う。特にゆきやあめについては、その力の全てを知っているわけではないのだ。

 話に聞いただけのあめのことも考えつつ、やはり思い出されるのはゆきとの対峙。

「倒せって言われたら、困るかもしれないな」

 そう呟きながら城の扉を開けると、中には一人の綺麗な男の人がいた。

「お待ちしておりました。わたくしはほしぐも様の側近をしております、ノギと申すものです。ききほし地域の星頂、花咲枯葉様、ここからはわたくしが案内いたします」

 どこか中性的な美しさを持つ、ノギさん。見上げる顔には、微笑みが浮かんでいる。

「そう緊張することはございません。わたくし、ほしぐも様の側近として長くここにはいますが、あなたとは二つしか年が違わないのですから。それとも……」

 美しさに見惚れていた、とは口にできない。女性的ではないけれど、見惚れてしまうほどの綺麗な人。こんな人を側近にしているほしぐもは、どれほど美しい大人の女性なのだろう。

 花がうらやむような女王様の姿を想像しながら、案内された先の扉を開ける。

「お、やっと到着だね! 二人目ー」

「ああ、そうだよね」

 扉の先で待っていたのは、見知ったポニーテールの星頂――白樺秋奈さんだった。部屋にはもう一つ扉があり、そちらに視線をやったのと同時にノギさんが声を発する。

「星頂のみなさんが揃うまで、こちらでお待ちください。では、失礼いたします」

 ノギさんは深々と礼をしてから、開けた扉を閉めた。他の星頂を迎えにいくのだろう。

「どんな美少女が待っているかと思ったら、私で残念?」

「いや、君なら美少女としては最高だけど、期待していたのは美人の女性だから」

「あー、そっか。どんな人なんだろうね?」

 秋奈さんは笑顔で、もう一つの扉の方を見る。ほしぐもは女性。年齢は不明だから、想像する姿にも大きな違いがある。

「君の方は、あれから何も?」

「今朝も何もなかったよ」

「そう。私も。やっぱり、そのことだよね」

 けれども、この想像は完全に一致していた。やはり秋奈さんも、そう考えていたか。

 しかしそれはどこまでいっても推測にしか過ぎない。俺たちはそれきり会話することなく、残る三人の星頂が到着するのを待った。

「こちらです」

 扉の先から声が聞こえてきた。開く扉の方に二人して視線を向ける。

「久しぶり、と初めましてね」

「到着した。秋奈に、あなたが落葉さんの弟?」

 二人の星頂は一緒に姿を現した。樹氷を操るツインテールの星頂――柊真冬さん。隣に並ぶもう一人は、秋奈さんの話だと流体玉とやらを操るショートカットの星頂――榎小夏さん。

「姉上を知っているのか?」

 扉を閉めるノギさんを視界の端に捉えながら、反射的に小夏さんに尋ねる。

「みどほしとききほしは隣の地域だから情報は入りやすい。名前と噂くらいなら」

「そうか。会ったことは?」

「ない」

 念のための確認。だがやはり、答えは否。姉上の手がかりはないみたいだ。

 ややあって、閉じた扉が再び開かれた。

「みなさん、もうよろしいでしょうか? やはり春沢椿様はいらっしゃらないようです。山に登った形跡さえありませんから」

 ノギさんの言葉に、俺たちは揃って肯定の反応を返す。彼女のことは、星頂だけでなく星内の住民の間でも有名だ。いつも星寮の星頂部屋に閉じこもっているという女の子。ある時期まではそんなことはなかったそうで、始まりは三年と少し前。

 三年前は、姉上があいつと一緒にどこかに消えた時期。同じくらいの時期に急に閉じこもったという話を聞いて、偶然に驚いたからよく覚えている。

 それにしても、山に登った形跡……どうやらほしぐもの力は、それほどまでに凄いらしい。

「ああ、ちなみに今のはわたくしの目視です。ほしぐも様の力は……」

 最後までは言い切らずに、ノギさんは楽しげな微笑みを浮かべた。彼の力も、結構凄い。

 もう一つの扉の前に移動するノギさんに、俺たち四人は並んでついていく。

「ほしぐも様。四人の星頂をお連れしました」

 扉を開くと同時に、ノギさんが声をかける。

「どうぞ。椿はやはり、こないのですね」

 少しばかり豪華な椅子に座って、答えたのは小さな――幼い女の子だった。城ではあるが謁見部屋というわけではないようで、少し広い部屋の奥に座っているだけ。それでも、元々の建物が大きいから、星寮の星頂部屋よりは何割も広い。

 とっても長いストレートヘアーが印象的で、幼くも美しい女の子。ノギさんを見て想像した美しさなんかに収まるものではなかったが、大人の要素はどこにもなかった。

「あの幼女がほしぐも? 本当なのか?」

「おい」

 俺の後ろから声真似など全くせず、秋奈さんがそんなことを言った。

「私は枯葉くんの気持ちを代弁しただけー。大人な美女を想像していた君には、期待外れだったでしょ?」

「期待は外れてないけど、意外だったのは認めるよ」

 俺たちがそんなやりとりを続けていると、くすくすという幼女の笑い声が聞こえた。

「面白い方ですね。これでも私、星内でいちばん偉いほしぐもなのですよ? それから、見た目はこれでも十五歳です。あなたたちより年上です」

 ほしぐもの声は最後まで楽しそうだった。どうやら見た目ほどに幼くはないらしい。

「お母様の血みたいなものの影響でして……とこしえ、と呼ばれているのですが」

 聞いたことのない名前だ。俺も、そして他の三人も、知っているような顔はしていない。

「それにしても、こうして集めると……言ってみたくなりますね。ひれふしなさい!」

 平伏さないと話が進まないのかと、いつの間にかほしぐもの隣に立っていたノギさんの顔を見る。彼はゆっくりと首を横に振って、小さく笑ってみせた。

「あかほし地域の星頂、柊真冬。あおほし地域の星頂、白樺秋奈。みどほし地域の星頂、榎小夏。ききほし地域の星頂、花咲枯葉。本当はもう一人、そらほし地域の星頂、春沢椿も招待していたのですが……五人の星頂が揃う姿、見てみたかったです」

 こほん、と一つ可愛らしい咳払いをして。

「私が招待したほしぐもです」

 威厳はないが幼く可憐な魅力のある表情で、彼女は――ほしぐもは名を告げた。

「はい、では二人ほど虜にしたところで、話を進めますね」

 二人の中の一人に俺は入っているのか、尋ねるつもりはないが、秋奈さんが勝手に尋ねないように気を配る。さっきみたいなことは、もうさせない。

「みなさんが遭遇した敵の情報は、こちらでも掴んでいます」

 やはり招待した目的はそのことだった。俺たちは黙ってほしぐもの話を聞く。

「四人の星頂が遭遇したという敵。その情報をここで共有して、椿も含めて今後に備えてもらおうと思ったのですが……どうしましょう?」

 ほしぐもは言葉を止めて笑いかける。その肝心の五人目、春沢椿はここにはいない。

 俺たちは顔を見合わせて、とりあえず俺たちだけでも情報共有を済ませておくことにした。簡単な情報くらいは伝わっているけれど、詳細の情報は直接話して伝え合った方がいい。記憶を頼りにするので勘違いもあるかもしれないが、四人もいれば修正もできる。

 一人で出会ったのは、秋奈さんが初めて敵と遭遇したときだけ。その他は全部、二人のときに敵と遭遇しているのだ。

「わかりました。では……」

 ほしぐもの前で、俺たちは詳しい情報を伝え合う。質問は主にほしぐもがして、その全てが絶妙な質問で、俺たちの記憶を鮮明にするものだった。四人だけではきっとこうはいかなかっただろう。

「大体の情報は私も把握しました。星頂のみなさんには、この情報を椿にも伝えてもらいたいと思います。敵の能力を考えると、四人で向かってはいかがでしょう」

「四人で?」俺が最初に反応する。

「私たちの地域はがら空きだね」と秋奈さん。

「でも、敵の狙いは星頂。なら問題ない?」続けて真冬さん。

「戦いの準備は進めておく」最後は小夏さんだ。

 ほしぐもの提案に、俺たちはそれぞれの反応を返す。敵の目的、そして戦った敵の強さを考えると、それが一番安全だ。しかし、問題はこれまでの敵の行動が、俺たちが狙いだと思わせるための行動だとしたら。

「罠という可能性は?」

 ほしぐもに尋ねる。遭遇して以来、しばらく俺たちを襲ってこないのも、俺たちが行動を起こすのを待っているからだとしたら。地域を空けることを、待っているのだとしたら。

「否定はできませんね。しかし、安心してください。住民を守るのはあなたちたち星頂だけではないのです。星に暮らす住民を守る――それは、ほしぐもたる私の……」

 決意を秘めた瞳で。ほしぐもは俺たち四人の顔をゆっくりと見回してから、言った。

「――存在する理由です」

「その気になれば、ほしぐも――君が、敵を倒せると?」

「守ると倒すは意味が違いますが、地域と住民は守ります。ただし……」

 ほしぐもは俺たちを優しい瞳で見据えた。

「――星頂の身は守らないから、私たちは私たちで退けて、ってことでしょ?」

 続きを口にしたのは秋奈さんだった。ほしぐもは彼女の答えに、笑顔で頷く。

「本気で戦えば、勝てると思う?」

「私と真冬、それから秋奈も一緒なら。枯葉には……雑魚の対応でも」

 真冬さんと小夏さんの会話には口を挟まない。自分の星頂としての力は、自分が一番理解している。戦いで俺ができるのは、雪蛇と雨蛇を倒すことだけだ。

「ほしぐも様。その敵についてですが……」

 話の途中でどこかへ消えて、今再び戻ってきたノギさんの声が響いた。彼もなかなかに神出鬼没だけど、ゆきやあめとは違うものだ。単純に、気配を操るのに長けているだけ。

「城の外に侵入されたようです。いかがいたしましょう?」

「そうですか……みなさん、どうします?」

 緊迫した状況に、ほしぐもはゆったりと俺たちに判断を委ねてきた。もちろん答えは、決まっている。

「枯葉くん、無理しないでよ!」

「ああ。勝てそうになかったら、すぐに下がる!」

 真っ先に走り出した俺に、秋奈さんの声が後ろから。真冬さんと小夏さんも駆けてきて、先頭を走る俺に続く。隣を走り抜ける直前、ノギさんから居場所を伝えられる。

「正門前の坂に、二人。お願いします」

 視線を送るよりも早く、的確な情報を伝えてくれたノギさん。さすが、ほしぐもの側近は優秀な人だ。

 目的地に到着すると、そこには二人の女の子が立っていた。

 毛糸のコートにマフラー、小さな少女ゆき。

 レインコートに包まれた、スレンダーな少女あめ。

「二人一緒か。本当にレインコートなんだね」

「あれが噂の毛糸……あの、何本か飛び出た糸。負けられない!」

 敵の姿を見て一歩下がった俺の代わりに、小夏さんが前に出る。彼女の髪が煌めいて、触角みたいな毛が四本生える。確かに、ゆきのコートから何本か飛び出た毛糸と、飛び出た感じは似ている。

「へえ、レインコートかあ……その下、どうなってるのか気になるね」

 ゆっくりと歩み出た真冬さんは、あめの服装を見てそんなことを呟いた。彼女なりに何か感じたものがあったのかもしれないが、聞いている時間はない。煌めく髪はロングツインテールに。いつの間に力を確保したのか、これも聞いている時間はない。

「じゃああっちの毛糸は、引いたらどうなるかな?」

 秋奈さんは俺の隣で、暢気に俺に質問してきた。彼女は俺よりも強いけど、戦いは得意ではない。特に相手が雪蛇や雨蛇ではなく、ゆきとあめであれば、秋奈さんの力は切り札としてとっておくべきだ。世界に刻み動きを止める力は、十分にそれだけの力がある。

 だがもちろん、俺たちも戦う準備はしている。秋奈さんの髪はロングポニーテールになっているし、俺の髪も凄い長髪になっている。帯を外して、鞘刀の準備も万端だ。

 俺たちの準備が整ったのを待っていたのか、並んで立っていた二人の少女はようやく動く。

 半歩左前に出たゆきと、半歩右後ろに下がったあめ。何をするのかと見ていると……。

「ねえ、ゆき。四人いるよ? どうする?」

 後ろから長い腕を回して、小さなゆきを抱きしめるあめ。

「あめは、どうしたい?」

 抱きしめられたゆきは、あめを見上げながら和やかな雰囲気で答える。

 雪蛇や雨蛇が生み出される様子もなければ、二人が攻撃を仕掛けてくる様子もない。しかしここはほしぐもの居城――門の中。門の外ならまだしも、ここまで侵入してきた事実は、二人に目的があることを示している。

 真冬さんは鋭い氷の伸びた長い樹の枝、樹氷を構え、小夏さんは空気と液体が混ざったかのような不思議な玉、流体玉を四つ浮かばせて、今にも攻撃を仕掛けられる状況。

 けれど、あちらから攻めてこないのなら、こちらから先手を打つ必要はない。

「あめ。あっちもやる気ないかも?」

「そうかな、ゆき。武器を構えた時点で、やる気はあると思わない?」

 その会話から、その気になればいつでも始められるという気迫が伝わってくる。あんな和やかな様子でも、不思議な格好でも、可愛らしい見た目でも、二人は侮れない敵なのだ。

「私としては、引いてもらえると助かりますね。ここに揃った星頂は四人。五人の星頂は揃っていないのですから」

 睨み合いを続けていた俺たちの前に、笑顔のほしぐもが現れた。どこから回り込んだのか、ゆきとあめの後ろ――門の外から。ここは彼女の居城、初めてきた俺たちの知らない抜け道なんていくらでもあるのだろう。

 声をかけられた二人は振り向いて、ほしぐもの方を見る。俺たちに背を向ける形になるのも構わず、余裕な態度だが……隙はない。

「私たちはあめとゆき……」

「――星頂の敵」

 あめの言葉を、ゆきが継ぐ。表情は見えないが澄んだ声で、可愛らしい。答えるほしぐもはもっと澄んだ声で、浮かべる柔和な笑顔はとても可愛らしい。まるで可愛らしさで勝負しているかのように――こちらからは見えない表情を見て、本当に勝負しているのかもしれない。

「そうですか。でも先ほども言ったように……」

「ここにいるのは四人……」

「――一人、足りないかも」

 ゆきの言葉を、あめが継ぐ。二人の息はぴったりで、俺たちは互いを深く知らない。あれが戦いでも発揮されると考えると、四人がかりでも太刀打ちできないかもしれない。

「ゆき」

「あめ」

 あめとゆきの声が、重なる。雪が舞う空に雨が降り、止んだ驟雨は吹雪に消える。

「おっと」

 よろめくノギさんの声が門の裏から聞こえてきた。

「ほしぐも様。逃げたようですよ。……少し、逃げ道も考えてほしいものですが」

「ノギが気配を消すからですよ。それに、掠めた程度でしょう?」

「はい。おそらくは」

 その方向に消えたのかどうか、俺には見えなかった。しかし隣の秋奈さんに、前で構えていた真冬さんに小夏さん。伸ばした髪を戻した三人の姿を見て、俺もひとまず安心する。

 本当に危険な戦いはもうすぐ訪れるという予感――確信を抱きながらも。


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