五つの星の頂点 ほしぐも

第三話 小さな夏とかんてん雨


 さて、楽しい観光も二日目に突入した。

 昨日、初めてこの目で見た広大な砂丘。私のあおほし地域にも砂浜はあるけれど、あんなに砂が集まって、人が歩けるほどの砂山になるなんて、想像よりもずっと素敵だった。

 それからそこで出会った、枯葉くん。彼もまた素敵な男の子で、素敵な星頂さん。

 今日、初めてこの目で見るのは大きな湖。その名を、みどほし湖という。

「到着! みどほし地域!」

 目の前に広がるのは、湖、水、そして島に、また湖。島、湖、水、水、島、湖。これが五星湖最大のみどほし湖。他の頂点五地域の湖との一番の違いは、やはりその大きさである。

 そしてもう一つの――これもまた大きな違いは――みどほし地域の大半を占めるのが、このみどほし湖であるということ。他の地域では中央五角星寄りにある五星湖が、ここでは地域のシンボルとなっているのだ。

 五星湖は頂点五地域と、中央五角星の境目。もちろんこの地域でも、湖は中央五角星に入ってはいるみたいだけど、全体からするとほんの一部。割合にすると、厘で表さないといけないくらいの、ほんのちょっとだけだ。

 というわけで、ここまでは徒歩でこれた私だけど、ここからは船に乗らないと進めない。泳ぐには広すぎる湖。湖に浮かぶ島々に暮らす星頂さんに会うために、しばし船を待つ。

 やってきたのは大きくも小さくもない、中型の船。この広い湖に浮かぶ島々を繋ぐのは、橋ではなく船だと、地図にはそこまでは書いていなかった。けど、到着してすぐに見つけた船着き場と、遠くに見えた何隻かの船らしきものを見れば、すぐにわかる。

 船じゃなくて何か大きな生き物かもしれないとも思ったけど、島の裏から見えてきたのは間違いなく船だった。

「この船はどこにいくんですか?」

 乗船して、船長さんに聞いてみる。

「我が船は土地に不慣れな者と、土地に帰る者を運ぶ船。幸い、今は帰る者はいないようだ」

「あ、じゃあ五星学園と星寮のある島にお願いします」

「うむ」

 船長さんは鬚を蓄えた湖の男だった。海の男とどこか似ているけど、星内の男だから彼らよりとても若い。教官さんと同じくらいの年頃だと思う。

 船に乗って湖を進んでいくと、もっとたくさんの船が見えてきた。どうやらこのあたりがみどほし地域の中心部みたいで、暮らす人々を運ぶ大小様々な船が湖上を航行している。到着したところからは殆ど見えなかったことから、この湖の広さが実感できる。

 中央五角星に、普通の人が出かけることはない。はしっこの道を通って別の頂点五地域を訪れることも、滅多にあることじゃない。それはここでも同じみたいだね。

 到着したのは小さな島――といっても、湖に浮かぶ島の中では大きい方だと思う。大体見慣れた形の五星学園に、星寮。二つは島の中央付近、細い川に沿って続く道の先にあった。

 ここの星頂さんは、榎小夏って女の子。今度は枯葉くんとも確認したから、間違いない。ついでに私の資料になかった情報として、十四星みどほしの月という、学園の組の新たな情報も得ることができた。

 早速そこに向かってもいいけれど、その前に敵がいないか確かめよう。ゆきが私を追いかけてくる気配はなかったけれど、迂回してゆっくりきているかもしれないし、ソフトクリームだけを忍ばせて待ち構えているかもしれない。

 ここはみどほし地域。私の束ねる地域じゃないから、地の利はない。それに今は傍に枯葉くんもいないし、私も無闇に星頂の力を使うわけにはいかない。

 元々、世界に刻むあの力は、戦いに向いた力ではないのだ。逆に言えば、使えなくても戦いに支障はないということでもあるけれど……私一人なら。

 五星学園――みどほし五星学園の周囲を、ゆっくりと歩いて回る。さらに星寮の周囲までしっかり確認。周囲を湖に守られたこの島は、視界も開けていて船での襲撃には強そうだけど、空を飛んだり海を泳いだりもできそうなソフトクリームが相手なら、平地と同然だ。

「……そこの人」

 一周してもう一周、今度は建物や地形の陰も入念に調べて回ろうと思った矢先、女の子に声をかけられた。振り向くと、そこにはショートの髪に触角みたいな毛が一本生えた女の子が。

 彼女は無表情で私を見つめて、気難しそうな印象を受ける。でもそんなのは第一印象。特に表情なんてものは、生まれつきだけじゃなくてその日の感情、その場の状況、あらゆる要素で変化するものだから、あまりあてにはできないと思う。

 この場合は……そう、不審者を見つけたから声をかけた、そんな感じの顔!

「学園の周囲に不審者がいるとの報告を受けた。あなたが不審者?」

 大正解。

「違います」

 けれど、その指摘には大きな笑顔で否定。そう見られるかもしれないとは思っていたけど、私の目的は警戒だ。だから不審者じゃない。

 女の子は依然として無表情で、私をじっと見つめてくる。顔だけじゃなくて、胸や腰、色々と見られている。

「武器はなし。少なくとも、見える範囲には」

「私は拳と蹴りと体で戦う派だからね」

「それと可愛い」

「お、褒められちゃった」

 視線はそのままに、表情は変わらないまま、声に込められた感情にも変化はない。話は聞くけど疑っています、そんな気持ちがありありと伝わってくる。

「みどほし地域の星頂、榎小夏。不審者じゃないなら、名と目的を」

 その名前に、私はすぐに頷いて答える。

「あおほし地域の星頂、白樺秋奈。小夏ちゃんに伝えたいことがあって、やってきました」

「私に?」

「うん。敵がいるから、気をつけてって」

 触角みたいな一本の毛がぴょこんと動いて、ほんの少しだけ表情に疑問の色を浮かべた小夏ちゃん。警戒は解けていないけれど、まずは話せることを話しておこう。

 あおほし地域、ききほし地域で襲ってきたソフトクリームこと雪蛇と、それを操る大ボスみたいな小さな女の子、ゆき。枯葉くんが真白き蛇と呼んでいたことも含めて、まずは敵の情報について詳しく伝える。

 ついでに枯葉くんのことも伝えておいたけど、彼にも伝えたこと、彼と一緒に戦ったこと、それくらいにしておいた。戦いに備えるにあたって、今は必要のない情報だ。

「それが本当なら、あなたは不審者ではない。けれど、それが嘘なら、あなたは不審者」

「うー、警戒するねー。他の地域の星頂は信じられない?」

「あなたが本当の星頂なら。地域と名前、それだけなら偽ることができる。それに……」

「それに?」

 私の声に、小夏ちゃんは一瞬も迷わずに答えてみせた。

「敵を警戒しろって言ったのは、あなた。そこは信じてる」

「そっか、そうだね」

 これだけの警戒心、私に言われただけで抱けるものではないと思う。つまり彼女には、私に出会う前から警戒していることがあった。そして、私の言葉を聞いてもなお、その警戒は解けない。

 じゃあ、彼女が警戒しているものってなんだろう?

「心当たりがあるの?」

 だったら聞いてみればいい。余計な推測は入れずに、単純な質問で。

「蛇の情報ならあった。けれど、その特徴はあなたの話したものとは違う。真白き蛇はここにはいない。正体不明の何かを警戒していたら、不審者の情報がさっき」

「あ、それが私だね。詳しく教えてもらうより、見つけて倒した方が早いかな?」

 もちろん彼女と一緒に。そうすれば、誤解も解けて一石二鳥だ。

「背中は預けられない」

「うん、いいよ。指揮は小夏ちゃんに委ねます」

 最後までほぼ無表情。そんな小夏ちゃんに、私は柔和な笑顔で答えを返した。

 私を先頭に、敵を探す新たな旅が始まった。

 旅、といっても、小さな島を目指すちょっとした船旅。小夏ちゃんの話だと、白くない蛇の目撃情報はそこで多発しているという。

「多発って、何がある島なの?」

「何もない。草と広場があるだけ」

 そこへ向かう船の中で、私は聞く。乗っているのは普通の定期船だけど、星頂の権限でその島に寄るのは簡単だ。船長さんは無口な若い女性だった。慣れた様子で許可をとっていたのを見ると、おそらく今日が初めてじゃないんだと思う。

「子供の遊び場?」

「子供の通り道」

「通り道?」

 小夏ちゃんはなかなかはっきりと答えてはくれない。それはきっと、まだ私を警戒しているから。余計な情報を与えずに、私の知っている情報を探るつもりなんだろう。

 私がそれに純粋な推理で辿り着いたのか、それとも知っていることを、さも知らない振りをして聞いているのか……もっとも、私は本当に知らないから、純粋に推理するしかない。

「子供が、自宅と学園へ行き来するための通航路?」

「教官も乗るから、正確には五星学園の関係者」

「その途中にある島で、船から眺めた人が目撃したってことだね」

 小夏ちゃんは小さく頷いた。少しは信頼してくれたのか、より警戒を深めたのか、表情は変わらないまま。頭を振るとぴょこんと動く触角が可愛らしくて、つい目がいってしまう。

 私は気にしないようにして、次の質問をする。

「どんな蛇だったの?」

「透き通るような色の体に、毛むくじゃらの角がついた蛇」

「へえ」

 体の色は違うけど、毛むくじゃらの部位がついているのはソフトクリームと同じだ。

「透色の蛇、と私たちは呼んでいる」

「内臓は?」

「見えたという報告はない」

「内臓まで透けてるのかな。そもそも、内臓あるのかな」

「普通の生命体ではないと?」

 小夏ちゃんの質問に、私は大きく頷いて答える。

「私の戦った蛇の仲間なら、ないかもね」

 ゆきの生み出したソフトクリーム。彼女は雪蛇と言っていたけど、彼女が飼っている蛇をどこかから瞬間移動させたわけじゃない。あれは、ゆきから生まれた蛇みたいな生命体だ。

 みどほし地域に現れたという、ソフトクリームによく似た蛇。もっと詳しく聞いてみたいところだけど、どうやらそろそろ目的地に到着するみたい。船長さんの指の合図に、小夏ちゃんは目配せして答えていた。

 碇泊した船から、最初に降りるのはもちろん私。小夏ちゃんはぴったり背後にくっついている。彼女は私より背が低いから、妹がくっついているみたいだ。

 細かい誕生日は知らないけれど、同い年だから双子の妹みたいな感じだね。

「双子……」

 ゆきのソフトクリームと、ここにいる透色の蛇。二つの蛇も、双子みたいな関係なのだろうか。透色と真白。一つは見たことないけれど、毛むくじゃらは同じ。

 二手に分かれて探せば早いけど、小夏ちゃんはそうしてはくれない。私は斜めに半歩下がって、小夏ちゃんの斜め半歩前を歩いて彼女の視界をなるべく広げる。

 島に生えた草は短くて、土がむき出しになっている部分も多い。定期的に手入れをしているのか、元々そういう草なのか、小夏ちゃんに視線を送って異変がないことを確かめて、今はそれ以上気にしないことにした。

 その中でほんの少しだけ、草が長く伸びた場所があった。でも、私が――私たちがそこに目を留めたのは、その子を見つけたから。

 草の中央で空を見上げて立つのは、レインコートを着たスレンダーな女の子。身を包むレインコートは、長身の体を首から足まですっぽり覆っている。フードは被らず、見上げる空は雲一つない青空。雨は降っていないし、降りそうもない。

 横を向いて空を見上げていた少女は、私たちの気配に気付いたのかこちらに振り向く。念のために足音を殺していたのだけど、彼女はまるで待っていたかのように自然に動いていた。

 考えて、改める。

 待っていたかのようにじゃない。彼女は、私たちを待っていた。

「小夏ちゃん」

「あなたも知らないなら、私も知らない」

 レインコートの少女は私たちの会話が終わった瞬間に、くすりと笑ってみせた。

「今日は晴れ、私はあめ」

 名乗り。同時に、彼女の傍に透明な体に毛むくじゃらの角を生やした、透色の蛇が姿を現した。透き通っているけどはっきりそこにいると把握できる、絶妙な透明さ。正面に一体現れたそれは、直後にもう二体、あめの隣に生み出されていた。

「この子たちは雨蛇。あなたたちは星頂」

 横の二体が斜めに動いて、三体の雨蛇が横に並ぶ。

「二人は敵……。――倒しなさい」

 動いた!

 三体の雨蛇は毛むくじゃらの角を前に、私たちに突撃を仕掛けてくる。速度、方向、動きを止めても、三体はちょっと相手にするのは難しい。

「小夏ちゃん!」

 それでもとにかく、世界に刻んで動きを止める。私の力は戦い向きじゃない。素早く動いている相手の動きは、軽く刻んだ程度じゃ止まらない。少し、遅くなるだけ。

 半歩下がって隣に並んで、視線を送る。戦う意志の確認。

「今のがあなたの、星頂の力……」

「うん。見ての通り」

 ショートからロングになったポニーテールの先に触れて、笑顔を見せる。

「秋奈。下がってて」

「――うん」

 小夏ちゃんが名前で呼んでくれた。準備の時間は稼いだ。あとは、彼女の力次第。二人で戦うには、仲間の力がわからないと戦えない。

 下がって小夏ちゃんの背中と髪を見る。煌めいて伸びるものはなく、ただ触角みたいな髪が一本揺れているだけ。準備に時間がかかるのだろうか? でも、だったら下がっててなんて言うはずがない。

 見ていると、彼女の頭上に不思議な球体が生まれていた。空気のような水のような、色も形も不思議で不定な何か。

「これが私の力。流体玉――と呼んでいる」

 小夏ちゃんの生んだ流体玉は、空を風のように飛んで、中央にいる雨蛇の角に衝突して水のように弾けた。気体と液体、だから流体ね。

 小さな粒は空気のように集まり、風を切る音がしたかと思うと、透色の体に衝突した。

「弱点確認」

 流体玉が小夏ちゃんの方に戻り、雨蛇は雨が乾くように姿を消していった。

 そんな小夏ちゃんを目がけて襲い掛かる、左右の雨蛇。抑えていた私の力は角に衝突したときには破られていた。だから私も、すぐに動ける。

「小夏ちゃんの力がわかったなら、これでも!」

 突撃してくる毛むくじゃらの角めがけて、私は手のひらを突き出して受け止める。あれだけ勢いのあるものには、こちらも勢いよくぶつかった方が力の消耗は少ない。

 振り向くと、小夏ちゃんの髪の毛が煌めいて、触角みたいな毛がもう一本生えてきた。二本になった触角みたいな毛。流体玉も、右肩と左肩に一個ずつ。二つに増えていた。

 二つの流体玉は流れるように空を飛び、毛むくじゃらの角を抑えられて無防備な雨蛇の体を貫いた。乾いて消える、雨蛇の透色の体。それを眺めて、私はついに辿り着く。

「――かんてん!」

 あの色、形、質感――かんてんだ。雪蛇がソフトクリームなら、雨蛇はかんてん。

「かんてん?」

 小夏ちゃんの疑問の声。少し驚いた様子が伝わってくる。

「雨蛇をいともあっさりと、星頂の力」

 あめは黙ってその光景を眺めていたけれど、流体玉が再び小夏ちゃんのところに戻ろうとすると、おもむろに両腕を上げて水滴のようなものを飛ばした。

 それは二つの流体玉に直撃して、一瞬で流体玉は弾け飛ぶ。

「む。私の、流体玉を!」

 弾けたものは戻らない。あの水滴がかなりの威力だったことが伺える。

「やるなら、やるけど?」

 小夏ちゃんは髪を煌めかせて、本気の言葉をあめに向ける。

「やるなら、まとめて。ゆきと一緒に……」

 雨が止むような気配を感じたと思うと、さっきまで目の前にいたあめの姿は消えていた。やっぱり彼女も、ゆきと同じでとても強い。

 念のため二人で周囲を確認して、完全に気配が消えたことを悟ると、私はポニーテールを元の長さに戻して小夏ちゃんと合流した。彼女の髪はショートヘアー。触角みたいな毛は一本も生えていなかった。

「小夏ちゃん、最初から戦う準備してたんだね」

「秋奈の報告を受けたときから、警戒はしていた」

 でも今は、警戒はしていない。明確な敵が現れて、彼女も私を信頼してくれたみたい。

 小夏ちゃんを先頭に、私たちは船着き場に戻る。ゆきに続いて、新たに現れたあめ。ソフトクリームとかんてんもいるし、どうやら敵は一人だけじゃないらしい。到着すると、船は私たちを待ってくれていた。

 定期船だけど、融通が利く。帰りの船で聞いたところ、どうやら多少なら星頂に限らず融通を利かせてくれるらしい。みどほし地域の船は、そういうものなのだと。

 星寮のある島に戻った私たち。私はもちろん、ここの星寮に泊まっていくつもりだった。日はまだ暮れていないけれど、徒歩できた私があおほし地域に戻るまで、大太陽は空に浮かんでいてはくれない。

「泊まっていくんでしょ? 歓迎する」

「ありがとう、小夏ちゃん」

 けれど先に小夏ちゃんが誘ってくれた。元々そのつもりの私は、迷うことなく返事する。

「……私のためでもあるから」

 最後の一言は気になったけれど、彼女の表情は変わらない。でも、少しだけ声に照れがあるように感じたのは、多分気のせいじゃないと思う。

 星頂部屋から一緒に温泉のある一階に降りて、服を脱いで浴場に向かう。各地の五星温泉に比べれば、星寮の温泉は質素だけど、お湯の質はほぼ変わらない。星内の温泉は、全て五星湖のお湯を源泉としている。とはいえ、地域が変われば少し質も変わるもので……。

「おお……なんか、ぬるぬるしてる。少しだけ!」

「……そう?」

 本当に少しだけ。もしかすると、私の地域の温泉がさらさらしているのかもしれない。

 広い浴槽、肩を寄せ合って私たちは疲れを癒す。近付いてきたのは小夏ちゃんだ。

「小夏ちゃん、近くない?」

「いや?」

「ううん。でもせっかく広いのに、今は他に人はいないし」

 星寮の温泉は質素だけど広い。この浴槽にいるのは、私たちだけ。洗い場や他の浴槽には何人か他の女の子もいるけど、それでもさっと数えられるほどしかいない。

 小夏ちゃんの肌は綺麗だ。胸は凄く小さくて幼くも感じるけど、どこか色気がある。

 彼女の視線を胸に感じる。私の胸も小さめだけど、彼女よりは大きい。それに身長も高いから、やっぱり妹がいたらこんな感じなのかもと思う。

「私、おんながほしくなるの」

「小夏ちゃんの反動?」

 肩が触れ合いそうな距離で、小夏ちゃんがとろけるような微表情で言った。とても無表情に近いけれど、微かにわかるとろける表情。

「じゃあ触る?」

「なんで?」

 小夏ちゃんが首を傾げた。もちろんこっちの方に。濡れた髪の毛が私の首を撫でる。

「私がそうだから。私、おとこがほしくなるの。あ、今は大丈夫だし、今日くらいなら自然回復するんだけどね。少し時間はかかるけど」

「おとこ……秋奈は私が思っていたより、えっちな女の子?」

「女の子はそういうものじゃない?」

「私は一緒にいるだけで、心が昂ぶる。触れなくてもいい」

「そうなんだ。長くいると女の子が倒れることはない?」

「ない。あるの?」

「普通の人ならね。触れたら気絶しちゃう。星頂の枯葉くんなら大丈夫みたい」

 会話が止まった。花咲枯葉くんを、小夏ちゃんはよく知らない。だから少しだけ言葉が止まって、再開の言葉は大胆な一言だった。

「えっちしたの?」

「え? なんで?」

「触れるって……」

 どこに触れると思ったのか聞いてみたいけど、予想できることは聞くまでもない。

「触れるのが肉体的なえっちなら、考えるのは精神的なえっちだね」

「うん。私、女の子だから」

 女の子はそういうものだ。いつか、枯葉くんにも教えてあげよう。

 素肌に触れる少しだけぬるぬるしたお湯に癒されながら、私たちは柔肌と柔肌が触れ合いそうになりつつも、湯上がりからベッドまですれすれのまま、一夜を終えたのだった。


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