飛都国

ウガモコモ篇


   リバーサイドの戦い

 リバーサイドカフェ川澄には、七人が集まっていた。店員であるマスターのレフフスとウェイトレスのシズスクを除いて、七人。

 ココカゼの心生み、ヒミリクとシララス。

 カカミの神代り、カザミ。

 マコミズの真者、シァリとクゥラ。

 チカヒミのメガミコとカミモリ、ルーンカとユーヒ。

 ――チカヒミとの戦いが終わって二日。強き将はココカゼ、カカミ、マコミズが倒し、彼らの降伏により国同士の戦いは終わった。そして強き将は現在、一時的に身柄を拘束してココカゼに軟禁している。各国の民にはそう伝えられていた。

 チカヒミが戦いをやめたことで、ココカゼ、カカミ、マコミズ側に戦う理由はなくなった。戦いは全て心域――神域、真域、あるいはシンイキ――で行われたため、民や土地、三つの飛行都市国家には被害もない。

 脅威がなくなったことによる安堵、戦いが終わったことによる安心。多くの民が抱く感情はそれに加え、戦いを勝利で収めた心生み、神代り、真者への感謝。

 チカヒミへの恨みなど、抱く者はいない。だがしかし、チカヒミが戦いを始めた理由を知りたいと思う民は、各国に何人かはいた。書状で伝えられた以上の詳しい理由、それを知りたいと思う者が。

 そして無論、その筆頭はチカヒミと直接戦っていた五人――ヒミリク、シララス、カザミ、シァリ、クゥラである。戦いの理由を知らなければ、またいつか戦いが起こるかもしれない。それを避けるためにずっと軟禁しておくという手もとれなくはないが、とる必要はない。

 ルーンカとユーヒはここにいる。ならば彼らに、直接話を聞けばいいだけだ。

「では、ルーミャンピカ様に代わり私から……」

 口を開いたユーヒの肩に、ルーンカが手をかける。

「私が」

 首を横に振りつつ、ルーンカは立ち上がった。

 川澄の店内、ルーンカとユーヒがいるのはカウンター席の二席。ヒミリク、シララス、カザミ、シァリ、クゥラの五人はテーブル席から持ってきた椅子に座り、彼らを緩い孤を描くように囲んでいる。並びは名前を列挙した順に、右側――入り口側のヒミリクから五人。同じくルーンカとユーヒも名前を挙げた順に、カウンター席に並んで座っていた。

 やや驚いた顔を見せたユーヒの横で、ルーンカは一つの書状を取り出す。目の前に座る五人に背を向けて、封のない書状を彼女は手渡した。

「お願いします」

「……え? 私が読むの?」

 川澄のウェイトレスのシズスクに。

「んー、まあ、シララスから無口だっては聞いてたし、実際に会って本当にそうだったのも知ってるけど……なんか責任重大?」

 そうでもないといった様子で書状に目を通し、シズスクは頷いた。

 ルーンカも頷いて、小さく笑って振り返る。

「……その役目は私でも別にいいのでは」

「あ、それなら、こういうのは中立の立場の方が、余計な脚色をする心配もないって最初に書いてるよ。こう書かれちゃ、私もシララスをからかえないけど我慢する」

 ユーヒの小さな声に答えてから、シズスクは書状に書かれていた文面を読み始めた。

「『全ての始まりは六年前。チカヒミの民と、先代のメガミコが起こした行動が発端。先代のメガミコに導かれて、彼らは神の大地に直接降り立ち、より多くの恵みを得ようとした。

 でも、それはいけないことだった。彼らが神の大地に降り立ってすぐのこと、チカヒミの全ての飛行都市は、大吹雪に襲われた。大吹雪は人を、建物を、全てを覆い尽くして、吹き飛ばしてしまった。当時飛行都市に残っていた多くのカミモリでさえも、それは防げないものだった。

 唯一残ったのは、当代のメガミコとして神殿都市に暮らしていた私と、当時はまだカミモリとしての力を持たなかったユーヒだけ。チカヒミのカミモリは、シンイキを広げられるようになってようやくその名をもらえる。

 神の大地に降り立った民も、戻ってこなかった。先代のメガミコも行方不明。彼女にもまだ力はあったはずで、だからこそ神の大地に降り立とうとしたのに。

 私にはそれを止められなかった。止める力はなかった。だから、二度とこんなことが起きないようにしようと思った。チカヒミの民は戻らなくても、他の国には伝えらえる。

 幸い、チカヒミの現状は他国には伝わっていなかったから。かつていた多くのカミモリ――チカヒミの一般将を利用すれば、そんなに時間はかからないと思った。誤算だったのは、戦ってみたらヒミリク、カザミ、シァリの三人が強かったことだけど、それでも少し伸びるだけで問題はないと思った。

 でも、もう一つ誤算があった。シララスとクゥラ、二人に会ったこと。二人に会うのは予定通りだった。全ての心生み、神代り、真者を倒して、彼らが決めたことなら、ココカゼ、カカミ、マコミズの民もすぐに納得すると思ったから。

 二人が強くなれるようにお手伝いして、自信がついたところで倒す。結果的には私の負けだったけど、久々にユーヒ以外の人と触れあったのが、私の心を動かしてしまった。

 二人と戦って、勝って、それでチカヒミが全ての飛行都市を管理する。必ずそうしないといけないという気持ちが、ほんの少しだけど揺らいでしまった。でも、言い訳はしない。私が負けたのは、シララスとクゥラが私の予想以上に強くなっていたから。

 特に驚いたのは、二人が同盟を結んで仲良くなったことだった。

 それを見て、ほんの少しだけまた、心が動いたような気がした。私も仲良くなりたいと、羨ましく思ってしまった。特に……』……えーと」

 シズスクが言葉を止めて、続けるかどうか迷いの視線をルーンカに向ける。

 言葉を止めたのに気付き、振り向いたルーンカは笑顔で頷いて促す。

「えー。私が言うのこれ? はいはい、わかったからもうあっち向いてて。んとね、『特にシララスと仲良くなりたいと思った』――だってさ」

 書状を閉じて、シズスクは終わりを告げる。

「ふむ、そういう事情があったのか。ココカゼではそういった流れは全くないが……」

「カカミもそうですね。神の大地に降り立つなど、考える者もいません。十分な恵みは享受しているのですから」

「マコミズも同様だ」

 全てを伝えられて、ヒミリク、カザミ、シァリの三人が答える。

「ただ、易々と民に伝えられる内容ではないな……」

「ええ。聞かれたら困ってしまいますが、とりあえず事件があったとだけ伝えるのが無難でしょう」

「我らが知っていれば問題はないだろう。先代の心配もこちらは無用だ」

「ココカゼも同じだ。私が力を得た頃には、もう隠居しておられる」

「カカミも同じく。わたくしの奔放さに最初こそ文句を言うこともありましたが、わたくしが理由を話したら応援してくれるようになりました」

 三人がそんな会話を続ける中、残りの二人――シララスとクゥラは黙ってルーンカの顔を見つめていた。

「ルーンカ。それはつまり、俺と友人に――違うな」

「お、シララスが攻めてる!」

 幼馴染みの言葉は聞き流して、シララスは言葉を続けた。

「俺と一生を共にするような、親しい友人になりたいってことか?」

「あの、シララスさん」

 身構えていたクゥラは力が抜けた声で、シララスの名を呼ぶ。

「……うわー、シララスひどーい」

「ふむ……シキライラハスク様。一応言っておきますが、私とルーミャンピカ様には特別な関係はありません。いえ、生き残ったメガミコとカミモリといえば確かに特別ではありますが、私を育てて下さったルーミャンピカ様は母――姉のような存在です」

 母と言ったところでルーンカに鋭く睨まれたユーヒは、即座に訂正して姉と言った。

「うん。まずはそのつもり」

 周囲が落ち着いたのを見て、ルーンカは小さく笑って頷いた。嘘は言っていない。

「まずは?」

「……うわー、シララスへんたーい」

「誰が変態だ。というか、仮にも師匠の前でそんな浮ついた話……それに、もし勘違いだったら凄く恥ずかしいだろ」

「あ、気付いてた」

「……シララスさん、ルーンカさんには気付くんですね」

 あっさりした様子のシズスクに、冷たい雰囲気のクゥラ。そんな雰囲気を露骨にぶつけられては、シララスも黙ったままではいられない。

「勘違いだったら凄く恥ずかしいのは、クゥラも同じだからな」

「……いつから?」

「決まってる。あの日シンイキで、ルーンカにキスを問われたときだ」

 自信を持って答えたシララスだったが、帰ってきたのは呆れの視線だった。クゥラだけかと思ったら、シズスクと、ついでにユーヒからも呆れられている。

「……うん?」

 ルーンカだけは呆れた顔はせずに、微笑みを浮かべている。

「いつから?」

「……うわー、シララスにぶーい」

「それを聞きますか。聞くんですか本当に」

「ふう……ルーミャンピカ様。最後の一文はここでは余計だったのでは?」

 幼馴染みには同じ反応を繰り返され、クゥラには冷たい視線で答えられ、ユーヒは未だ呆れた顔でルーンカに声をかけている。

「ああ、そういえばそちらの件もあったな」

 そしてそんな彼らの会話に、加わったのはシァリだった。

「あ、シァラーゼお兄様。あの、その、本気で?」

「我は本気でなければあんなことは言わぬ。さて、シララス。我が妹とのこれ以上の関係を望むのであれば、まずはこの兄を倒してもらおう」

「え? いや、俺から望んだわけでは」

 シァリは立ち上がり、ゆっくりとこちらに歩いてくる。シララスの目の前に立ったところでシァリは再び言葉を口にした。

「我が妹がこれ以上の関係を望むのであれば、まずは貴殿に我を倒してもらおう」

「言い直した! って、どういうことですか!」

「真域で戦って我に勝て――ということだ」

 そういう意味で質問したのではないのだが、シァリがわかった上で答えたのも何となく理解した。

「あら、ヒミリク、あちらで面白そうなことをやっていますよ」

「ふむ……ならば、私も混ぜてもらうとしよう」

 カザミとヒミリクも並んでやってきた。カザミはユーヒの隣に移動して遠くから眺め、その表情は楽しそうだ。ヒミリクはクゥラの目の前に立って、彼女をじっと見下ろしていた。

「クゥラ、君もシララスに任せるだけでは落ち着かないだろう? 私としても、ただ見ているだけというのは退屈だ。せっかくだ、クゥラにも私を倒してもらおう」

 ヒミリクからの唐突な提案に、クゥラは笑顔で頷いた。

「望むところです。昨日、お兄様に言われたとき……もし本気であれば、ヒミリクさんにはこちらから頼もうと思っていました」

「そうか。ということで決まりだ。いいな、シララス?」

「師匠が言うなら……」

「ああ、その師匠だが――いや、まだいいか」

 言いかけた言葉を疑問に思いつつも、シララスは承諾する。渋々ではなく、やや積極的に。理由はどうあれ、一対一でマコミズの将、シァリと本気で戦えるのだ。前の戦いではルーンカに勝利したが、それは二対一での戦い。一対一での今の力を確かめる機会は、彼も望むところであった。

「わたくしたちも退屈ですね? ユーヒ、リベンジを挑みますか?」

「負けるとわかって戦うほど私は暇ではありません。大人しく観戦していたらどうですか?」

「マスター、私も見てきていいですかー」

「ああ、好きにするといいよ。……あ、シララスくん。僕はいつでも待ってるからね」

 ルーンカは無言で立ち上がって、これから始まる戦いにわくわくしていた。

 シララスとシァリ、ヒミリクとクゥラが並び、川に面した扉から外へ向かう。それに続いて、カザミ、ユーヒ、それからシズスクとルーンカが外へ出て、四人を川沿いから見守る。

 クゥラの髪は最初からツインテールだ。彼女がそうしていたのは、ルーンカから話を聞くためではなく、このためだったのかと、シララスはふと思う。視線を送ると、クゥラはくすりと笑った。やはり、このためだったに違いない。

 シララスは心域を広げ、シァリが真域を広げる。

 川の上に広がった二つの空間は混ざり合い、一つの空間となって川面に浮かぶ。

 クゥラは真域を広げ、ヒミリクが心域を広げる。

 時を同じくして生まれたもう一つの空間は、もう一つの空間と並んで川の上に。

 リバーサイドの戦いが――今始まる。

 心域の中、シララスは心兵を生み出す。彼の一・五倍の体躯を持ち、透き通る水の体で、燃え盛る火を包み、流れる風を纏い、硬き地の爪と足を持つ――心兵。

 シララスが生み出した心兵の数は十五体だけだった。今回の戦いは本気ではあるが、模擬戦でもある。心兵の準備は勝負を挑まれた側であるシララスが先に、それに合わせてシァリも準備を進め、双方の準備が完了したら戦いが始まる。

「我に対して、貴殿はその程度で戦うつもりか?」

「シァリさんだからこそです。この数が、俺の最大の限界ですから」

 数体の心兵を高度に組み合わせた連係。その連係が最も高められる最大の数。そして相手にするシァリの戦い方は、自らが先頭に立つ直接戦闘。さらに、二人が戦う心域は平地。流れる川の上に浮かぶ、隠れる場所もなければ相対する距離も近い地形。つまり、何もしなくても倒すべき将は前線に現れてくれる。

「数を用意して突破を防ぐのではなく、あくまでも我を倒すことに特化するか」

「……いけませんか?」

 シァリが求める戦いは、戦いの勝ち方は、もっと多くの心兵を指揮してのものであると言うなら、準備を最初からやり直せばいい。

 心配して尋ねたシララスに、シァリは首を横に振った。

「構わぬ。ならば我も、それに応えるまで。――全力で我を倒してみよ!」

 シァリが右手に生み出したのは、彼の体躯の三倍はあろうかという炎の長剣。左手に生み出したのは、透き通る煌めきの流水の盾。腰には鋭い地の結晶が数十個も浮かんで並び、彼の背には烈風の刃がいくつか渦巻いている。

「……完全武装ですね」

「貴殿が最も得意な戦い方に特化するなら、我も我の得意な戦い方のみで戦おう。我が身に纏う真兵のみで、貴殿の高き壁となろう」

「高いだけなら、壁をぶち抜いて通り抜けますよ」

「……ふ。厚くはないが、とても硬いぞ?」

 双方ともに、戦いの準備は完了。あとは――どちらかが動くのを待つだけだ。

 時を同じくして、もう一つの真域の中。

「あちらは少数のようですが……」

「私たちも真似をする理由はないな」

 川の上に並んで生み出された心域と真域。もう一方の心域の様子を確認するのは難しくない。

「はい」

 クゥラは頷いて、二百の心兵を生み出す。

「だが、あの精神は見習うとしよう」

 もう一つの心域では、シァリが独特な心兵で完全武装していた。それを見ながら、ヒミリクが生み出した心兵の数も二百。クゥラと同数である。

「もっとも、最初から戦い方を変えるつもりはないのだがな」

「でしょうね。私にとっては、とても戦いやすくて助かります」

「ふふ。同感だ」

 ヒミリクの戦い方は策略を駆使しての正面突破。クゥラの戦い方は受けと守りに特化した防衛戦。そしてこちらの真域もあちらと同じく、地形は平地。つまり、構図は単純である。ヒミリクが攻めて、クゥラが守る。

 ヒミリクが攻め切るか、クゥラが守り切るか――それだけの話である。

「とはいえ、君は負けても問題はないのだが……そうもいかないだろうな」

「はい。もし私が負けて、シララスさんだけが勝ったとなれば、お兄様が許しても私が許しません。これ以上の関係を望むのは、対等な力があってこそ。それはそれで、彼にとっては気楽かもしれませんが……」

「負ける気はないのだろう?」

「もちろんです」

 ヒミリクの問いは軽く、答えるクゥラの声も軽い。

「ならば、本気でいくとしよう」

 けれど、二人の動きに隙はない。動かす真兵の精度も最高だ。

 先に動いたのは当然――ヒミリクだった。

 先に動いたのは、シララスだった。

 五体の心兵を前に出し、残る八体の心兵は四体ずつ左右に分けて回り込ませる。二体の心兵は自身の傍に控えさせ、動かすべき時を待つ。

 シァリは正面の心兵は無視して、左右から回り込んでくる心兵に対して行動する。一見すると五体の心兵が引きつけている間に、左右の心兵を回り込ませる作戦にも映るが、そう見せかけて先に接触するのは左右の心兵である。

 右の心兵は炎の長剣で、左の心兵は流水の盾で。いなして受け止め、その勢いを利用してするりと前方に抜け出す。

 それを待っていたかのように、シララスの心兵が二体。並んで地の拳を叩きつけ、シァリは拳が届かないように咄嗟に後退する。

「読まれることは想定済み、ということか」

 シァリの腰から地の結晶が飛び出して、拳を外した二体の心兵の胴体――水を貫いて火を貫いて、一撃で破壊する。後退した場所にいた八体の心兵は、背に渦巻いた烈風の刃が切り刻んで道を開く。近くも遠くも前にも後ろにも隙のない、完全なる武装。

 だが、半円上に十体の心兵に囲まれている状況は、シァリでも一息に突破できるものではない。いかにして突破するか……そう考える前に、シァリは視界に捉えた心兵の数が足りないことに気付く。

 奇襲を警戒して上空や地中、後方を一瞬で確認するが、どこにも心兵はいない。ふと正面を見て、見失った心兵の居場所は知れた。シララスの傍に控える心兵が、一体増えている。

「……ふ。それが貴殿の見立てか」

 シァリは炎の長剣を一振り、さらに流水の盾を流れる水として放ち、背に渦巻いた烈風の刃も斜め前方に飛ばす。半円に囲う十体の心兵を、まとめて撃破する派手な一撃。

 彼に残るは、腰に浮かぶ地の結晶のみ。

 対するシララスの心兵は残り三体。

「それも、少しは削る予定だったんですけど」

「見誤ったようだな。だが、戦いには誤算がつきものだ」

「ええ。このくらいなら、最悪と最良の中間です」

 駆け出したシァリに、シララスも三体の心兵を前に駆け出す。

 駆け出したヒミリクに、クゥラは足を止めて防戦の構えをとる。

 単純に正面からぶつかり合う戦い。それゆえに、数多くの真兵を指揮する能力の高さと、状況の把握能力によって勝負は決まる。

 ヒミリクが前線に出した心兵よりやや少ない数で、クゥラは守る。数の差によって突破されることのないぎりぎりの数で、もし一体でも少なければ戦線は突破されていただろう。

 勢いを止めたところで、残りの真兵が動き出し着実に各個撃破していく。それを覆すようにヒミリクは魔法を放ち、小さな流星がクゥラの真兵たちの頭上目がけて飛来する。

 だが、クゥラも同じ場所に魔法で透明な壁を生み出し、逸らした流星は真兵のいない地面に落ちて炸裂する。魔法の力はほんの少しだが、攻撃に特化したヒミリクの方が上。受け止めるのではなく逸らすことで、その力の差をカバーする。

「ほう、よく知っている」

「当たり前です。お兄様と同じく、ヒミリクさんもかつての憧れの一人です」

「今はそうでもないと?」

「私の戦い方には合いませんから」

 言葉を交わす間にも、ヒミリクの心兵は攻撃を続け、クゥラの心兵は守りつつ反撃を加えていく。心兵が一体減れば、真兵も一体減る。いかに守りに長けたクゥラとはいえ、相対するのは攻めに長けたヒミリク。互角の状況を維持するので精一杯だ。

「このままいけば……ふむ」

 ヒミリクはもう一つの心域をちらりと見る。戦いの状況はまだ多く残る心兵の知覚だけで十分に把握できる。クゥラも隙を見つけては視線を飛ばして、同じく状況を確認したが言葉は発しなかった。

「私はあまり、直接の戦いは好きではないのだが」

「奇遇ですね。私もなるべく、避けたいとは思っています」

 しかし、真兵同士の戦いは互角。真兵が一体倒れれば、心兵も一体倒れる。互いに生み出した真兵の数は同じ。このまま戦いが続けば、最後に残る者が誰なのかは火を見るより明らかだ。

「では、最後に心兵が残っていた方が勝ちとしよう」

「同時の場合は、延長戦ですね」

 クゥラが微笑むと、ヒミリクも微笑む。残った心兵の数は十。真兵の数も十。互角の戦いは最後まで続きそうだった。

 戦いは最後まで気が抜けない。心兵の隙間を縫うように飛んできた地の結晶を、シララスは手刀で打ち砕いて続く戦いに気を引き締めた。

 恐ろしいことに、シァリは残った三体の心兵を相手に素手のみで戦っている。彼も真者であり、ここは心域。心兵相手に戦えない理由はないが、素手の殴りだけで簡単に倒れるほど心兵はやわではない。

 だが、倒されないだけなら十分。シァリは隙を見つけては必殺の地の結晶を飛ばして、シララスを何度も狙っていた。

 鋭く速く、当たれば一撃で倒されるであろう独特な真兵だが、見切りさえすれば防げないものではない。かなりの精神を消耗するものではあるが、それは最初からだ。

 そして、今打ち砕いたもので、結晶は最後。心兵の体力もそろそろ限界に近いが、残るはシァリの身一つだけ。シンペイとの戦いで可能な限り消耗させて、それから戦えば勝利は目前――そう思っていたシララスは、彼の動きに驚愕する。

 一体の心兵の肩を掴み、膝に足をかけ、シァリは軽々と心兵を飛び越えていた。予想外の行動にシララスの対応が遅れている間に、シァリは彼に接近する。

「我もこれ以上体力を消耗しては、勝てぬのでな。いかに心兵同士の連係が高度であろうと、指揮する者との連係も密でなければ隙ができるぞ? ――このように、な」

 放たれたシァリの右の拳を、シララスは左の掌で受け止める。

「そうみたいですね。――でも、まだ負けてはいません!」

 シァリが追撃の動きを見せるより早く、シララスは右手で掌底を放つ。身をかわしたことでシァリの追撃は遅れ、受け止めたままの左手を放して半身で前進する。

 そこに横から飛んできたのは、自由になったシァリの右腕。しならせた右腕はシララスの頭上を掠め、返す拳が頭上から降りかかる。右も左も、シララスの防御は間に合わない。速度を上げて前進すれば、その勢いを利用した鋭い蹴りの構えが見せられている。

 落ちてくる一撃を、シララスは黙って見ているしかできなかった。

 最後の心兵と真兵が倒れるのを、クゥラとヒミリクは黙って見ていた。

 二体が倒れたのは同時。勝負は決まらず、戦いは延長する。

「さて、始めるとしよう」

 ヒミリクが伸ばした右の掌から、鋭い光の筋が放たれる。咄嗟にクゥラが左に避けると、それを追うように光は曲がって彼女の頬を掠めた。

「魔法は禁止されてはいないだろう?」

「そうでしたね。少し、油断していました」

 ヒミリクの格闘の実力はわからない。弱くはないと思うが、シズスクに教えてもらってから自分も強くなった。シララスとの模擬格闘戦では七勝三敗、未だシズスクには及ばないが、師匠をよく知るシララスとの会話から、格闘ではヒミリクを上回っていると見ていた。

 そしてそれは、間違いではなかったのだろう。だが、真域での格闘は肉体だけで行う必要はない。

 クゥラは身を屈めることもなく、まっすぐに前進する。魔法の光線には、魔法の光を盾として。二人の距離は離れていない。多少の傷は負っても、盾で弱められた魔法の威力ではクゥラの足は止められない。

「ふむ……近付かれては困るな」

 だがヒミリクも黙って立ち尽くしているわけではない。大きく二歩分、飛び退いた彼女を追って、クゥラは三歩分駆けて近寄る。

「どうやら、守りは苦手の――これは!」

 踏み出した先、ついさっきまでヒミリクが立っていた場所。そこをクゥラが踏んだ瞬間、踏んだ地面が揺れて、足元で風が渦巻いた。その周囲からは熱い水が噴き上がり、高く頭上には小さな火の玉が――と思ったのは、クゥラの見間違いだった。

 空から飛来するのは、小さな流星。おそらくは、ヒミリクが使える――最大の魔法。

 仕掛けられたほんの少しの足止めの罠。そのほんの少しの隙を狙って、飛来するは直撃したら敗北が決定する強力な魔法。

 落ちてくる流星を、クゥラは拳を構えて待つことしかできなかった。

 二つの心域で、決着が付いたのはほぼ同時であった。

 観戦していたカザミ、ルーンカ、ユーヒ、シズスクの四人は、川沿いからその衝撃的な決着を目にして、言葉を口にする。

「ふふ、油断したみたいですね」

 カザミの言葉は、彼に向けて。

「んー、これ、教えた身としてもちょっと驚きだよね」

 シズスクの言葉は、彼女に向けて。

 小さく笑うルーンカと、激しい戦いに言葉を失ったままのユーヒ。彼らの見ている先で、二つの戦いに決着が付いた。

「……いったた」

 シララスは頭をさすりながら、彼の胸にもたれるように倒れたシァリを見る。

「大丈夫ですか?」

「……我が拳を受けて、耐えるとは……いや、受ける前提で身構えたか」

 シァリの拳が振り下ろされた直後、シァリを背後から襲ったのはシララスの心兵が放った螺旋を描く風の衝撃と、水に弾かれた大きな岩石。二つの衝撃を背中と腰に受けて、シァリは前方に倒れていた。

 それでも意識を失うことなく、もたれかかるだけで済んでいるのは凄いことである。

「少し、時間をかけすぎたか」

「危なかったですけどね」

 シァリは拳を振り下ろしてすぐ、左脚での膝蹴りを加えようとしていた。身構えていたとはいえ、その攻撃まで受けてしまえばシララスも耐えられない。その脚を絡めて動きを遅らせたのは、シララスの心兵から放たれた炎の蛇であった。

 心域での戦いは、辛うじてシララスが勝利した。

「……はは、驚いたな」

「私も驚いています。でも、意外といけるものですね」

 もう一つの真域では、ヒミリクがクゥラに組み伏せられていた。接近を許したヒミリクも応戦したものの、格闘での実力はクゥラが上。接近を許した時点で、勝負は決していた。

 飛来する小さな流星に対して、クゥラが放った全力の拳――それは強烈な威力を持って、流星を粉々に破壊した。

「真域での魔法はあくまでも力の発現。見た目はとても拳が効かないように見えても、真兵に拳が効くのなら魔法にも効かないはずがない……やってみる価値はありましたね」

「それにしても、粉々にされるとはな。今度、私もシズスクに教えを請うとしようか」

「シズスクさんも大変ですね」

 ヒミリクが笑うと、クゥラも笑顔になる。二人から向けられた視線の意味に、シズスクはまだ気付いていない。

 真域での戦いは、大きな驚きのあとにクゥラが勝利した。

 こうして、リバーサイドの戦いは――決着した。


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