飛都国

ウガモコモ篇


   チカヒミとの戦い その一

 飛行都市国家チカヒミ。一つの飛行都市で構成されるココカゼやカカミと違い、多数の飛行都市国家を束ねる大国。その数は二十と、暮らす民の数も大きく違うと推測されている。

 近隣の飛行都市国家にはもう一つ、同じく一つの飛行都市で構成されるマコミズもあり、ココカゼ、カカミ、マコミズの三国においては友好的な交流もあるが、チカヒミとの友好的な交流はない。

 代わりにあるのは、敵対的な交流。よって、ココカゼ、カカミ、マコミズの者が、チカヒミの内情を知ることは困難である。ただひとつ、戦闘における交流を除いては。

 そして今日も、その戦闘における交流が行われようとしていた。

 離れた飛行都市からシンイキを広げ、ココカゼの心域やカカミの神域と接触。混ざり合った二つの空間が、戦うための心域となり空中に広がっていく。

 ココカゼを守るは、心生み――ヒミリク。

 カカミを守るは、神代り――カザミ。

 彼女たちを攻めるチカヒミの将は、多くのシンペイを従えて準備を整えている。フードを目深に被り、長いコートに身を包んだ、敵将の素性は不明。しかしその姿は、二人にとっては見慣れたもの。程々の力を持つ、チカヒミの一般将――そんなものを何人も有するというだけで、チカヒミの持つ力の規模はある程度推測できる。

 そしてもう一人。飛行都市国家マコミズを守るは、真者――シァリ。

 彼は広げた真域を先にチカヒミのシンイキに触れさせ、真兵を生み出して戦いの準備を素早く整えていた。守るだけでなく、少々の攻めも狙った動き。

 交戦の準備を遅れて整えるチカヒミの一般将に対し、彼は前線に立ち真兵を指揮する。ショートストレート、レモンゴールドの髪に輝くのは、銀の飾りヘアピン。

「我が国に攻め入るチカヒミの将よ! 我が名はシァリィグラーゼ! マコミズの真者として、貴殿らを全力で退けさせてもらう!」

 真域に声を響かせ、シァリは名乗りを上げる。その声に、チカヒミの将は答えない。

「やはり、答えぬか……。名もなき将よ、我が真兵の前に倒れるがいい!」

 シァリは迷うことなく、真兵を動かしていく。動くとすれば、今日はまたとない好機。チカヒミの将はマコミズだけでなく、ココカゼやカカミにも侵攻している。敵が分散しているなら、防戦一方になることはない。

 問題は、あの者がどこに現れるかだが……こればかりは予想ができない。だが、現れる前に素早く一般将を叩けば、最重要の目的は達成される。

 透き通る水の中で燃え盛る火も、纏い流れる風も、硬き地の爪と足も、普通の比率と変わらないシァリの真兵。対するチカヒミの一般将が操るシンペイも、ほんの少し小さいが比率は変わらない。数を比較すると、若干チカヒミのシンペイの方が多い。

 しかし、双方の動きは全く違っていた。真兵とシンペイ、どちらも全軍をまとめて前進させているという点は同じ。だが、指揮する将の位置が大きく違っている。

 途中で後方に待機したチカヒミの一般将。シンイキで将が倒れればシンペイも倒れる。魔法で戦うのは消耗も大きく、カザミのように特別な高い力がない限りは難しい。

 一方のシァリは、真兵と並ぶように前進を続けていた。

 そして、双方の真兵と一方の将が激突する直前。

「一気に決めよう! 我が炎の前に、倒れるがいい!」

 シァリの手から、前方の全てのシンペイを薙ぎ払うほどの長さの剣が伸びる。燃え盛る火炎の長剣を、シァリは軽々と振るい激突した敵シンペイを薙ぎ払った。

 直後、その炎は忽然と消える。同時に消えたシンペイがいた場所には、すかさずシァリの真兵が進軍する。先頭の守りを一気に崩され、それでも隊列を乱さずにシンペイは進軍するが、単純な数の差でみても敗北は明らかだった。

 彼が揮った力は、魔法ではない。あの炎の剣もまた――彼の生み出した真兵だ。

 再びシァリは前線に赴く。通常の真兵の肩に乗り、肩を飛び越えて上空から。

「我が風は全てを吹き飛ばす! 我が開いた道を駆け、将を討ち取れ!」

 渦巻く風がシァリの背で大きくなり、渦巻いた突風が敵シンペイを一直線に巻き込み、吹き飛ばしていく。先程の炎と違い威力は劣るため倒せはしないが、開けた空間の先にいるのはチカヒミの一般将。その道を、風に乗って駆けるようにシァリの真兵が抜けていく。

 そして真兵が将を倒し、多くのシンペイが同時に倒れたとき、シァリの真兵は一体さえも失われていなかった。圧勝――しかし、それはこの一人目との戦いに限ればである。

 シァリの視線の先、また別のチカヒミの将がシンペイを生み出し待機していた。

「気配は感じていた……だが、一対一なら我も負けぬぞ」

 遠くに立つのはフードを目深に被った、ロングコートの人物。姿こそ同じだが、正体不明であるのも同じだが、あの場に立っているのはチカヒミの一般将ではない。彼らの国とチカヒミとの戦いが終わらない理由――その原因となる強き将である。

 ヒミリクの指揮に従い、心兵が正面から数の少ないシンペイを撃破していく。

「ふむ……今日は、こちらには来ていないようだ。ゆっくり相手をするとしよう」

 対峙するチカヒミの一般将は、三人。ヒミリクの生み出した心兵の、三倍のシンペイが連係して襲いかかってくる。だが、ヒミリクは最小の魔法と機敏な心兵の操作で、少しずつ確実に敵のシンペイを倒していた。

 ヒミリクとチカヒミの一般将では、将のレベルが違う。一般将だけで彼女を倒そうとするなら、十人の将が手を組んでも敵わないだろう。

 心兵の放った火の拳がチカヒミの一般将に直撃し、倒れた将は姿を消す。心域で敗北した将は、心域を生み出した場所に戻される。今の一般将であれば、チカヒミの有する飛行都市のどこかに戻ったと考えられるだろう。

 もっとも、それを確認する余裕はヒミリクにはない。残る二人の一般将、彼らの相手をしないとならないのだから。

「残りは二人。一人になれば、全力で正面衝突といこう」

 一般将ではヒミリクは倒せない。苦しませることも難しい。しかし、彼女を消耗させて時間を稼ぐだけなら、一般将にも十分可能なことだった。

 カザミは仕掛けた魔法を発動する。四方から襲いかかる流水と、上空からの巨大な四つの落石。彼女の魔法の前に、チカヒミの一般将が指揮する数百のシンペイは、まとめて倒れて流れ去った。

「……二人目。さあ、次は誰ですか?」

 鋭く長く、剣のように尖らせた地の爪で、チカヒミの一般将は倒れて消える。カザミの神兵はそれぞれ個性のある、別の姿をとっていた。計五体の少数精鋭。今回動いたのは、二体目の神兵である。

 対峙するチカヒミの一般将は五人いたが、二人減って今は三人。多くのシンペイを率いてはいるが、カザミにとって大軍を翻弄するのは最も得意な戦い。

「まとめて来ても構わないのですよ? ちゃんと一人に一体、神兵も用意しています」

 カザミは仕掛けた魔法だけで大軍を倒し、神兵が動くのは将を討ち取るときのみ。彼女がこれだけ余裕の戦いを展開できるのも、あの者がこちらに来ていないからである。

 もしも彼、あるいは彼女がこちらに来ていたら、カザミであっても、またヒミリクであっても容易な戦いにはならないだろう。その強き将の力は、ヒミリクやカザミ、そしてまたシァリとも――同等なのだから。

「この地は取り返させぬ。我が地龍の前に、退くがいい!」

 シァリの足元から地面が隆起し、龍を模った地の塊がシンペイに襲いかかる。激しい衝突に土煙が上がるが、それが晴れるのも待たずにシァリは次の行動をとっていた。

「続け! 我が水よ!」

 大きな水の球を放り投げて、シァリは一旦様子を見る。真兵で守りを固め、予想される反撃の質を確かめるために。

 土煙が晴れた場所には、シンペイが無事な姿で残っていた。彼の予想通り、瞬間的な魔法によって防御されたのだ。だが、急降下する大きな水の球に対しては、再び魔法が使われることはなかった。

 代わりにチカヒミの強き将が放ったのは、攻撃のための魔法。自らのシンペイが倒れる影から、無数の小さな水の球が全てシァリを狙って飛来する。

 その攻撃をシァリは熱き火の柱で守ろうとしたが、それは初撃を防ぐだけだった。続いて飛来する小さな水の球は、周囲の真兵を動かして盾とする。炸裂する水の球の前に、強き将が失ったと同じだけシァリの真兵も倒れていた。

 見た目の割に、強力な攻撃。見た目だけで判断を見誤っていたら、シァリは一気に追い詰められていたことだろう。逆に言えば、見破ってしまえば不利となるのはチカヒミの強き将。

「強き将よ! 今日こそは、我が剣を受けてみよ!」

 シァリは両手に剣を生み出す。暴風に閉じ込められた熱き炎の剣を右手に、冷たき水に包み込まれた硬き地の剣を左手に。並んだ真兵とともに、二本の剣を構えてシァリは駆け出す。

 目深に被ったフードから、チカヒミの強き将の表情は見えない。だが、あちらに戦う意志があるかどうかは、こちらから攻めればわかること。

 攻めに転じたシァリに対し、強き将は全てのシンペイを前に出して受けに回る。二本の剣でシンペイを斬り倒し、勢いに任せて突撃するシァリの視線は、常にシンペイの影に隠れる強き将に向けられている。

 真兵の知覚もあるため,本来は向ける必要のない視線。だが、相手も人間であるなら……その視線が意志を伝える武器となる。

 そして、その結果……。

 チカヒミの強き将はシンペイが全て倒されるのも待たず、戦線を離脱した。と同時に、小さなシンペイを何体か生み出していき、あちらからも意志を伝えてくる。

 ――追撃を仕掛けるなら、こちらも全力で相手をする。

 その強き将からの意志を間違いなく受け取ったシァリは、残ったシンペイを全滅させたところで剣を消失させ、戦いの終わりを示した。遠くに見える小さなシンペイ――おそらく知覚しているであろう、強き将に向けて。

 今回の戦いの目的は、達せられた。チカヒミの一般将を倒したことで、チカヒミの広げたシンイキは狭まり、真橋を架けるための道は確保されたのだ。

 飛行都市国家マコミズ。石と城と湖に恵まれた、華々しく洒落た国。戦いを終えて自らの国に戻ったシァリを迎えたのは、一人の少女だった。

「シァラーゼお兄様。お怪我はありませんか?」

 セミロングストレート、スノーシルバーの髪。シァリを兄と呼んだ少女は、麗しい笑みを浮かべて兄を見上げる。その顔に、心配の色はほんの僅かしか浮かんでいない。

「無論だ、クゥリット。我が目的は達成された」

 シァリも妹を見下ろし、笑顔を見せる。ついでに軽く頭を撫でようとしたが、妹に視線で優しく拒否されて、伸ばした腕は再び兄の横に戻った。

「それはまだ、いけませんお兄様。来るべき日のご褒美に、お願いします」

「そうだったな。その来るべき日のために、一つの準備は整った」

 兄妹は言葉を交わし、揃って同じ方角に視線を向けた。視界に入らぬ遠い先、友好飛行都市国家カカミのある方角へ。この日の一戦に勝利し、真橋を架けられるようになった国へ。


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