緋色の茜と金のオルハ

十九 言葉にできない


 後日。五葉カフェでの報告会。三人だけの言葉にできない恋愛関係になった三人の他に、馬狩魔衣、ラフィェリータ、それと総合司書学芸員の倉穂野絵が集まっていた。小さい頃から見ていた少年少女の恋話、お姉さんとして気になるのは自然な感覚である。

「ふむ。それが弟の選んだ恋の結末――いや、まだまだ始まりよの」

 笑顔で魔衣はそう言った。

「説明するときに困りそうな関係ですね」

 微笑んでラフィェリータはそう言った。

「でも、いいですよね。そういう関係も」

 ふわりと笑って穂野絵はそう言った。

「穂野絵さんには縁がない関係ですからね」

「ふふ、女神様にも縁がないですよね?」

「私は女神だからいいんです」

「私も総合司書学芸員ですので」

 楽しく微笑み合う二人に、自分たちとはまた違う二人だけの関係を感じながら、浴衣は露骨に目を輝かせて、うずうずしている魔衣の顔を見た。彼女が座っているのは一つ離れたテーブル席。ラフィェリータと穂野絵は別のテーブル席に、残る三人はガラス前の一列席に座っている。左からオルハ、浴衣、茜と、浴衣を間に挟んでのいつもの並びだ。

 遠くなはいが特別近くもない。その距離でもはっきりわかる様子に、浴衣は黙って魔衣が口を開くのを待つ。ラフィェリータと穂野絵の会話も終わり、あちらから動いてくるはず。

「私も弟との関係を変えたいよの」

 たっぷり十秒。長いためからようやく口を開いた魔衣の言葉に、浴衣たち三人の視線が集まる。女神たちはのんびりと紅茶を一口、チョコチップ入りのクッキーを仲良く食べていた。

「さあ今こそ愛するお姉様と呼ぶがいいぞ弟や」

「お姉様」

「うむ。足りぬよの」

 素直に呼びかけた浴衣に、魔衣は微笑を浮かべて言葉の不足を指摘する。

(やっぱりこれもセットか)

「愛するお姉様に質問があります」

「敬語は寂しいよの」

 新たな指摘にも浴衣はすぐに対応する。

「愛するお姉様に質問したい」

「うむ。恋愛相談かの?」

「それもまたいつかするかもしれないけど」

 浴衣はそう前置きしてから、一つ気になっていたことを愛するお姉様に質問した。

「握清高校で見つかった爆弾って、誰が何のために仕掛けていたんだ?」

 全て解明と言われて聞けなかったこと。もっと大事なことのために聞かないでいたこと。

「ふふ、それは私と可愛い弟にも関係深い話よの。仕掛けたのは私の母君、魔理よな。浴衣の母君魔姫と、姉弟二人の父君油水。三人の恋愛は、一度の喧嘩もなしにまとまったわけではない――その産物よの。また違う関係ではあるが……浴衣も気をつけるよの」

「父さんが原因で?」

 魔衣はビタークッキーを一枚口に運んでから、質問に答えた。

「そうよの。おかげで私が姉となり、浴衣が弟となったいきさつよな」

 浴衣は挟まれている二人の少女の顔を見た。左隣のオルハは無表情でコーヒーを口に運びながら横目を返し、右隣の茜はチェリークッキーを銜えながらにっこりと答えた。

「浴衣くんも大変だよねー。私たちの関係、浴衣くんがちゃんとしないと結構危ういよ?」

 茜に呼応して、オルハが言葉を引き継ぐ。

「ゆかたんが悪いことする茜の仲間になったら、悲しいけど両手両足を拘束して監禁するしかない」

 はっきり言葉にしたオルハも怖いが、あえて口にしない茜も何をするのかわからない。そして浴衣も、こうして恋愛をするのは初めて。常にちゃんとできるかはわからない。

 七不思議で唯一謎の残っている、聖地アクセイの古文書。あれを残したのが未来の自分たちであるという説も、前より有力になったのかもしれない。悪と正義が袂を分かつ――自分たちが大喧嘩をしたら起こり得ることだ。

「言われなくても、気をつけるさ」

 だけど。

 そんなことは、こういった関係を望んだときから覚悟していたこと。

 三人だけの言葉にできない恋愛関係――それは、とてつもなく劇的な、自分たちだけにしか維持できない関係なのだから。

 浴衣はコーヒーカップを手にとって、両隣の少女に微笑を返していた。


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