緋色の茜と金のオルハ

十六 恋人と幼馴染み


「あ、そういえば魔衣さん。握清高校のあれって、魔衣さんの魔法ですよね?」

 茜がそう言ったのは小さな閲覧室を出て、一旦広場に戻ろうと歩いたときだった。一歩後ろを歩く魔衣に振り返っての言葉だったので、隣を歩いていた浴衣とオルハも一緒に振り向く。

「うむ。確かに、あの場で光を操ったのは私よの」

 微笑むラフィェリータの隣で、魔衣は真剣な顔で小さく首肯した。

「コンサートホールの歌だけでは寂しかろうと思い、派手に動かしてみたよの。しかし、私が操ったのはあのとき限りぞ。七不思議の噂とは無関係よの」

「じゃあ元々の光も、見たことがあるんですか?」

「ふむ」

 魔衣は視線を彷徨わせた。茜は急かさずに黙って答えを待つ。

「あるといえばあるが、ないといえばないよの」

 曖昧な答えをした魔衣に、今度はすかさず追加の質問をする。

「似たような魔法は見たことはあっても、握清高校で見たことはない……ってことですね」

「うむ。さすが鋭いよの。さて弟や、どこで見たのかを答えてみよ」

「なんで俺に」

 どうせ茜もわかってるんだからと本人の顔を見ると、にこにこするだけで浴衣をじっと見つめていた。浴衣は肩をすくめて、頭を働かせて答えを考える。

「まず思いつくのは、魔女の一家にいた頃。魔衣さん以外の別の魔女が、誰か似たような魔法を使っていてそれを見て真似したって可能性だけど……」

 魔衣の表情を窺いながら、浴衣は考えを口にしていく。突然の質問。あまりにも的外れな方向にいっているなら、表情でヒントを与えてくれると思う。今のところ、微笑む魔衣の表情に変化はない。浴衣は続ける。

「同じ現象が握清高校――握清町で確認されたってことを考えると、見たのは別の場所。魔衣さんが巫女魔法の修行をしている、握清神社で見たんじゃないかな?」

「うむ。正解よの。ご褒美にお姉様大好きと抱きつく権利を与えようぞ弟や」

「まあ、もらうだけもらっておく」

 行使はしないけど。その言葉は胸にしまっておいて、魔衣をがっかりさせないようにしたのだが、その判断が失敗だったと浴衣はすぐに気付くことになる。

「あ、魔衣さんまで浴衣くんを!」

「新たなライバル?」

「ふふ。ようやく気付いたよの。しかし案ずることはないよの、少女や。私と浴衣は血の繋がった姉と弟。世間一般では禁忌とされる関係よの」

 茜とオルハの言葉に、魔衣が反応して始まった会話。浴衣は直感で、これが魔衣の狙いだったことに気付く。だが気付いたときにはもう遅く、この流れは浴衣には止められない。

「北の森に住む魔女の一家……世間一般の家じゃないですよね? それに、隠れ住んでいるってことは、むしろ近親婚は歓迎されてるんじゃないですか?」

「うむ。兄弟姉妹で子を成すのはよくあることよの。私と浴衣の母君の世代は、姉妹二人しか生まれず困っておったよな」

「ゆかたんを子作りの道具に」

「ふむ、浴衣が魔女の血をこの世から抹消する! などと言い始めればそうしなくてはならないかもしれぬが、弟なら心配無用よの」

「浴衣くん、どう?」

「最後に自分も死なないといけないような使命はないな」

 浴衣が答えると、茜はほんの少し沈黙してから聞き直した。

「そうじゃなくて、魔衣さんと子作りしたいかって話だよ」

「何の話だ」

 どう答えても正解がないような質問である。ならば質問そのものに疑問をぶつけるしか、たとえそれが微々たる抵抗でも、対処する手段はない。

「茜、ゆかたんが困ってる。あと、今それを進められると私も困る。幼馴染みとして、一人の恋する女の子として。ということでゆかたん、こっちきて」

「え? ああ、わかった」

 すたすたと歩いていったオルハに、浴衣は一人でついていく。気になってこちらを見ている魔衣は、茜が抑えているようだ。ラフィェリータの姿が見えないが、きっと姿を消してこっそりついてきているのだろう。彼女はとっても凄くて可愛い女神様なのだ。

 しばらく歩き続けて、オルハが足を止めたのは博物館裏。とても長いベンチが二つ向かい合って並んだ空間で、それ自体が芸術作品であり、外の展示物を見て回る際の休憩場所でもある。

 オルハがベンチに腰を下ろして、浴衣に視線を送る。浴衣はどちらに座るか逡巡したが、二人きりならと二人きりだったときのように、オルハの右隣に腰を下ろした。

「ゆかたん」

 オルハが浴衣の名前を呼ぶ。正面を向いたまま、同じく正面を向いている幼馴染みに。

「ゆかたんに恋人ができて、私も自分の気持ちに気付いた。やっと、ようやく。いつから、とか、どうして、とか、はっきりとはわからないけど……」

 オルハにしては珍しく、単刀直入には告げられない言葉。だがその言葉ははっきりと、よく通る声で浴衣の耳に届けられた。

「私はゆかたんのことが好き。恋愛感情を抱いている。昔から、今も」

「織羽……」

 浴衣がオルハの名前を呼ぶ。幼馴染みの金藤織羽として、まっすぐに。

「茜には、話したのか?」

 浴衣は尋ねる。好きだと伝えられて、でもそれだけで、まだ答えは求められていない。そして今の自分には恋人がいて、その恋人の性格も、結構理解しているつもりだ。

「話した、というより、気付かされた。それから、本人は公認するって。私の気持ちと、ゆかたんの気持ち。問題はそれだけ」

「茜らしいな」

 浴衣は小さく笑う。少しばかり予想を上回られたが、それもまた彼女らしい展開だ。

「ゆかたんの気持ちは?」

「織羽こそ、どうしたいんだ?」

「ゆかたんは、どうしたいの?」

「それは織羽の気持ち次第だな」

「そう言われても」

 質問の質問返しが途切れ、オルハは困った顔を見せる。

「私はゆかたんのことが好き。ずっと一緒にいられたらいいと思う。でも、幼馴染みとしての関係でも一緒にはいられる。そのままの関係でも、ゆかたんと茜がいいなら、きっとデートやキスやえっちなこともできる」

「織羽もしたいのか?」

「ゆかたんのえっち」

「いや、これはつい、反射的に!」

 オルハにじっと見つめられて、慌てて取り繕う浴衣。

 そんな幼馴染みの反応にオルハは微笑んで、一つ大きく深呼吸してから言った。

「けれど、そんな関係を私が望んでいるかどうかは、私にもわからない」

「それが、織羽の気持ちか」

「うん。ゆかたんは?」

 尋ねられて、浴衣は考える。そして一つ大きく深呼吸してから、言った。

「俺にもわからないな」

「だったら、最後に一つだけ聞かせて」

 浴衣の答えは予想通り。オルハはすぐに別の質問をした。

「ゆかたんは、私のことが好き?」

「幼馴染みとしてなら。恋愛感情はわからない」

 一つだけと言った時点で、オルハの質問も予想通り。浴衣もすぐに答えを返した。


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