「はい。これはレフィオーレに。水色と白の横じましましまぱんつ。そしてこれは、チェミュナリアに。黄緑りぼんの装飾をつけたしろぱんつ。私のぱんつ職人としての技術、エラントル家に伝わる知識、それらを全てつぎ込んで仕立てた。どちらも自慢のぱんつ。創世時代のぱんつが相手でも、引き出せる力で負けてはいない」
リクリヤは言葉とともに、しまぱん勇者とその仲間が集めた素材を元に、全力で仕立てた二枚のぱんつを、レフィオーレとチェミュナリアに手渡す。
二人は受け取ったぱんつを早速はいてみて、その力を確認する。レフィオーレはいつものぱんつと比べるだけですぐに終わったが、チェミュナリアは新しいぱんつなので、少々時間がかかっていた。一分と経たずに終わったとはいえ、そのあいだ、リクリヤの顔にはずっと緊張の色が浮かんでいた。
「この力は、戦闘でも役に立ちそうですね。もっとも、今回の目的を考えると、常用するわけにはいかないですが、緊急時に使う程度ならおそらく問題ないでしょう」
癒しや守りの力を他人に与える、黄緑りぼん装飾つきしろぱんつ。倒したリシャに使ってフィルマリィの力を中和するのは、りぼんに宿るアルシィアの力。黄緑りぼんが元々持っている力を少々使う程度なら、その目的に影響はない。とはいえ、それぞれが別個の力としてしろぱんつに宿っているわけではないのだから、使える力は限られる。
不意打ちで誰かが怪我をして戦いに支障が出たとき。使わないと全滅ないしは壊滅的な被害を避けられないとき。そういったときにだけ使うべきだ。
フィルマリィはともかく、リシャがどれほどの力を得たのかは、実際に戦ってみないとわからない。精霊の力とぱんつの力、二つの力が完璧に融合され、その力をリシャが完全に使いこなしたとき、果たしてどれほどの脅威となるのか。
ただ、一つだけわかっていることはある。どれほどの力となろうとも、彼女を、彼女たちを倒して、世界の危機を救わなくてはならない。しまぱん勇者と、その仲間として。
四人の決意は固く、揺るがない。四人の結束は、どんな強敵と戦っても折れない心となる。
「行こう、みんな。フィルマリィを止めに。そして、リシャを救いに」
「任せてよ!」
「戦いの終結のため、私の全力を尽くします」
「ピスキィの同胞と、かつての友人のために」
しまぱん勇者、レフィオーレの言葉に、仲間たちが応える。
微笑む黒髪のぱんつ職人に見送られて、彼女たちは精霊神殿へと発つ。戻ってきた精霊フィルマリィ、そしてリシャの待つ場所へ。特に連絡があったわけでも、戻ってきた気配を感じたわけでもない。しかし、フィルマリィがしまぱん勇者とその仲間との決着をつけないまま、次の行動を起こすとは考えられない。
こちらが先に到着するという可能性もなくはないが、ぱんつを作る素材を集め、仕立てるまでにかかった期間と、チェミュナリアのよく知る精霊ピスキィの移動速度を考えると、その可能性は低い。読書に耽っていて運動不足で飛行速度が落ちたとか、リース・シャネア国で思わぬ足止めを食らっているだとか、そういうことでもない限り、前日には神殿に戻っているだろうというのが、チェミュナリアの見立てだ。
ピスキィに比べて移動速度が速いという可能性は、今日までにあちらからの連絡や接触がないことで否定された。
レフィオーレたちがエラントル家の領地を抜けたところで、一体の魔物が彼女たちを待ち構えるように立っていた。細長い体躯に明るい茶色の毛を持つ、四足で立つ魔物。彼女たちが大陸南部に到着したとき、出会った魔物の亜種である。
ルーフェにとっては見覚えのない魔物だったが、問題にはならなかった。その魔物はレフィオーレたちの姿を見ると、踵を返して北の方へとゆっくりと駆け出していった。途中、何度か振り返ってこちらを見ながら。魔物がフィルマリィの使いであると理解するには、それだけでも十分である。
彼女たちは魔物の後を追って、小さな山を越え、高原にある精霊神殿に到着した。抜け道に詳しい魔物の案内のおかげで、神殿からリクリヤの家へ向かったときよりも幾分か早い到着である。その魔物は山を越えたところでどこかへと消えていた。遠くから様子をうかがっている気配もなく、おそらくは役目を終えて仲間の元に戻ったのだろう。
四つの神殿が並ぶ、精霊神殿。レフィオーレたちは迷わずに南の神殿、フィルマリィを祀る神殿へと歩んでいく。周囲に魔物の気配は一切ない。しかし、待ち構えるのは精霊フィルマリィと、さらなる力をつけたであろうリシャ。油断できる相手ではない。
石造りの神殿の前にある、円形の柱の並ぶ小さな広場。フィルマリィとリシャの姿はそこにあった。大きな門扉の前で、並び立つのは精霊と、彼女の力と記憶により生み出された生命。
「いらっしゃい。戦う準備はできてる?」
笑顔で言って、一歩踏み出して迎えるのはリシャだった。武器には手もかけず、無防備に歩み出る彼女に、しまぱん勇者も仲間に目配せして、同じように一歩前に出る。
「私たちならいつでもいいよ。それより、記憶はどうなの?」
「あなたとフィオネストの二枚のぱんつで、全部思い出したよ」
「それでも、スィーハたちと戦う?」
レフィオーレの質問に、リシャは一瞬たりとも迷う様子を見せずに頷いた。
「うん。それでも、敵は敵だから」
「そっか。でも、スィーハたちとは戦わせないよ? あなたの相手は、私一人でする」
互いにソードレイピアを構えて、二人のそっくりな容姿の少女が対峙する。半身で突き出される二本の剣先。武器を構えるはレフィオーレが左手、リシャが右手。距離は遠いが、しまぱん勇者のレフィオーレと、創世時代のしましまぱんつと精霊の力を融合して生まれたリシャにとっては、一歩で詰められる距離。
「何か考えでもあるの?」
「考えがあるのは、そっちだと思うけど?」
リシャの問いにレフィオーレは笑顔で返す。精霊フィルマリィは後ろで微笑んだまま、じっと動かない。それに今のリシャから感じる気配は、生まれたてのときと大差ない。
「だから、まずはそれを暴かせてもらう」
「いいよ。楽しいウォーミングアップになりそうだね」
二人が接近したのは一瞬。二本の剣がぶつかり合い、弾き合う音が鋭く響く。
近づいた距離から放たれるレフィオーレの突きを、リシャも同じくソードレイピアを突いて防ぐ。刺突剣の剣先に剣先を当てる、正確にして威力のある突き。
効率の面では非効率的な防ぎ方。先に動いたレフィオーレの横薙ぎを、リシャは再び同じ動きで返す。防がれたレフィオーレは退いて反撃の構え。リシャから突き出された鋭い突きを、彼女がそうしたように剣先に突きを当てる事で防いでみせた。
「互角……」
「いえ、これは……」
「まさに、ウォーミングアップですね」
後ろで見守るスィーハ、ルーフェ、チェミュナリアが言った。レフィオーレにとっては今のリシャの力を確かめるための動き。リシャにとっても、今の自分の力を確かめるための動き。同じ技で返すことで、しまぱん勇者と同等に渡り合えることを証明する。
「さて、そろそろ本気で来てもいいよ?」
「本気……うん、行くよ!」
レフィオーレの言葉に、リシャは言葉と剣で返す。
鋭い突きの連続。レフィオーレは剣を下ろしたまま最小限の動きでそれらを全て回避し、一瞬の隙をついてリシャのソードレイピアを弾き上げる。
リシャの喉元を狙って放たれるレフィオーレの剣。リシャは素早く飛び退いて回避。
「っ……さすがだね」
感心するリシャを、レフィオーレは追撃しない。突き出したソードレイピアをゆっくりと戻して、ただ彼女を見つめるだけだ。
「当たり前だよ。リシャ、本気はまだ?」
「ほ、本気だよ?」
リシャの動きは、確かに以前に精霊神殿の広間で復活したときより鋭い。しかし、動きは単調で、一気に勝負を決めようと焦っているようにも感じられた。精霊の力と二枚のしましまぱんつから引き出す力――いくら基礎的な力が高くとも、わかりやすい攻撃。今のレフィオーレならいなすのも造作ないことだ。
「これが、私のままで出せる全力だから」
レフィオーレを見つめ返すリシャの目は澄んでいて、彼女が嘘を言っていないのはレフィオーレにも、後ろで見守る三人にも伝わる。しかし、剣を交えたレフィオーレには、リシャが力を抑えていることがはっきりとわかっていた。
スィーハ、ルーフェ、チェミュナリアの三人も、薄々感付いていたが、確信を持ったのはレフィオーレがそれを口にしてからだった。
「そのままで勝てば、色々説得できるから?」
「うん」
「でも、わかるでしょ? 力を抑えたままじゃあなたは私に勝てない」
私たちではなく、私に。今のリシャでは自分一人にさえも勝てないことを、レフィオーレははっきりと告げた。
「けど、そうしたら……」
「安心して、リシャ。私たちは必ず勝って、世界の危機を――フィルマリィを止める。それだけじゃない。リシャのことも救ってみせる」
「準備は万端、ということですか」
今まで微笑んで見守るだけだったフィルマリィが口を開いた。
「リシャ、そろそろ見せるべきではないですか? 精霊の力と二枚のしましまぱんつ。その全てを融合した力を。あなたがどうしても拒否するのであれば……」
フィルマリィはリシャに向けて手を伸ばし、手のひらに精霊の力を溜める。その気になれば強制的に真の力を発揮させることができる。それを示す動きだった。
「うん。わかった。信じるからね、レフィオーレ。それに、スィーハ、ルーフェ、チェミュナリア。私の意識が戻ったとき、みんなの無事な姿を見せてね」
リシャの体が眩く輝き、光がしまぱん勇者たちの視界を覆う。白く染まった世界は一瞬で消えて、レフィオーレたちの前に現れたのは二人のリシャだった。
「分身!」
「にしては、完璧すぎますね」
驚くスィーハに、チェミュナリアが苦笑いを浮かべる。
「本気でとは言ったけど、これはちょっと予想外かな」
「ですが、二枚のぱんつを重ねばきするより、こちらの方が自然かと」
レフィオーレも同じく苦笑し、彼女の言葉にルーフェは真面目に答えた。
「これが今のリシャの真の力です。さあ、始めましょうか。これからが本番ですよ?」
フィルマリィはしまぱん勇者たちを分断するように、中心に向けて精霊の力を放つ。そこに二人のリシャが別々に追撃し、レフィオーレたちは二人ずつに分けられてしまった。
レフィオーレとルーフェ。スィーハとチェミュナリア。リシャは大きく、それでいて隙のない動きで彼女たちを追い立てて、フィルマリィは精霊の力で援護する。追い立てる先は、東のアルシィアを祀る神殿と、西のミリィエリを祀る神殿。
「私はしばらく北で様子を見ているとしましょう。早めに来てくださいね」
フィルマリィは空高く浮上し、南の自らを祀る神殿を飛び越えて、北のピスキィを祀る神殿へと飛んでいった。完全に分断されて、リシャの追撃を受けるレフィオーレたちがそれを追うことはできなかった。
四つの神殿で、四人の精霊を祀る精霊神殿。その東、アルシィアを祀る神殿の前で、レフィオーレとルーフェは意識のないリシャと対峙していた。光の薄い瞳で二人を見つめ、無意識で融合された力を揮うリシャ。
先ほどまではフィルマリィの援護もあったので防戦一方だったが、彼女がいなくなれば話は別だ。といっても、二人で相手をするには厳しい相手であることに変わりはない。
「二対一。数的には優位だけど……」
「全力で、というわけにはいきませんね」
この戦いのあとには、無傷のフィルマリィも控えている。回復する時間を稼いだとしても、レフィオーレたちの回復速度より、精霊の力も融合されているリシャの回復速度の方が上。
「ここは私に。くだものぱんつの力で一気に終わらせます」
「任せるよ。援護はどうする?」
「退路を塞いでもらえれば」
「了解」
ルーフェが一歩前に出て槍を構え、レフィオーレはソードレイピアを鞘に収める。近衛騎士の少女がはいているのは、リクリヤから受け取ったくだものぱんつ。真ん中にれもんといちごが一個ずつ描かれた、特殊なぱんつだ。
このぱんつの力を完全に引き出して戦うのは初めてのこと。使わなかったのではなく、使う必要がなかったから。純粋な攻撃に特化したれもんぱんつと、攻撃速度に特化し一撃離脱を得意とするいちごぱんつ――その二つの力を兼ね揃えたのが、れもんといちごのツインぱんつ。
しかし、その力は引き出すだけで綺麗に融合されるわけではない。ルーフェは二つの力をその身に感じながら、調整の難しさを改めて実感する。
ぱんつの力を完全に引き出せるしまぱん勇者の仲間でさえ、扱いの難しいぱんつ。数多の武器を使いこなすルーフェであっても、このぱんつの力を活かして、複数の武器を使い分けることはまだできていなかった。扱えるのは槍のみとなるが、相手が一人で、真っ向勝負となれば何も問題はない。
「リース・シャネア国が近衛騎士、エラントル・ルーフェ――参ります!」
槍を前に大きく踏み出すルーフェに、リシャは言葉の代わりにソードレイピアを低く構えることで応える。
一瞬で距離を詰めての、高速かつ強力な一撃。直線的な攻撃に、リシャは身をかわして反撃を狙う。しかし、それより先にルーフェは動いていた。
突進の勢いを程々に殺し、横に跳んで再びリシャに向けて槍を正面に構える。
リシャは視線だけを向けて、ルーフェを追わない。ルーフェもすぐに攻撃を仕掛けずに、構えた姿勢のままじっとリシャを見つめていた。
万能のしましまぱんつに、精霊の力も加わったリシャ。精霊の力から予想される攻撃をルーフェは警戒していた。
「そこ」
そしてその予想は的中した。リシャはソードレイピアをルーフェに向けて、その先端から細く短い光の筋を放つ。ルーフェは回避はせずに、槍を振ってその光を弾く。
ピスキィやフィルマリィ――ルーフェの見た精霊本人が使う精霊の力に比べれは、遥かに威力の劣る一撃。しかし速度は変わらず、牽制としての効果は高い。
ルーフェが再び槍を構えた頃には、リシャは彼女の目の前まで接近していた。
「ふっ」
ソードレイピアの鋭い突きが、素早く連続で放たれる。ルーフェはその全てを見切り、槍を使わずに回避する。当然、その間にソードレイピアを持たない左手に、精霊の力が溜まっていくのも見逃さない。
剣による攻撃が止むのと同時に、リシャの左手に溜まった光が爆発する。
「そこです!」
その爆発に、ルーフェはひるまず、逃げもせず、防御もせず、リシャ目がけて槍を突く。
「――あ」
目を見開いて攻撃を受け、吹き飛ばされるリシャ。同時にルーフェも、リシャの生み出した爆発により吹き飛ばされる。
距離が離れて体勢を立て直すのはルーフェの方が早かった。見た目こそ派手な爆発だったが威力はさほど大きくはない。リシャの狙いが、回避するにせよ防御するにせよ、隙を作ることだと見切ったルーフェの勝利だった。
攻撃に特化したくだものぱんつの力を受ければ、リシャといえども無傷では済まない。とはいえ、一撃だけで決着というには力不足。
倒れた姿勢から立ち上がったリシャは、飛び込んでくるルーフェの攻撃を最小の動きで回避して、ソードレイピアの的確な一撃でルーフェを牽制した。
そのまま距離をとって北へ向かおうとするリシャの前には、レフィオーレが立ちはだかる。
「行かせないよ、と言いたいところだけど……」
レフィオーレとリシャのソードレイピアがぶつかる。密着した状態で、細かく位置を変えながら続けられる二人の激しい攻防。
「行く気、ないよね?」
レフィオーレの言葉に、リシャは微かに笑みを浮かべた。ルーフェの高威力かつ高速、一撃必殺と一撃離脱の組み合わせは、一体一でこそ真価を発揮する。逆に言えば、味方がいる状況では存分に力を発揮することはできないことになる。
ルーフェの腕なら間違えてレフィオーレを攻撃することはないにせよ、レフィオーレがいるだけで常に攻撃の届かない方向が生まれる。
「ルーフェ!」
「お任せを」
しかし、それはあくまでもルーフェを中心とした場合の話。レフィオーレを中心に、援護をするだけなら死角があっても支障はない。
二人と戦いながら、リシャは再び左手に精霊の力を溜めていく。先ほどと同じくらいまで溜まってもリシャはそれを放たず、光は彼女の左腕を覆うほどにまでなっていた。あれだけの力を一気に放出されると、レフィオーレたちも無傷とはいかない。
くだものぱんつは攻撃に特化する分、防御力は低い。フィルマリィが控えている現状、先のように肉を切らせて骨を断つ攻めを繰り返すのは危険だ。
特大の光の爆発に、レフィオーレとルーフェは距離をとって回避する。連発も効かず、力の消費も大きく、簡単に回避される派手な一撃。その狙いがどこにあるのか、しまぱん勇者とその仲間も当然気付いていた。
光が消えるのも待たず、リシャは北西――北のピスキィを祀る神殿へと駆け出していた。狙いはフィルマリィとの合流。レフィオーレとルーフェは顔を見合わせて頷き、並んで彼女を追いかけていった。
西のミリィエリを祀る神殿。スィーハとチェミュナリアはリシャの追撃を難なく回避し、無事に神殿に到着していた。回避と防御の、ふりるぱんつとしろぱんつ。フィルマリィの援護があろうとも、撤退戦なら気楽なものである。
しかし問題はこれから。しまぱん勇者と同等、もしくはそれ以上の力を持つリシャに、いかにして攻撃を通すか。
遺跡についてから、リシャはチェミュナリアにソードレイピアで攻撃を仕掛けつつ、スィーハには左手に溜めた精霊の力を細かく放出することで攻撃していた。当然、防御に徹するチェミュナリアに攻撃は通らないし、スィーハに攻撃が当たることもない。
だが、二人には反撃の手段もない。
チェミュナリアのしろぱんつについた赤りぼんの力で武器を破壊しようにも、精霊の力とぱんつの力を受けた剣には通じない。
スィーハが回避しつつ相手の勢いを利用しようにも、精霊の力という飛び道具に対してはどうしようもない。
二対一。回復力の差は埋められるかもしれないが、いつまでも膠着状態というわけにはいかない。相手は目の前にいるリシャだけではない。分身したもう一人のリシャに、精霊フィルマリィもいるのだから。
「スィーハ、それを反射する手はないのですか?」
「あったら使ってるよ。チェミュナリアこそ、何かないの?」
「あるなら私も使っています」
リシャの飛び道具が矢のように実体のあるものなら、スィーハにも反撃の手はあった。しかし精霊の力に実体はない。掴んで消すことはできても、投げ返すことは不可能だ。
そしてまた、二人が苦戦する理由は他にもあった。ここまで旅をしてきた中で、スィーハとチェミュナリアという組み合わせで強敵と戦うのは今回が初めて。双方の特性はわかっていても、どうすれば互いの力を活かせるのかはわからなかった。
「どうにかこっちに誘導できない?」
「猪突猛進な相手とは思えませんが……やってみましょう」
チェミュナリアは攻撃を受けながら、スィーハとの距離を詰めていく。スィーハも回避しながら接近し、チェミュナリアとの合流を図る。
精霊の力とぱんつの力を融合して生まれたリシャ。精霊の力も使えるが、精霊と同じ体ではないから、攻撃を与えれば手応えもある。距離を取ろうとするリシャには、チェミュナリアが杖を伸ばして壁とする。硬い壁にぶつかる衝撃をその身に受ければ、僅かながらも動きが止まり隙ができる。
その隙にスィーハは大きく接近し、リシャの目の前に飛び込む。左手から放たれる大きな精霊の力を屈んで回避し、低い姿勢のままリシャの懐へ。
「そこだよ!」
リシャの右腕を掴み、スィーハは後方に投げ飛ばす。しかしリシャは力を抜いていて、勢いがない。投げ飛ばされたリシャは空中で体勢を整えて、華麗に地面に着地した。ソードレイピアで攻撃していれば地面に叩きつけられただろうが、相手は冷静かつ沈着。
「っと」
素早く精霊の力を放出して牽制するリシャ。スィーハは振り返らずに気配だけでそれを回避しながら、やっぱりこの程度では攻撃を誘えないことを理解する。
どうにかして攻撃を誘えないかなと考えてみるが、思いつかない。二人の攻撃で唯一有効と思われる攻撃を当てるには、リシャのソードレイピアの一撃をスィーハが受ける必要がある。そして倒れたところにチェミュナリアが防御の力を上から展開し、押さえつける。それだけで決まるとも思えないが、少なくとも主導権を握ることはできるはず。
スィーハを無視して再び接近し、攻撃を仕掛けてくるリシャの剣を受けながら、チェミュナリアも攻撃を誘う方法を考えていた。冷静さを失わせる何か。怒り、は今のリシャには通じるとは思えない。他にあるとすれば、羞恥。
「……ふう」
「何か思いついたの?」
「そう、ですね。思いついたというより、思い出したといったところですが」
スィーハは小首を傾げながらも、手があるならとチェミュナリアに任せることにする。
「準備は必要?」
「少々、心の準備が。――できました」
心の準備にかかったのはほんの数秒。そしてもうひとつ、スィーハにも告げる必要がある。
「スィーハ、これから私が何をしても、驚かずにすぐに行動してくださいね? おそらくチャンスは一度きり。二度はないでしょう」
「うん。任せてよ!」
チェミュナリアは微笑んで、先ほどと同じようにリシャを誘導する。最後にやることは違っても、二人が合流するところまでは同じ。ここで警戒されてはおしまいだが、反撃が怖くないリシャはあっさりと誘導されてくれた。
今度は距離をとらずに、チェミュナリアを攻撃しながらスィーハを待つリシャ。スィーハも今ならいつでも接近できるが、動くのはチェミュナリアが策を実行してからだ。
「やっ!」
しばらくしてやや焦れたのか、スィーハに狙われない程度の鋭い突きを放つリシャ。チェミュナリアは杖を下ろしてそれを回避し、リシャに接近する。防御と違って得意ではない回避。待っていた隙は思ったよりも早く訪れた。
半身になってチェミュナリアは杖を右手から左手――リシャのいる方とは反対側へ。リシャが武器を戻しながらも、脅威でないと判断してか動きが鈍っているところに、チェミュナリアは右手をリシャに向けて伸ばす。
「……んっ」
伸ばした手はリシャの左胸に。服の上から小さな胸にそっと触れて、優しく撫でるようにに揉んでみる。
「な、なに……して」
「スィーハ!」
思わず出たようなリシャの声を聞いて、チェミュナリアはもう一人の名を呼ぶ。スィーハは呼ばれるより早く動いていて、リシャに接近していた。
「このっ!」
なおも胸を揉み続けるチェミュナリアに、リシャは左手に溜めた精霊の力を放つ。チェミュナリアが杖を盾にしてそれを受けたところに、全力で放たれるはソードレイピアの突き。
「待ってました」
それを受けたのはチェミュナリアではなく、接近していたスィーハだった。リシャが驚いた顔を見せたときには、彼女の体は宙に浮いていた。自身の勢いを利用された反撃に受け身をとることも叶わず、地面に叩きつけられるリシャ。
素早く接近したチェミュナリアが杖を伸ばし、防御の力を展開させてリシャが立ち上がるのを封じる。
「上手くいきましたね」
「うん。でも、まさかチェミュナリアがあんなことするなんてね」
「不本意ですが、お返しです」
「……私はしつこく揉んでないんだけど」
「両胸ではなく左胸だけなのですから、時間は同じです」
リシャがチェミュナリアの胸を揉んだのはピスリカル森林でのこと。その場にいなかったスィーハは会話についていけなかったが、その理由は他にもあった。
会話の間にリシャは精霊の力を溜めて、爆発によって防御を破る。そしてその光が消える前に、北東――フィルマリィの待つピスキィを祀る神殿へと駆け出していた。
「ねえ、チェミュナリア」
「ええ。わかっていますよ」
意識もなく、掛け声くらいしか口にしなかったリシャが、はっきりと会話をした。その変化が意味するところは今の二人にはわからなかったが、とにかく今は追いかけることが優先と考えて、彼女たちも北東へと駆けていった。
「レフィオーレ、無事!」
「うん。スィーハこそ、大丈夫?」
「ボクはこの通りさ」
スィーハは胸を張って、自身が無傷であることを証明する。北のピスキィを祀る神殿で、合流したしまぱん勇者とその仲間は、まずは互いの無事を確かめ合った。
「あなた方も無傷、ですか」
「そのようですね。手加減、それとも……」
チェミュナリアとルーフェは神殿を見つめる。神殿の大きな門扉の前にはフィルマリィがいて、二人のリシャは彼女の横を抜けて扉を開け、神殿の中に入っていた。
「完全な融合への時間稼ぎ、ですよ」
しまぱん勇者たちの疑問に精霊は答える。
「リシャとして旅をした記憶。その記憶の中の仲間。あなた方と接することで、リシャはリシャとしての意識を確固たるものとするのです」
「それじゃあ、中でその融合の真っ最中ってところかな?」
「ええ。邪魔されたら私たちの負けですね。でも、通しませんよ? いくらあなた方でも、守りに徹した精霊一人をすぐに突破することはできないでしょう」
「それもそうだね。待とうか、みんな」
全力で挑めば一人くらいは抜けられるかもしれないが、隙ができていたとしても、追撃を避けながらリシャを一気に倒すのは一人では難しい。攻撃に特化したルーフェであればあるいはといったところだが、素早い突破にはルーフェの特化した攻撃が必要。
レフィオーレの言葉にスィーハ、ルーフェ、チェミュナリアの三人は頷き、フィルマリィの言う完全な融合とやらが完了するのを待つことにした。
微笑むフィルマリィに見つめられながら、しまぱん勇者たちが待って数分。門扉を開けて出てきたリシャは一人だった。扉の奥にももう一人の姿はない。だが融合という言葉から予想はしていたことで、レフィオーレたちは一瞬たりとも驚くことはなかった。
「リシャ、調子はどうですか?」
フィルマリィの問いに、リシャは笑うだけで言葉は返さない。
「良好のようですね」
それだけを見てフィルマリィは結論付けた。リシャを生み出す方法を考えたのは、精霊フィルマリィ。彼女にしかわからない何かがあるのだろうと、レフィオーレたちは推定する。
ソードレイピアを下ろしたまま、ゆっくりとレフィオーレたちの前に歩いていくリシャ。無防備のようでいて、どんな攻撃にもすぐに対応できる隙のない構え。四人の連係なら回避が精一杯で反撃は難しいようにも見えるが、それはあくまでもこれまでの基準で考えた場合。
精霊の力とぱんつの力の真なる融合。それがどれほどの力を持つのか。
リシャが軽く地面を蹴る。レフィオーレたちがそれに気付いた瞬間には、既にリシャは彼女たちの目前まで迫っていた。
「させません!」
いつでも動けるようにしていたチェミュナリアが防御の構えをとる。杖の先から展開されるしろぱんつの防御の力。リシャはそれに対して真っ向からぶつかっていった。
「これは……くっ」
微笑みながら放たれる、単純なソードレイピアの突き。たったそれだけでチェミュナリアの守りは貫かれ、反動で彼女の体は大きく後退した。
「はっ!」
攻撃で動きの止まったリシャに、ルーフェが渾身の一撃を放つ。
リシャは流し目でルーフェを捉えると、左手に精霊の力を流して、淡く輝くその手で槍を受け止める。ルーフェの槍は勢いを失う。振り向きざまに放たれるソードレイピアを見て、ルーフェは素早く飛び退いた。
「今度はボクだよ!」
入れ替わりに現れたスィーハが剣を紙一重でかわして、剣を握る右腕を掴んで投げ飛ばす。チェミュナリアの守りを破るほどの威力と勢いを利用しての反撃。
リシャの体が地面にぶつかりそうになり、これならとスィーハが思った瞬間。リシャは左手に一瞬で精霊の力を溜めて、地面に向けて放つことで衝突を防いでみせた。そのまま空中で放出し続けて反動でバランスをとり、何事もなかったかのように着地。
「私が最後だね」
着地したところにすかさず攻撃を加えるレフィオーレ。背後からの鋭い連続突きを、リシャは振り返りもせずに最小の動きで回避し、大きく溜めた精霊の力を爆発させてレフィオーレを退かせる。
光が薄れるより早く、リシャはレフィオーレを追撃。彼女と同じように、彼女よりも鋭く速い連続突きを放つ。放たれたレフィオーレは防戦一方になるしかなく、反撃の隙はない。
しばらくして、ふっと笑みを見せるリシャ。ソードレイピアを鞘に収めて、素早いステップで後方で待つフィルマリィの傍らへと戻っていった。
「上出来です、リシャ。一対一なら圧倒的ですね」
フィルマリィの言葉に、リシャは小さく頷いた。
「四人の連係を私が封じれば、私たちの勝利は揺るがない。簡単ですね」
フィルマリィは穏やかに空へと舞い上がり、ピスキィを祀る神殿の上に立つ。精霊の力をレフィオーレたちの間に放ち、四人の合流を牽制する。
「これは、想像以上の強敵だね。でも、それでこそ燃えるよね」
「言うと思ったよ。当然、ボクも付き合うからね」
レフィオーレの隣に並んで、スィーハは胸を張る。
「今回は、あまり無茶はしないでくれると嬉しいのですが」
「無茶しないで勝てる相手なら、そうしたいね」
ため息混じりに言うチェミュナリアに、レフィオーレは苦笑を返す。
「無茶でしたら、私も可能な限りお手伝いをします。フィオネスト様のためにも」
「うん、お願い」
改めて決意を表明するルーフェには、レフィオーレも改めてお願いをする。
しまぱん勇者とその仲間は、圧倒的な力を見せられて、明らかに不利な状況でも、弱気になることはない。動揺することもなく、見せるのは自信のみ。
「降参はしないのですね」
「リシャと約束したからね。あなたを止めて、リシャを救うって」
「わかりました。でしたら、私も全力で戦いましょう。あまり運動は好きではないのですが、手加減して負けるわけにはいきませんからね」
「何のために?」
「もちろん、研究のためにです」
笑顔で口にしたフィルマリィの答えに、レフィオーレも笑顔で返す。しまぱん勇者たちと同じく、精霊フィルマリィも普段と同じ。特に力に溺れている様子はないから、世界の危機としての危機感は伝わってこない。
真の危機とはそういうものなのかもしれないし、もしかすると他にあるのかもしれない。でも今のレフィオーレたちには、そんなことを詳しく考える時間も必要もなかった。
世界の危機が去ったかどうか。そんなのは決着をつけてから、フィオネストに尋ねればわかることなのだから。
フィルマリィから連続して放たれる精霊の力を、レフィオーレたちは散開して回避する。リシャもその場から動かずに、時折精霊の力を飛ばして、フィルマリィの援護をする。分断を目的としたフィルマリィと違い、直撃を狙った一撃。
激しい攻撃ではあるが、回避を得意とするスィーハと、防御を得意とするチェミュナリアにとって、脅威とはならない。レフィオーレとルーフェにとっては厄介な攻撃だが、距離が離れている間はまだ安全だ。
フィルマリィの攻撃がやや緩んだのを見て、レフィオーレとルーフェが接近を試みる。それに対し、フィルマリィとリシャはレフィオーレに攻撃を集中する。
スィーハとチェミュナリアが接近するにはまだ遠い。レフィオーレは柱の影に隠れて攻撃をしのぐ。その柱を目がけて、リシャは精霊の力を放った。
「っと。危ないなあ」
レフィオーレは衝撃で崩れる柱を回避する。精霊神殿は精霊の力が残っているとはいえ、ピスキィがこの神殿にいたのは遥か昔のこと。普通の石材よりはちょっと丈夫な程度で、ぱんつの力や精霊の力が直撃すれば簡単に破壊されてしまう。
しかし、時間稼ぎとしては十分。しまぱん勇者たちは一定の距離を保ちつつ、並んでリシャに接近する。
ここまで接近すればリシャも精霊の力で援護する余裕はない。フィルマリィの攻撃をかいくぐりながら、レフィオーレとルーフェがタイミングを合わせて攻撃を仕掛ける。
右から接近するルーフェにはソードレイピアを、左から接近するレフィオーレには精霊の力を小さく炸裂させて、リシャは攻撃を防ぐ。
「これくらい!」
「お任せを」
爆発に構わず攻撃を続けるレフィオーレにリシャの視線が向いたところで、ルーフェは若干距離をとってから、再びリシャに接近する。今度は正面から、速度は先程よりも上。リシャの突きの届かない位置からの、全力の一撃。
ソードレイピアを振ってリシャは受けるが、ルーフェのくだものぱんつの力の前には、その程度の防御では足りない。一対一で防御に徹すれば圧倒できるリシャだが、隙ができればルーフェの攻撃は通る。
だが、それはリシャが動かなかった場合の話。ソードレイピアを弾かれたリシャは後方に退き、追撃をさせまいとフィルマリィが精霊の力を間に放つ。
リシャは開いたままの門扉を抜けて、ピスキィを祀る精霊神殿の中へ。レフィオーレたちもそれを追いかけて、十角形の柱の並ぶ大きな広間に入る。内装はフィルマリィを祀るそれと同じで、脆さはあるにせよ表面上は微かに残った精霊の力で綺麗なまま。
フィルマリィは追いかけてくることなく、リシャと四人が対峙する。援護を受けられない状況に追い込んだのか、何らかの作戦のために誘い込まれたのか。
「リシャは?」
「隠れてるみたいだね」
フィルマリィを引きつけるため、最後に入ったスィーハが、一番先に入ったレフィオーレに尋ねる。リシャは大広間の隅にある、一本の柱の影に隠れたままじっとしていた。
「接近しますか?」
「うーん……ちょっと考えさせて」
退路の少ないこの状況、四人でかかればリシャは逃げられない。しかし、姿を隠したリシャが精霊の力を溜めている可能性も高い。広間の隅でそれを一気に放出されれば、レフィオーレたちも直撃を避けられないだろう。
チェミュナリアが防いだとして、そこで分断。更にフィルマリィの追撃があれば、状況は一気にこちらに不利となる。
レフィオーレはそこまで考えて、ふとある可能性に気付いた。仮にリシャが大広間に入ってからずっと精霊の力を溜めていて、それを一気の放出したとしたら、どうなるか。精霊神殿の現状、柱に宿る精霊の力。
「ルーフェ、チェミュナリア。リシャを狙って! スィーハは……わかるよね?」
「了解しました」
「……あなたは。まあ、いいでしょう」
「よくわからないけど、わかったよ!」
リシャの狙いが何なのか、はっきり理解したのはレフィオーレ、ルーフェ、チェミュナリアの三人。スィーハはいまいち理解できていなかったが、レフィオーレの声で彼女が自分に何を望んでいるのかは完全に理解していた。
左右からリシャに接近するルーフェとチェミュナリア。リシャは僅かに体を柱から離して、精霊の力を一気に放出する。それは爆発ではなく、ルーフェやチェミュナリアを狙ったものでもない。大広間にある全ての柱を狙った、幾本もの光の筋として、それは放たれた。
柱が崩れ、屋根が落ちてくる。隙間からフィルマリィの姿が見え、彼女は微笑みながら精霊の力を放って援護射撃をしてきた。
落ちてくる屋根に構わずソードレイピアでルーフェとチェミュナリアを狙うリシャ。彼女の頭上に落ちてくるものは、全てフィルマリィが粉々に破壊する。
「いっけぇっ!」
そんな中、スィーハの掛け声が響いた。それと同時にレフィオーレが空を飛んでいく。全力の一撃をスィーハが受けて、勢いを増して投げ飛ばす。ソードレイピアを前に突き出したレフィオーレは、落下する石の屋根を砕きながらリシャに向かって飛んでいく。
剣の届かないところ、体にもそれは当たっているが、勢いは削がれないので気にしない。
「つくづく無茶が好きですね」
言いながら、チェミュナリアは防御の力を、フィルマリィの攻撃を受けることだけに集中させる。彼女の背中を守るのはルーフェ。といっても、ひたすらリシャに攻撃を仕掛けるだけ。フィルマリィの補助がなければ、条件は同じ。石の破片を避けながらでは、両者とも決定打を与えるには至らない。
「逃がしはしませんよ、リシャ」
ソードレイピアと槍がぶつかる。そこに、崩れる遺跡の中を突撃してきたレフィオーレが到着する。突進こそかわされたものの、再び放たれる防御を捨てた一突きは、リシャの体に直撃する。
咄嗟に精霊の力を爆発させて距離を取ろうとするリシャに、レフィオーレは迷わず追撃を仕掛ける。二本のソードレイピアがぶつかり合い、落ちてくる石はルーフェが破壊する。
「動き、鈍ってるよ?」
レフィオーレの言葉にリシャは微笑むだけ。あれほどの精霊の力を放出した直後とあっては、彼女も全力は出せない。精霊の力とぱんつの力の融合。それゆえにできた、僅かな弱点。
それでも二人の剣は互角。だが、勝負は一対一ではない。ルーフェは頭上の石を徹底的に砕き、スィーハも周辺の石を投げては自分たちが生き埋めになるのを防ぐ。フィルマリィの激しい攻撃もチェミュナリアの前には届かない。
危険がなくなったところで、槍と剣による攻撃を受けてはリシャも耐えられなかった。フィルマリィもチェミュナリアを避けて接近し援護をしようとするが、同じく自由になったスィーハが牽制しているので思うようにいはいかない。
「ルーフェ!」
「はっ!」
レフィオーレとリシャ。二人のソードレイピアが弾かれ合い、浮いたところにルーフェが槍の一撃を放つ。くだものぱんつの全力の一撃を受けたリシャはその場に崩れ落ち、膝をついてゆっくりと倒れた。
「まさか、こんな手が……」
フィルマリィは攻撃を止めて、ふわりと地上に降り立つ。
「レフィオーレ、大丈夫?」
「うん。凄く疲れた。もうほとんど力は残ってないや」
「私もです」
「ボクもだよ」
「あなた方、そんなに堂々と……」
リシャは倒したとはいえ、フィルマリィはまだ力を残している。それなのにぱんつの力が尽きかけていることを口にしたレフィオーレたちに、チェミュナリアは呆れた声を出す。
「チェミュナリアは大丈夫だよね?」
「当然です」
彼女にはこのあと、大事な役目が残っている。温存していたわけではないが、レフィオーレたちが力を使い切るのも覚悟で一気に決めてくれたおかげで、余力は十分だった。
「私がその気になれば逆転も可能というわけですね」
「する気があるなら、ね」
レフィオーレの答えに、フィルマリィは肩をすくめた。彼女の目的や性格から、この状況での追撃はないと読んでの行動。しまぱん勇者の予想は的中し、フィルマリィはこれ以上の戦闘は望まなかった。
「もっとも、あなた次第ではありますが」
「そうですね。少々時間、よろしいですね?」
チェミュナリアはアルシィアの力が込められた、黄緑りぼん装飾つきの白ぱんつにはきかえる。癒しや守りの力をリシャに与え、アルシィアの力でフィルマリィの力を中和する。
もしもこれが失敗したら、フィルマリィは戦闘の継続はせずとも、目的は継続する。この状況であれば、リシャを救出して離脱することも不可能ではない。
杖の先に宿るしろぱんつの力。チェミュナリアはリシャの体に、そっと杖を下ろす。触れた杖の先から癒しの力が流れ込み、リシャの体がぴくりと動く。チェミュナリアは力を流し続けて、ぱんつの力を使い切るまでそれを続けた。
数秒後、リシャは体を起こして、何事もなかったかのように目を覚ました。その場にいる全員を見回してから、彼女は満面の笑みを見せる。
「約束、ありがとう」
その一言で結果は聞くまでもなかった。
「さすが、しまぱん勇者だね」
「完敗ですね。それで、リシャ?」
「なに、フィルマリィ? あ、もう戦わないからね」
念を押すようにリシャが言った。フィルマリィは微笑みながら続きを口にする。
「調子はどうですか?」
「調子? ええと、どうだろう」
リシャはレイピアを振ってみて、左手に精霊の力を溜めてみせる。しかしその振りは格段に速いわけでもなく、精霊の力も少し溜めて小さな爆発が起こるだけだった。
「こんな感じかな」
「やはり、中和で力は落ちますか。そうなると、おそらく他のぱんつ同士の力も……互いの干渉を防ぎ、全ての力を融合するには課題は多いですね」
「うわ、諦めてないんだ。それどころか進んでる!」
「趣味ですから」
「そっかー」
続けて明らかに落ち込んだ声を出したのは、他ならぬしまぱん勇者レフィオーレだった。
「いつか一対一で勝ちたかったんだけど」
「レフィオーレも変わらないね」
相変わらず自分を高めることに貪欲なレフィオーレに、スィーハは笑って応えた。
「さて、私はここで研究を再開しますが、あなた方はどうしますか?」
「私としては、レフィオーレには一度リース・シャネア国に戻ってもらえると。フィオネスト様のことです、パーティの準備でもしておられることでしょう」
「そうだね。世界の危機がどうなったかも気になるし……あ、もちろんスィーハたちも一緒だよね?」
「はい。スィーハ、チェミュナリア――そして、リシャ。あなたも」
「えっと、私もいいのかな?」
戸惑うリシャに、チェミュナリアが言った。
「何を迷うのですか。ピスキィが無事だったのはあなたのおかげでもあるのです。あなたもしまぱん勇者の大事な仲間の一人ですよ」
「そうだよ。むしろ私の方がどきどきしてるんだからね」
「フィオネスト様が伝えられていますから、大丈夫ですよ」
リース・シャネア国はレフィオーレの生まれた国ではあるが、彼女は依然として記憶喪失のまま。不安や緊張があるのは当然だ。
「お姉さんからは僕が守るからね!」
そんな会話を続けながら、レフィオーレたちは一旦フィルマリィの神殿に戻り、一晩休んでからゆっくりとリース・シャネア国へ向かうことにした。
アルコットやリクリヤに挨拶をして、途中で見つけたシェーグティーナもリース・シャネア国へ誘うレフィオーレ。彼女はすぐに断ったが、レフィオーレの説得と、アルシィアの説得もあってか、渋々了解して同行することになったのだった。
大陸中部ではミリィとエリ、大陸北部ではピスキィやパロニス王国の女王、カルネ三十一世や騎士隊長のルマにも報告する。リース・シャネア国へは遠くなるが、人数が増えた以上それなりの船も必要となる。
パロニス王国から借りた船で、しまぱん勇者たちはリース・シャネア国へ。
北の海での船上や、リース・シャネア国についてからのパーティ。そこでは様々なことがあったのだが、それはまた別の話となる。
しかし一つだけ、この話の中で触れておくべきこともある。リース・シャネア国の姫、フィオネストが再び行った、予知の結果を。
――彼女の見た末来に、世界の危機が訪れるというものはなかった。
しまぱん勇者とその仲間の活躍により、世界の危機は去ったのである。
第三章 大陸南部精霊記 了
――第一部 精霊記編 完