しましまくだものしろふりる

第二章 大陸中部精霊記


 大陸の北部とそれ以南を隔てるピスシィア山脈。その山頂付近に、二人の少女の姿があった。北の海を越えた先の島国、リース・シャネア国の姫、レフィオーレ。北部の漁村フィーレット村、レーファの宿の一人娘、スィーハ。

 北部の旅を終えた二人は、そのままの足で山脈を越えようとしていた。常人なら相当苦労する険しい山脈を、レフィオーレとスィーハは軽い足取りで進んでいく。

 しましまぱんつとふりるぱんつの力を完全に引き出せる二人には、この程度の山脈はちょっとした坂道を登るのと変わらない。仮に足を踏み外したとしても、大きな怪我をすることもない。とはいえ、落ちたらまた登らないといけないのは変わらないので、油断は禁物だ。

 やがて先導するレフィオーレの淡い青の瞳に、今までと違う光景が映る。広がる青空に雲、眼下に広がる山脈。山頂からの光景に、今まで軽快に登っていた彼女の足が止まる。

 あとから来たスィーハも同じように足を止めて、瞳に映る光景に見とれていた。けれど、二人の目的はこの光景ではない。北部の者にとってはほぼ未知の土地である、山脈以南の土地へ向かうこと。それが二人の目的だ。

「行こうか、スィーハ」

「うん。日が暮れる前に越えないとね」

 一日で一気に越える予定のため、野宿をする用意はしていない。二人は互いに頷き合って、山脈を南に下っていく。その気になれば急いで下ることも可能だが、南に何があるのかわからない以上、体力を残しておくに越したことはない。

 そして、二人がピスシィア山脈を越えた頃には、空は夕暮れの赤に染まっていた。

「到着!」

「……さすがに、少し疲れたね」

 スィーハは大きく息を吐く。レフィオーレはまだ元気そうにしているが、彼女も疲れていないわけではないだろう。しかしながら、スィーハの薄い緑の髪も、レフィオーレの淡い青色の髪も汗などで乱れることなく、綺麗なままだ。

 スィーハの髪は短く、レフィオーレの髪は長く腰まで覆い隠している。岩などに触れて汚れる可能性がありながらも、これだけの山脈を越えて綺麗なままなのはぱんつの力のおかげだ。髪よりも汚れやすい服も全く汚れていないのがその証拠だ。

 そんな二人をじっと見つめる少女の姿があった。後ろを二つのリボンで結った長い髪は、夕日よりも濃い赤色。どこか神秘的な雰囲気を漂わせるその少女は、年齢によるものかレフィオーレやスィーハよりも背が高い。瞳は落ち着いたブラウンだが、つり目がちなので与える印象は強さと静けさが混ざり合っている。

「思ったよりも若いんだ」

 少女は呟いて、小さく笑みを浮かべる。そして、レフィオーレとスィーハの死角から飛び出した彼女は、二人からはっきり見える位置に立つ。

「うわっ! いきなり何?」

「さっきからずっと見てたけど、私たちに何か用?」

「さすがしまぱん勇者。気付いてたか」

 赤髪の少女がさっきまでいたのは二人が降りてきた山脈だ。スィーハも南の地には注意を払っていたが、降りるときにある程度見えていたこともあって、後方への警戒は薄れていた。

 少女は無言でレフィオーレを見つめる。そしてゆっくりと構えてから、言った。

「手合わせしてみない? あなたの強さを私に見せて欲しい」

「私は構わないけど、勝負になる?」

 レフィオーレにとって、強い相手と戦うのは望むところだ。だが、彼女はしましまぱんつの力を完全に引き出せる、しまぱん勇者。それに匹敵する力を持つのは、側にいるスィーハの他に、リース・シャネア国に戻ったエラントル・ルーフェ、精霊国で昔の活気を取り戻そうと奔走するピスキィ・ルィエール・チェミュナリア――同じくぱんつの力を完全に引き出せる三人。それか、かつて暴走した精霊のピスキィくらいのものだ。

 もちろん、レフィオーレも少女が普通の少女でないことはわかっている。出会った瞬間、力を見せていないのに彼女がしまぱん勇者であることを見抜いたのだ。ただ、自身に匹敵する力を持つ相手が思いつかない以上、尋ねるのは当然だ。

「勝算がないのに挑むほど私は馬鹿じゃない」

「そう。なら、本気でやらせてもらうよ!」

 少女の静かな一言に、レフィオーレはソードレイピアを抜いて構えた。けれどすぐに攻めるようなことはしない。勝負になるではなく、勝算があるとまで言い切ったのだ。それをはったりだと決めつけて、相手を見くびるようなことはしない。

 服装からも何かあるのは明らかである。二人も見たことのない、簡素ながらも独特な刺繍の施された服。特に珍しいのは下がスカートの類ではないことだ。二股に分かれた裾は膝下まで伸び、広い裾口は素足を目立たせる。女の子がぱんつの力を有効に活用する上で、素早くぱんつをはきかえられないのはデメリットこそあれメリットはない。慣れて早く脱げるとしても、直接はきかえられるスカートには及ばない。

 一般的なスラックスであればファッションを意識していると考えられなくもないが、それは普段戦う機会のない女の子にだけ当てはまることだ。

 そしてもうひとつ。少女の戦闘スタイルがわからないのも、レフィオーレがすぐに攻めない理由だ。少女は右足を前に半身に構えているが、左腰に携えた剣には手をかけていない。うかつに近づいたら予想外の攻撃をされかねないので、あらゆる可能性を考慮するのが先だった。

 少女から攻められても反撃できるように警戒していたため、やや時間はかかったものの、考慮を終えたレフィオーレは静かに足を進め、ある程度近づいたところで足を止めた。

 ここから一歩大きく踏み出せば、ソードレイピアの突きが届く距離だ。そこまで接近しても少女は微動だにせず、レフィオーレを見つめるだけ。リーチの差から反撃される心配はないと判断したレフィオーレは、少女に向かって鋭い一突きを放った。

 少女は横に小さく移動してそれを回避する。その回避した先に、再び突き。今度も少女は横に回避する。そしてもう一撃、レフィオーレは素早く剣を横に振る。

 それを予想していたかのように、少女は後ろに跳んでその一撃を回避する。レフィオーレもそれに合わせるかのように後ろに飛び退いて、一旦距離をとる。

「反撃、しないんだ」

 その気になれば少女に反撃するチャンスはいくらでもあった。レフィオーレの攻撃は素早いが、直線的で工夫はない。

「様子見の攻撃に反撃して勝っても、気分が悪いだけ」

「そう。それじゃ、今度はどう?」

 レフィオーレは素早く少女に接近し、足元を狙って突きを繰り返す。少女はその攻撃を横や後ろではなく、上に飛ぶことで回避した。空中にいる少女は無防備で、剣にも手をかけていない。

 ここで突きを放てば、避けられない。レフィオーレはそう判断し、力を込めた一撃を少女に向けて放つ。

 その攻撃を見て、少女は笑みを浮かべた。可愛らしさと美しさ、二つの印象を与える笑顔。元々整った顔立ちの少女がそんな笑みを浮かべると、今まで大きく表情を変えなかったのもあって、つい見とれてしまう。

 だからといって、攻撃の勢いが緩むわけではない。力を込めた一撃が、その程度で止まるわけがないのだ。しかし、レフィオーレのソードレイピアは少女の身体を貫くことはなかった。

 少女は反撃をしたわけでも、防御したわけでもない。空中で大きく姿勢を変えての回避。翼のない人間には到底不可能な芸当を、少女は笑顔を崩さず行った。

 着地した少女は隙だらけのレフィオーレの足を払う。力の乗った一撃で重心が前に移動しているため、バランスを大きく崩すのは避けられない。そのレフィオーレの身体を、少女は後ろから軽く押す。それだけでも今のレフィオーレを転ばせるには充分だ。

 倒れたレフィオーレが振り返るよりも早く、少女は抜いた剣でレフィオーレのスカートをめくり、水色と白の横じまのしましまぱんつに剣先を引っかける。しまぱんの力を完全に引き出せるレフィオーレに傷を付けるのは簡単ではない。だが、力の源であるぱんつを脱がしてしまえば話は別だ。

 力を引き出せるぱんつは破れないので、剣で脱がすには相応の技術が必要になるが、この体勢では反撃に転じるのは難しい。腰にぴったりとつけられた剣は、立ち上がるにしても横に転がるにしても大きな障害物となる。

「私の負け、か」

 レフィオーレの言葉で、勝敗は決した。

 直後に、スィーハが少女に体当たりをかます。背後からの唐突な襲撃に、少女はバランスを崩して剣を落としてしまう。

「こらー! 君はなんてことするのさ!」

 もちろん、スィーハもぱんつを脱がそうとした意味は理解している。けれど、ぱんつを脱がすという行為には当然別の意味も含まれるため、スィーハとしては黙ってはいられなかった。

「まあまあ。落ち着いて、スィーハ。彼女も本気で脱がそうとしたわけじゃないんだし」

 立ち上がったレフィオーレは乱れた衣服を軽く整えながら、親友の少女をなだめる。

「それはわかってるけど、でも、ちょっとずるいよ」

 スィーハは少女に視線を向けて、言葉を続ける。

「どうやってやったのかはわからないけど、あんなの普通は予想できないよ。空中で攻撃を避けるなんて。もう一度やったらレフィオーレは負けないよ」

 拾った剣を鞘に収めた少女は、スィーハの言葉に怒ることもなく、冷静に言葉を返す。

「ええ。確かに二度は通じない。もう一度やったら今回みたいに簡単に決着は付かないと思う。実戦形式でもないんだし、実戦ならなんてことも言わない。けれど、あなたたちは私のような動きを見るのは初めてじゃないはず。それなのにずるいと言われるのは心外」

 少女の言う通り、二人は彼女のような動きには見覚えがある。空中を自由自在に動き回った精霊、ピスキィの動きと少女の動きは似ている部分があった。

「じゃあ、そんな力が使える君は何者なのさ」

「それは私も気になるな」

「そう。でも、私はあなたたちの力を確かめたかっただけ。話すつもりはない」

 少女は笑顔を見せているが、口にしたのははっきりとした拒絶の言葉。瞳はどこか遠くを見ているようで、その雰囲気にレフィオーレとスィーハはこれ以上の追求はできなかった。

「わかった。けど、手合わせしたんだから名前くらいは教えてくれてもいいよね? 私はリース・シャネア・レフィオーレ」

「ボクは手合わせしてないけど……レーファ・スィーハだよ」

 少女は少し考える素振りを見せた後、呟くような声で口にした。

「アーリアスト・シェーグティーナ。よろしく、とは言わないけど」

「あ、ついでにもうひとつ教えて欲しいことがあるんだけど」

 レフィオーレが気になっていたことは、シェーグティーナが声をかけてきたときのことだ。山脈を軽々と越えてきたのを見れば、二人がぱんつの力を相当引き出しているのはわかる。けれど、はいているぱんつの種類まですぐにわかったのは、それでは説明がつかない。

 シェーグティーナは何かを隠しているので、特別な手段で知ることができたのかもしれないが、そうでないのなら答えを確かめたかった。

「それなら話してもいい。けど、答えは単純。下で待っていたからスカートの中も見えた。それで、しまぱんが見えたからしまぱん勇者に違いないと思った。これでいい?」

「ありがとう。シェーグティーナ」

 聞いてみれば単純なことで、冷静にあのときの状況を思い出せば気付くこともできたことだろう。その程度のことにちゃんと答えてくれたシェーグティーナに、レフィオーレは素直に感謝の言葉を述べた。

「……別に、感謝されるようなことはしてない」

 シェーグティーナはそっぽを向いてそう呟くと、別れの言葉も告げずに去ろうとする。それを呼び止めたのはスィーハだった。

「あ、ちょっと待ってよ! 君、南にはボクたちより詳しいよね?」

 そこまで聞いて、シェーグティーナは無言で南の方角を指差す。二人の行動と、今の時間を考えれば何を聞こうとしているのかは誰にでもわかることだ。

「ありがと、シェーグティーナ」

 再びの感謝の言葉に、今度は何も言わずに彼女は去っていった。歩いて行ったのは東の方角で、あちらに何があるのかは今の二人にはわからない。なので、二人はシェーグティーナに教えてもらった方角に向かうことにした。

 南にあるのは村か街か、それとも砦か何かかもしれないが、少なくともそこに宿があるのは間違いない。もちろん、シェーグティーナが嘘をついていなければ、という前提だが、彼女がこの状況で嘘をつくような者ではないことは、ほんの少し手合わせして会話しただけの二人にもしっかりと伝わっていた。

 二人が辿り着いた街の名は、コルトレド。大陸北部から山脈を抜けた旅人が最初に辿り着く街で、北部でいえばラーグリアと同じくらいの規模だ。レフィオーレとスィーハは、街の散策等は明日にして、まずは疲れた身体を休めるために宿に向かうことにした。

 お金を出したときに少々驚かれたが、それは険しい山脈を越えてきた北部の者だと知られたからに他ならない。通貨はデザインや材質などは違うものの、価値は大陸のどこでも大きく変わらないため、問題なく使用することができた。

 衣服なども宿までに出会った数人を見ると、確かに北との違いはあったが上衣にスカートという組み合わせは同じ。街を教えてくれた少女のような衣服を着た者は一人もいなかった。

 宿で休息をとった翌日。レフィオーレとスィーハは一緒に街を散策して情報を集めていた。それでわかったのは、山脈の南部にも多くの集落が存在すること。そして、ここは大陸中部にあたる場所だということだ。

 北の山脈――大陸中部ではピスシィア山脈とは呼ばれていない――の他に、南にも山脈があり、それを越えた先にも人が住んでいるという。

 南の山脈は北ほど険しくないため、山脈周辺ではそれなりに交易も行われているが、ここコルトレドやここより東、大陸中部最大の湖、ルトラデ湖の周辺に作られた街、コルトラディなどではそのようなことは行われていない。

 それには輸送が大変という理由の他に、大陸中部の者は信仰する精霊ミリィエリへの愛着から、土地を離れるのを好まないというのがある。大陸北部と違い、精霊が広く敬われていることに二人は驚いたが、土地も違えば不思議ではないので受け入れるのは簡単だった。

 もうひとつ、大陸南部の者も山脈の北に興味を持っていないことも大きな理由だが、その詳しい理由についてはコルトレドの住民は知らなかった。とはいえ、大陸中部を一通り見て回った後は、南部にも行くつもりなのでそのときに知っても遅くはない。

 情報を集めた後はコルトレドの観光だ。街の建物は木造でフィーレット村をずっと大きくしたようなものだが、海の近くにある村と山の近くにある街では食文化に大きな違いがある。

 もっとも、山から離れているため山菜がふんだんに使われた料理が出たわけではないが、北部ではあまり見られない料理ばかりなのは二人にとって新鮮だった。

 そうしているうちに日も暮れてきて、そろそろ宿に戻ろうとしていたところで、レフィオーレは小さな女の子に目が止まった。レフィオーレたちの半分くらいの歳の幼い少女が一人で街を歩いている。深い青色の長い髪が印象的な可愛らしい女の子で、着ているのはスカート丈の長いノースリーブの青いワンピース。

 親や兄弟の姿は近くにはなく、どこかへ向かう様子もなくただ街をうろついている。その様子を不思議に思ったレフィオーレが足を止めたのを見て、スィーハもその視線の先を追う。

「迷子かな?」

「かもね。どうする、って聞くまでもないか」

 スィーハが答えたのと、レフィオーレが幼い少女に駆け寄ったのはほぼ同時だった。

「どうしたの?」

 声をかけられた少女は、じっとレフィオーレを見つめる。その深海色の瞳に警戒の色はないが、僅かに驚いているようには感じられる。突然声をかけられたからにしては驚いている時間が長い気もするが、レフィオーレは一旦忘れて次の質問を口にした。

「迷子?」

 ふるふると首を横に振る少女。それから無言の時間が続いたが、スィーハが二人の元に着いたところで少女が口を開く。

「双子の姉を探しています」

「人を探してるんだ」

 レフィオーレの言葉に、少女は曖昧に頷いた。

「手伝うんだよね、レフィオーレ?」

「もちろん。彼女がいいなら、だけどね」

「でも、この街にはいません」

「それじゃちょっと大変そうだね。でも私たちも色々と観光したいし、そのついでにあなたのお姉さんも探すってのはどうかな? 私たちより大陸中部には詳しいあなたが一緒にいれば私たちも助かるし」

 彼女が中部の住民だと確認したわけではないが、状況からそう判断するのが普通だ。少女はレフィオーレの提案に対し、考える素振りも見せずにすぐに頷いた。

「迷惑でなければ、お願いします」

「迷惑だったらこんなこと言わないよ」

「ボクも構わないよ。本音を言えば、レフィオーレと二人旅の方がいいんだけどね」

「ごめんね、スィーハ」

 レフィオーレとスィーハにとって、二人で旅をすることはずっと昔から決めていたことだ。色々あって旅の始まりが遅れて、二人で旅をしている期間はまだ短い。スィーハがそう思うのは当然のことだ。

 二人の了解が得られたところで、幼い少女は自身の名を口にする。

「セグナシア・ミリィです」

「私はリース・シャネア・レフィオーレ」

「レーファ・スィーハだよ。よろしくね」

 こくりと頷く少女。その少女の名前に、なんとなく聞き覚えがあった二人は尋ねる。

「ミリィって、ミリィエリからとったの?」

「はい」

 大陸中部で広く信仰されている、精霊ミリィエリ。その名を借りるのは中部では一般的なのか珍しいのか二人にはわからなかったが、二人は精霊の名をそのまま冠している友人を知っているので特に不思議に思うことはなかった。

 時間も遅いので話の続きは宿ですることにして、泊まっている宿に戻ろうとするスィーハにミリィが声をかける。

「スィーハさん。私、邪魔ならいつでもどこかへ行けますよ」

「邪魔って、何の話?」

 二人旅がいいと言ったことに対してではないのは明らかだ。スィーハはそれじゃあ他に何があるのかと考えてみるが、これといった答えが浮かんでこない。一応、それらしき答えがないこともないが、ミリィとはついさっき出会ったばかりだ。

「私、鋭いんです」

「そう、なんだ。うん、覚えておくよ」

 ミリィのその言葉で、スィーハは理解する。彼女がこの短時間で、スィーハがレフィオーレに抱いている気持ちに気付いたことを。もしかすると、ルーフェやチェミュナリアにも気付かれていたのかと思うが、スィーハ自身も露骨な態度に示していないことはわかっている。

 彼女がそういうのに特別鋭いだけと結論付けて、スィーハはそれ以上考えるのをやめる。今すぐ二人に確かめることはできないし、もし知っていたとしても、二人の様子からレフィオーレが気付くとは思えない。何年も一緒に暮らしている間、スィーハはずっとレフィオーレを想っていたが、彼女がそれに気付く様子は全然なかったのだから。

「スィーハ! ミリィ! どうしたのー?」

 二人が遅れていることに気付いたレフィオーレが声を張り上げる。

「すぐ行くよ!」

 スィーハはミリィの手をとって早足でレフィオーレを追いかける。ミリィは突然手を引かれたことにも動じることなく、引かれるままに足を動かしていた。

 翌日、三人は次の行き先をどこにするかを相談していた。

「人捜しならやっぱり大きな街がいいよね」

「そうだね。ミリィ、一番大きな街ってどこ?」

「ルトラデ湖の周りにあるコルトラディです。大きいだけではなく、ここではもっとも歴史のある街です」

 そこまで言って、ミリィは東を指差して場所を示す。じゃあそこに、とレフィオーレやスィーハが言うより早く、ミリィが言葉を続けた。

「コルトラディまでは一日では辿り着けません。馬車もありますが、北回りで向かうのがいいと思います」

 東西に行ったり来たりするのでは、それだけ余計に時間がかかる。ミリィの双子の姉を捜すのも目的のひとつだが、二人にとっては大陸中部を旅することも重要な目的だ。

 大陸中部で一番大きな街が次の目的地として相応しくないのなら、レフィオーレやスィーハがその提案を受け入れない理由はない。

「ここから北回りってことは、山脈を抜けたところから東、だよね」

 レフィオーレが呟く。その方角はちょうど、大陸中部に来て最初に出会った少女、アーリアスト・シェーグティーナが向かったところだ。

「一番近いのはローレステです。温泉宿ですから、長旅をしてきた二人にはちょうどいいと思います」

「温泉……」

 二人の声が同時に響く。温泉がどういうものかは二人とも知っているが、それは知識としてのものであって実際に見たことはない。大陸北部でも温泉の湧く場所はあるが、それを売りにして宿を営むほどの場所はなく訪れる機会もなかった。

 一応、北部で精霊国ピスキィに寄ったときに、「今はもてなしもできませんが、落ち着いたらまた来てください。精霊国の料理と温泉の質は北部において最高峰ですから」とチェミュナリアに言われたが、入ったわけでもなければ温泉を見たわけでもない。

「決定、ですね」

 レフィオーレとスィーハが想像をふくらませる様子を見て、ミリィが一言。当然二人に異論があるはずもなく、次の目的地は満場一致でローレステに決まった。


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