翌朝。旅館の部屋から見える、小さな庭の近くに俺たちは集まっていた。
輝く指輪を右手にはめたルクスが外にいて、残りのみんなが中で並ぶ形だ。指輪は以前に見たものと同じだけど、以前とは比べものにならないくらいの眩い光を放っている。
「ありがとうございます。みなさんのおかげで、指輪の力を取り戻せました」
ぺこりと小さく礼をする妖精さん。あれでよかったのかとちょっと心配だったけれど、無事に力は戻っていたようで何よりだ。
ルクスは右手を前にかざして、小さな声で何事かを呟く。日本語なのはわかるけど、早口だから何と言っているのかはわからない。けれど、呪文のようなものを詠唱しているのだろうなというのは、雰囲気から何となくわかる。
呪文を詠唱するルクスの前に、指輪から放たれた光が次第に集まっていき、詠唱を終えた頃には光の扉が形成されていた。妖精サイズの小さな扉だ。
「それで帰れるんだな?」
「はい。本当にみなさんのおかげです。近いうちにお礼をしたいと思うのですが、事情を説明したり扉の修理をしたりするので、あちらの時間で何年もかかると思います」
「こちらでは数か月、ということだな。礼を期待しているぞ、ルクス」
「私たちは特にいらないんだけどね」
「ん。おかげで葉一と仲良くなれた」
「むしろこちらがお礼をしたいくらいですね」
素直にお礼を期待する姫と、違った反応を示すのはすすき、雪奈、三葉の三人。お姉さんはにやにやと俺を見つめて言った。
「葉一くんはどうなの?」
「妖精のお礼がどんなものかは気になりますね」
そういうことを聞いているのではないとわかっていたけど、正直どうやって言葉にすればいいのかわからないから話を逸らす。お姉さんは「そっかー」と軽く口にしただけで、詳しく聞き出そうとすることはなかったけれど、表情はずっと楽しそうな笑顔のまま。
ルクスを見るとそんな俺たちの様子を笑って見ていた。けれど、どこか名残惜しいような笑顔に見えたのは、多分気のせいではないと思う。
「では、私はもう戻りますね。みなさん、お元気で」
俺たちが返事をするのを待って、ルクスはゆっくりと光の扉を開けて中に入っていく。ルクスの体はだんだんと光に包まれていき、一際強い光とともに扉が揺らめいたかと思うと、光はいつの間にか消えていて、そこにルクスの姿はなかった。
何となく姫を見ると、彼女は大きく頷いてみせた。迷子の妖精さんは無事に自分の世界へと帰ることができたらしい。
「これで終わりだな」
密室ブルマ盗難事件に端を発した出来事はすべて解決。あとは温泉宿でゆったりとした時間を過ごすだけ。そう思ってそんなことを言ったら、返ってきたのは意外な声だった。
「貴様にとってはこれからだと思うがな」
「そうだよね。本番はこれからだよ葉一くん!」
姫とお姉さんが励ますようなことを言う。何のことかよくわからない。
「三泊四日。旅行はまだ終わってないよ。せっかくだからもっと愛を深めたいなー」
「やるべきことはやり終えました。もう制限はありません」
「今日は昨日よりも凄いことができる」
すすきに三葉、雪奈が俺を取り囲む。それを遠巻きに眺める姫とお姉さん。ここでようやく俺は二人の励ましの意味を理解する。
今日は三泊四日の三日目。空は雲一つなく青く澄み渡っていて、暖かい空気は春を感じさせる。俺が静かに休めるのはもう少し先になりそうだった。