私たちの目の前に、警備ロボットが現れた!
「オウ! ラークです! トリカエシます!」
「リアネラさん、無茶は……」
三神さんの制止を振り切って、リアネラさんはラークに飛びかかる。私から見ても無謀な行動に見えたけれど、俊敏に動くラークはリアネラさんを捉えられない。決してリアネラさんの動きがそれより速いわけじゃないのに、不思議な光景だ。
エリアを移動する途中、橋の上で待ち構えていた警備ロボットのラーク。私たちが侵入者や脱走者なら、絶望的な状況だね。強引に突破するのも、逃げるのも大変そう。
「……ほう。さすが、よく理解しているみたいだね」
「自分が操縦するものだから、弱点もよく理解してる?」
「ああ。死角があるとは思えないが……」
そんな死角があるのなら、警備ロボットとして役立たずだ。
「まだ、上手く操れてない?」
「私の推理と一致するね」
だからこそリアネラさんが、互角以上に渡り合えている。けれど、取り返すという目的はどうやら達成できる見込みはなさそうだった。相手の動きを見切って、的確に接近することはできても、女の子のリアネラさんと警備ロボットのラークでは、出せる力が違う。
「ムウ! ヒナリ・ミカミ! リアネラが抑えてイル間に、突撃デース! このママジャ、手がかりもサガセマセーン!」
「了解だ。比奈理さん!」
「うん。って、速っ! 待ってよー」
三神さんの足はとても速かった。ベースを持った私には、ううん、ベースを持っていなくても私には追いつけない。そしてその差を、ラークは見逃さなかった。
「ア! ヒナリー!」
「……え? あ、きゃっ!」
リアネラさんの横をすり抜けて、ラークは私に向かって突進してきた。そしてどこからか出したアームみたいなもので私の体を掴んで、浮き上がる。
空を飛んでいる。
私を捕まえたまま、ラークは橋の上、手すりを軽々と乗り越えて空を飛ぶ。眼下には川があって、あそこに落とされたら私の大事なベースが壊れちゃうかもしれない。
「これ、人質ってやつかなー」
さすが警備ロボット。傷付けるようなことはしないみたいけど、少し怖い。大事なベースが一緒じゃなかったら、ここまで呑気に落ち着いてはいられない。けど、守らなきゃ。私の腕と私のベースは、私の命そのものなのだ。
「私、水苦手だから、川には落ちないでもらえると助かります!」
といっても、今の私にできることはこれくらいしかない。三神さんとリアネラさんの姿は遠くにあって、空中にいるラークをどうにかする手段は二人とも持っていないと思う。
ラークは警備ロボットで、操縦していたリアネラさんは操縦してなくて、この言葉が届くのかどうかわからないけど、やるだけやってみよう。正体不明の相手イコール言葉の通じない相手、とは限らないから。
その結果なのか、元々の予定なのか、ともかくラークは川の上をしばらく飛行してから、右側へ緩やかに移動して、着陸した。私の体は、依然として掴まれたまま。
「離してもらえると嬉しいんだけど……」
今度の声には、反応らしきものは全く返ってこなかった。
攫われた比奈理さんがどこまで連れ去られたのか、地図を見て目星をつける。ラークが飛んでいったのは川の上流方向。そこから左右のどちらに着陸したかによって、あるいはそのまま堀も飛び越えて逃げた可能性はないだろうか。
その可能性は情報が足りないから、今は無視しよう。そもそもこの土地の外へ逃げられたとしたら、私には対処不能な事態である。探偵に逃げる戦闘機は落とせない。
しかし地図を見た限りでは、私の足で調べられる範囲にも限界がある。移動カードの制限が解除されても、川を飛び越え、山を乗り越えられる相手を追いかけるには、より有力な手がかりが必要だ。
「リアネラさん。梓葉さんに連絡はとれるかい?」
「イエス! アズハと一緒なら、ヒナリをタスケルのも簡単デース」
「いや、目的は救出ではないよ。それよりこの原因を調べて、根本を断つのさ。あの霊は確実に成長している。あるいは、少しずつ目を覚ましているとも言えるね」
「ヒナリ、大丈夫デスカ?」
「君は、力尽くでラークを止められるのかな? 私の知らない手段でそれが可能なら、追いかけることに全力を尽くしますよ」
「ムリですねー。わかりマシター! アズハに連絡しマース」
歩き出したリアネラさんは、どこかを目指してまっすぐ歩く。その先にあったのは腰ほどの高さの小さな台。彼女は手帳端末を取り出して、そっと端末をその上に乗せる。
「ふむ。連絡用の台があるとは聞いていないね」
「これは特別デース。ここをチョットいじれば……あ、繋がりマシたー!」
その台から梓葉さんの声が聞こえてくる。事情を説明するリアネラさんを視界の端に入れながら、私は手帳端末を開いて情報を確認する。どうやら『端末』の攻撃カード2で使用する特定の場所が、あの細長く小さな台のようだ。
全てのカードの情報が開示されたのは既に確認していたが、推理には不要と目は通していなかった。もしかすると、ゲームの中に何らかの手がかりが残っているかもしれない。
「梓葉さん。この土地の設備は、全て君が設計し、建設したもので間違いないですね?」
事情が伝わったところで、合流するには遠い彼女に音声だけで質問する。
「はい。この土地には、ほとんど何もなかったものですから」
「では、元からこの地にあったものもあるのですね? 再利用したものもありますか?」
「それなら、封鎖ルームがありますわ。各エリアに一つずつしかないのですが、それ自体はこの土地に元々存在するものでして……」
「なるほど。では」
「ええ。今開示の処理が終わりましたわ」
開いたままの手帳端末を操作する。地図には封鎖ルームの場所が、六つの飾り印で表示されていた。各エリアに一個、場所はエリアの中心だったり端だったり、ばらばらだ。
「地下にあったので、そのまま利用したのですが……何かお役に立ちますか?」
「それは調べてみないとわかりませんね」
私は小さく肩をすくめてみせる。その姿は伝わらないけど、気持ちは伝わったみたい。
「お願いしますね。こちらは、少々面倒な相手がおりまして」
音声だけでも彼女が微笑んだこと、苦笑したことが伝わってくる。
「ユイイチやリョウカですねー」
「ええ。涼香さんはどうにかしないと……リアネラも、お願いします」
「了解デース!」
その言葉で音声は切れて、リアネラさんは手帳端末を手に戻した。
この手がかりが事件解決のきっかけとなるのかは、封鎖ルームを調べてみるまではわからない。まずはこのエリアの封鎖ルーム、ここから近い場所にあるそこを目指すとしよう。比奈理さんの安全も、いつまで保たれているのかわからないのだし。
警備ロボットに捕まっている私は、まるで危険な人。危険でもない人物を、普通なら警備ロボットは捕まえないのだ。
危険じゃないことを証明するにはどうすればいいか。まずは話し合い。
「ラーク――んー、中の人はなんて呼べばいいかな?」
そもそも人じゃないのだけど。幽霊さん?
「名前を教えて?」
ラークがちょっとだけ反応した気がした。でも答えは返ってこない。それもそうだ。ラークは警備ロボット。音を出す機能はついてるから、操縦者の声を伝えることはできるみたいだけど、操縦者がいない今は声の主がいない。
「じゃあ幽霊さん。私を離してくれたら、お返しに演奏してあげるよ!」
呼び名は仮として、幽霊さんに交渉する。亡霊とか怨霊とかでもいいけど、ちょっと怖いからやめておいた。
「ベーシスト椋比奈理、本気の演奏だよ。……普段からお金とってるわけじゃないけどさ」
お金という概念が通用するのかもわからない。けれど、私の武器はこれだけだ。彼か彼女か幽霊さんか、ラークの中の何かが興味を持ってくれれば、離してくれると期待して。
そのまましばらく時間が経過する。
一度着陸したラークはそのままじっとしていて、幽霊さんもずっと中にいる。そして時間が経って疲れたのか、私の交渉が功を奏したのか、私を掴んでいたアームみたいなものが開かれて、私は解放された。
早速約束通りベースの演奏を聴かせようかと思ったけど、どうやらラーク・アンド・幽霊さんは全く別の理由で私を解放したみたいだった。
音もなく空を動いて、近くの建物の陰に隠れようとするラーク。私は静かにその動きの真似をする。隠れた物陰から遠くを歩く一人の男の子を、姿が消えるまで眺めてみる。体は鍛えてるみたいだけど、楽器で鍛えられた体じゃなさそうだね。
「見つかりたくないの?」
答えはやっぱり返ってこない。でも、幽霊さんにも何か目的があるのかもしれない。
「あなたは何者?」
顔を向けて、声をかけて。ラークのアームみたいなものが少しだけ上下して、瞬時に小さな翼の下へと折り畳まれるように縮んでいった。
答えてくれた、のかな?
でも動いたのはそれだけで、もちろん声は聞こえない。答えられないのか、元々声を出すという概念がないのか、幽霊さんのことはよくわからない。けれどさっきの動きは、私への警戒心を解いたように見える動きだった。
「演奏、聴く?」
ベースケースからベースを取り出して、私はピックを片手に笑顔を見せた。反応はないけれど、演奏は聴いてくれる。私はベーシスト! 心を動かすなら、言葉よりも音楽だ。
封鎖ルームは地下にある。階段を一段一段、焦ることなく降りていく。浅い階段の先には扉があって、その先が封鎖ルーム。外から見ると坂の途中にあるから、地形に隠れた地下の部屋みたい。
壁を見る。この階段がなかったとしても、少し急な坂を下れば扉の先へと到達できそう。扉を開ける前にリアネラさんに簡単に訪ねてみると、予想通り元はただの坂だったらしい。
もっとも、梓葉さんと違ってたまに訪れたくらいで、詳しい情報は知らないとのこと。詳しい情報が必要なときは再び彼女に連絡をとることになるが、話によると封鎖ルームからも直接連絡は可能らしい。
扉を開けた先には広めの部屋が一室。椅子とモニター、奥にはベッドも並んでいる。
「ゲームの敗者はここから観戦できるというわけか」
「イエス! 制限はアリマスが」
私の呟きにリアネラさんが答える。さて、早速痕跡を探すとしよう。
壁や床、天井をざっと見回し、怪しい場所がないかを探る。新たに設置された椅子やベッドなどと違い、壁や床には土の部分もちらほら見られる。天井が完璧に整備されているのは、部屋が埋もれるのを防ぐため。
その土の部分には大きな石もいくつか見えて、封鎖ルームの雰囲気を作っている。おかげでこうして調べられるというわけだが、手がかりは多くない。
一つの埋まった石に文字のようなものがあった。解読を試みるが、情報が少ない。
「……ふむ」
触れても部屋が崩れるような仕掛けはないだろう。そう判断しつつも、念のためリアネラさんには外で待ってもらって、私はそれに触れてみる。
変化は、ない。
ただ触れた瞬間、何かが私の中を抜けていったような感覚があった。
部屋には他にも土の部分はある。私はそこから石を探して、文字らしきものが描かれている石に触れていく。文字のようなものは種類が複数あるのを確認したが、解読するには情報不足だ。中にはたまたま付いた傷が文字のように見えているだけの石もあるかもしれない。
あの感覚は、最初の一度きりで二度目はなかった。
「……ふ」
小さく笑う。面白い。この私にも簡単に見つからない手がかり。あるいは、見つかっていても気付かない手がかりが眠っているのか。
「リアネラさん、次の場所に行きます」
部屋を出て、階段のところで待っていたリアネラさんに声をかけつつ、歩き出す。階段は一段一段、足は早めて。はっきりした手がかりがないなら、探偵の勘を信じるだけ。あの感覚は勘違いではない。微かな感覚だが、あれは真実の感覚だ。
ならば同じものを求めて、正解を探そう。残る封鎖ルームは五つ。全てを回るには、どのルートが速いかは既に計算してある。それを迅速に、全速力の早足で回り探索する。
リアネラさんは、その速度に文句も言わず私に追いついて、笑顔で隣を歩いていた。警備ロボットを操縦するだけあって、本人の身体能力も高いと推理する。それでも、ラークを力尽くで止めることは叶わない。私の活躍にかかっているのだ!
そしてもちろん、比奈理さんにも私は期待していた。霊の正体は掴めない。けれど彼女も黙って捕まっているだけではない。何かの行動は起こしている。付き合いの短い相手でも、彼女がそういう人物だってことはわかる。探偵だから、それだけでなく。仮にもゲームのために一度は契った相手なのだから。信頼なくては、たとえゲームでも契れない。
私の演奏は一曲、二曲と、長く続いていた。次にベースで奏でたのは曲ではなく、ほとんどがアドリブによる演奏。それが一番長く続いたのだけど、ラークは黙ったまま、中の幽霊さんも黙ったまま私の音に聴き惚れていた。
……だと嬉しいんだけど。ただ聞き流してるだけだったらどうしよう。
「ふう。ちょっと休憩するね」
どうだったかなんて尋ねない。拍手も起きないけど、ラークはじっと正面を向いている。私を掴まえようという気はないみたいだけど、何をしようとしているのかは全くわからない。
演奏中、ほんの少しラークの雰囲気が変わったような気がしたのは、気のせいなのかそうじゃないのか。私のベースが心を動かした、にしては反応が弱すぎる。
「ああ! ちょっと、待ちなさい!」
「待つ? この状況、彼女を救えば――いた!」
そんな声が聞こえてきたのは、再び演奏を始めようと思ったときだった。
「攫われた少女よ。この八方唯一が助けに来たからには、安心するといい!」
格好悪くはないけどお近づきになりたくない感じの男の人に、迷わずラークは突進していった。油断しているようで油断してなかった男は軽快なステップで回避しようとしたけど、ラークとすれ違った瞬間に動きは急に鈍り、軽い体当たりで転倒した。
「すみません。事情を説明したら、あなたを助けに行くと……」
遠くから梓葉ちゃんがゆっくり歩いてくる。私との間にはラークがいて、今は私たちの頭くらいの高さに浮かんで、倒れて無害になった唯一くんを見下ろしている。
「うん。何か危険な感じがちょっとしたけど」
「もう一人はどうにか説得できたのですが……それにしても」
「ん?」
私は首を傾げる。無事なのに逃げていない私への言葉と視線かと思ったけれど、彼女が視線を向けているのは間にいるラークみたいだ。
「その鋭い動き、完全に動かし方を掌握したようですね」
「でも、敵意はないと思うよ。びっくりすると反撃しちゃうみたいだけど」
「ええ。そのようですね」
実際、梓葉ちゃんに対してラークは何もしない。唯一くんは私を守るためにと、完全にラークと戦う構えを見せていたから、反撃されるのは仕方ないよね。動きが急に鈍ったのは、リアネラさんが言っていた眠らせる何かかな?
「催眠物質の使い方まで完璧に……詳細は私の秘密なのですが、理解してしまったと」
興味深い視線をラークに向ける梓葉ちゃん。その目はどこか研究者みたいで、反応したラークが動いたのを目にすると、梓葉ちゃんは視線を逸らした。
「これ以上は今はやめておきましょう。私にももう少し役目が残っていますから。それと」
梓葉ちゃんの逸らした視線は、はっきり私を見つめていた。
「比奈理さんは、良い方を仲間に選びましたね」
その意味はよくわからなかったけれど、誰のことを言っているのかはわかる。
「事件解決は間近?」
「と思いますわ」
梓葉ちゃんは微笑んで、踵を返してどこかへ消えていった。ラークはそれを追いかけるように――いや少しだけ違う方向にゆっくりと飛行していく。中の幽霊さんがどこかを目指しているみたい。私は迷うことなく、それを追いかけていくことにした。
私のソロ演奏を、目の前で聴かせた相手。どうなるかはわからないけど、結末はその目で確かめないといけないと思って。最後に襲われる可能性も頭をよぎったけど、それでも私の足は止まらなかった。
四つ目の封鎖ルームを出て、五つ目の封鎖ルームを目指す。
文字のようなものが描かれた石に触れる度に、同じ感覚が私の中を抜けていく。一つの封鎖ルームにつき一回。途中、三つ目の封鎖ルームでリアネラさんが梓葉さんに連絡をしていたけれど、私は構わず先に進んでいた。行き先は決まっているのだし、急がなくてはならない。
四つ目から五つ目の封鎖ルームに向かうところで、駆けてきたリアネラさんと合流。
小さく頷いてから五つ目の封鎖ルームでも石を探し、触れようとしたのだが……。
「ここは……少し困ったね」
平地にある封鎖ルーム。他よりも少しばかり地下深くにあり、周辺の土が脆かったのか他の部屋よりもルーム内は完璧に整備されていた。土は見えるが、石が見つからない。
「フッフー! リアネラのデバンですねー!」
「どこだい?」
「……オウ! もう少し語ラセテほしいデース。あ、そこから右に三歩、イエス! そのウラでーす!」
指示された場所の壁に触れると、他の場所と同じ感覚が私の中を抜けていった。三つ目の封鎖ルームで状況を理解したリアネラさんは、この部屋で私が困ることを予見して、梓葉さんに尋ねていてくれたのだ。
「ありがとう、リアネラさん」
「どうイタシマシて! 次はカンタンですよー」
「ああ。急ぐとしよう」
答えながらも私の足は、今までで一番速く動いていた。全速力の動きにリアネラさんもついてくるのが遅れていたが、簡単というのなら私一人でも問題はない。
そして辿り着いた六つ目の封鎖ルーム。
簡単というそれは、中央の柱の中に埋まっていた。
他の部屋のものと違い、一際大きな石――石版。文字のようなものが描かれているのも同じだが、その文字の量が違う。刻まれているのではなく、見たこともない何かで描かれている不思議な文字。時間をかければ解読できそうだけど、今の目的はそこにはない。
私はその石版に触れてみる。両の手のひらで触れても余る大きさに、片手で触れる。
私の中を抜ける感覚は、他の部屋のものと変わらなかった。
「あ」
それははっきりと、目の前で起きた変化だった。
空を飛んでいたラークが……落ちた。
「ちょ、ちょっと。幽霊さん? いなくなっちゃったの?」
さすが警備ロボット。結構高いところから落ちたと思うけど、どこも壊れているようには見えない。幽霊さんもまだ、この近くにいるのだろうか。
と。
「……ん。んんっ」
何か不思議な、柔らかな感覚が私の中を抜けていった。まさか、幽霊さんはラークから離れて、今度は私に取り憑こうとしているの? そう思って手足を動かしてみたけど、全部自由に動く。ベースを取り出して奏でてみても、間違いなく私の音だ。
その感覚は僅かな時間だけ。それだけで、私の目の前には動かなくなった警備ロボットのラークが残るだけ。
「何だったんだろー。聞こえるー?」
リアネラさんが操縦権を取り戻したのなら、と思って聞いてみる。
答えは……待っても返ってこない。別の場所にいるみたい。
「待つしかないかー」
私は事件を解決に導いたであろう、三神さんの到着を座って待つことにした。動いてないから、この上に座ってもいいよね? 少し座りやすく動かした、警備ロボットラークの座り心地は思ったよりも遥かに良かった。
見つけた比奈理さんは、ラークの上に座って大きく手を振っていた。
「オウ! ラークは椅子ジャナイでーす! でも、座りゴコチは最高デース!」
機会があったら私も試してみよう。私は比奈理さんに近付いて、声をかける。
「無事みたいだね。霊は消えたかい?」
「多分ねー。三神さん、全部教えて」
「私の知りうる限りなら、全て話すよ」
推理の経過は省略して、私は結論ととった行動だけを彼女に伝える。全てを聞いた比奈理さんは、「そっかー」と小さく呟いたあと、くすくすと笑っていた。
「三神さんでも、全部わからないんだ?」
「比奈理さん。それは買い被りすぎですよ。私はただ、目の前の事件を解決しただけ。無論、もしこれが連続殺人であるなら、全てを解明して……ああ、なんで誰も死なないの?」
「幽霊さんは死んだみたいなものだよ?」
「ふむ。霊の死……なるほど、しかし、そうなると犯人は明らかに私に……むむ」
それもまた困ってしまう。正体不明の存在を、正体不明なまま、追い払った。霊を祓うこともまた、それに悪意がないのであれば殺人と呼べるのか。新たな問題が一つ生まれた。
楽しげに眺める比奈理さんの視線を感じながら、考える私に後ろから声が届いた。
「フウ! 解決デース! ヒナリ・アーンド・ミカミ! ナカヨシもここまでデース!」
「え?」
「ほう。やはり、か」
言葉の意味はすぐに理解した。梓葉さんが始めたゲーム、『封鎖の契り』。このゲームは終了したのではなく、中断されただけなのだ。
私よりやや遅れて比奈理さんが理解した頃、手帳端末から声が響いた。『封鎖の契り』ゲーム再開を告げる、梓葉さんの高らかな声が。
霊編 完