私は魔法が使える。
手からすっごい炎を出したり、間欠泉の如くいっぱいの水を操ったり、空に飛んで宇宙の果てを目指したり、そんなことはできないけれど。
――私は魔法が使える。
指先から小さな火を出したり、水鉄砲みたいに僅かな水を操ったり、夜空を見上げて宇宙の星を眺めたり、そんな可愛らしいことならできる。
……の、はずだったんだけど。
「おお……ふわぁ!」
本格的なお高い水鉄砲みたいな、激しい水流。お堀に溜まった水を操ってみたら、そんなとんでもないことができた。力が増したのは勢いだけで、量は変わらないからお堀の水を抜くことはできないけれど、これは凄いことだ。
攫われたこととか、目覚めたら『封鎖の契り』というゲームが始まったこととか、そんなことはどうでもよくなるくらい、驚きの出来事だ。
「これはゲームどころじゃないね」
きっとそうなのだ。突然増した私の力。ここへ来て増したことに、きっと意味がある。この魔法の力で倒さなくちゃいけない何かが、どこかで目覚めたに違いない。可愛らしいマジシャンちっくな魔法少女から、颯爽可憐に敵と戦う魔法少女になれと、魔法の力をくれた神様が私に告げている。
そのために、まずは仲間だ。仲間を集めないと。敵は一人じゃないかもしれないし、人間じゃないかもしれない。でもとにかく味方を増やせば、残りは敵だ。凄くわかりやすい。
私はお堀から離れて、このエリアで一番見晴らしのいい場所を目指した。マップの中央、上の方。私の目覚めたここからなら、周囲のエリアもよく見渡せる。それに、今の私なら。周囲だけじゃなくて、遠くのエリアまで見えちゃうかもしれない。
さすがに透視はできないから障害物が厄介だけど、じっとしている人を探すだけならすぐにできる。星を眺めるのと違って、大雑把な調整になるから普通はできないけど……今の私には普通じゃない魔法も使えるのだ。
見晴らしのいい場所。遠くを見る魔法。二つを組み合わせて、私は一人のじっとしている人物を発見した。マップに表示されていたのはエリア5。私の『空』だと少し遠いけど、彼が動かなければ大丈夫。
それよりも、この状況をどうやって伝えるかを考えよう。彼だけじゃなく、他のこの場所にいる人たちにも。出会ったらいつでも話せるようにしておかないとね。
そして私はエリア5に到着した。
途中で他の人も見かけたけど、目的を優先して無視することにした。遠目に見てもゲームに乗り気じゃなさそうな男の子と、恋人さんの女の子。放っておいてもしばらくは大丈夫。
その間に私は仲間を見つけるとしよう。私の見た彼も乗り気じゃなさそうだったけど、さっき見た彼よりは積極的な雰囲気を感じた。これは魔法でもなんでもなくて、ただの女の子としての勘だけど……魔法少女の勘は鋭いんだから。
魔法が使えることを話してもいい人。話しても信じてくれる人、信じてくれない人。幼い頃から色んな人を見てきたんだから、こと魔法に関しては鍛えられている。
「おーい! そこの男の子ー!」
呼びかける。名前はわかんないから男の子。多分私と同じくらいだと思うけど、年上だったらお兄ちゃんって呼ぼう。こう呼ばれて悪い気がする男の人は、少ないもんね!
「僕に何の用だい? 食事が目当てなら邪魔はしないよ」
「私は林藤ネイリーン。仲間を探す魔法少女だよ!」
男の子がこちらをまじまじと見つめてきた。少しは興味を持ってくれたみたいだ。
「鞍馬勇馬だ。名乗り返すくらいはしておくよ」
「このゲームには興味なさそうだけど、他のゲームには興味ない?」
今のうちに畳みかける! 私の引いた興味は一時的なもの。いきなり魔法少女なんて言われたら、不思議に思って少しは見てくれるもの。でもそれだけじゃ、すぐに興味は逸れちゃう。ただの変な女の子と判断される前に、さっさと本題に入らなくちゃ。
「例えば……こんなのとか?」
私は指先から小さな火を出して、大きな炎に育ててあげる。それを勇馬くんの後ろをぐるりと回るように投げて、駆け抜けさせる。今の私には、これくらいは簡単だね!
炎が消えるまで待って、それを見ていた、体験した勇馬くんの反応を待つ。
「……魔法?」
「そうだよ。私、魔法が使えるの。あなたも使ってみたくない?」
できるかどうかはわからないけど、できるような気がする。魔法少女の勘は鋭い。
「興味はあるね。そういうゲームも、よくやってるから」
「ゲーム好きなの?」
「好きで収まる程度じゃないさ。見ての通りゲーマーだよ」
「ゲーマーって、案外見た目じゃわかりにくいよね」
「そうかもね。でも、アウトドア派には見えないだろう?」
「うん。ゲーム機二つくらい持ってたらわかりやすいと思うよ」
「携帯機の二本同時プレイは、さすがの僕でも外ではできないね」
会話が弾む中、そろりそろりと近づいていく。正面からだから丸見えだけど、勇馬くんは歓迎してくれると思う。これは勘じゃなくて、期待だけど。
「で、僕にも使えるのかい?」
「わかんないけど……手、繋いでみる?」
「……君と手を?」
「あ、ゲームのことを警戒してるなら、大丈夫だよ。『封鎖の契り』とは無関係だから」
「……ああ、いや、そうじゃないけど」
私は勇馬くんの隣の席を引いて、そっと手を伸ばす。手帳端末をテーブルにでも置けば信用してくれるかな? でも、そうじゃないって言葉も嘘じゃないはず。
私が伸ばした手は繋がれないまま、少しの時間が過ぎた。
「疲れるから早くしてほしいなー」
「あ、ああ。うん。わかったよ」
勇馬くんはそっと手を伸ばして、私の手を凄く優しく握ってきた。あまりにも優しすぎて離れちゃいそうだったので、私がぎゅっと握り返すと、勇馬くんは慌てて視線を逸らした。
「ん?」
「……あ」
ほんの少しだけど、顔を見つめてみる。こっちを向いた勇馬くんは、すかさず視線を逸らした。理解完了。
「やだ、いくら私が可愛い女の子だからって、そんなに照れなくても……えへへ」
「いや、そこまで照れてはいないつもりだけど」
私が勇馬くん以上に露骨に照れてみせると、勇馬くんも少し落ち着いたようだ。
「で、どうかな? 何か感じた? 私の経験からすると、何ができるのかは自然と理解できるはずだけど……」
「ああ……君、意外と男慣れしてるんだね」
「君じゃなくてネイリーン! はい、ネイリーンお姉様!」
「林道さ」
「ネイリーンって呼んでね。勇馬くん、そういうゲームはやらないの?」
「ゲームじゃ肌と肌は触れ合えないからね」
「姉と妹どっちが好き?」
「君は年上かい? 年下かい?」
年齢を確認し合うと、私と勇馬くんはほぼ同い年だった。厳密には十五か月くらい私の方が幼いけれど、お姉様と呼んでもらう分にはちょっとした差だ。魔法少女もたまには魔法使いのお姉さんになりたいのである。
「林藤さん、僕の魔法だけど」
「ひどい勇馬お兄ちゃん。そんな他人行儀な呼び方……ネイリーンって呼んでくれないと、勇馬くんの萌えポイントを探って全力出しちゃうぞっ!」
「ネイリーン、僕の魔法だけど」
勇馬くんはあっさり折れた。もうちょっと遊びたかったけど、今の私はお姉さんだから我慢するのだ。
「だけど?」
『……こういうことみたいだ』
声が頭に、もっと正確に言えば耳元で響いた。
「テレパシーだ!」
「これ、魔法じゃなくて超能力って言うんじゃ……」
「炎の魔法はパイロキネシス。似たようなものじゃない? それに、脳内に直接響かせてるわけじゃないでしょ?」
「うん。どこかに声を飛ばす、骨に響かせれば似たようなことはできるかも」
「それだけ?」
「だけ」
どうやら私と違って、勇馬くんは色々できるわけじゃないみたいだ。私が御主人様で、力を与えられた彼は力が弱い? それとも、まだ目覚めてないだけかもね。
「そっかー。それよりさ」
「ああ。お客さんだね」
もう少し詳しく聞いてみたいところだけど、お客さんへの対応が先だ。私と勇馬くんはこちらにやってくる人物――鍛えられた体の男の子が混ざるのを待つことにした。
「中原灸だ。ヒーローを目指している」
自己紹介と二人がかりの事情説明が終わると、灸くんはすぐに順応してくれた。歳は私たちより二つか三つ、三十か月くらい上だったけど、何となく灸くん。
「ほほう。ではこの魔法少女様が、肉体強化の魔法を与えてしんぜよう!」
「選べるの?」
「わかんない」
「ああ、ヒーローと言っても俺は現実的に……手を繋げばいいのか?」
「はい。灸くんは照れないね」
簡単に握手は成立。これできっと、灸くんも魔法が使えるようになったはずだ。
「……ふむ。これは面白い。しかし、すぐに使いたくはないな」
「あー。もらっといて隠すなんてずるーい!」
「魔法少女様には協力するぞ。ネイリーン司令と呼んでいいか?」
「えー。可愛くないから、司令はとって」
「残念だが、承諾しよう。ネイリーン、俺は君の目的に協力する」
灸くんは拳を握って、笑顔を見せた。勇馬くんを見る。彼も小さく肩をすくめていた。
「目的、話してなかったね。私たちはこの魔法の力で、悪いやつをやっつけます!」
「望むところだ」
「具体的には?」
「わかんない」
私の答えに呆れる勇馬くんの隣で、それでも構わない様子の灸くん。ともかくこれで仲間が二人、味方が二人。倒す敵はそのうち見つかるだろう。勘が半分、期待が半分。
私たちは三人並んで移動を開始しようとした。すると、後ろから声がかけられる。女の子の声だ。どこかで、それもつい最近聞いたような声。
「三人も揃って、何をしているのですか?」
優しい言葉だけど少し鋭い声。私はくるりと振り向いて、笑顔で答える。
「私は魔法少女、林藤ネイリーン。悪と戦うために旅立つの!」
「俺は彼女を守るヒーロー。中原灸」
「……え」
「ほら、勇馬くんも!」
名乗りがスムーズじゃないことに文句は言わない。とにかく言ってくれればいいのだ。
「鞍馬勇馬。一応仲間」
「……三人とも、何を言っているのですか?」
女の子は首を傾げていた。
「んー。大丈夫、すぐにわかるよ!」
私は手を伸ばして前に歩き出す。魔法のことは説明するより、与えた方が早い。
「みなさんが『封鎖の契り』に参加しようとしないのであれば、私としても……あら」
私と彼女の手が触れ合うよりも早く、体いくつか分に近づいたところで反応があった。
「……なるほど。魔法については理解しました。では、しばらくは好きにしてもよろしいですよ。この古宮杜梓葉、ゲームの主催者として認めます」
「あ、やっぱりこの声! ねえ二人とも、誘拐犯さんは敵かな?」
「敵ならいつでも戦う準備は整っているぞ」
「問答無用に襲いかかるのはヒーローらしくないね」
「ふふ、敵対するつもりはありませんよ」
微笑む梓葉ちゃんに、私は冷静に尋ねてみる。問答無用で襲いかかるのは、魔法少女らしくもない。
「梓葉ちゃんの魔法は?」
「……こんなことができるようですが」
上向きに開いた手のひらから、小さな火の粉が集まっていく。大きな火の塊になるかと思ったそれは、手のひらの上で爆発した。
「おお!」
「軽微な異常事態ですから、私はしばらく静観します。元々、ゲームへの参加を急いで促す時期ではありませんし……ね」
そう言うと梓葉ちゃんは踵を返して、まっすぐに歩いていった。その背中が小さくなるまで眺めてから、私たちも改めて移動を開始する。とりあえず今は彼女は敵じゃない。そして触れなくても目覚めた魔法の力。これはきっと、神様がこう言っているのだ。もっと魔法の力を目覚めさせて、戦う力を増やせと!
そうと決まれば、私たちの行動は早かった。
「魔法かー。面白いことを……」
「……否定できなくて言葉が止まった気持ちはどう?」
「神奈木はなんなんだ?」
「嵐雪の心が読める素晴らしい能力。彼女に感謝ね」
「俺以外は?」
「残念ながら」
途中で見かけた男の子と、その恋人さん。二人は私たちが接触すると、あっさり受け入れてくれた。魔法が目覚めた距離は、梓葉ちゃんより少しだけ遠かった。
「嵐雪お兄ちゃんは?」
「吹雪の中でも平気らしい。防冷魔法なのか?」
「ふーん。名前にぴったりだけど、役に立たないね!」
私がはっきり言っても、嵐雪お兄ちゃんは平気な顔をしていた。彼は魔法に興味がないみたいだ。隣の恋人さん、神奈木お姉ちゃんにも念のため聞いてみる。
「本当に他の人は無理なの?」
「ええ。好きな人の心が読めるだけみたい」
「そっかー。がんばってね神奈木お姉ちゃん」
「うん」
私が微笑むと、神奈木お姉ちゃんも微笑みを返してくれた。いずれ嵐雪お兄ちゃんは、この笑顔を一人占めにしちゃうんだね。いずれはいつか、私もちょっと憧れる関係。
「……あれ、神奈木。今凄く気になる言葉が出た気がするんだが」
「そう。そんな回りくどい言い方をするなんて、ひどいのね嵐雪」
「え? いや、ひどいって」
「もし聞き間違いだったらどうしよう? なんて甘い考え。あなたの心は私に筒抜け。それを覚悟した上でこれからは言葉を選んで」
その後も会話を続けていた二人の恋人さん――恋人未満の二人を置いて、私たちは次の場所を目指した。魔法を使える仲間探しは、まだ始まったばかりなのだ。
「私は空が飛びたい。……空」
「うーん、私には選べないんだけど……」
「これじゃ……空は飛べない。私に空は飛べないの?」
次に出会ったお姉ちゃんは、舞鳥三千花さん。下ろした右手の先で砂が動いて、土を掘っていたけれど、確かにこれじゃどうやっても空は飛べないね。
「滑走路なら作れそうだね」
「勇馬くん、飛行機作れるの?」
「いや作れないけど」
「……乗り物じゃない。私は、私の力で、空を飛びたい……生身で、裸で」
三千花さんはそう言い残して、魔法が目覚めたことなどなかったかのように歩いていった。あの様子だと悪用するつもりもなさそうだし、彼女も敵じゃないね。今度は私が話しかけるより前に目覚めてたみたいで、確実に私の力は増している。魔法を目覚めさせる力が、私の力なのかどうかはわからないけどね。
それよりあっさりしすぎて退屈だから、勇馬くんでもからかっておこう。
「裸を想像してる勇馬くん、次いくよー」
「そ、想像なんてしてないよ!」
「勇馬、慌てると隠せないぞ? ちなみに俺はもっと大人の女性が好みだ」
「仕方ないなー、勇馬くんは」
勇馬くん、無言。灸くんの言葉に助けられて、対処法を学んだみたいだ。すぐに実行に移せるあたり、さすがゲーマーと言うべきなのか、それとも自衛本能が働いたのかも。これ以上は続けても面白くないので、私もからかうのはやめてあげた。
それからしばらくは、誰とも出会うことはなかった。
まだゲームは続いている。時間も経って、本格的にゲームに参加し始めた人たちが、警戒して接触を避けているのかもしれない。
ともかくずっと歩いてお腹が空いたので、私たちは見つけた屋台に戻ってハンバーガーを食べることにした。どういう作りかわからないけど、暖かくて美味しいハンバーガーだった。
「ところで灸くん。そろそろ見せてよー」
「そうだな……敵はいないようだし、俺も試してみたい」
席を立った灸くんは、一呼吸置いてから。素早く、鋭く、ポーズを決めた。
眩い光に包まれて、灸くんの姿が変わっていく。眩いけれど、眩しくない。でも中の灸くんがどうなっているのかは、よくわからない特別な光。それも、私のよく知る演出だ。
光が弾けて現れた灸くんは、格好いい全身スーツに身を包んでいた。フルフェイスのヘルメットも、おまけでちゃんとついている。
「変身ヒーロー?」
「みたいだね」
灸くんは手を握っては開いてを何度か繰り返して、数度屈伸してから屋台を見た。
「見せてやろう。これが俺の魔法だ!」
屋台の方に勢いよく駆けて、屋台の壁を蹴るように跳ぶ。三度目の足が壁を蹴って、大きく跳躍した彼の姿は屋台の屋根の上にあった。
「おお! 凄くヒーロー!」
「やっぱり肉体強化かい?」
「いや――」
屋台の屋根の上から飛び降りた灸くんは、乾いた土の上に土煙をあげながら着地する。
「変身が魔法だ。俺が目指すのはヒーローの中、スタントマンだからな。これくらいはいつでもできるように、毎日鍛えている」
優しい光が灸くんの体を包んで、淡い光に溶けるように全身スーツが消えていく。元の服に戻った灸くんは、軽く体を動かしてから席に戻ってきた。
「相当に動きやすい。魔法とは便利だな」
「うん。頼りになるヒーローさん」
「……僕、いるのかな」
勇馬くんがそんなことを呟いたけど、私は慰めなかった。ただ黙って微笑みかける。ここまで一緒についてきてくれたことだけでも嬉しいのに、それを伝えるのに言葉はいらない。
と思ったけど、勇馬くんはぽかんとした表情で私を見ていた。
「勇馬くんにぶいー」
「鈍い?」
どうやら勇馬くんは、まだ私のことを本気で仲間とは思っていないみたいだ。もしかすると灸くんだって、そこまでの本気はないかもしれない。これじゃ突然敵が現れたときに困っちゃうから、そのときになるまでにどうにかするとしよう。
食事と休憩を終えて、私たちはさらなる仲間を探しに旅立つ。
川沿いのベンチに座っていた女性は、私たちの姿に気付くと立ち上がってこちらにやってきた。勇馬くんや灸くんには目もくれず、迷わず私の方に向かって歩いてくる。
「こんにちは。可愛いお嬢さん。私は羽頭女涼香。お名前は?」
優しい声だけどどこか危険な感じのするお姉ちゃん。やっぱり私以外は無視である。
「林藤ネイリーンだよ。涼香お姉ちゃん」
「お姉ちゃん……魅力的な響きだけど、涼香お姉様と慕ってくれない?」
「その前に質問するね。何か変わった感覚はない?」
「ネイリーンちゃんの姿を見たときから、今すぐに襲いたい気持ちでつい手足が動きそうな以外には、特にないけど……一人だったら襲うのになー」
勇馬くんと灸くんも視界には入っているみたい。不思議なことに、魔法については一言も言わない。私が直感で警戒しちゃったから、魔法の力も目覚めなかったのかな?
「私、襲われちゃうの?」
「ええ。何も知らない無垢な少女を、私の手で開発……あ、男いるんだっけ。まずはこいつらを消さないと……でも、こんな可愛い女の子の前で、無理は禁物ね」
全部口から漏れてるよ。漏らしてるのかな。それよりこの様子だと、魔法なんかよりもっと大事なことに気をとられて、気付いてないのかもしれないね。
「私、涼香お姉ちゃんが思ってるより、色々知ってるよ?」
「それはそれで……ん?」
気になる言葉を口にしてる途中で、言葉が止まった。
「私ね、魔法が使えるんだ。それにここに来たら力が強くなって、他の人にも魔法が目覚めるようになったんだよ!」
「……こんな感じに?」
軽く振ってみせた涼香お姉ちゃんの手から、太い縄が伸びて勇馬くんと灸くんに襲いかかった。あっさり勇馬くんは縛られてぐるぐる巻きにされたけど、灸くんは瞬間的に回避して縄をはたき落としていた。頼りになるね。
「凄い……これがあれば、たくさんの女の子を傷付けずに掴まえて、やりたい放題の百合ハーレムが作れる! ふふ……ふふふ……ネイリーンちゃん、私のものになりなさい!」
やっぱり危ない人だ!
「えいっ!」
「きゃー」
伸びてきた縄であっさり私は捕まってしまった。でも、この縄は魔法の縄。魔法なら魔法で対抗しちゃえばいい。縄の触れている肌から炎を走らせて、私を捕まえている縄を一瞬で焼き払っていく。魔法の炎は私には熱くない。
「……あら」
「灸くん、助けてー!」
「了解だ。彼女に危害を加えるなら、容赦はしないぞ」
構える灸くんと、彼を厄介そうに睨む涼香お姉ちゃん。その間に私は勇馬くんに近付いて、縄を解いてあげる。複雑な巻き方じゃないから、解くのは簡単だった。
「手強いわね。ここは退いてあげるわ。またね、ネイリーンちゃん。今度会ったときは、私のことしか考えられなくなるくらい気持ちいいことしてあげるから!」
「うわ」
凄い変態発言をして涼香お姉ちゃんは逃げていった。あの人を野放しにしても大丈夫なのかと思ったけど、彼女はただの変態さんの危ない人だ。法律なんか気にしないこの場所だと本当に危ない人だけど、私たちにはまだ見ぬ強大な敵が待っている。
「勇馬くん、大丈夫? 目覚めてない?」
「うん。大丈夫だけど……、目覚めるって」
「私、色々知ってるの。勇馬くんも知ってるんだね」
「……まあね」
軽い調子で微笑んでも、勇馬くんの返事は素っ気なかった。あっさり捕まっちゃったことに落ち込んでるのかな。私を守る約束なんてしてないんだし、恥じることはないんだけど、ここで慰めるのは私の役目じゃないと思うの。
ヒーローは自らの力で立ち上がってこそ、より強くなれるんだから。厳しいようだけど、私たちの戦う敵は強大。勇馬くんには急いで強くなってもらわないとね。
再び仲間を探しに動いた私たちの前に、新たな変態さんが現れた。
その名は八方唯一。でもさっきのお姉ちゃんとは違って、彼のハーレムの作り方は平和的で危害を加えてくることはなかった、自分に惚れた女の子でハーレム。自信満々だね。
「ふ。これが俺の魔法か」
説明してあっさり目覚めた魔法の力。唯一さんは私の体をまじまじと見つめて言った。
「どこ見てるの、唯一さん?」
「よそよそしいじゃないか、ネイリーンちゃん。彼らみたいに唯一くん、または唯一お兄ちゃんと呼んでもいいんだぞ?」
「やだ。もし付き合っても私のことだけ見てくれないような浮気さんには、唯一さんで十分だもん」
「今は君のことだけを見ているよ。それじゃだめかい?」
歯が浮くような台詞を平然と、それも見た目だけなら凄く格好いい顔で口にする人だ。うっかり勘違いされないように気をつけなくちゃ、面倒なことになると魔法少女の勘が告げている。
「私の何を見てるの?」
「その可愛らしい服の下さ。俺の魔法は服を透かして見える、そう! 服などまるでそこにないかのようにね!」
「ささっ」
私は素早く勇馬くんの後ろに隠れた。勇馬くんの肩越しに見た唯一さんの顔は、まっすぐに私の前にいる勇馬くんを向いている。
「ふ……確かに俺の魔法は、女の子の服だけが透けるという都合のいいものではない。透ける透けないは制御できるが、透過率は常に完全、男だって見えてしまう」
「今は?」
「透けているに決まってるだろう?」
勇馬くんが咄嗟に無言で、股間を手帳端末で隠した。
「そっちもいけるの?」
私は肩越しにさらに尋ねる。唯一さんは首を横に振った。性的視線は女の子オンリー。
「何となくわかったけど、素直に白状してくれないと、私、一生あなたのことは好きにならないから。教えなさい?」
肩から顔を出して、優しく聞き出す。耳元で囁くように響いた私の声に、勇馬くんがぴくんとした。可愛い。勇馬くんの趣味一つ見つけたり。
「服の下、肌の下、骨までよく見える。格闘なら関節技をかけやすくなる便利な魔法さ。君の恥骨と鎖骨、骨を見てから裸を見るというのも興味深い」
「さ、勇馬くん、灸くん。変態さんは置いて次に行こう」
勇馬くんの後ろから声をかけて、体は隠さないでさっさと歩き出す。
「ああ、勘違いしないでくれたまえ! 俺は別に骨フェチではないから、今の言葉に特別な意味は何もない!」
「唯一さん、口説くならもう少し言葉を学んだ方がいいよー」
既に後ろを向けていた私は、可愛らしく振り向いて一言だけ伝えてあげた。この人、変態的なこと以外は包み隠さず話してくれるいい人だけど、口説くのは下手みたいだね。
彼から離れて、三人だけになって。
これでここにいる大体の人に魔法の力は目覚めたと思う。まだ全員じゃないけど、そろそろ敵も動き出していい頃だ。むしろ全員に目覚めさせるのを阻止するため、今が時機だと動き出すに違いない。直接的に、あるいは間接的に、もしくは両方合わせて。
私は気を引き締めて、勇馬くんと灸くんにも視線で合図を送った。
「……了解」
「楽しみだな」
二人とも視線の意味を理解してくれて、答えが返ってきた。
私は微笑を浮かべて、また歩き出す。強大な敵の到来に胸を膨らませて。