メリトリアーズを構成する小さな八つの島。外海に浮かぶ六つの島は防衛拠点として整備され、長年他国の侵略を退ける要となってきた。残る二つの島は内海に浮かび、北寄りの島にはメダヒメの塔が建てられ、主に王家の者が祈る場となっている。南寄りの島は王家の修行地として知られ、代々の王家がメダル力を高めてきた。
メダヒメメダルと温泉は、その修行の最中に見つかったものであると、メダヒメ浮遊橋に向かう途中でナノはミコトたちに語った。
「このあたりですね」
そこからさらに少し、メダヒメ浮遊橋を進んだところでナノは足を止める。見下ろした橋の下には、目的の島が浮かんでいる。
「普段は舟などを使いますが……今日はここからぴょーん! です」
「結構な高さがあるな。コノハ」
「うん」
ミコトはコノハを呼んで、迷うことなくお姫様抱っこして降下準備を整える。ミコトやサクヤ、ナノほどのメダル力があれば、この程度の高所からの着地なら十分に耐えられる。
「帰りは私もお手伝いします。お二人に、疲れは残せませんからね」
そして、月明かりがメダヒメ浮遊橋を照らす中、彼らは同時に浮遊橋から飛び降りた。ミコトは着地場所に柔らかい雪を広げて衝撃を吸収し、サクヤは声による衝撃の反動で地表に近づいたところで緩やかに速度を落とす。そんな二人を、雪月花を加え空を疾走して一番に島に到着したナノが、笑顔で眺めて待っていた。
降り立った場所からまた少し、彼らは島を歩く。小さな島といっても、北メリトリアーズと南メリトリアーズ――南北二つの大きな島と比べれば小さいというだけ。面積は一兆メダリクスをゆうに超えている。
「そうそう、あなたにも紹介してあげた方がいいかしら」
温泉に向かって歩く途中、サクヤが胸を光らせながら僅かに速度を緩めた。小首を傾げて彼女の方を見たナノの前に、ミコトたちには見慣れたメダヒメが姿を現す。
「私の愛しいメダヒメ様よ!」
「初めまして。メダヒメです」
「わ! ええと、お初にお目にかかります?」
突然のメダヒメ登場に、ナノは少し驚いた顔で真っ直ぐにメダヒメを見た。
「メダヒメメダル持ってたんだ。それに、メダヒメ様が姿を……納得ですね」
続けた言葉に驚きはなく、すぐに冷静さを取り戻すナノ。その雰囲気はお姫様らしさを微かに感じさせて、彼女のメダヒメ信仰も高いものであることを窺わせる。
「それにしても、こんなところに私のメダルが……温泉と一緒に出てきたんですか?」
「はい。お父様との修行中に、私の雷光で」
「待っていてくださいねメダヒメ様。私が明日、もう一枚を手に入れますから。そしてこれからは温泉……メダヒメ様も入りましょう!」
熱を込めて言ったサクヤに、メダヒメは冷静に答える。
「この姿で入っても意味がないですよ? だから脱ぎません」
「そんな!」
「脱ぎません」
再びそう言い残すと、メダヒメは姿を消した。落胆した様子のサクヤをコノハが促して、ミコトとナノは苦笑しながら先に歩いていくのだった。
そして到着した温泉には、本当に簡素な脱衣所と多くの岩で作られた露天風呂があった。
「では、みなさん一緒に参りましょうか」
ナノに促されるまま、彼らはさっさと服を脱いで、用意されていた手ぬぐいを手に温泉に向かうことにする。裸になった彼ら彼女らの手にメダルはない。使用できるメダルの力は落ちるが、一時的に体にメダルを融合させるのは簡単なことだ。
脱衣所ではミコトの隣にサクヤが並び、そこからコノハ、ナノと続く。目的はもちろん、ミコトの視界を自分の体で遮ることだ。
「で、どうかしら?」
「何がだ?」
「私の裸を見て何も反応はないの?」
ミコトもサクヤも片手に手ぬぐいを持っているだけで、脱衣は完了している。ミコトは軽くサクヤの体を眺めてから、はっきりと言った。
「好みでもない女の子の裸を見たところで特別な反応はないぞ? ただ、明日の戦いに備えて筋肉の付き方を確認できる意味では悪くはないが」
「酷い言いようね」
「それにコノハもいるからな。お前こそどうなんだ?」
同じ質問を返されて、サクヤは薄笑いを浮かべて答えを返す。
「当然よ。私が愛するのはメダヒメ様だけ。メダヒメ様以外の裸になんて興味ないわよ。ね、メダヒメ様!」
一枚だけ持っている右手のメダルから、服を着たままのメダヒメが姿を現す。
「脱ぎませんよ」
「分かっています。でも、温泉は一緒に楽しみましょう!」
「それなら、まあ……」
答えながら、メダヒメがちらりとミコトを見る。彼女に特別な意図はないとはいえ、ミコトは困ったような顔で視線を返していたが、そこにコノハがサクヤの横をすり抜けて現れた。
一糸纏わぬ姿でくるりと回転してみせてから、コノハが言う。
「えへへ、どうかなミコトさん? 私の体、変じゃない?」
「ああ、可愛いよコノハ」
「ちょっとコノハ、だめよ。あいつが暴走するわよ」
「何の話だ?」
「何の話?」
慌てて妹の体を隠そうとするサクヤに、二人が同時に疑問を口にする。
「あはは、まるでもう結婚してるみたいですね」
同じようにサクヤの横をすり抜けて現れたナノが、軽くポーズをとって微笑みを見せる。
「じゃあ、私も見てもらえますか?」
「ええと……自重してくれると助かる」
ミコトは咄嗟に視線を逸らして、サクヤを真っ直ぐに見つめながら返事をした。
「へえ、あんたも彼女には……で、そこでどうして私を見て落ち着かせるのかしら? 返答によっては覚悟しなさい」
「サクヤの裸では興奮しない。だが、萎えるというわけではない」
「そう。良かったわね、明日の大会は無事に出場できるわよ?」
決勝前の大怪我を回避して、ミコトは先に温泉に向かったサクヤとナノに続いて、コノハと一緒に温泉に向かった。仲良く手を繋いでのゆっくりとした移動は、十数秒後にサクヤに咎められるまで続いていた。
軽く体を流してから、四人は並んで温泉に入浴する。もちろん左端はミコトで、隣にサクヤ、コノハ、ナノと並んでいる。そしてサクヤの前には、絶対に脱がないメダヒメがいた。
「メダヒメ様ー、気持ちいいですよー」
右手に乗せたメダヒメメダルを温泉に浸からせながら、ミコトの隣でどうにかしてメダヒメを脱がそうとするサクヤ。しかしメダヒメは笑顔と言葉を返すだけで、脱がない。
「そんなことをしても私には伝わらないですよ。入れないのに脱ぐなんて、そんな変態みたいなことは私はしません」
「でしたらそちらでも温泉に」
「私が暮らしているのは、何でもある素晴らしい神の世界ではないですよ? 初めて聞いたわけではないですよね」
「うう……つれないメダヒメ様」
諦めた様子でメダヒメメダルを握ったまま、サクヤは手をお湯の中に沈める。二人の話が終わったのを見て、ミコトはコノハに声をかけた。
「ところでコノハ、聞きそびれていたことがあるんだが」
「はい。何か?」
「コノハの二枚目のメダルってなんなんだ?」
答えが返ってきて、サクヤが邪魔する様子を見せないのも確認してから、ミコトは尋ねる。
「あ、そういえばまだ見せてなかったっけ。私のメダルは『癒し』と『透明』だよ。二枚目の方は、全然使いこなせてないんだけど……」
「そうか。なかなか面白いな。治療とはだいぶ傾向が違うと思うが」
「ふむふむ。姉妹揃って凄い人たちですね。サクヤさんは、メダヒメメダルを揃えたらどうするつもりなんですか?」
真剣な表情と声で、ナノが聞く。サクヤだけでなくミコトやコノハの視線も集まったのに気付いて、ナノは微笑んでから補足した。
「あ、これは私が気になるから聞いているだけです。答えてもらえますか?」
柔らかい笑みに、隠した意図も真の意図も存在しない。サクヤは頷いてから、メダヒメをじっと見つめて答えた。
「私はメダヒメ様と結婚するの。ね、メダヒメ様。それまでにメダヒメ様の気持ちを少しずつ動かして、相思相愛に!」
「今のところ一メダルも動いていませんが、がんばってくださいね」
自信満々に頷くサクヤから視線を移して、ナノはミコトにも同じ質問をする。
「俺はサクヤに協力してるだけだ。最初はやる気はなかったが……」
そこでミコトがコノハに視線を向けたのを見て、理解したといった笑みを浮かべるナノ。
「お二人の事情はよく分かりました。こんなに面白い方々と知り合えただけでも、こっそりメダヒメ記念大会に参加したかいがありましたね。私にできることはもうあまりないかもしれませんが、何か困ったことがあれば協力します。メダヒメメダルを六十枚集めるなんて偉業を成し遂げる人と知り合えたなんて、誇らしいです」
「ありがとう。誰かさんと違って優しいわね」
「強引に脅迫しようとしたのは誰だったかな」
黙って瞳を見つめ合うミコトとサクヤ。その様子にコノハとナノは顔を見合わせて、くすくすと笑っていた。そしてその笑いが収まる頃、サクヤがほんの少し表情を引き締める。
「ねえナノ、ここって覗きが出るほど有名じゃないわよね?」
「それは当然……ええと」
「誰かいるのか?」
二人の反応にサクヤは一瞬気のせいという可能性も考えたが、改めて察知した気配は今も感じられることを確認する。ただ、それ以上のことはサクヤにも分からなかった。
「誰かに見られてるわ。誰かは分からないし、距離も相当あるから危害を加える気はないみたいだけど……ま、そうね。誰であろうと、私とメダヒメ様の関係を邪魔するつもりなら容赦はしないわ。――もちろん、あんたもね」
サクヤは最後の一言に合わせて、ミコトに流し目を送る。ミコトはあえて言葉は返さずに、視線だけでこちらも負ける気はないという意志を伝えるのだった。