雪触手と空飛ぶ尻尾

安土塔、遥救出戦――檜山俊一の観戦記・二


 今回の観戦記が、俺にとって二度目の観戦記となる。よもや、二度目にしてこれほど重大な戦いを記録することになるとは想像もしなかったが、今こうして、当時のメモを元に観戦記を書けていることを思うと、幸せと言えるのかもしれない。

 日付は一月の二十一日。休日となる土曜日を明日に控えた金曜日。戦闘開始の時刻は太陽の沈み具合から四時頃と推定されるが、安土塔内には時計がないので正確な時刻は不明だ。

 戦い開始の合図としてか、クーリ、ツイナ、ポーニャが位置についたところで、遥は王座からしなやかに立ち上がった。しかしそこから移動はせず、黙って盤の中央に術式を配置する。

「菊花、桜、そちらには何もないのだな?」

「うん」

「ふむ……ツイナ、まずはわらわが様子を見る」

「ええ。好きにしなさい」

 クーリが一歩前に進み、その場で待機。遥の設置した術式の範囲外だ。

「あのあたりに術式を設置できればいいんだけど……」

「そうですね。ひとつ、試してみましょうか」

 ツイナの視線の先に、ポーニャさんがポニーテールを光らせてテール力を注ぎ込む。するとすぐに、その場所には術式が設置された。

「なるほど、そういうことか」

 術式の設置に必要なのは、本人の持つ力。遥の魔法力、クーリの触手力、ツイナとポーニャさんのテール力がそれにあたる。

「お姉ちゃん、消耗は?」

「術式の設置では僅かなものです。元のルールを踏襲しているなら、おそらく……」

「攻撃を受けると想像以上に持っていかれるかもしれぬな」

 こちら側が仕組みを理解するのを待っていたのか、遥が一歩前に進んで微笑む。そしてそのままクーリに向かって手を伸ばして、口を開いた。

「ふぁいあ」

「む?」

 宣言にクーリが触手の先っぽを捻じったところに、遥の手のひらから炎が飛び出す。クーリのいるマスを全て覆う炎で、回避は不可能。炎はクーリに直撃した。

「クーリ!」

 菊花とツイナの声が重なる。その声に答えるように、クーリは炎を払ってその姿を現した。

「問題ない。少し削られたが、この程度なら痛みもない」

 安堵する菊花とツイナ。桜さんとポーニャさんはじっと遥を見つめて、クーリも彼女たちの反応を見てから、遥に触手の先っぽを向けた。

「今のはなんだ?」

 クーリの質問に、遥は微笑むだけだ。あの微笑みは普段通り。でも、その瞳から感情は伝わってこない。ただひとつわかるのは余裕を見せて遊んでいるということだけ。

「答えぬか。まあ、魔法であるのは間違いないが……」

 黙って術式を設置して――クーリのいる場所が効果範囲の強力な術式だ――遥は大仰に礼をしてみせた。ターン終了の合図である。

 次のターン、ツイナが前にニマス進む。移動範囲が直進であるのは元のカードゲームと同じだが、その他のスキルなどは可視化されていないので不明。なお、ポーニャさんの移動範囲はクーリと同じく歩行であり、以後のターンに同じであることが判明した。

 前のターン、遥の設置した術式は発動が遅い。回避を急ぐ必要はない。問題は、先程の攻撃の正体が掴めないことだ。

「ツイナ、ポーニャ、二人は何も知らぬか?」

「知らないわよ。元のゲームに魔法カードなんてものはなかったし……」

「ないものを創造したのかもしれませんね」

 威力は低いが、特定条件を満たせば、即時効果を発揮する魔法カード。それがクーリたちの辿り着いた結論だった。

「こちらには使えぬようだが、妥当なハンデといったところだな」

「ま、三対一だしね」

 それから数ターン、数の利を活かし、遥を包囲して連続攻撃を仕掛けようとするクーリたちに、遥は術式の設置で牽制しつつ、専用の魔法で少しずつ体力を削っていく。

 直線上の相手全てに攻撃する「ふぁいあ」に、一体に高ダメージを与える「さんだー」と、三×三の九マスを攻撃し密集する相手に有効な「ぶりざーど」の三種類。それがあったとしても三対一なら包囲は容易と思われた。

 しかし、三種類全ての魔法が命中したターンの強化フェイズ、遥のいるマスが輝き、遥の足元から魔法の光が噴出した。

「綺麗な光ね」

「変身するのかな。脱げるかもしれないから、俊一は視線を外せないね」

「脱げなくても外さねーよ」

 光の奔流が消えて、再び姿を見せた遥の見た目に変わりはなかった。ただ、妹の体に流れる魔法力が強くなっているのは、何となくだけどはっきりと伝わってきた。

 何が起こったのかはルールを思い出せば、答えは簡単に出る。

「ほう、覚醒か」

 遥の覚醒条件も同時に判明したが、問題は覚醒解除条件。そして覚醒した遥の能力だ。そのうち後者はすぐに判明した。

 包囲網を狭めるクーリたちを、遥は縦横無尽に盤上を移動して回避する。移動範囲は直進ステップ。上下左右、そして斜めにニマス移動できるという、脅威の移動力だ。攻撃範囲は魔法のみで覚醒前と変わらず、威力も僅かに上昇した程度。だが、魔法カードを使えば攻撃力不足の心配はない。

「む、こちらも威力が増しているな」

「そうね。多分、スキルじゃないかしら」

「厄介ですね。突破を狙うにしても、あの火力では……」

 覚醒した遥のスキルにより、魔法カードの威力も上昇していた。遥は術式を自身のキャラクターエリア周辺に多く配置し、三対一でも突破ができないように守りを固めている。その分、こちらの術式も当てやすいが、高威力の術式はしっかり回避しているので、総ダメージ量ではクーリたちの方が負けている。

 魔法カードにも射程があり、高威力の「さんだー」は短い。「ふぁいあ」「ぶりざーど」も密集を避ければ一体にしかダメージを受けないので、距離をとっていればダメージは抑えられるのだが、接近しなければ勝利もできない。

「強行突破を試みるか……いや、しかし」

 キャラクターフェイズ。クーリは呟いて考え込む。

「何か罠があるのは間違いないですね」

 ポーニャさんが言った。クーリたちの体力と遥の攻撃力からすると、強行突破は最初からやろうと思えばいつでも可能だった。元のゲームに比べて、多すぎる体力。しかし当然、それに対して何も対策がないとは考えにくい。だから今まで実行に移さなかった。

「だったらあたしに任せなさい。罠の一つや二つ、華麗に回避してみせるわ!」

「いえ、それは私がやりましょう」

 真っ先に動こうとするツイナをポーニャさんが制した。

「お姉ちゃん?」

「戦闘能力は私が一番低いですから。今後の戦略の幅を考えると、ツイナが傷を負うべきではありません」

「でも、それじゃあお姉ちゃんが」

「よかろう。ポーニャ、任せたぞ」

「ちょっとクーリ! あ、お姉ちゃん!」

 ポーニャさんが一歩前に進み、このターン、ツイナは移動できなくなった。配置を考えるとまだ軌道修正も可能だが、それでは二ターン以上を無駄にすることになる。

「仕方ないわね。お姉ちゃん、気をつけてね!」

「わかっています。可能な限り、注意を払いましょう」

 数ターンかけて遥のキャラクターエリアにポーニャが到達した。その直後のターン、遥はキャラクターエリアを背に、笑みとともに一言。

「ふれあすぱーく」

「これは……きゃあっ!」

 遥のキャラクターエリアに強烈な炎と雷が走る。直撃を受けたポーニャさんはダメージとともに吹き飛ばされて、クーリたちのキャラクターエリアまで戻されてしまった。

「お姉ちゃん! 大丈夫!」

「え、ええ……威力はさほど。しかし……」

「これでは突破は不可能だな」

 キャラクターエリアを突破しての勝利には、直後の相手のターンが終了するまで二体が生き残る必要がある。もちろん、キャラクターエリアに残ったままでだ。

「なら、遥を直接狙う?」

「それもいいが、今の魔法を使わせれば他の魔法は使えぬだろう」

「そりゃ、隙はできるでしょうけど……キャラクターエリアまで戻されるのはそれ以上に不利よ?」

「わかっている。だが……」

 遥のターンが終了しても、クーリたちは動けなかった。作戦の不一致、意見の相違。どちらの作戦でも一長一短だから分かれるのではない。どちらの作戦を採用しても、勝利の可能性が見えないのである。

 妹の名前を呼んで叫びたい。そんな気持ちも芽生えたが、俺は最初に任せたときから、クーリたちを信じると決めている。だが、手がないのは火を見るより明らかだ。

「絶望的だね、俊一」

「みたいだな」

「俊一だったらこの状況、どうする?」

「ゲームだったら、一旦リセットしてレベル上げして、装備を確認して、アイテムを積んで再戦を挑むところだが……そうはいかないよな」

 今の遥に言葉は通じないから、最初からやり直すことはできない。もっとも、やり直せたところで結果は変わらないかもしれない。それくらい遥の使う魔法カードは強力だった。

「ふふ、遥は随分とバランスブレイカーなカードを持っているみたいね」

「いくらなんでも反則だろ、あのカードは」

 魔法カード自体は元のルールの中に新要素を加えただけで、バランスがとれている。だが遥の切り札「ふれあすぱーく」はルールを崩壊させるような強力な効果だ。

「なら、こちらも反則級のカードを使うというのはどう?」

「そうは言っても、桜さん」

「うん。こっちには魔法カードはないよ?」

 俺と菊花の指摘に、桜さんは微笑みを返す。彼女には妙案があるというのだろうか。

「私が聞いた元のゲームには、装備カードというのがあったと思うのだけど。そしてサイドは手札のようなもの。菊花、手を見てみるといいよ」

「手? ……あ」

 菊花の手には戦いの前、クーリとツイナに渡されたレースのリボンと銀のブローチがある。

「元のゲームと違って、このゲームにカードは存在しない。絶望的に見える状況でも、それはただ気付いていないだけ、ということもあると思うよ」

「クーリ! ツイナ! キャラクターエリアに戻って!」

「む?」

「菊花?」

 菊花の声に二人が反応する。クーリとツイナは触手の先っぽと顔を見合わせて、先っぽを小さく縦に振り、ツインテールを小さく前に揺らした。

 術式を回避しつつキャラクターエリアへの撤退を始めるクーリたち。変わりにポーニャさんが前に出て、遥の接近を牽制しつつ、範囲魔法による複数同時攻撃も防ぐ。数ターンかけて撤退は無事に成功し、菊花は先に戻ったクーリの元に駆け寄った。

「はい、これ」

 キャラクターエリアと俺たちのいる場所はつながっている。見えない壁に阻まれて侵入はできないが、元のゲームのルールに存在する、装備を渡すときは別だ。

「む? それは預かったままで……いや、なるほど。そういうことか」

 クーリにレースのリボンを渡して、そのターンは終了。遥は術式を設置しターン終了。次のターンにキャラクターエリアに戻ってきたツイナに、菊花は銀のブローチを手渡す。

「確かに受け取ったわ」

 先程のクーリの様子を見ていたツイナは、迷うことなくそれを手に取り、身につける、クーリもレースのリボンを尻尾に巻きつけている。装備は完了だ。

 クーリが先に、続いてツイナが前進して、再び遥の包囲を試みる。当然、遥も黙っているはずはなく、術式と魔法による妨害を仕掛けてきた。

「さんだー」

「来たな。だが、当たらぬぞ!」

 クーリのいるマスの上空から落ちる雷。今までは耐えるしかなかった魔法による攻撃を、クーリは隣のマスに移動することで回避した。

「魔法回避、といったところか」

 触手の先っぽを尻尾の方に向けて、持ち上げた触手ををくるりと小さく回す。レースのリボンを揺らしながら、クーリは呟いた。

 レースのリボン――ツイナのリボンを装備したことによる、スキルの追加。魔法による攻撃を受けた際、隣接する左右のマスが空白なら、移動することで回避が可能。魔法であれば魔法カードに限らず、攻撃範囲の魔法にも有効。相手によっては意味のないスキルだが、遥を相手にするには有効なスキルだ。

「ぶりざーど」

 次のターン、遥は再び魔法を放つ。クーリの回避した先にはツイナがいる。先のターンに設置した高威力の術式があるので、魔法を回避されても逃げる方向はツイナのいる側。イレギュラーエリアまで押し込むのは不可能にせよ、距離をとりつつツイナにダメージを与えられる。

「残念ね。それはお返しするわ!」

 クーリとツイナを包み込む吹雪。クーリはマスを移動することで回避し、ツイナは銀のブローチに手を当てて動かなかった。激しい吹雪はツイナに届く直前で弾かれ、そのまま遥に向けて吹きつける。

「くっ……うぁ」

 予想外の反撃に、遥が呻いた。

「魔法反射、ってところね」

 銀のブローチ――クーリのブローチの装備スキル。こちらは魔法カードに限定されるが、半分の威力で魔法をそのまま返すという、遥にとってはかなり厄介な効果だ。

「ツイナ、一気に決めるぞ」

「言われなくても。突撃よ、クーリ!」

 遥は術式を設置して防ごうとするが、配置が甘く抜けられてしまう。表情にこそ出ていないものの、動揺しているのは明らかだった。

「ふれあすぱーく!」

「当たらぬぞ!」

「お返しするわ!」

 キャラクターエリアにクーリとツイナが到達したところで放たれた切り札も、クーリには回避され、ツイナには反射される。キャラクターエリアに戻されての術式フェイズ、遥は何もせずにフェイズを終了した。

 強化フェイズ、遥のいるマスが光りだし、遥を包む眩い光がマスの外へと拡散する。拡散した光は淡く輝き、弱々しい。勝負の決する寸前に判明した遥の覚醒解除条件は、自身のキャラクターエリアに戻ることだった。


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