雪触手と空飛ぶ尻尾

昼下がりの学園で答える少女――安土ポーニャの観察日記・二


 話が進展したのはツイナに報告してすぐのこと、月曜日の学園でした。昼休み、私は物陰に隠れて、妹たちの様子を確かめていました。怪しまれない程度のほんのり精神干渉の準備もしているので、開けた場所に移動しても安心です。

 耳はいいのである程度の距離なら会話は聞こえます。ツイナは教室の中、菊花と俊一が机を並べているところに近づいていきます。二人はいつもの調子でお弁当を広げていました。

「聞いたわよ、菊花、俊一!」

「なんのこと?」

「いきなりなんだよ」

 二人はさっぱりといった様子です。当然ですね。私が偵察して、それをついでにツイナにも報告したことなど、彼らは知らないのですから。

「ふふ、わかってるわ。ちょっと待ちなさい」

 ツイナは周囲にテール力を展開させます。ああいう使い方は妹にとって苦手な系統ですが、あの程度の規模なら問題ないでしょう。これで周囲の生徒には、話の内容ははっきりと理解できなくなります。秘密の話をするには最適ですね。もっとも、テール族間の会話に使う能力なので、私には効果はありませんが。

「準備できたわ。恥ずかしい話でも聞こえないから安心しなさい」

「いや、だから何の話だよ」

「俊一の妄想披露?」

「改めて。聞いたわよ、菊花、俊一!」

 ツイナは二人の間に指を突き指して、再び宣言します。

「あなた、菊花のことが好きだったのね!」

「な、お前、なんでそれを」

「みたいだね」

「お姉ちゃんから聞いたのよ。詳しいことは秘密よ。それより、あなたの話をするわ」

「がんばってね俊一」

 菊花は平然と箸を進めています。対する俊一は、蓋を開けたまま箸が止まっています。

「でも、まだ告白はしてないのよね?」

「ああ、見ての通りだ」

「ということで、告白の時間よ。あたしが背中を押してあげるから、今すぐしなさい!」

「むしろ突き飛ばされてる感覚なんだが」

 俊一はツイナと会話することで、意識しないようにしているようです。やや強引にも感じますが、彼の背中を押すにはこれくらいのことはしないといけないのかもしれません。

「で、するの? しないの?」

「菊花はされてもいいのか?」

 相変わらず、回りくどいです。でもどうせこの状況では逃げられないですから、問題はないでしょう。

「されてから考える」

「気楽だな。しなきゃだめなのか?」

「あたしはどっちでもいいわ。楽しそうだから見てるだけよ」

 視線を向けられたツイナは、笑って答えます。当然、私も楽しそうだから見ています。

「こっちも気楽だな」

 俊一は呆れた顔をしてそう言うと、真面目な顔で黙り込みます。どうするべきか思案する彼に、ツイナは何も言わずに黙っています。菊花はやはり箸を進めています。

 そして菊花のお弁当が半分くらいにまで減った頃、ようやく俊一が覚悟を決めて菊花をじっと見つめました。

「その、えーと、菊花」

「うん」

「俺は菊花のことが好きだ」

「知ってるよ」

「だから、な、俺としてはだな……」

「はむ」

 焦れったい俊一に、唐揚げを一つ口に入れながら菊花は待っています。

「あー、言うぞ、口の中の食べ物なくしとけよ」

「……ん。食べたよ」

「あ、効果切れそう。やっぱり慣れてないのはするべきじゃないわね」

 菊花をじっと見つめる俊一には、ツイナの呟きは耳に入っていないようです。彼が時間をかけたのもあって、幸い、現在教室にいる生徒は数人。それも彼女たちの親友である、日比野真美、山崎健人、田中陽太の三人だけなので、私の補助は不要と判断します。

「――菊花。俺と付き合ってほしい! 恋人同士として!」

「いいよ」

「……あれ、あっさりしてるな? 本当にいいのか?」

「うん。私、俊一のことは昔から好きだから、問題ないよ」

 予想もしていなかったであろう発言に、俊一はぽかんとしています。

「意識したのは昨日が初めてだけど」

「ああ、えっと……」

「ふふ、カップル誕生ね。あたしのおかげよ、感謝しなさい!」

 胸を張るツイナを横目で見ながら、俊一はため息をつきます。文句を言おうかと思っていたみたいですが、事実、ツイナのおかげであるので諦めたようです。

「へえ、やっと気付いたってとこ?」

 少し離れた席から、日比野真美さんの声が飛んできます。

「そうだねー」

「あれ? おいツイナ、聞こえないんじゃなかったのか?」

 あっさりと返事をする菊花に、俊一は慌ててツイナに確認します。

「告白したときには効果は切れてたわよ。あたし苦手なのよ、あれ」

「……本当かよ」

「よくわからねーけど、良かったじゃねーか」

「そうだね。僕たちとしても、祝福するよ」

「まあ、健人と陽太ならいいけどさ」

 彼らの態度をみるに、俊一から相談を受けたか、彼らから察知して指摘したか。何にせよ、彼らも俊一が菊花を好きであることを知っていたようです。

「真美は気付いてたの?」

「まあ、何となく? 断言するほどの自信はなかったけどね」

「そうなんだ。あ、それより俊一、ご飯食べないと」

「あ、ああ。そうだな」

 昼休みは有限です。告白の余韻もなく、菊花と俊一はおもむろに箸を動かしはじめました。

 放課後の学園図書館にて、話はもう少し続きます。

「そう、おめでとう菊花」

 図書館を訪れた桜と私に、菊花からの報告です。私から報告する必要はなくなりました。もう一人の報告対象、遥ちゃんには俊一から報告があるでしょう。

 他に事情を知っているクーリは、くりぐるみとしてあの場にいたので、全てを見聞きしています。そしてその彼女も、人の少ない今の図書館では会話に参加していました。ちなみにこの場には俊一もいますが、恥ずかしそうに顔を逸らしています。

「菊花を傷つけるようなら、わらわが許さんぞ」

「そうだよ。初めては騎乗位。忘れないでね」

「傷つくところはそこかよ」

「大事だよ? あ、でも安心してね、私、知識だけはあるからリードするよ」

「あのなあ。……あー、ま、菊花だし、仕方ないか」

 やはり二人は仲良しです。一応、幼馴染みから恋人同士になった割には、いつもと会話内容が変わらない気もしますが、恋愛の形は様々です。二人にとってはきっと、こういう形が一番なのでしょう。

「良かったですね、菊花、俊一」

 なので、私は素直に祝福することにしました。もちろん、こっそり観察していたことや、これからも私の趣味で観察を継続することは秘密にしたままです。


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