解き放って!

七 積記録


 ルーナが解き放たれて以来、彼女は毎日のように俺たちの家にやってきていた。だったら夏休みの間だけでも一緒に住んだらどうかとは、彼女の変わらぬ警戒心を見ると、とてもじゃないが言えるものではない。

 ちなみにルーナは妹と仲良くしているようで、名目上は和火葉と遊びに来たということらしいが、たまに感じる強い視線は間違いなくルーナのものだと思う。

「ルーナ、ゲームをしないか?」

 ただ、こうして毎日のように四人が家にいるという状況は、ゲーマーとして見逃せない。リシアの実力を考えると、ルーナもゲームは上手なはずだ。和火葉も腕は確かである。インターネットを介さず、リアルで拮抗した実力同士の四人対戦ができる状況――見逃せようか。

 和火葉の部屋をノックして、まとめて二人を勧誘する。この日のために、それとなく四人対戦がしたい雰囲気を出して、夜にはリシアや和火葉にも話しておいた。

「そんなこと言って、最後には脱がせる気でしょう? わかってるのよ」

 最初に誘ったときに、冷笑とともにそんな答えが返ってきたのは数日前。まともに誘っても警戒心の前には断られるだけなので、同じ女の子であるリシアと和火葉の協力は必要不可欠だった。

「そんなにしたいの?」

 その成果が見えた今日、憐れむような目つきでルーナから答えが返ってきた。後ろでは妹が微笑を浮かべているが、その意味については考えないでおこう。

「まあ、私もあなたが根っからのゲーマーだってことは理解したけど、女の子と一緒に成人向けのゲームをやりたいなんて、どういう趣味?」

「いや、仲良しのカップルじゃあるまいし。そういうのは将来の話だな」

 そもそも成人向けのゲームはやれないし、持ってないんだから趣味も何もない。

「ああ……その辺はきっちりしてるのよね。女の子と一緒に、女の子を脱がせたりいろんな方向から眺め回したりするゲームをやりたいなんて、どういう趣味?」

「む」

 確かにそういうゲームなら一般にも存在する。リシアシリーズを除くと、特定のジャンルに偏らない雑食ゲーマーとしては、やったこともあるしソフトだって何本もある。

 封印解放の状態の違いで、リシアよりも現実世界に理解の深いルーナ。特にゲームを介して触れているためか、ゲーマー周辺の知識はかなりのものだ。もちろん、自分と比べるとまだまだと言えるが、通じない会話がほとんどないというだけでも凄いと思う。

「そういうゲームだと、四人対戦が秀逸なものは少ないな。俺としては五光の拡張コントローラーを使用した、ボードゲームによる頭脳戦を楽しみたいところだ」

「へえ。それができるとなると、やっぱりあれかしら?」

 だがそれゆえに、マニアックなネタでもすぐに通じるのはありがたい。憐れむような目つきこそ変わらないものの、笑顔を見せたルーナにたたみ掛ける。

「やっぱり『ルーナのマジックボード ~少女リシアの日常3~』だよな。あれは最高の傑作だ。もちろん、得意なんだろ?」

「当然よ。リシアもなかなかのものだと思うけど……」

「和火葉もいいよな?」

「お兄様のためなら喜んで。その代わり、あとでご褒美くださいね?」

 しなを作った妹に、微笑んで冷静に答える。

「今日の夕飯にケーキを追加しよう」

 何とか無事に承諾を得たルーナと、和火葉を一緒に連れて自分の部屋に戻る。待っていたリシアは手はず通り、五光の横に四つの拡張コントローラーを用意して待っていた。

「おかえり、優日。問題ないの?」

「ああ。マジックボードで」

 俺の答えにリシアが頷き、ルーナと和火葉も腰を下ろす。端のリシアに、俺を遮るように隣り合って座るルーナ。そこから俺、和火葉と並んで、五光を起動する。

 画面にタイトルが表示されるとともに、拡張コントローラーに付いた小さな液晶画面にも簡単な映像が映る。これには様々な使い方があるが、ルーナのマジックボードにおいては全体の情報確認及び、戦略性を高めるカードやアイテムの表示に使われている。簡単に言えば、トランプの手札のような使い方である。

 小型の情報端末をプレイヤー全員に用意して、広がるゲーム性。五光においては開発・製造コストの問題を解決し、普及という問題を見事に解決していたのだが……これもまた、多くのメーカーが活かしきれなかった五光のスペックの一つである。ちなみに発売日は、五光本体に遅れて一か月後。まだ五光への期待が大きい時期だった。

「軽くあしらってあげる……と言いたいところだけど、そうもいかないわよね」

「それじゃ、始めようか」

 今作のプレイヤーキャラは、リシアシリーズとしては珍しく、そしてまたシリーズファンには懐かしい『精霊使いリシア』に登場した精霊たち。イベントとしてリシアやルーナが登場して、頼み事をされた精霊が目標達成のために動くという設定だ。

 序盤に開示されているのはボード上のキャラのみ。最初に配られた五枚のカードは自分のものしか分からず、四人対戦である以上、最初から激しく動いても通じるのは初心者同士の戦いの場合。上級者が相手であれば、中盤以降に確実にその隙を突かれて逆転されるだけだ。

 少し進めて、和火葉がアイテムを入手した。カードの効果を強化・変化させる効果を持つアイテム。これを誰かが入手してからが、マジックボードの本番である。

 一見するとダイスを振っての運要素に左右されるゲーム。だが、そう思っていられるのは初心者の間。上達するにつれて、最初に配られたカードの重要性がわかってくる。

 相手にカードの内容を悟られずに、適切なタイミングでアイテムを絡めてカードを使うことで、どれほど不利と思われる局面でも打開し、逆転できる――それがルーナのマジックボードの深さである。

 アイテムと違い、カードは使い捨てではなくその対戦中、使用条件を満たしていれば何度でも使える。だが、一度使えば使ったカードの情報は対戦する全てのプレイヤーに開示され、容易に条件を満たすことはできなくなる。早期に五枚とも使えば、敗北は必然になるだろう。

「お兄様に攻撃します」

「……ふむ」

 和火葉はアイテムで融合した二枚のカードを使用して、攻撃を仕掛けてきた。開示することはそのカードの使用に関してはデメリットでもあるが、他のカードを使いやすくするというメリットもある。こちらの手持ちで反撃するのは容易だが、今は様子見することにしよう。

 カードは使わず、攻撃を受ける。初めての攻防で順位は最下位になったが、これで勝負が決するようなことはない。むしろ、最下位にいることで狙われにくくなるメリットもある。

 次にアイテムを入手したのは、リシアとルーナだった。和火葉に攻撃を受けて足止めされた俺は少し遅れていて、まだ攻勢には出られない。

「そうだね……じゃあ、和火葉を狙うよ」

「でしたら、こちらで防御します」

 一枚のカードを開示したリシアに対し、和火葉は二枚のカードを開示して防御する。一枚は最初に見せたカードだが、もう一枚は未使用のカード。これで和火葉の開示枚数は三枚。早期に多くのカードを開示して、残る切り札の使用を誘って大差をつける……いつもの和火葉のプレイスタイルだ。

「うん。だったら続けて、ルーナにも」

「そうね……はい」

 リシアの使用したアイテムは、一つのカードでの二連続攻撃。別々のプレイヤーを選択するのが条件だが、序盤であれば効率的に相手のカードを探ることができる。

 リシアの攻撃は二枚のカードで和火葉には完全に防御され、一枚のカードを使用したルーナも防御に成功して威力を半減させていた。どうやらリシアのプレイスタイルは、相手の手札を早期に開示させて、自身に有利な状況を作るものらしい。中盤以降に使えば大きな効果を狙えるアイテムを、入手した直後に使用したのだから。

「じゃ、私は優日に」

 ルーナはアイテムを使用せず、防御に使用したカードで俺を狙ってきた。

「はい、もう一回」

「えい」

 それから、ルーナは何度も攻撃をしていたが、その全ては俺に対してだった。

「……集中攻撃か」

「ええ。まずは一人、確実に削った方が楽でしょう?」

 それだけじゃない気もするが、集中攻撃されていると分かっていれば対処は簡単だ。

「なら、こっちもこれを使わせてもらう」

「……む。やってくれるじゃない」

 アイテムと開示した一枚のカードによる、三倍反射。なかなか狙えるものではないが、この状況なら簡単に差を縮められる。

 そのまま大きく順位は変わらないまま、上位をリシアと和火葉が争い、下位を俺とルーナが争う状況で、ゲームも終盤になった。上位同士で和火葉とリシアが牽制し合い、相変わらずルーナは俺を集中攻撃してくるので、こちらも反撃に備えて守勢に徹する。

「まだ削る気なのか?」

「私はあなたに勝てればそれでいいのよ。……でも、このままじゃ厳しいわね」

 ルーナは微笑み、小さく肩をすくめる。下位を争う俺とルーナの差は切迫している。集中攻撃は、する側よりされる側の方が有利。それでもここまで差を維持しているのはさすがとしか言いようがないが、既に五枚を開示したルーナに対し、こちらの開示カードは未だ二枚。

「次やったら、あなたに抜かれるわね」

「ああ。ルーナは確実に抜けるだろうな」

 そのためのアイテムも揃っている。次のルーナの攻撃に使えば、上位の二人との差も大きく縮められるかもしれない。

「なら、こうするしかないわね」

 アイテムを使用して、ルーナが狙ったのは上位の二人への連続攻撃。同じく五枚のカードが開示されたリシアは全力で防御したものの、有利な攻撃は全て防ぎ切れない。対して、和火葉が開示していたカードは四枚。

「お待ちしていました」

 妹が開示した最後のカードは、強力な反撃カード。偶然にも……いや、和火葉はこのときのためにその厳しい条件を常に満たし続けていた。

「……へえ、それだったのね」

 ルーナの攻撃によりリシアは順位を落とし、反撃によりルーナもしばらく攻撃が不能になってしまった。この終盤においてこの差は大きく、和火葉は無言でこちらを見る。

「お兄様、私の全ては見せましたよ? その手持ちで、抜けますか?」

「さあ、どうだろうな?」

 挑発するような和火葉に、微笑して曖昧に答える。この状況で逆転を狙うには、和火葉だけでなくリシアも相手にしなければならない。

 ターンは少し進み、リシアの攻撃を和火葉は完璧に凌いでいた。その間に、遅れている俺もアイテムを入手する。ボードの広さから、これが最後のアイテムだ。

 ――この状況なら、いける。

「さて、動くか。リシアも和火葉も、まとめて抜かせてもらうぞ」

 全てのアイテムと、ここまで隠しておいた三枚のカード。それらを使用して行うのは、自分以外の全てのプレイヤーへの全体攻撃。開示されたカード、アイテム、マップの状況……ここで使えば、一気に逆転できる。

「……よし」

「さすが、優日は凄いね」

「最後のダイス勝負までは持ち込めたのに……ぷう。お兄ちゃんのえっち」

「何の話だ」

 わざとらしく頬を膨らませた和火葉の言う通り、ダイス勝負に持ちこまれたのは事実だ。とはいえ、俺が最低の目を出して、和火葉が最大の目を出すという、確率上の有利不利はやはり大きかった。

「みんな抜かれてしまいました」

「ああ、ぎりぎりだったけど、抜かせてもらったよ」

 ルーナも敗北を認めて、今回のゲームの勝者は俺に決まった。

「……ところで」

 五光の電源を落としてすぐ、ルーナが俺を真っ直ぐに見て言った。

「あなたの発言は全て、ここに記録させてもらったわ」

 開いた左手の手のひらに、現実的で立体的な本が積まれていく。『連鎖環』とはまた違う何かであるとは分かったが、それがなんなのかはまだ分からない。

 すると本が崩れて、何冊かの本が開かれていき、ルーナはそこに目を落とす。

「私は確実に抜けるだとか、リシアと妹をまとめて抜くだとか、言ってたわよね。知ってるのよ男の言う抜くが、どういう意味なのか」

 ルーナは懐から魔法の筆を取り出して、書面にその言葉を残していく。

「この『積記録』に全て記録されてるのよ、あなたの発言はね! でも、このデータはいつまでも保持できるものじゃないわ。だからこうして書面に残して、物的証拠を作るの」

 こちらの尋ねたいといった気配を察知したのか、ルーナが解説してくれる。

「ま、バックログとでも言えばわかるかしら?」

「なるほど。でもさ、文脈ってものがあると思うんだ」

「お兄ちゃん、そんな意味で使ってたの? ふけ……いいよ。お兄様なら、好きにしても」

「リシア」

 ややこしくなる前に、誤解を解いてくれそうな唯一の少女を頼る。

「ふふふ、ルーナ。いくら優日だって、こんなところでそんなことはしないよ。和火葉の話だと、私を想像してそういうことをしたことはあるっていうけど……ヒロインとしてはそれほど愛されてるってことでしょう?」

「ふーん……」

 ルーナが睨んできた。頼る相手を間違えたわけではない。少なくとも、話を逸らすことには成功したはずだ。

「私やリシアで、そんなことを……」

「いや、ルーナではしたことないけど」

 こうなったら黙っているのは得策ではないので、素直に答えることにする。

「……とりあえず物的証拠は得たわ。覚悟しなさい」

「お兄様、それはだめですよ」

「そんなこと言われてもな……」

 妹の言いたいことも分かるが、だからといって面と向かってそんなことを言ったら、それはそれで問題というか、その方が大きな問題になるのは間違いない。

 真っ直ぐな視線をこちらに向け続けるルーナ。黙って見返していると、ふっと彼女は微笑んで、紙を破って何やら輝く魔法で綺麗に掃除してしまった。

「今回のは冗談よ。でも、覚えておくのね。あなたの発言、私は見逃さないわよ」

「なんで教えてくれたんだ?」

 勝手な録音は証拠能力を有しないと聞いたことがあるが、彼女が日本の法廷で勝負をするつもりには見えない。

「その方が牽制になるでしょう?」

「そこまで警戒されてるのか」

 当然とばかりに大きく頷くルーナ。一度ゲームでぶつかり合えば少しは警戒を解いてもらえるかもしれないと思ったが、どうやらその効果は全くないようだった。

 とはいえ、最大の目的――四人対戦は無事に終えることができた。

「またゲームはしてくれるか?」

「そうね。ゲーム中の方が、素は出やすいでしょうし……考えてあげるわ」

 とのことなので、今日はこれでよしとしよう。常にこっそり監視されているような状況を脱することができただけで、成果は上々である。

 ちなみに、この会話中。リシアが『ばっくぐらうんどみゅーじっく!』をしていたが、流すべき音楽には迷ったのか、緊迫感のあるBGMだったり、和やかなBGMだったり、頻繁に曲が変わっていた。懐から取り出した魔法の笛は二本。木だったり金属だったり、音色を使い分けていた。

 後に聞いたところ、返ってきた答えはこの通り。

「ルーナに負けてはいられないからね」

 そう言ったリシアの顔には笑顔があるだけで、ルーナへの対抗心はほんの少し。新たにルーナの封印が解放されても、やはりリシアはいつものリシアだった。


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