解き放って!

五 リシアとルーナ


 リシアシリーズの最新作を、リシア本人と一緒にプレイする……これほどの幸福が他にあるだろうか。五光に読み込み、表示されたタイトルは『ルーナブルーム』。リシアの名前が入らないのは珍しいが、長期シリーズ作品にはライバルの名前を冠するタイトルがいくつかあるのは珍しくなく、リシアシリーズにもルーナの名を冠するタイトルはいくつかある。

 初代『少女リシア』で面ボス・ラスボスとして登場して以来、ヒロインリシアのライバルとして全作品に何らかの形で登場しているキャラクターだ。設定上は確か、リシアと同じ魔法学園の先輩にして、卒業生だったはずだ。

 ブルーム――ほうきということで、レーシングゲームの内容はほうきに乗ったリシアとルーナを操って競うゲームのようだ。リシアとルーナのキャラクター性能と、複数存在するほうきの性能で操作感覚が変わる、と。

 いつもなら最初はリシアを使うところだが、隣のリシアが迷わずリシアを選択したのでルーナを選ぶことにした。リシアシリーズの定番として、これも同キャラ対戦は不可能なのだ。

 コース上の特定の箇所で、最大上下左右の四方向から分岐を選択。速度はAとBで五段階に調整して、そのあたりの細かい特性が組み合わせ次第で細かく変化……。

「あ! 私が落ちた!」

「開発者みたいなものだったんじゃ……いや、っと!」

 奈落の底に落ちていくブルームリシアを見て、会話をしていたらコースアウトしそうになったので、慌てて修正する。シンプルな操作性ながら、レーシングゲームとしては屈指の難しさだと理解する。

 まず電車運転シミュレーターゲームのクリアに必要とされる技術を、最低レベルで要求。その上で精密な操作も要求……か。一般的なレースゲームのボリュームを考えると――またリシアシリーズの平均ボリュームを考えても――一日あればクリアできると思っていたが、どうやらマスターするには何日かかかってしまいそうだ。

 俺とリシアが苦戦する中、精霊やその他のCPキャラがどんどん追い抜いていく。

 ここまでの難しさ、近年の少女リシアとしては珍しい。いや、昔の高難度なゲームが多かった時代のリシアと比べても、最高難度じゃないだろうか。だからこその『ルーナブルーム』なのかもしれない。特別製として調整されている可能性も否定はできないが……そのあたりは、クリアしてから聞けばいいことだ。

「ゲーマーとして、負けられないな。リシア、疲れたらいつでも抜けていいぞ」

「うん。でも大丈夫だよ。こういうの、私も慣れてますから!」

 ルーナの名前を冠するタイトル。彼女の挑戦のようなものと捉えているのか、リシアもやる気は満々だった。練度にもよるが、ゲームの攻略は人数が多い方がいい。その際に大事なのはたった一つ。仲間が見つけた攻略法を唯一のものと思わず、常に最良を探し続けること。

 試して見違えるほど楽に攻略できてしまうと錯覚してしまいがちだが、最初に見つかった攻略法が最高の方法である確率は高いものではない。その錯覚で攻略が遅れている例は、ネットの攻略サイトを見れば結構な割合で見つかるものだ。

 無論、眺めるのはクリア後である。攻略本やネットで他の攻略法を眺めて、自分の見つけた攻略法と比べてみる。これもまたゲームの楽しみ方の一つだ。

 あっさりと最初のコースでゲームオーバーになる段階を越えたのは、その日の夕方前。そこからクリアまではすぐだった。レイクサイドハウスからの帰宅時間、『ルーナブルーム』の攻略難度を考えると、二人がかりとはいえ相当な速さだと思う。

 だがそんな俺たちに、『ルーナブルーム』はさらなる挑戦を求めてきた。二番目のコースの難しさは最初のコースの数倍どころか、数十倍。全部で何コースあるのか分からないが、このコースの攻略が完了するのはどうやら明日になりそうだった。

 明けて二日目。二番目を昼前にはクリアして、三番目のコースもさほど難しさは変わらなかったので、短時間で突破。しかし四番目のコースは、再び数十倍の難しさを見せていた。

 最初のコースから考えると、数百倍の難度上昇。昨日の自分からは考えられないようなスーパープレイをしても、あっさりとCPに負ける。コースアウトミスこそ現在ではほぼなくなっていたが、ここから先で求められるのはレーシングのさらなる技術のようだ。

 三日目。五番目のコースでさらに数十倍、最初から考えると数千倍という目を疑うような難度上昇だったが、これが真の『ルーナブルーム』だとすんなり理解できるくらいには、俺もリシアもこのゲームをやり込んでいた。

 これまでは、ゲームオーバーに直結するだけだったコースアウト。

 しかしこのコースからは、適度な速度でコースアウトすることで、大幅にショートカットできる要素が組み込まれていた。もちろんCPは最初からそれを使いこなし、同時にそれがショートカットの存在を気付かせてくれる絶妙な優しさ。

「いけそうだね?」

「ああ。多分、これが最終段階だろう」

 そして四日目。六番目、七番目、八番目、九番目……昨日から順調にコースを制覇して、十番目――最終コースに到達したのはその日の正午だった。

 今日中にクリアできる! そう思っていた俺たちの前に、最終コースは最終らしい難しさで待ち構えていた。ここでまさかの、数十倍どころか一気に数百倍の難度上昇。さらには、コースも半分を過ぎたところでさらに数十倍の上昇である。

 だが、それでこそラストに相応しい。相当なゲーマーでないと断念するような難しさでありながら、ゲーマーなら必ず気付けるヒントも用意されていて、決して理不尽ではない。

 五日目の正午……を少し過ぎた頃――ついに最終コースのゴールが見えた。ようやくクリアという達成感と、まだ油断はできないという警戒心。最後に待ち受けていたのは、最初のコースで学んだ素早い操作による分岐選択と、速度調整という基礎の基礎だった。もっとも、要求されるレベルは最初のコースの比ではなく、最終コースらしい脅威の難しさであったが……ここまできた俺たちには、程よい緊張感で楽しめるウイニングブルームになっていた。

 無事にゴールした画面には、操作していたルーナとリシアが並んで空を飛ぶ映像とともに、エンドロールが流れていた。といっても、レイクサイドハウスはスタッフ不詳の謎の開発会社であるから、エンドロール風の演出といった方が正確だ。

 そしてカメラが正面からブルームルーナを映した直後。

「っぐ」

 勢いよく画面から飛び出してきたルーナが――ルーナのブルームが顔面に衝突した。勢いを失った魔法のほうきは瞬時に消えて、腹部の上に少女が落ちてくる。

 重く……はないが、突然の衝撃が二連続は痛い。そのまま黙ってこちらを見下ろす少女の顔を、体を眺める。というかこの体勢では視線を逸らすのが難しい。

 ショートカットの黒銀の髪。クールで綺麗で愛らしい、リシアのライバルみたいな女の子。和火葉と同じくらいの身長だけど、妹よりも軽い。

「あなたが奈山優日ね? 解き放ってくれたことには感謝するけど、お話は日を改めてもらうわ。……リシアも来る?」

「来る、ってどこに?」

「どこって、冬海湖のところよ。覚えてるでしょ?」

「……本物のルーナだな」

 この強引さ、まさにゲームの中のルーナと同じだ。リシアも知っているみたいだし、仲良く話しているのはいいのだが、まずはどいて欲しい。一応、重さは分散しているみたいで辛くはないが、代わりに軽く締めつけられて動けない。

「そうよ。私はルーナ。とりあえず出口は……窓でいいか」

 感情の読めない表情で黙って部屋を見回して、ルーナの声が耳に届く。ついでに、部屋をノックする音も耳に届いた。今から下りろと強く命令しても遅いので、諦めるしかない。

「お兄様、男性の胸の好みの自由研究のお手伝いを――」

 妹の視線が俺に向けられたのは一瞬。リシアに向けられたのも一瞬。和火葉が見つめていたのはもちろん、腹部の上で俺の体を締めつけているルーナだった。

「初めては着衣で騎乗位……それも私と似たような歳の……」

「ええと、和火葉だったかしら? 私は多分、あなたより年上よ」

「……十八歳以上だから、合法?」

「いいからそろそろどいてくれないかな」

「いやよ。どいたら押し倒されて、変態行為を要求されるのはわかってるわ」

 締めつけられているのは、完全に彼女の意図だったらしい。言葉で勝負しても意味はなさそうだったので、ここは迷わず和火葉を頼ることにする。視線を向けると、和火葉は頷いてこちらに歩いてきた。

「……事情はわかりませんが、とりあえずお兄様は私が押さえておきます。さあ、ルーナさんは逃げて!」

「ありがとう。恩に着るわ」

 和火葉もすんなりと受け入れるなあと思いながら、黙って窓から飛び出していくルーナを視線で追う。彼女の姿が見えなくなって、和火葉も押さえていた俺の両腕を解放してくれた。

「自由研究の話は、また今度にしますね」

「ああ。そうしてくれ」

 本気だったのかとは、思っても何も言わないでおく。夏休みはまだ終わらない。自由研究より、今はルーナへの対応を考えるべきだと思ったから。


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