Sister's Tentacle 11

六本目 剣士と王女に友情が芽生えた


 二の月二の週。コーヴィアとユィニーの兄妹が遊撃の女王と遭遇したのと同じ頃。女剣士リリファは雪の降るトフィン王国の城下町を歩いていた。

 寒季も二の月となれば、そろそろ雪が降ってもおかしくない時期だ。中央大陸全体では半々といったところだが、氷海から近いトフィン王国周辺では雪が降らないことの方が珍しい。降らなければ氷海の女王が怒っているのではないかと噂されるくらいだ。

 ヒトの女王トフィンの統治により、トフィン王国の国民は平和に暮らしている。東大陸での戦乱の噂は聞こえてくるが、さすがに氷海を越えてこちらまで広がることはないだろうと、国民の中ではどの女王が勝つか、引き分けも含めた賭けが冗談で行われている。本格的に行われないのは、戦乱が数十年に渡って続いており、未だに終わる気配さえも見えないからである。

 リリファがトフィン王国に滞在している理由は簡単だ。氷海に向かい、氷海の女王に会うためである。寒季の深まるこの時期なら、徒歩で氷海の氷の上に辿り着つける。船があればいつでもいいとはいえ、頼んでも交渉の余地なく断られてばかりだったので、その方法は早々に諦めた。

「そろそろいい時期かな」

 降り積もる雪を踏みしめながら、リリファは呟く。聞いた話では三の週からが完全に繋がる時期とのことだが、多少であれば氷結の剣の力を使えばいい。

「そうだね。そろそろ頃合かな」

 後ろから聞こえてきた少女の声に、リリファは振り返る。

「やっほー、剣士さん。これからお出かけ?」

 リリファに声をかけたのは、トフィン王国第二王女。雪に溶けるような明るい金髪のマセリヤは、白い雪に黒い髪のコントラストが映えるリリファに片手を振って挨拶する。

「うむ。君は?」

「私はマセリヤ。噂の剣士さんの目的、ちょっと聞いていいかな」

「噂? よくわからないが、私の名はリリファだ。剣士さんでは不便だろう?」

「リリファね。よろしく!」

 近くの喫茶店に場所を移すと、マセリヤは早速とばかりに噂の話を始めた。氷海に向かおうとしている剣士がいる、という単純な噂である。

 案内するときに、ウエイトレスが姫様と呼んでいたが、両者とも気さくに話していたことから愛称のようなものだろうとと、そのときのリリファは思っていた。

「目的はそれだけ?」

「今はそれだけだ。しかし……」

「剣を集めて願いを叶えたい、だっけ?」

「ふむ。そのことを話した相手は限られるのだが……君は、どちらの知り合いだい?」

 心当たりは二つ。一方ならおそらく問題ないだろうが、もう一方なら警戒を強めないといけない。

「どちら、と言われるとどっちも知り合いなんだけど……親しいのはコーヴィアとユィニーの方かな」

「ほう」

「ふふ。ね、もう少し情報交換、しない?」

「いいだろう。君とは同じく剣を持つ者同士、できれば仲良くしたい」

 リリファとマセリヤは、それぞれの持つ情報を話し合った。リリファが自らの血を消すために行動していること。トフィン王国の女王がヒトの女王であり、マセリヤが第二王女であること。それぞれ氷結の剣、天空の剣の適応者であり、使いこなせること。もちろん他の人に知られたら困ることは、筆記や耳打ちなどで対応した。

 マセリヤがリリファに声をかけたのは今日が初めてだが、トフィン王国に戻って噂を知ってからは、たまに遠くから様子を見ていた。そのときに剣の存在は確認している。

 リリファもそれに気付いてはいたが、すぐに動く様子はなかったので放っておいた。話かけられてすぐについていったのは、彼女が剣を持っていることに気付いたから。相手の思惑はどうであれ、自分の思惑のために会話は必須である。

「うーん、でも、氷海に行くのはやめた方がいいと思うけどなあ」

「しかし、吹雪などがあるわけでもないのだろう?」

 情報交換を終えて、共通の知り合いがいることからやや打ち解けた二人は、氷海へ向かうことの可否について話し合っていた。

「そうだけど、広い氷海の上を歩いて探すなんて、無茶だよ」

「無茶でも、いずれは会わねばならない相手だ。君の協力があれば心強いのだが」

「じゃあ、一日だけ」

「一日でも嬉しいよ。その代わりではないが、それでだめなら君の忠告に従うとしよう。最後の一本にして、兄妹に手伝ってもらう手もあるからね」

 口約束とはいえ、約束は約束である。彼の性格からすると断る可能性は低いだろう。

「しかし、君はいいのか? 町の人にも知られているようだが、王女なのだろう?」

「第二王女だよ。そういうことは、姉上や母上のお仕事。あんまり関係ないんだ」

 マセリヤは屈託なく笑ってそう答える。それから小声で、

「その代わり、大変になるかもしれない役目もあるんだけどね」

 と続けた。

「そう言い続けて十五年。気ままに暮らすぐうたら姫のマセリヤちゃん、と王国では有名です」

 小声が聞こえていたのか、水差しを持ったウエイトレスが皮肉を口にする。喫茶店に入るときに案内してくれたウエイトレスと同じ少女である。

「やだなー。今まではその通りだけど、今は本当にそうなんだからねー」

「ふーん。マセリヤがそんなこと言うのは初めてだけど、怪しいなあ?」

「本当だよー。ユーナが信じてくれないなら、またつまみ食いしちゃうよ」

「あ、ごめん。信じる信じる。マセリヤのそれ、本当に疲れるからやめて。じゃ、私は仕事に戻るから」

 ウエイトレスのユーナはそそくさとその場を去っていった。

「つまみ食いか」

「うん。ちょっとくらいはね。それに、ユーナは反応が可愛いし」

 苦笑するマセリヤを、リリファは真剣な目で見つめる。

「あんまり、気分良くない?」

「いや、少し羨ましいなと思ってな。君も、彼や彼女も、私の出会った者たちは皆、似たような境遇にあるにも拘らず、その血を素直に受け入れている。羨ましいよ」

 そう言うリリファに、マセリヤは無言で応えた。そしてそのまま沈黙がしばらく続き、最後に氷海を訪れる日を決めて、二人は喫茶店で別れた。

「あ、ちょっといいですか」

 帰り際、リリファはウエイトレスから呼び止められる。

「おや、お金が足りなかったか?」

「ううん。ふんふん……んー……?」

 ユーナはリリファの体を眺め回しながら、首を傾げては再び眺める。

「……何かな?」

「あ、すみません。マセリヤがあれだけ打ち解けてるの、初めて見たからつい。私も仲良くしてるつもりなんですけど、彼女、何か隠してるような気がするんですよね。あまり深く踏み込んでくれないっていうか、寂しそうっていうか……」

「だが、つまみ食いされる関係なのだろう?」

「あー、まあ、それは別で。でも、本当に珍しいことだから。どこかに出かけるみたいですけど、よろしくお願いしますね」

 微笑むユーナに、リリファも同じく微笑み返して答える。

「頼まれた。この剣に誓って、彼女は私が守ろう」

「あはは、お話の騎士様みたい」

 喫茶店に来客を告げるベルの音が響く。仕事に戻るというユーナに別れの挨拶をし、リリファは雪の降り止まぬ街へと出た。ぼんやりと降る雪を眺めながら、彼女は小さく微笑んでから、宿への道を歩き出した。

 数日後、リリファとマセリヤはトフィン王国の東、氷海に向かって歩いていた。氷海の中央は暖季には完全に氷が溶けるので、港もあり船も係留されている。寒季でも船が氷で痛まないような場所に港はあるので、二人はそこから北へと進む。

 今日の天候も雪。柔らかくふわふわした雪が舞い、氷海を幻想的に輝かせている。

「このあたりかな。飛び越えるには……距離があるな」

 リリファは氷結の剣を抜く。刺突剣の先に氷を纏わせ、その氷を海に落とす。すると海はみるみるうちに凍っていき、二人が歩けるだけの氷の道ができあがった。

「へえ、やるね。それじゃあ私も、っと」

 二人が氷の上に乗ったところで、マセリヤはリリファと手を繋いで、もう片方の手で天空の剣を抜く。細剣から生みだされた風は二人の背中を押し、彼女たちは氷の上を高速で滑っていった。

 魔法の風なら単なる追い風ならともかく、普通の靴で氷の上を滑らすのは難しいが、天空の剣の力を使えば簡単に行える。

 氷海の氷の上に到達して数分、リリファの作った氷は水に溶けて消えてしまった。あくまでも一時的に渡るための通路なので、役目は十分に成し遂げている。

「意外と滑らないものだな」

「だね。少しは楽に探索できるかな」

 氷海。海の上に浮かんだ氷は平らな場所や、起伏に飛んだ場所、中には山のようになっている場所もある。それらの氷は全て繋がっていて、小さな陸地となっている。これは氷海の女王の力によるものではなく、天然の気候によるものである。

「さて、そろそろか……」

 しばらく歩いたところで、リリファはコートを脱いで腰に巻きつけると、小さな透明の羽を大きな透明の翼に変える。空高くまで飛びあがった彼女は、高度から周囲の様子を確認する。

(氷が広がるのみ……剣も、女王らしきものもなし)

 確認を終えたリリファは氷上に降り立つと、再びコートを羽織る。すぐに確認しなかったのはトフィン王国の民に見られて騒ぎになるのを防ぐためである。

「進むの?」

「ああ。相手は女王だ、見た目だけが全てとは限らない」

 リリファの言葉にマセリヤは素直に頷く。二人とも女王の力はよく知っているから、それ以上の説明は要らない。

 そしてその言葉が真実であると判明したのは、十数分ほど歩いたときだった。氷海に降る雪が鳥の形となり、どんどん増えていき、最終的に現れたのは十羽の鳥。それらは迷うことなく二人に襲いかかってきた。

 最初に突進して来た二体を、マセリヤは炎を纏った風で一気に焼き尽くす。炎の魔法と天空の剣の力の組み合わせ。

「君が使えるのは、風だけではないようだな」

「炎は苦手だから、弱い相手にしか使えないけどねー」

「ならば、私も少し見せるとしよう」

 広範囲の魔法を見て、空高くから動かない雪の鳥は、大小さまざまな雪玉を投げてきていた。距離があるので回避は難しくなく、威力も低いのだが、高空からの攻撃には地上からでは反撃が難しい。

 リリファはコートを巻きつけてから、刺突剣をタクトのように、六拍子。彼女の周りに氷が集まっていき、それに合わせて剣を収める。大きな翼で軽く浮きあがったリリファの両手には鋭く長い氷の爪が、両脚には長い氷の鉤爪が形成されていた。

「空は君たちだけの領域ではない。覚悟するといい」

 一気に飛びあがったリリファは、高速で空を飛び回り、爪と鉤爪を駆使して雪の鳥を一体、また一体と撃破していく。透明な翼と氷の爪、素早く鋭く、美しい姿の剣士に、空にいた雪鳥は全てただの雪に戻っていた。

「あなたも凄いね! 組み合わせも慣れてるみたい」

「組み合わせという点では、君には負けると思うけれどね」

 おそらく他の魔法とも組み合わせることができるのだろうと考えての発言。マセリヤもそれをわかっていて、否定はせずに肩をすくめてみせた。

 二人の前に再び雪が舞い、また何かの形を作っていく。

「マセリヤ」

「うん。準備はいつでも!」

 さきほどよりも広い範囲に、雪は散らばって固まっていく。身構える二人の前に、次第にそれが姿を表した。

 最初に現れたのは『留』の形をした文字。動き出す様子はない。

 それに続くように『守』『で』『す』の三文字が続いた。

「留守、です?」

「君にもそう見えるなら、見間違いじゃないみたいだね」

 現れたのはメッセージだった。誰からのというのは、考えるまでもない。氷海の女王である。念のために二人は周囲の気配を探るが、他に誰かがいる様子はなかった。

「ふむ」

「無駄骨だったかな?」

「いや、いないとわかっただけでも大きな収穫だ。しかし、問題は……」

「いつ戻ってくるのか、だね」

 リリファとマセリヤは、互いに剣を抜いて氷と風を雪文字にぶつけて破壊してみる。

「氷海の女王よ! もう少し情報をくれないだろうか!」

「留守っていつまでー!」

 留守にしている氷海の女王がメッセージを送ってきたのは、おそらく二人が女王の縁者であると気付いたからだろう。ならばもう一度、力とともに声をかければ返事がもらえるかもしれないと、二人は試してみることにした。

 すると、今度は小さな氷の粒が集まっていき、氷の上に長めの文章が刻まれた。

『いつまでも。戻ってくる予定はないです』

 それを見て、二人は小さく頷き合ってから踵を返した。

 その日の夕方、リリファとマセリヤの二人は再び先日の喫茶店にやってきていた。

「おかえりなさいませ、お姫様と騎士様。……んー」

 出かけていることを知っていたユーナは、いらっしゃいませより先にその言葉を口にする。それから二人の顔を交互に眺めて、口を閉ざす。

「ユーナ?」

「二人とも、何かありました?」

「ああ。少々マセリヤのことが知れた」

「そだね。私も、リリファのことがわかったかな」

 氷海に向かい、互いに交わした言葉は少ない。しかし二人とも女王の血を受け継ぎ、神の力を受け継ぐ剣の適応者。その力を隠すことなく一緒に戦うことで、少しではあるが言葉以上に互いを知ることができていた。

「ふーん。じゃあマセリヤ、今度からつまみ食いは彼女で……」

「えー。させてくれないの? あ、もしかしてユーナ、嫉妬してる?」

「うん」

 マセリヤのからかいの言葉に、ユーナは照れることもなく微笑んでみせた。予想外の反応に、マセリヤは二の句が告げずに、何となくリリファを見る。

「私としては、ユーナとも仲良くしたいところなのだが。いけないか?」

 リリファは真顔でそう答えた。南西の山岳地帯。怪鳥の女王の元で育った彼女には、同年代の友人もいなければ、知人もいない。年頃の乙女として、多少の憧れはある。

「変な言い方。あ、忘れてた。いらっしゃいませ!」

 ウエイトレスのとびきりの笑顔に迎えられ、リリファとマセリヤも笑みを浮かべた。


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