Sister's Tentacle 11

一本目 妹から触手が生えた


 一人の女の子がいた。町外れの古代遺跡。危険の少ない、廃墟も同然の小さな古代遺跡に、女の子が一人。身長は百四十ほどの小さな女の子である。

 周囲には男が四人。そのうちただ一人を除いて、残りの男たちはにやにやといやらしい笑みを浮かべながら、少女の身体を舐めるように見回していた。取り囲まれた少女はぼんやりと男たちを見ながら、無言を貫いている。

 遺跡の壁を背に立つ少女の衣服が僅かに乱れているのは、ここへ連れられるときに乱れたもの。とてもささやかな胸の膨らみや、短いスカートの近くに男たちの視線が集中しても、少女は微動だにしない。

「穣ちゃん、怖くねえのか?」

 正面に立つ男が余裕たっぷりの声で言った。

 露出した肩に、腕を指先まで覆われた一部の露出度が高い服。素肌に男たちの視線を向けられても、少女は体を震わせることなくじっとしている。

「お頭、子供だからわからないんじゃないですか?」

「ふむ。穣ちゃん、歳は?」

 明るい青の髪は真っ直ぐ伸びた長い髪。前髪の下、少女は緑の瞳で目の前の男を見つめて、無表情のまま答えを返した。

「十四歳」

「経験は?」

「何の?」

「決まってるじゃねえか。それとも、わからねえか?」

「それなら、ない」

「やりましたねお頭! どうします?」

「初物なら売ってもいいが……こんな上玉、みすみす売るのはもったいねえよな」

 お頭と呼ばれた男の声に、部下らしき男たちは歓声で応える。

 落ち着き払った顔立ちをした、白い肌の美しい少女。その少女に、男たちはいやらしい視線を向け続ける。この状況では逃げられないとわかっていて、ゆっくり恐怖を与える算段のようだが、少女に怯える様子は見られなかった。

「お前ら、その辺にしときな! 俺の妹に手を出すと、怪我どころじゃ済まねえぜ!」

 そのとき、古代遺跡に威勢のいい少年の声が響いた。

 セミショートの灰色の髪。瞳は妹と同じ緑で、身長は少女より二十五は高い。歳の一つ離れた兄の声だった。

「あのな……状況、わかって言ってんのか?」

「当たり前だ。俺は今、縛られている!」

 少年は胸を張って応えた。顔立ちからも若干熱さが伝わってくる。唯一、少女にいやらしい視線を向けていなかった男。それが少女の兄であり、この少年である。

「わかってんじゃねえか」

「だが、それがどうした? 妹に手を出したら怪我どころじゃ済まない、俺は嘘は言ってないぜ?」

 不敵な笑みを浮かべる少年に、部下の一人が堪えきれずに吹き出した。

「その状況で、どうする気なんだよ? 縛られていて、武器もない、そうだろ?」

 少年の武器は男たちに奪われて、遠くに放置されていた。襲われたときに抵抗せずにいたためか、体に傷こそないものの、武器もないこの状況では救出は不可能だ。

「だったらそこで大人しく見てな、あんたの大事な妹が初めてを奪われる瞬間をよ! 安心しな、最初は優しくしてやるからよ!」

「おい……ったく、ま、俺は別にいいけどな」

 単独で少女に近づいていく男を、お頭は軽く睨んだがそれ以上のことはしなかった。バラバラに動くことで隙ができるのだが、少女に逃げる様子はないと見てのことだろう。

「へへ、それじゃ、どっからいただくかな……」

 男の手が少女の服に触れようとする。しかし、それをさせまいと少女は右手で男の腕を掴む。

「お、抵抗か? いいぜ、やれるだけやってみな! 俺たち三人、大人の男に敵うと思うならな!」

「悪い大人の男が三人……ごちそうだね」

「……は?」

 男を掴んでいた少女の右手が急速に変質する。手首から先には、白くて太く、力強くて長いもの――一本の触手が男の腕を絡めとっていた。

「な、なんだよこれ」

「触手」

 一本だった触手は枝分かれし、同じ太さの触手が数本。それらは瞬く間に、少女を襲おうとしていた男の体を絡めとっていく。

「いただきます」

「なに、を……あ……」

 少女が言葉を発してすぐ、男の瞳からは生気が失われ、一瞬のうちに男の体は衣服ごと光と消えていった。骨さえも残らず、そこにあるのは少女の触手のみ。

「お、おい、どうなってんだこりゃ!」

「ば、化け物!」

 お頭は縛られたままの少女の兄に震えた声で叫び、もう一人の男は腰を抜かしてその場に崩れ落ちた。

「だから言っただろ? 妹に手を出したら、怪我どころじゃ済まないって。俺じゃなく、妹の手によって、だけどな」

「女の子を襲うような悪い人は、食べ放題」

 右手と左手、両手から伸びた無数の触手が二人の男の体を貫く。一瞬のうちに生命力を吸い取られた男たちは骨もなく、光となって消えていくのみ。

「ごちそうさま」

 少女は一本の触手の先端を鋭い刃の形状に変化させ、兄を縛っていた縄を切る。もう一本の触手は奪われた剣に伸ばし、反動をつけて放り投げる。

「よっ、と。ありがとな、ユィニー」

 剣を受け取った兄、コーヴィアは妹の名を呼んで微笑む。

 剣を渡した妹、ユィニーは触手と化していた手のほとんどを人間の手に戻し、残った一本の触手を兄に伸ばして立ち上がるのを手助けする。

「それじゃ、帰るとするか」

「うん」

 兄妹は誰もいなくなった小さな古代遺跡を出ると、並んで滞在する町――交易の町セントレストに帰っていった。

 コーヴィアとユィニーの兄妹は人間であって、人間でない。その体には触手の女王の血が半分流れている。かつて人を襲っていた触手の女王を倒そうとした冒険者が、女王に一目惚れし、愛を育んだ結果生まれたのがコーヴィアとユィニーである。

 女王の血が流れているとはいえ、触手を操るという女王の力を使えるのは、同じ女性である妹のユィニーだけ。兄のコーヴィアは、ユィニーに襲われても女王の血が守って命を吸われないくらいで、触手を操ることはできない。

 その代わりというわけではないが、彼の持つ剣は女王から託されたもの。素質に恵まれた適応者でなければ使えない特別な剣である。

 とはいえ、素質があるからといって、剣を自由自在に使えるわけではない。事実、今彼が持つ剣はただの長剣でしかなく、剣に秘められた力を引き出すには至っていない。それでも先程の男どもを撃退する程度の実力はあったのだが、抵抗しなかったのは妹にご褒美を与えるためである。

 兄と妹の二人旅。旅に出たいと言ったのは兄のコーヴィアである。目的は世界各地に散らばる古代遺跡の探索。しかし古代遺跡は危険で、兄一人では不安。ということで、妹のユィニーが護衛としてついてきているのである。

 人間の生命を吸わせるのは、その報酬。特に悪人でなくても良いのだが、触手の女王の血を引くことが知られると滞在に不便なので、悪い人だけを襲うように決められた。

 ちなみに人間の生命を吸わなくとも生きていくことはできるが、ユィニー曰く、人間の味は極上とのことである。食べられないコーヴィアにはどんな味かはわからないが、ごちそうであることは理解できる。

 兄妹がセントレストに到着してから、今日で五日目。日付はトフィン暦八一年、一の月一の週十の日。寒季の始まり、やや肌寒い季節ではあるが、女王の血を引く二人には影響は薄い。

 この世界の暦はトフィン王国の女王が定めたもので、一年が十一の月、一月が三の週、一週が十一日、三百六十三日で一年となる。一年は三つの季節、寒季、暖季、寒暖季に三等分され、始まりは一の月一の週一の日の寒季から。十一週で季節は移り変わる。

 今日もいつもと変わらない、何の変哲もない一日。コーヴィアとユィニーの兄妹がセントレストに戻ったところで、彼らを巡る物語は静かに動き出す。


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