しましまくだものしろふりる

第三章 大陸南部精霊記


 城下町を南下して、途中に立てられた古い看板を目印に、レフィオーレたちは西へ向かう。看板に書かれているのは、北上すれば城下町に着くことと、西に進むとエラントル家の領地であり注意すること、という忠告の言葉。

 侵入することは禁止されていないが、自然の残る危険な領地。荒らさなければ問題ないとはえ、魔物も数多く棲息している。旅人がうっかり迷い込んで怪我をしないように、看板は設置されたのだろう。

 看板までの道はやや起伏はあるものの歩きやすく、西へ向かってもしばらくは同じような道が続く。何も知らなければ、このまま歩いていけると勘違いしてもおかしくない。

 しかし、次第に起伏は激しくなり、フィルマリィ川の支流である小さな川を越えると、そこから広がるのはごつごつとした岩場。その先には深い森林が見える。岩場の高いところから遠く彼方を眺めると、高いところに岬が見える。そこに何があるのかは、距離と高低差に阻まれて確認することはできない。

「あれがエラントル岬、ですか」

 その岬の先を眺めながら、ルーフェが呟く。特別懐かしいような感じがするわけでもなく、旅の目的地でしかない岬。しかし、自らとの関係があるのはおそらく間違いない。

「エラントル家の人がいるとしたら、ルーフェのことも知っているのかな」

「でしょうね。数百年前の遠い祖先が、何もなくここからリース・シャネア国へ渡ったとは考えにくいです。母も詳しい話は知りませんでしたから、断言はしかねますが」

 そこまで言って、ルーフェはレフィオーレたちに向き直る。

「その理由次第では、面倒なことに巻き込まれるかもしれません。ある程度まで近づいたら、まずは私一人で向かおうかと思うのですが」

 世界の危機が迫っているこの状況、あるかどうかはわからないが、自らの家の問題で余計な迷惑はかけたくないと、考えを口にするルーフェ。レフィオーレたちはそんな彼女に対して、一瞬呆けたような顔を見せる。

「なんで?」

 しかしそれも一瞬のこと。すぐに素直な疑問を口にしたのは、レフィオーレだった。

「そうだよね。むしろ迷惑って言ったら、昨日のあれの方が」

「しばらく離れていたからといって、遠慮のしすぎではありませんか?」

 スィーハとチェミュナリアにも続けて言われ、ルーフェは微笑みを見せる。フィオネストをリース・シャネア国に送り届けること、彼女の予知に協力すること。それらの事情があったとはいえ、しまぱん勇者の仲間の一人として、中部での騒動に関われないどころか、気付くことさえできなかったことに、感じていた引け目。

 それを気にしてもいない三人の態度に、ルーフェは救われたような気持ちになる。しかし、そこに至る原因を作ったのは、ルーフェとフィオネストの二人。

 もしも、反魂の術を試みることなく、ルーフェが単身で大陸へと渡っていたら――そう考えると、やはり完全に救われることはできないなと思う。過去は変えられないし、受け入れるしかない。だが、それによって失われた存在が彼女を縛っていた。

 リース・シャネア国に戻ってから、フィオネストに協力して色々と手を探ったものの、リシャを取り戻す方策は見つからなかった。文献を漁っても前例がないどころか、似たような例さえない。姫に代々伝わる伝承にも手がかりはなかった。

 スィーハとレフィオーレの関係を考えると、最初に騎士とともにレフィオーレを旅立たせたことは間違いではないと思う。そもそも、あれはレフィオーレが強引に自分の意志を貫いたものであって、騎士をつけるのなら、と妥協したのがフィオネストとルーフェだ。

 しかし、その後のことは全て二人の責任。結果的に世界の危機を救えたとしても、その問題が解決しない限り、ルーフェの、フィオネストの心は救われないだろう。

「わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」

 それでも、そのことを考えるのは今ではない。まずは目の前の問題を解決してから、世界の危機を救えなければ、全ての意味がなくなるかもしれない。

 ルーフェは軽く一礼して、三人を頼る意志を示す。

「それじゃ、そろそろ行こっか」

 レフィオーレが手を差し伸べる。差し伸べられた手を受け取ったルーフェを、そのまま引っ張っていこうとするレフィオーレに対し、ルーフェは身を委ねつつも、引っ張られるまま歩きはしない。

 転ばない程度の軽い力で逆に引っ張り、ルーフェは言った。

「先頭は私にお任せください。危険な場所の探索なら、私が一番慣れています」

 リース・シャネア国の姫、リース・シャネア・フィオネストの近衛騎士として、知識だけでなく経験もそれなりにある。近くの小さな島を単独で探索したこともあった。

 ルーフェは槍を構えて、臨戦体勢を整えて先頭に立つ。レフィオーレたちは頷いて、彼女の後に続いて木々の中に分け入っていった。しんがりを務めるチェミュナリアは、入る直前に振り返って後ろを確認する。空は晴れて、雲一つない。しばらくは天候に問題もないだろう。

 木々の陰に隠れながら、レフィオーレたちは森林の中を進んでいた。ルーフェが注意を走らせ、彼女の指示でレフィオーレたちが続く。

 特別に足場が悪いわけではない。だが、魔物の数が多い。ここにいる全員が気付くほどの強い気配を持つ、大型の魔物が数体。中型、小型の魔物が気配を感じとれるものだけでも数十体は近い範囲にいた。

 あれだけの大きさで、気配を隠すこともしない。縄張りを守るための行動。中型以下の魔物は、それを避けるように行動しているようだ。

 レフィオーレたちも同じように、大型の魔物を避けて進んでいく。戦闘になっても四人であれば勝つのは容易だろう。しかし、その騒ぎで他の魔物が集まってきて、連戦ともなれば疲弊もするし迷う可能性も高まる。安全な宿も確保されていないのだから、避けられる戦いは避けるのが得策だ。

 そうして時間をかけて、森林を進んでいくと大きな沼に辿り着いた。周辺に魔物の気配はなく、沼を抜けた先には光が見えている。その先にあるのは岬か西側か。

 レフィオーレ、スィーハ、チェミュナリアの三人には判断がつかない光の先。だが、ルーフェだけははっきりと、その先にあるのが岬だと確信していた。経験や知識からくるものではなく、直感のようなものであるから他の三人には話せない。

 ここはエラントル家の領地。エラントルの血が覚えているのかもしれない。ルーフェはそんなことを思いながらも、沼にかけられた桟橋を歩く。

 彼女たちは無事に光の中へと出られた。辿り着いた岬。その遠く先には、一軒の大きな家が見えた。丸太に木の板、岩石と雑多な素材で建てられた家だが、自然に感じるのは、おそらくそれらの素材がこの周辺で採られたものだからだろう。

 家の前までゆっくりと歩いていき、木製の扉の前に立つ。門などはなく、呼び鈴もないからノックするしかない。先頭に立つルーフェは、少しためらいながらも、覚悟を決めたように三度、扉を叩いた。

 ややあって、微かな足音が聞こえたあと、中から声が聞こえてきた。少女のような声。

「鍵は開いてる。入って」

 予想もしていなかった言葉に、レフィオーレたちはすぐに返事ができない。それに気付いたのか、中からの声が再び聞こえる。先ほどと同じ、少女のような声。

「あなたたちが抜けてきた森林には、私の友達が多くいたはず。普通なら、彼らが気付いて私に伝えてくれる。特に悪意があるものであれば、確実に。でも、あなたたちは彼らを避けて、ここまで来られた。それだけの実力者であるなら、何か目的があってここへ来た……そうでしょ?」

「はい。確かに、私たちはあなたを探してここへ来ました。しかし、なぜ複数だと?」

 返事をするルーフェに、中からの声は淡々と答える。

「ここまで来れば、ぱんつの気配くらいはわかる。エラントル家の者として、当然のこと。しましまぱんつに、くだものぱんつ、しろぱんつ、ふりるぱんつの全てを一人で全てはいている可能性は低い」

 力を引き出せる者かどうかまではわからないと、彼女は暗に示す。

「入ろうか」

 レフィオーレの一言に、他の三人も頷いて扉を開けた。玄関の先、立っていたのは一人の少女だった。

 短い黒髪は寝ぐせか癖っ毛か、少し撥ねているが艶は失われていない。身長はルーフェよりやや低いくらいで、首元の開いた上衣に、短めのスカートという涼しそうな格好をしている。彼女は黒い瞳で入ってきた四人の姿を一瞥してから、その視線をルーフェで止めた。

 長い黒髪、黒い瞳、そして最後は胸に。身長こそルーフェと同じくらいだが、胸の大きさでいえば大きな差がついている。発展途上なレフィオーレやスィーハよりもやや小さい。

「あなた、いくつ?」

「十七です」

 ルーフェは答える。チェミュナリアと同い年だが、生まれの差で最年長はチェミュナリアである。といっても、一月ほどの差だから大きな違いはない。

「私より一つ下で、それ?」

 彼女は指をさして、ルーフェの胸を示す。チェミュナリアよりやや大きいくらいで、目立つほど大きいわけではないが、大中小のどれかでいえば、おそらく大に分類される胸を。ちなみに、同じく分類するならチェミュナリアは中、残りの三人は小である。ここにいない者を含めると、レフィオーレと双子のフィオネストは当然ながら小。シェーグティーナは中だ。

 指だけでなく、羨むような視線も加わり、ルーフェは困惑する。

「は、はあ。一応、そのようですね」

「同じエラントル家のはずなのに、環境の違い? それとも、私の見立てに間違いが?」

 少女はぼそぼそと呟いてから、視線を胸から顔に移し、ルーフェに尋ねた。

「私はエラントル・リクリヤ。この地に住む、エラントル家の当主。あなたは?」

 リクリヤと名乗った少女に、ルーフェは一瞬の間をおいてから答える。

「エラントル・ルーフェと申します。リース・シャネア国の近衛騎士。あなたとはおそらく……」

「おそらく、じゃない。間違いない。この地、この大陸において、黒い髪と瞳を持つのはエラントル家の者だけ」

 ルーフェとリクリヤの視線が交錯する。どう対応すればいいのか迷うルーフェに対し、ぼんやりと見つめるだけで、何を考えているのかわからないリクリヤ。

「とりあえず、上がって」

 レフィオーレたちは頷いて、リクリヤの家に上がることにした。案内されたのは広い部屋。様々な素材が部屋のいたるところに置いてあり、奥の方には何百枚ものぱんつが散らばっていたり、積み上げられたりしていた。

 部屋の中央、向かい合うように配置された椅子に座るレフィオーレたち。間にある小さな机に、リクリヤは運んできた水を持ってきた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 レフィオーレ、スィーハ、チェミュナリアの三人が揃って言う。それからすぐに水に口をつけて、水分補給。しかし、ルーフェだけは黙ったまま動かなかった。

「あなたも」

「は、はい。いただきます」

 優しい声で再度勧められて、ルーフェも水に口をつける。どこで採ったのかわからないが、澄んでいておいしい水だった。

「まず言っておくけど、私とあなたには何のしがらみもなければ、問題もない。現在だけでなく、過去においても。体の一部分に対する成長の差は気になるけど、それだけだから」

「そうなのですか?」

 やや驚いたような声をあげるルーフェに、リクリヤは淡々と答える。

「ええ。ただ、技術や知識の継承という点では違いがあるかもしれない。あなたは、ぱんつの気配がわかる?」

 ルーフェははっきりと首を横に振る。

「なら、違いは間違いなくある。エラントル家は古来より、ぱんつ職人の家系。ぱんつの気配を察知するのは、その技術や知識が継承される中で、自然と身につく力。私も、母に教えられて幼いころからできていた」

「母、ですか」

 ルーフェは軽く部屋を見回す。しかし、どう見てもこの家に他の人が住んでいる気配はなかった。

「母は私にすべてを伝えてから、父とともに外海に旅に出た。私が優秀だからと言って、十歳の頃に。それからずっと帰ってきていない。ちなみに母も胸は小さかった」

 一呼吸おいて、リクリヤは話題を変える。

「ここへ来た目的は?」

「はい。まずは自己紹介から。私はリース・シャネア・レフィオーレ。しまぱん勇者です」

「ボクはレーファ・スィーハ。レフィオーレの親友で、仲間だよ。ふりるぱんつの力を完全に引き出せるんだ」

「私はピスキィ・ルィエール・チェミュナリア。精霊国ピスキィの姫にして、純潔の証たる純白のぱんつ、その力を完全に引き出す者です」

「私はくだものぱんつです」

 既に名乗りあっているルーフェは自己紹介を省略して、はいているぱんつの種類だけを伝える。

「しまぱん勇者とその仲間……」

 リクリヤは小さく呟いてから、はっきりと言った。

「あなたたちのぱんつ、見せてもらえない?」

「うん。いいよ」

 この周囲には彼女たちしかいない。ぱんつを見せても問題は発生しないだろうと、レフィオーレはあっさりと承諾する。他の三人も頷いて、自らスカートをめくってぱんつを見せた。

 リクリヤは立ち上がり、レフィオーレたちの側でぱんつを観察する。レフィオーレの水色と白の横じましましまぱんつ、スィーハの白無地ふりるぱんつ、ルーフェの真ん中一個のれもんぱんつ、チェミュナリアの赤りぼん装飾つきの白ぱんつを順番に。

 一つのぱんつにかかる時間は五秒程度で、全てを確認した彼女は感嘆の声をあげた。

「凄い……創世時代のぱんつが二つも。それに」

 リクリヤはチェミュナリアを見て、続ける。

「あなたのは創世時代のものではないけれど、同等の力を感じる。今の時代にここまでのぱんつを生み出せる職人が、私の他にいたなんて……特に、この赤りぼんの素材は私も見たことがない」

「このりぼんは幼き頃に、ピスキィから誕生日のお祝いに頂いたものです。仕立てたのは我が国の侍女たちですよ。二人は、りぼんがなければ創世時代のぱんつには及ばなかったと言っていましたが、詳しいことは聞いていません。はいてみて、どれだけの力があるかは分かりましたからね」

「精霊の力の宿った素材……どうりで。その人たちの言葉だけど、確かに装飾がなければ、創世時代のものには及ばない。でも、精霊の力が宿った素材を使って、ぱんつの力を高めるのはまた違った意味で難しい。機会があれば会ってみたい」

 リクリヤは微かに嬉しそうな表情を浮かべて、そう言った。口調こそ変わりはないが、言葉に込められた感情は僅かだが確実に強くなっている。

「他に、創世時代のものは?」

「一枚だけなら、あるよ」

「私も一つ。精霊国の姫の証である、純白のぱんつが」

 荷物の中から、レフィオーレは大陸中部で手に入れたぱんつ――水色と白の縦じましましまぱんつを取り出す。同じように、チェミュナリアが取り出したのは、装飾の一切ついていない無地の白ぱんつだ。

「あの、ちょっといいかな」

「なに?」

 差し出されたぱんつを観察しながら、スィーハの声に応えるリクリヤ。

「創世時代のぱんつが二つって、レフィオーレとボクの?」

「……もしかして、知らなかった?」

 一瞬だけ顔を上げて、驚いたような声を出すリクリヤに対し、レフィオーレとスィーハが同時に頷く。

「ボクたちの成長に合わせてサイズも大きくなってるから、不思議なぱんつだとは思ってたけど……創世時代のぱんつだからだったんだね」

「ルーフェは知ってたの?」

「はい。リース・シャネア国の国宝として、有名なものですから」

「そうだったんだ」

 リース・シャネア国にいた頃の記憶がないレフィオーレには、有名だったという実感はないが、特別なものであると理解するには十分だった。

「国宝、という他に何かない?」

 リクリヤの問いかけに、ルーフェは首を横に振って答える。

「いえ、特別なことはありませんが……何か、おかしなところでも?」

「最近、誰か他の人がはいていた、ということは?」

 再びの問いに、レフィオーレたちは小首を傾げる。ルーフェは少し記憶を辿るように視線をさまよわせてから、答えた。

「レフィオーレが生まれてからは、基本的に他の者ははいていません。フィオネスト様が試しにはいていたことはありましたが……二人とも幼い頃、十年以上前の話です」

「そう……レフィオーレ、もう少し見せてくれない?」

「うん。いいけど……」

 よくわからないまま、再びスカートをめくってぱんつを見せるレフィオーレ。リクリヤは腰を落として、ぱんつに対して耳を澄ましていた。十数秒ほどそうしてから、リクリヤは立ち上がる。

「気のせいじゃない……けど、はっきりとはしていない……これは」

「リクリヤさん?」

 何をされたのか気になってしょうがないレフィオーレは、説明を求めるように彼女の名を呼ぶ。

「リクリヤでいい。私はぱんつの気配を察知するだけじゃなくて、ぱんつの声を聞くこともできる。そして多少であれば、記憶を読み取ることもできる。あなたのぱんつからは、あなた以外の気配を少し感じた。心当たり、ない?」

「もしかして……リシャのことかな」

「リシャ?」

「うん。私より、スィーハたちの方が詳しく話せると思う」

 話を振られたスィーハたちは、大陸北部での出来事についてかいつまんで説明する。ときおり質問を交えながら、話を聞き終えたリクリヤは、納得したように大きく頷いた。

 リシャがレフィオーレのはいているぱんつをはいていたことはない。ただ、僅かな時間ではあるが、レフィオーレのぱんつをはきかえさせたときに、手に触れている。おそらくそれが、少しだけの気配に繋がったのだろうと彼女は解説する。

「ということは、多くの記憶はフィオネスト様がはいていたものに?」

「間違いなく」

 ルーフェの質問に、はっきりと答えるリクリヤ。

「では、その記憶から、彼女を取り戻すことは可能ですか?」

「理論上は、可能」

 今度もはっきりと、リクリヤは断言する。しかし、理論上は、という前置きがついたことから、ルーフェたちはすぐに喜ぶことはできない。

「ぱんつの記憶を、最も繋がりの深い人の身に宿らせれば、ね。フィオネスト、だっけ。彼女と私が協力すれば、不可能ではない。一応、レフィオーレの体に影響はない」

「根本の解決にはならないようですね」

 チェミュナリアの言葉に、リクリヤは頷く。他の三人も黙ることしかできなかった。

「目的は、このこと?」

 その沈黙を破ったのは、リクリヤの声だった。その言葉に、レフィオーレたちは当初の目的を思い出す。世界の危機の手がかりについて尋ねるという目的を。

 簡単な事情の説明とともに、尋ねられたリクリヤは首を横に振って答えた。

「私は知らない。そもそも、ここから出たこともあまりないし。ただ、カランネル家の当主なら私よりはましかもしれない。他は、おそらくこの土地にはもういない。ずっと昔に、交流が途絶えたきり。一時的に戻っている可能性はあるけれど」

「なら、予定のままで良さそうだね」

「うん。カランネル海岸、そこにいるんだよね?」

 スィーハの質問に、頷いて答えるリクリヤ。その後、今からそこまで向かうと夜を越すことになり大変だからと、レフィオーレたちはリクリヤの家に泊まっていくことになった。

 今でこそ彼女しかいないが、元々はエラントル家の一族が住んでいた家。四人を泊めるくらいの空き部屋は十分にあった。ぱんつの仕立てに影響が出ることもあるからと、常に掃除しているので、どの部屋も埃はかぶっていない。

 ただ、食事の用意はなかったので、リクリヤの指示でレフィオーレたちは近くから食材を調達してきて、集め終わった頃には夕食の時間になっていた。

 食事を終えて休んでいるルーフェに、リクリヤが声をかけた。

「まさかエラントル家から、くだものぱんつの力を完全に引き出す者が現れるとは思ってもいなかった」

「くだものぱんつとは縁があるのですか?」

「ないとはいえない」

 言いながら、リクリヤは自分のスカートをめくって見せる。彼女がはいていたのは、真ん中に一つのいちごが描かれたくだものぱんつだった。

「くだものぱんつの力を引き出せる者が昔から多かった」

「なるほど」

 レフィオーレ、スィーハ、チェミュナリアの三人はそれぞれ別の場所で休んでいる。この場にいるのはルーフェとリクリヤの二人だけだ。

「でも、その程度。創世時代のぱんつを守っているというようなこともない」

「そうですか。しかし、世界の危機を救うのに、それは必須ではありません。私のはいているぱんつも、リース・シャネア国の職人が作ったもの。質は問題ないはずです」

「ええ。それは確かに。でも、他の三人のものには劣る。今までは、あなたの実力によって目立たなかったかもしれないけど、いざというときに困るかもしれない」

 真剣な表情のリクリヤに見つめられて、ルーフェは言葉を返せない。

「ということで、あなたの腰の寸法を測らせてほしい。明日の朝までに、私が仕立てるから。もっとも、数は用意できないから、要望があるなら今のうちに」

「わかりました。何枚までなら?」

「三枚。ただ、可能なら二枚にしてほしい。一つ、試作していたものがあるから。私では使いこなせなくて、未知数なところもあるけれど、きっとあなたなら力を引き出せると思う。引き出せれば、創世時代のぱんつと同等の力を引き出せるはず」

 リクリヤの言葉に、ルーフェは大きく頷いてみせた。

「では、そのように。あなたを信じます。要望は、真ん中一個のれもんぱんつと、あなたがはいているものと同じ、真ん中一個のいちごぱんつを」

「効果は?」

「手持ちにもあるので、よく知っています」

 真ん中一個のいちごぱんつは、攻撃速度に特化した一撃離脱を得意とするぱんつ。集団との戦いが多かった北部では使う機会がなかったものの、そのときから所持はしていた。

 世界の危機が何かはわからない。だが、精霊、もしくは精霊のようなものと戦うことを考えれば、多数を相手にするぱんつより、単体を相手にするぱんつを上質なものにした方が、役に立つ可能性が高い。

「了解。あなたの仲間も含めて、もし他にも必要だと思ったらいつでも尋ねてきて。ぱんつ職人として、あなたたちにはいてもらうぱんつを作るのは名誉なこと」

「伝えておきます。もっとも……」

「心配無用。明日、はけばすぐにわかる」

 念を押すように実力を疑ってみせるルーフェに対し、リクリヤは自信満々に答えた。

 そして翌日、彼女から手渡されたぱんつをはいてみたルーフェは、その言葉が真実であることを理解する。仕立てたばかりでありながら、力が宿っているのは、相当上質な素材を使った証拠でもある。良い素材には、最初から力が宿っているもの。

 大陸中部で、ルトラデ湖に祀られた創世時代のぱんつを、レフィオーレがいきなり使えたのもそれと似たようなものだ。

 ルーフェに渡されたのは、要望した二枚のぱんつと、もう一枚の不思議なくだものぱんつ。真ん中に描かれているのは、れもんといちごが一個ずつ。見たこともないぱんつであったが、はいてみてその効果をルーフェはすぐに理解した。同時に、他のぱんつより力を引き出すのが難しいが、引き出せる力は最も多いことも把握する。

 そして、軽く挨拶をしてからレフィオーレたちはリクリヤの家から旅立った。

 エラントル家の領地を抜けて、カランネル海岸へ向かうのは簡単だった。領地は東側に広く広がっているというのもあるが、何よりリクリヤから抜け道を教えてもらったのが大きい。

 西へ抜ける道よりは長いものの、東に抜ける道も存在する。そちらも教えてもらったので、再び領地を抜けることになっても、比較的楽に抜けることができるだろう。

 カランネル海岸への道は整備されているわけではないが、城下町からエラントル岬に向かうまでの道のりほどの険しさもない。しかし、岬から海岸までの距離はそれなりにあり、朝に出立したレフィオーレたちが、カランネル海岸――カランネル家の領地に辿り着いたのは、その日の夕方であった。

 低い崖の先に、夕日の映えるカランネル海岸。少し北には海水浴場もあるが、城下町から遠いこと、フィルマリィ王国の人口の少なさ、日が落ちかけた時間であることなどから、海水浴場に人の姿はなかった。

 その崖と、海水浴場の間。そこに一軒の大きな家と、小屋がいくつか並んで建っていた。大きな家は、石造りの堅牢にして豪華な造り。そこから北に向けて敷かれた道の先に並ぶ小屋も同じ石造りであるが、簡素なものである。

 どれがカランネル家の当主の家であるかは一目瞭然。レフィオーレたちは迷うことなく、大きな家へと歩を進めた。

 扉に備え付けられている金具を使い、訪問を知らせる。程なくして、中から一人の女性が姿を現した。

 落ち着きと微かな高貴さを感じさせる綺麗な顔立ち。こげ茶色の髪はウェーブのかかった長い髪で、前髪は眉の上で綺麗に切り揃えられている。身長はレフィオーレやスィーハと同じくらいだが、胸は一回り大きい。といっても、ルーフェやチェミュナリアには届かないので、外見的には少女といっても通じるだろう。

 しかし、纏う雰囲気は大人びているといったものではなく、大人そのもの。歳の頃は二十歳前後だろうか。明るい茶色の瞳から、大人の落ち着きがはっきりと伝わってくる。

 レフィオーレたちが挨拶をして、事情を説明しようとする直前。彼女たちの姿をざっと眺めた女性の目がすっと細められ、口には微笑が浮かべられた。

 若い女性は手招きして、レフィオーレたちを家の中に招き入れる。話も聞かず、突然のことにレフィオーレたちは一瞬驚いたが、彼女の後ろに見える広いエントランスに、受付のような机や、待機のための椅子などがあったことから状況を理解する。

 ここでの立ち話で済む話ではない。レフィオーレたちは、とりあえず彼女に従って家に入ることにした。

 微笑みながら手の平で示されて、案内された椅子に並んで座る。若い女性は胸に手を添え、軽く礼をしてから言葉を発した。

「海水浴場と宿泊。ご利用は?」

「いえ、そのどちらでも……あ、でも宿泊はすると思います」

 レフィオーレの言葉に、女性は小首を傾げてから、ルーフェに視線を移す。そのままルーフェの顔をじっと見つめたかと思うと、首を横に振ってみせた。

 レフィオーレたちは、彼女がリクリヤとの関係を考えたのだと理解する。エラントル家の当主であるリクリヤとカランネル家の当主は、今でも交友がある。そして、その反応から彼女がそのカランネル家の当主ではないかと推測するには十分だった。

「私はリース・シャネア・レフィオーレ。しまぱん勇者として、カランネル家の当主であるあなたに、お聞きしたいことがあって来ました」

 若い女性はレフィオーレの言葉を否定することもなく、目を細めてじっと見つめ返す。この状況での無言は肯定を意味する。カランネル家の当主に対し、レフィオーレたちは言葉を続ける。

「ボクはレーファ・スィーハ。彼女の仲間で、親友です」

「エラントル・ルーフェと申します。リース・シャネア国の騎士であり、お察しの通り、エラントル家の血筋です。リクリヤとは昨日、初めて会ったので詳しいことは知りませんが」

「私はピスキィ・ルィエール・チェミュナリア。精霊国ピスキィの姫にして、純潔の証たる純白のぱんつ、その力を完全に引き出す者です」

 自己紹介を済ませたところで、レフィオーレたちは本題を切り出そうとする。しかし、カランネル家の当主はそれを手で遮り、一言、口にした。

「世界の危機?」

 その一言で、彼女が状況を理解したであろうことはレフィオーレたちに伝わった。しましまぱんつの力を完全に引き出す者――しまぱん勇者が現れるのは、世界が滅びかねない大きな危機が訪れるとき。この世界に住む者なら誰もが知る言い伝えだ。言葉を疑いさえしなければ、しまぱん勇者であるというだけでそこまで推測するのは難しいことではない。

 レフィオーレたちは頷いて、詳しい事情を説明しようとする。しかし、カランネル家の当主はそれを再び手で遮った。

「カランネル・アルコット」

 名乗りに対しての名乗り返し。カランネル家の当主、アルコットは、その一言だけを口にしてから、遮った手を引いて話の続きを促す。

 レフィオーレたちから事情を説明される間、アルコットは無言で、ときには微笑み、ときには考え込むような仕草を見せていた。話が終わって、レフィオーレは彼女に最後の質問をぶつける。

「世界の危機についての手がかり、なにか知りませんか?」

「数日、泊まっていって」

 対するアルコットの答えは、その言葉だけだった。

「調べる時間が必要、ということですね。しかし、私たちもあまり長居するわけには……」

 ルーフェの言葉に、アルコットははっきりと首を横に振る。レフィオーレたちは顔を見合わせて、どういうことかとアルコットの顔を見る。

「フィルマリィに手紙を。返事が来るまでの期間」

 アルコットは微笑みながら、そう口にした。レフィオーレたちは彼女の言葉に驚き、同時に自体の進展に希望を見出す。創世時代より世界に暮らす精霊、その一人に会えるのであれば、これ以上ない手がかりが得られる可能性が高い。

 ミリィとエリの言う、精霊の中でも随一の知識を持つという、フィルマリィ。彼女に会うには、彼女に認められなければならない。しまぱん勇者とその仲間であれば神殿に向かい、認めてもらうという手もなくはないが、確実ではない。

 神殿は広いというから遠くからではそれを示せないかも知れないし、一時的に神殿を離れている可能性もなくはない。場合によっては、別の条件が必要で、示した上でも認められない可能性だってある。

 それを手助けしてもらえるとなれば、非常にありがたいことである。しかし、念のためにとチェミュナリアが一つ質問をする。

「あなたの手を借りれば、確実に会えますか?」

 アルコットは迷うことなく、はっきりと首を縦に振った。同時に、手でレフィオーレたち四人を示す。あなたたちであれば、という意味であるのは明白だ。

「わかりました。当然、信じるのですよね?」

 こちらの確認は形式的なもの。レフィオーレが頷いたのを確認して、チェミュナリアも頷き返す。ルーフェやスィーハからも異論はなく、彼女たちは数日の間、カランネル家――カランネル家の宿泊施設に泊まっていくことにした。

 カランネル家に泊まる、となると、ただじっと返事を待つのではつまらない。近くにはカランネル海水浴場があり、そこで遊んで待っていてもいいのではないかと考えるのは自然なことだ。

「しかし、世界の危機が迫っているというのに、遊ぶなど……」

 レフィオーレの提案に、スィーハはすぐに同意を示した。チェミュナリアも、何もやることがないのですし、とあっさり承諾。だが、ルーフェだけはやや躊躇いを見せていた。

「何を躊躇するのです?」

「そうだよ。こういうときだからこそ、休めるときは休む。そうしないといざというときに十分な実力を発揮できなくなる。だよね、レフィオーレ?」

「え、うん。そうだね。ルーフェも一緒に遊ぼうよ」

 特にそんなことは考えず、遊びたいという気持ちから提案しただけなので、レフィオーレはやや戸惑ってしまう。しかし、スィーハの言葉を否定する理由もないので、とりあえず彼女に乗っておくことにした。

 レフィオーレはリース・シャネア国での記憶を失っている。大陸に来てからも、ルーフェと一緒にいた時間はほんの僅か。大陸北部で、ルーフェと旅をしたしまぱん勇者はリシャであって、自分ではない。そしてそのときに、一緒に旅をしたのはスィーハとチェミュナリア。ルーフェのことは二人の方がよく知っているだろうから、ここは任せるのが得策である。

 同じことはチェミュナリアにも言える。大陸北部を回ったときにも言葉を交わし、中部では一緒に戦いもした。ルーフェよりは知った仲ではあるけれど、その絆を繋いでくれたのは他ならぬリシャだ。

 しまぱん勇者とその仲間たち。そう、仲間だ。レフィオーレと彼女たちは仲間であって、友人ではない。仲間として一緒に旅をして、世界の危機を救うために戦っている。それだけのことだ。無事に戦いが終わり、世界の危機が救われたら、このように四人で遊ぶ機会なんて、簡単には作れなくなる。

 幼馴染みであるスィーハは、戦いが終わっても一緒にいてくれるだろう。記憶が戻ればルーフェとも気兼ねなく話せるようになるかもしれない。チェミュナリアとは、どうだろう。

 仲間としてではなく、友人として付き合えるのだろうか。自分はともかく、彼女はそう思ってくれるのだろうか。そもそも、世界の危機が救われたら、しまぱん勇者である自分はどうすればよいのだろう。世界の危機を救うために戦いの技術を高め、鍛錬を重ねてきた。でも、戦いが終わればその技術のほとんどは、不要なものになる。

 考えて、レフィオーレは少し頭が痛むような気がした。おぼろげに、思い出した記憶。はっきりと戻ったわけではない。けれど、自分は昔から戦いに生きてきた、戦いに生きようとしてきた。世界を救うしまぱん勇者、その使命を果たすために。それだけは何となく、間違いないことなのだと思い出す。

「……わかりました。そこまで言うなら、一緒に遊ぶことにしましょう」

 いつの間にか、ルーフェの説得は終わっていたようだ。スィーハが手を差し出して、レフィオーレを連れて行こうとする。海水浴場を利用するなら、当主であるアルコットに伝えなければならない。差し出された手を、レフィオーレはすぐにとらなかった。

「スィーハ、先に行ってて。ちょっと考えたいことがあるんだ」

「考えたいこと? うん。いいよ。それじゃ、話を聞いたら戻ってくるね」

 言って、スィーハとルーフェは部屋を出て行った。残ったのはレフィオーレとチェミュナリアの二人だけである。

「チェミュナリアは?」

「二人いれば充分でしょう。ちょうど、私にも考えたいことがありますから」

「そうなんだ」

「ええ。そうです」

 それきり、会話は途切れて二人は無言になる。気まずい空気が流れることはない。レフィオーレも、チェミュナリアも、それぞれの考えに耽るだけなのだから。静かであるに越したことはない。

 しばらくして、ルーフェが一人で戻ってきた。

「二人とも、来てもらえますか?」

 考えるのをやめて、レフィオーレたちはルーフェについていくことにした。完全にまとまったわけではない。しかし、ある程度の考えはまとまった。レフィオーレも、チェミュナリアも同様に。

 呼ばれた場所はエントランスの受付付近。レフィオーレたちが着くと、奥の部屋からスィーハが出てきた。

「ルーフェ、次は君だってさ」

「了解しました。スィーハ、話をお願いします」

「うん」

 入れ替わるように、ルーフェが奥の部屋に入っていく。スィーハは頼まれたとおり、レフィオーレたちに説明する。

「海水浴といえば水着だよね? でも、水着になるとぱんつの力は使えない。かといって、二枚だと窮屈だよね。ということで、カランネル海水浴場ではその対処として、水着風のぱんつを用意してるんだ」

「大丈夫なの?」

「上は水着ですよね?」

 同時に質問されても、スィーハは動じることなく答える。自分たちがアルコットに聞いたときと同じ質問だったので、答えるのは簡単だった。

「うん。ここにあるのは、エラントル家のぱんつだから安心だよ。防水性もばっちり。アルコットさんの許可さえもらえば、海水浴場の利用やぱんつの貸し出しは無料だってさ。上は当然水着。さすがに、下着じゃ恥ずかしいからね」

 ちなみに、宿泊料金は有料である。だが、数日泊まっていくように提案したのがアルコットである以上、かなりの割引がなされている。元々の料金が安いことに加え、普通の宿の一泊分の料金で泊まることができた。

「ルーフェは寸法を測りに?」

 レフィオーレの質問に、スィーハは頷いて答える。

「そっか。でも、スィーハたちはともかく、私のもあるのかな?」

「大丈夫みたいだよ。どんなお客にも対応できるように、しましまぱんつのもちゃんと用意してあるってさ。サイズも万全。デザインにこだわるなら、多少の料金はかかるけど、オーダーメイドもしてくれるそうだよ。上がメインだけど、時間が許すならリクリヤに頼んで作ってもらえることもできるみたい」

 もちろん、そんな時間はないのでオーダーメイドはしない。スィーハの説明が一通り終わったところで、ルーフェが部屋から出てきた。

「次はチェミュナリアだそうです」

「了解です」

 入れ替わりに奥の部屋に入るチェミュナリア。最後になったレフィオーレは、ふと理由が気になってルーフェに尋ねてみる。

「私が最後?」

「はい。スィーハの計らいで」

「そっか」

 考える時間を用意してくれたスィーハに、レフィオーレは素直に感謝する。

「ありがとね」

「レフィオーレのためなら当然だよ」

 片手を胸にあてて、堂々と口にするスィーハ。何を考えていたのかは聞かない。聞く必要はなかった。必要ならいつか必ず話してくれる。スィーハのレフィオーレに対する信頼がそうさせた。

 少しして、奥の部屋から出てきたチェミュナリアと入れ替わり、レフィオーレが奥の部屋に入る。寸法を図るのはアルコットだ。問題なく寸法を図り終えて、レフィオーレは三人の元に戻る。

 しばらくの後、アルコットがやってきて、レフィオーレたちに水着風のぱんつを手渡す。

「上は別の部屋に。いくつか用意した」

 微笑みとともに手招きして、アルコットは廊下を進み、用意したという部屋に案内する。レフィオーレたちは各々の気に入った水着を選び、アルコットから手渡された簡素な地図を目印に、海水浴場の近くにある更衣室へと向かった。

 着替えを終えたレフィオーレたちは海へと向かう。

 上下をひもで結ばれた水着に身を包んだ四人。水着風のぱんつという名の通り、見た目には水着と変わりないが、れっきとしたぱんつであり、力も引き出せる。完全に引き出せる彼女たちなら、それだけで日焼けを防ぐこともできる。

 上下とも、水色と白の横じま模様のレフィオーレに、ぱんつは真ん中一個のれもん、上は左胸に二つ、右胸は無地のルーフェ。スィーハはふりるぱんつに合わせて、ふりるのついた水着で胸を隠す。チェミュナリアは上下とも純白で、目立つところはないものの、それゆえに彼女の体の凹凸が強調される形となっている。

 他の三人に視線を向けられて、チェミュナリアは軽く肩をすくめてみせる。

「あまりじろじろ見ないでくれますか。特のそこの変態近衛騎士の方」

「……お望みなら、脱がしてもいいのですよ」

 レフィオーレとスィーハは無言でチェミュナリアの胸を見ている。ついでに、ルーフェの胸も確認。それから自分たちの胸と見比べて、ため息をつく。年齢の差があるとはいえ、服の上からではなく水着になってはっきりとわかった大きさの違い。

 とはいえ深く落ち込むことはなく、ルーフェとチェミュナリアのちょっとした口論が終わる頃には二人は立ち直っていた。

 真っ白な広い砂浜を歩き、透き通った水色の海が見えてくる。朝早く、肌寒くはないが暑いというほどでもない時間帯。砂浜には他の女性の姿はなかった。比較的涼しい季節、訪れる客も少ないので、実質的な貸し切り状態である。

「ここまで近くで海を見るのは初めてですね」

 チェミュナリアが呟く。エラントル岬や、旅の途中、魔物に乗って空を散歩したとき。遠くから海を眺めたことはあるものの、砂浜から臨む海の景色を見たことはなかった。

「北の海とはちょっと色が違うね。どんな魚が採れるんだろう」

 同じ青でも僅かに違う海の色。同じくフィーレット村に住んでいたレフィオーレが気付かないほどの僅かな違いに、スィーハはすぐに気付いた。

「ここは年中穏やかだと聞きます。どんなものか、想像もつきませんね」

 同じくその違いに気付いたルーフェだったが、述べた感想は別のもの。島国、リース・シャネア国の周りの海は荒れやすく、穏やかな日は少ない。

「そういえば、チェミュナリアは泳げるの?」

 レフィオーレが質問する。近くで海を見るのが初めてということは、海で泳いだこともないということになる。

「川遊びや温泉で真似事をしたことはありますが、本格的に泳いだことはありませんね。スィーハ、教えてもらえますか?」

 漁村育ちで泳ぎが得意そうなスィーハに、チェミュナリアは教えを請う。島国育ちのレフィオーレとルーフェも泳ぎは得意そうだが、レフィオーレは体が覚えているだけで教えるのは不慣れな可能性もある。ルーフェはどさくさ紛れに変なことをされかねないので、論外ではないが最終手段である。

「無理だよ。ボクも泳げないから」

「泳げない、ですか?」

 スィーハの意外な言葉に、チェミュナリアは驚きの声をあげる。

「漁村育ちですよね?」

「そうだけど、ボクは宿屋の娘だよ。お母さんは宿屋で、お父さんは商人。ぱんつの力があれば溺れないとは思うけど、教えるなんてできないよ」

「泳ぎの鍛錬はしなかったからね。溺れなければ大丈夫だし、万が一のときは私が助けにいくから」

「そうですか。では、レフィオーレ、お願いできますか?」

「いいけど……上手くできるかわからないよ?」

 予想通りの反応に、チェミュナリアはすぐに言葉を返す。

「やはり、覚えてないからですか?」

 レフィオーレは頷く。泳ぎは体が覚えている。けれど、どうやったら泳げるのか、どうやって泳ぎを学んだのかは覚えていない。それで教えるとなると、どうしても感覚的なものになってしまう。

「泳ぎなら、私がお教えしましょうか」

「それだけで済むのなら」

 やや警戒するようなチェミュナリアの声に、ルーフェは至って真面目に答える。

「私はフィオネスト様以外にはそんなことはしません。スィーハも一緒にどうですか? リース・シャネア国の近衛騎士が皆教わる泳法、一日かけて教え込めば、かなりの上達が期待できますよ」

「うーん、ボクは遠慮しとく。遊びたいもん」

「私も、そこまでする気はありません。もっと短い方法は知らないのですか?」

「あいにくと、私はそれ以外知りません。ただ、そうですね。知識の面で助力することなら可能だと思います」

「では、基本的にレフィオーレに任せて、必要があれば、ということでお願いします。スィーハも、それならやりますね?」

 ぴくんと肩を震わせるスィーハ。レフィオーレに直接教えてもらえるとなれば、彼女が断る理由はない。しかし、ここであまり喜びすぎるのは問題な気がする。そこで、スィーハ一呼吸おいて、落ち着いてから答えることにした。

「そうだね。レフィオーレ、ボクにも軽くお願いするよ」

「わかった。それじゃ、早速やろうか」

 軽く準備をして、四人は海に入った。レフィオーレが感覚的に教え、足りない部分はルーフェが補う。スィーハとチェミュナリアは素直に教えを受け、太陽が高く昇る頃には、最低限の泳ぎはできるようになっていた。

 その気になればもっと上達を狙うことも可能ではあるが、こればかりではつまらないので午後は別の遊びをすることに決まった。

 海から上がったレフィオーレたちを待っていたのは、大きな盆にたくさんのおにぎりを載せたアルコットだった。彼女は微笑みながら、その盆を差し出す。足元には、砂の汚れを落とすための水がバケツいっぱいに用意されていた。

 彼女の肩掛けの緩い服の下には水着が見え、下には水着風の下着をはいていた。スィーハとチェミュナリアは突然の登場に驚いていたが、残りの二人はそうではない。

 泳ぎを教えている途中、水着に着替えて様子を見にきたであろうアルコットは、ルーフェに合図をして、レフィオーレにも伝えていた。いざというときの救助役。溺れることはないとしても、突然の急流や津波に流されるような可能性は残る。

 レフィオーレたちにとっても、カランネル海岸、海水浴場を管理する彼女がいてくれれば安心だ。このあたりの海に詳しい彼女なら、危険を未然に防ぐこともできる。

 海で採れたのか、おにぎりの具材はたくさんの昆布だった。巻かれた海苔も美味で、カランネル海岸は海水浴場だけではなく、素材にも恵まれていることをレフィオーレたちは理解する。

「また夕方に」

 その一言だけ告げて、アルコットはお盆を下げに砂浜を去っていった。またしばらくすれば戻ってくるのだろうが、午後は海に入るつもりはないのでいなくても危険は少ない。

「それじゃ、何しよっか?」

 レフィオーレの提案に、それぞれが考える仕草を見せる。砂浜の遊びはいくつもある。アルコットに頼めば、ある程度の遊び道具も借りられるはずだ。水着風の下着と水着をあれだけ用意する海水浴場なら、用意がないとは考えにくい。

 簡単な話し合いの結果、まずは砂で何かを作って遊ぶことに決まった。スコップなどの道具は、戻ってきたアルコットが頼むまでもなく持ってきていた。泳ぎの練習で疲れたあとの遊びならと、予想していたのかもしれないとレフィオーレたちは推測する。

「では、一人ずつ何かを作って見せ合う、というのはどうでしょうか」

「そうだね。ボクたち四人で作っても、うまく役割分担できるほどの大作は作れないしね」

「私も異論はありません」

「ルーフェは健全なものをお願いしますね」

「……私をなんだと思っているのですか」

 既に定番となりつつある、チェミュナリアとルーフェのやりとりに、残る二人はくすくすと笑う。なんだかんだ言いながらも、二人の仲の良さがよく伝わってくる。

「じゃ、少し離れたところで作ろうか。スィーハ、今回も負けないからね」

「ボクだって。今日は時間もたっぷりあるからね」

 フィーレット村にも砂浜はある。ほとんどは鍛錬のための場所で、砂で何かを作るのはちょっとした息抜きにやった程度で、ここまで本格的にやるのは初めてである。そのときは大抵レフィオーレの方が凄いものを作っていて、スィーハが勝ったのは片手で数えられるほどでしかない。

「砂は初めてですが、彫刻の嗜みはあります。ピスキィに教わったこの技術、惜しみなく披露してさしあげましょう」

 スコップ片手に、チェミュナリアも自信満々に宣言する。

「手先の器用さには自信があります。数多くの武器を使うには、必要な能力ですから」

 リース・シャネア国にも当然、砂浜はあるのだが、近衛騎士として城にいることの多かったルーフェは、本格的な砂遊びをしたことはない。しかし、城で可能な遊びなら、幼い頃からフィオネストとよくやっていた。幼い頃のレフィオーレとは鍛錬が多かったものの、フィオネストと一緒に遊んだことも少なくはない。

 そして、フィオネストはこのような遊びにはとても真剣で、ルーフェもそれに負けないために真剣になる必要があった。といっても、近年の遊びはまた違ったものではあるのだが、手先の器用さや、繊細な手捌きが重要であることに変わりはない。

 各々が自由に砂で何かを作る様を、アルコットは嬉しそうに眺めていた。明るい茶色の瞳に写るのは、彼女たちの手先や、胸やら腰やらが動く姿。

 微笑みながら、遠くから眺める彼女の視線に、集中しているレフィオーレたちは気付かない。正確には、見守るような視線自体には気づいているが、その真の意味には気づいていない、といったところだろうか。もっとも、集中していなかったとしても、他の三人はともかくレフィオーレが気付けたかどうかは疑問ではある。

 水着風とはいえ、女の子たちが堂々とぱんつを見せて遊ぶ、カランネル海水浴場。男子禁制という決まりはないが、意識を奪われることが確実なのに、カランネル海岸を訪れようとする男はほぼいない。

 恋人同士ならまた別だが、それにしても色々と問題が多いため、せいぜい一年に数組といったところである。

 水着の下に薄いぱんつという対処法ではなく、水着風のぱんつを考えたのは、カランネル家の初代当主。ぱんつ職人であるエラントル家のリクリヤがそうであるように、カランネル家のアルコットにも、その意志は脈々と受け継がれている。

 彼女の見つめる視線の先で、着々とレフィオーレたちの作業は進んでいる。完成形は未だ見えないが、漠然とした方向性は見えてきている。

 人のようなものをを作っているチェミュナリア。ルーフェが作っているのは建物――大きな城だ。レフィオーレは大きな塊を少しずつ崩したり砂を増やしたり、細かく調整しているようで全貌は未だ見えない。スィーハも似たようなもので、複雑なものを作ろうとしているのは間違いないだろう。

 高く昇っていた日が傾いていき、赤みを帯びるのも近くなった頃、ほぼ同じ時間にそれぞれが作業の手を止めた。

 四つの砂で作られた物の間に、レフィオーレたちは集まる。軽く相談をしたあと、慣れている順番や過去の実績から、チェミュナリア、ルーフェ、スィーハ、レフィオーレの順で完成したものを見て回ることとなった。

「こちらが私の作品です」

 チェミュナリアが示した先には、砂で作られた精霊ピスキィの姿があった。単なる立ち姿ではなく、しなやかな体の動きや、薄い衣の柔らかさまで表現された、躍動感のある姿。砂でここまでのものを作るのは、ぱんつの力を使っても簡単ではない。もっとも、ぱんつの力を込めるにはそれなりの時間が必要なので、今回の短い時間では必要最低限――披露するまでの間に突然の津波や強風などで壊れないようにするくらいしかできない。

 そのような事情もあり、感想などを述べるのは後回しにして、軽く眺めたら次に向かう。

「私は城を作りました。リース・シャネア国の姫、フィオネスト様の暮らす城です」

 かつて見た、パロニス王国やフィルマリィ王国の城に比べると大きさこそ小さいが、装飾は引けをとらないほどに綺麗で独特なもので、印象深い。

「……リース・シャネア国の」

「はい。私が良く見知ったものというのもありますが……」

 呟くレフィオーレを、ルーフェは優しい目で見つめる。リース・シャネア国の姫、フィオネストの双子の妹は、じっと城を眺めてから首を横に振った。

 その反応に、ルーフェは何も言わずに目を瞑ってみせた。

「それじゃ、次はボクのだね!」

 暗くなりかけた空気を破ったのは、スィーハの元気な声。レフィオーレたちはその声をきっかけに、次の場所へと移動する。

「どうかな。自信作だよ」

 スィーハが示した先には、フィーレット村の港といくつかの家が作られていた。やや荒れている北の海、フィーレット村の起伏なども可能な限り再現されている。個々ではそれほど難しいものではないが、この短時間で全てを作り上げたのは慣れの証拠だろう。

 その完成したものを、レフィオーレは微笑みながら見ていた。やや勝ち誇ったような微笑みに、気付いたスィーハはこっそりと遠くからレフィオーレの作ったものを見る。しかし、ここからでは遠くてはっきりとはわからない。

「私が最後だね。見終わって、もし私たちで決められなかったら、アルコットさんを呼んでくるね」

「もし、って言葉が凄く気になるね」

 スィーハの指摘に、レフィオーレは微笑みを見せるだけだ。

 程なくして、彼女が砂で作り上げたものが見えてくる。それを一目見たスィーハは彼女の言葉を理解し、ルーフェとチェミュナリアも声もなくそれを見つめる。

 そこにあったのは、山脈や森林、小さな城や村が点在する、広い大陸の姿。といっても、想像上のものであって、旅をしているこの大陸のものではない。海の先に小さな島があったり、大きな湖があったりするので、参考にしたのは間違いないが、それだけだ。

 規模、完成度、細部の作り込みともに、誰もが認めるほどの素晴らしい出来。

「アルコットさん、呼んでくる?」

「わかってて聞いてるでしょ、レフィオーレ」

「うん」

 屈託のない笑みを浮かべるレフィオーレ。スィーハは肩をすくめて、素直に負けを認める。

「わかったよ。ボクたちの完敗だ。ここまでされたら、認めるしかないね」

「ありがと、すぐに認めてくれて」

 過去に勝負したときから、なかなか素直に負けを認めることのなかったスィーハ。彼女からその言葉を引き出すために、レフィオーレはあえてスィーハが作りそうなものと似たようなものを作り、あっさりとそれを越えて見せた。

「これが経験者の腕、ですか。さすがですね」

 感心して色々な方向から眺めるチェミュナリア。元々、勝てるとは思ってもいなかったのでショックはない。

 ルーフェも同じように眺めながら、記憶を失っていてもやはり双子なのだと、口に出さずに思う。フィオネストも遊びとなると真剣で、言い訳もさせないように、相手を完膚なきまでに叩きのめす。

 もしかすると、そのことをレフィオーレが覚えているのではないかとも思ったが、先程の反応から、尋ねることはしない。

 そんな四人の元に、アルコットがやってきた。

「夕食」

 気がつくと、既に日が暮れて、夕陽が彼女たちを照らしていた。それぞれのものを鑑賞している間に、それなりの時間が経っていたらしい。

 レフィオーレたちは手早く着替えて、アルコットの家、宿へと戻った。

 翌日も砂浜でまた別の遊びを楽しみ、カランネル海水浴場を堪能するしまぱん勇者たち。そんな彼女たちの元に、フィルマリィからの返事が届いたのは、さらにその翌日。パラソルの影に並んで寝そべって、のんびりとしているときだった。


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