世界の果てのその向こう

―終章―

第二話 神の柱と街の神


「街には神がいます」

 森林を抜けると、そこには平原が広がっていた。草も短く、周囲に危険はなさそうだ。遠くには街が見える。そこへ向けて歩き始めてすぐ、リリィロットさんがそう言った。

「神、ですか?」

「神です」

 ヒナタの問いに、リリィロットさんは即答する。冗談を言っているわけではないみたいだ。

「もちろん、本物の神。人知を超えた存在ではありません。あなた方と同じ、上から落ちてきた者です。が、彼女は自らを神と名乗り、神として暮らしています。神の力も扱えることから街の人たちも信じ、信頼されているようです」

「先代や先々代の頃に落ちてきた人の子孫、ってところかな?」

「正確には違いますが、そんなところです」

 俺の問いかけに、リリィロットさんは曖昧に答えた。

「それより、重要なのは彼女は神の力を扱い神を名乗り、街に暮らしているということです。といっても、街の人々に崇められているというわけではなく、頼りになる守備隊長――隊員は彼女一人ですが――のように思われているだけですが……ここまで言えば、あなた方ならわかりますよね?」

「無闇に空間凝結の力を使うな、ということですね」

 ヒヨリが言った。リリィロットさんは頷いて、話を続ける。

「はい。街を自由に散策したいのなら、異国からの旅人を装う――厳密にはそれも間違いではありませんしね――のが最良かと思います。神と気軽に話せるのは神寄人である私だけ、ということになっているので、街の人々は問題ないですが、彼女が色々とご迷惑をおかけするかもしれません」

 そこまで言ってから、彼女は一つため息をつく。

「もっとも、私といるところを見られたら、隠し通すのは難しくなりますが……そこは、運次第ですね」

 そこで話は一旦打ち切られる。聞きたい気持ちはあるけれど、今はそれよりも重要なことがあるので聞かないでおく。

「さて、街に着いたらまずは宿へ案内しますが……お金はありますか? 私の家に泊めても構わないのですが、また今回のように怪物に出くわすかもしれませんし、距離もあります」

「ないことはないけど、使えるかな?」

 旅に出るにあたって、路銀は用意してある。近くの鉱山からとれる鉱石、浮遊銀の原石はたくさん持っている。地表から僅かに浮き上がる岩石からとれる銀、ということで浮遊銀と呼ばれているらしく、俺たちの世界では安価に手に入る一般的な鉱石だ。

 それ自体の価値は低いが、加工すれば武器や防具の素材として便利で、通貨として使われてもいるのだけど、ここでも使えるのかどうかわからない。

 旅に出た時点では、半年は旅を続けられるくらいの量を所持していた。ここまでの一月ほどの旅で使用したから、今は少し減っている。

「見せてもらえますか?」

「ああ、これだよ」

 俺は浮遊銀の入った袋をリリィロットさんに手渡す。中には小さな鉱石がいくつも入っていて、じゃらじゃらと音が鳴る。大きい方が価値は高いけど、旅をするにはこれくらいに削った方が持ち運びやすい。

 リリィロットさんは中を見て、一粒を手に取って様々な方向から眺めて見る。

「なるほど。ヒナタさんやヒヨリさんも、これくらい持っていますか?」

「はい。厳密に数えてはいないけれど、大体同じくらいだと思います」

「そうですか」

 リリィロットさんは粒を袋に戻すと、小さく頷いてから言った。

「これだけあれば、街に五年は滞在できます。無論、遊んで暮らすとなれば話は別ですが、普通に滞在するだけなら問題はありません」

 俺たちは驚いて言葉を失っていた。でも、すぐに立ち直って聞くべきことを聞く。

「ひとつ聞いていいですか」

「一年は八月、一月は四十日。その他、基本的なことに関しては、あなた方の暮らしていた世界と同じですよ。空間凝結の力がないことにより、文化の発展に違いはありますが、それくらいです」

「でも、五年って本当ですか?」

 念を押すように、ヒナタが聞く。他はともかく、それは俺も信じきれなかった。

「ええ。この世界において、浮遊銀は貴重な鉱石なのです。理由についてはそのうちわかると思いますが、価値は本物ですよ」

 リリィロットさんが嘘をつくとも思えないので、俺たちはその言葉を信じることにした。ともかく、これで路銀の問題は解決された。

 それから街にある施設や、街の周囲の地形などの説明を軽く受けていると、いつの間にか街は目の前まで来ていた。街の入り口から少し歩き、最初の路地を右に曲がったところに宿があるという。

 まっすぐ進めば大きな噴水と、地上に根ざす神の柱が象徴の広場がある。ここからでは噴水は見えないけれど、そびえる大きな柱は遠くからもはっきりと見えた。

 街へ入り、まっすぐ宿屋へと向かう。その途中、広場の方から歩いてくる人の姿が見えた。目に止まったのは、その人の服装が特徴的だったから。

 華美にならない程度の装飾が施された、綺麗な衣服。生地も良さそうだ。

 金色の髪はロングより短く、ショートよりは長いセミロング。街の人に声をかけられ、振り向いて返事をする度に、後ろでポニーテールに束ねられた髪が揺れる。

 彼女はまっすぐこちらへ歩いてくる。俺たちを見て、というわけではなさそうだけど、この距離なら曲がり角を曲がる前に出くわすだろう。

 瞳は灰色。胸はやや小さめだけど、身長は俺よりも高い。顔立ちも整っている綺麗な女性だけど、少女らしさも残されていて、俺たちとそんなに歳は離れていないように思える。リリィロットさんと同い年、くらいだろうか。

 手には服と同じく、軽めの装飾が施された杖が握られている。あの輝きを見るに、材料は浮遊銀、だろうか。

「リリィロットさん、もしかして……」

「ええ、彼女です。隠れてやり過ごすにしても、街にいる限り、いずれ出会う可能性は消えません。このまま向かいましょう」

 リリィロットさんがそう言った直後、件の少女の視線が俺たちを捉えた。彼女は一瞬驚いたような表情を見せたあと、足を速めてこちらへ向かってくる。その様子を見て、街を歩く他の人々も道を開ける。

 曲がり角の少し前、そこで俺たちは彼女と対面した。

「久しぶりですね、サクヤ。十日前、買い出しに来たとき以来ですか」

 先に声をかけたのはリリィロットさんだった。サクヤと呼ばれた少女は、俺たちをざっと見回してから言葉を発した。

「十一日前です。それより、そちらの者たちは何者ですか?」

「旅人です。このあたりには不慣れなので、街へ案内してあげたのです」

「旅人、ね。おかしな話ですね」

 彼女は俺たちを、というか俺をきっと睨みつけて、指摘する。

「このあたりを訪れて、街より先に森林へ入り、リリィロットに出会うなど……ただの旅人にしては、おかしな行動です。森林の中で迷ったにしても、入った理由がなくては説明がつきません。自分たちは怪しくないというなら、その理由を説明してくださいな」

「彼らの身は私が保証します、と言えば十分ではありませんか」

 俺たちに対しての質問に、答えたのはリリィロットさんだった。目の前の少女は薄く笑いながら、はっきりと言った。

「神寄人の言葉なら、確かに街の人には十分でしょう。ですが私は神です。街の人とは違う。それでは納得できませんね」

「でしょうね」

 その反応は予想していたとばかりに、リリィロットさんは肩をすくめて言った。

「……そう、ですね。私はカタナヅキサクヤ。あなた方の名を教えなさい」

 自分から名乗りつつも、態度は高圧的な命令口調。礼儀正しいのだか、そうでないのかよくわからない態度だ。

「クサナギカゲユキだ」

「ムラクモヒナタです」

「ムラクモヒヨリ。妹です」

 とはいえ、ここで反感を買っても百害あって一利なしだ。俺たちは素直に名乗っておいた。

「やはり、そうですか。いいでしょう。とりあえず、あなた方の素性は信頼します。こちらへきたのは今日ですか?」

「いや、昨日だよ。リリィロットさんの家に泊めてもらったんだ」

「あ、カゲユキさん。それは……」

 今度も素直に答えると、リリィロットさんが慌てて俺を止めようとした。けれど、既に言い切ってしまったからもう遅い。

「泊めて?」

 友好的な態度を見せ始めていた、サクヤさんの雰囲気が一変した。彼女は冷たい目で俺を見つめながら、言葉を続ける。

「リリィロットと、一つ屋根の下に一晩……そうですか。昨日の夜、何をしてどこで寝たのか答えなさい」

「それは、その」

 答えに詰まる。彼女がリリィロットさんのことを大事に思っているようなのは、ここまでの会話で何となくわかった。素直に答えて身の潔白を示すのが一番だけど、俺にはそれができない。何もなかったとはいえ、一緒のベッドで寝たのは事実。

「答えられないようなことをしたのですね」

「いや、そういうわけじゃ」

 ないのだけど、答えても答えなくても結果は同じな気がして、俺は第三の手がないかを必死に考える。ヒナタは興味津々に俺を見ていて、ヒヨリは冷めた目で俺を見つめている。リリィロットさんはというと、口だけを動かして、がんばってくださいと伝えてきた。

「事情があって一緒のベッドで寝た。けれど何事もなく朝を迎えたよ」

 僅かな沈黙。それを破ったのは当然ながら、サクヤさんだった。

「残念ですが、一緒のベッドで寝たという時点で私にとっては重罪です。懲らしめなくては気が済まないので、おとなしく罰を受けなさいな」

「そんな横暴な……けど、やるしかないなら受けて立つよ」

 杖を構えて戦意を剥き出しにする彼女に、俺も覚悟を決める。しかし、ヒヨリに続いて二度目とは、俺には女難の相でも出ているんじゃなかろうか。

「逃げる気はないようですね。なら、場所を移動していただけますか?」

「そうだね。ここだと色々迷惑がかかりそうだ」

 宿屋に近い曲がり角。街の入口から広場への道。人通りがそれほど多いわけではないけど、道は広くない。戦いが激化すれば、建物に被害が及ぶ可能性が高い。

「こちらへ」

 サクヤさんは広場へ向かって歩く。俺たちは彼女の後についていき、程なくして着いた広場は戦うには十分な広さがあった。噴水の周辺にはそこそこ人はいたものの、中央にそびえる神の柱の周囲に人の姿はない。

 他にも幾人かの人はいたけれど、俺たちの様子を見て、何も言わずとも広場の端へと散らばった。そのまま広場を出て行く様子はなく、遠くから観戦するつもりのようだ。

 この状態では、空間凝結を隠して戦うのは難しそうだ。俺の実力が彼女を圧倒していれば別だけど、彼女の構えや後ろ姿に隙はなかった。それで楽観して手を抜くことなどできないし、そもそも俺は手加減が苦手だ。

「あのさ、どうしても戦わなくちゃだめなのかな」

「あなたが素直に罰を受けるというのなら、わざわざここで戦う必要などありませんよ。どこか人目につかないところに移動して、ね」

「気持ちいい罰なら素直に受けてもいいけどね」

 そんなものはあるはずがない。微笑みを返すだけのサクヤさんに、俺は説得を諦めた。理不尽ではあるけれど、彼女のこれまでの態度を見るに、力を示せば考えを変えてくれるタイプの人間だと思う。

 罰を与えるのはとりやめる、ということにはならないだろうけど、罰の種類くらいは変えてもらえるはずだ。

 杖を構えてゆったりと直立するサクヤさん。未知の相手。まずは相手の動きを見るのが先決だけど、相手の能力によっては、それが不利を招く可能性もある。

 所持している武器の射程、及び威力、戦略の幅で言えば、勝るのはおそらくこちら側。刀と杖の長さは同程度だけど、俺には拳がある。彼女も何らかの体術に長けている可能性は残るけど、構えからその可能性はゼロに近い。

 半身にならず正対し、構えた杖を握るのは両手。素手や足技を駆使する構えとしては、優れたものとは言えない。無論、隙を誘って返し技を狙っている可能性はある。

 俺たちはじっと睨みあう。彼女から動いてくる気配はない。俺の動きを待っているのは明らかだ。

 目に見える装備だけなら先に攻めた方が有利。それは間違いない。

 けれど、それよりも重要なのは、彼女の空間凝結の実力。ヒナタやヒヨリのように、特殊な使い方をするわけではないにしても、普通に使えるだけでも俺よりは上だ。遠距離から一方的に攻撃を受けることはなさそうだけど、油断はできない。

 俺は一つ深呼吸をする。そして、大きく踏み込んで柄を握る手に力を込めた。

 居合い一閃、の準備態勢。狙いは彼女に一撃を与えることではない。いつでも彼女の行動に対応できるようにするための、防御の構えだ。

 空間凝結をできる距離からはまだ遠いので、俺は一気に接近する。行動があるとすれば、約一秒後。そこまで近づけば空間凝結で色々なことができるようになる。

 サクヤさんを見る。彼女は身動きひとつとらず、じっと俺を見つめて、にやりとした。

「止まりなさい」

 言葉を発するより早く、彼女は空間を凝結させた。距離はある。普通なら、届かない距離。

 けれど、俺にははっきりと見えた。俺の目の前の空間が網のように格子状に凝結され、俺の体を捕らえんと待ち構えている。広範囲に広がる網の反発力は柔らかく調整され、本物の網と同じと言っても差し支えない。

「はっ!」

 居合い一閃。飛び退くのではなく、斬る。

 このまま突っ込めば網に捕まり、刀を抜くことも、拳を振るうこともできなかっただろう。けれど、網の強度は低い。全力の一撃なら、破壊するのは容易い。

 刀を鞘に戻し、距離を詰めていく。サクヤさんは驚いた顔を見せていたけれど、それも一瞬のこと。彼女から距離を詰めてきて、構えた杖で突きを放ってきた。

 弾くのは簡単だけど、次が続かない。俺は咄嗟に右に飛び退いて、再び剣を抜いた。

 飛び退いた先に、待ち構えるように設置されていたクモの巣のような空間を払い、安全を確保する。四方に張っていた分、強度は落ちているので軽い一撃でも払える。

「まるで見えているかのよう……いえ、見えているのですね?」

「だとしたら?」

 俺が挑発するように言うと、サクヤさんは静かに言い放った。

「こうするまでです」

 足元の空間を凝結させ、空に飛びあがる。すぐさま空中から、網が連続して放たれる。

「そうくる、よね!」

 居合いで強度の低い網を切り払っていく。受けるのは難しくないけれど、問題はいかにして接近するかだ。俺は後ろの空間を凝結させて、その反発力で接近を試みる。

 しかし、飛んだ先にはすぐさまやや強度の高い網が張られ、それを払うための一撃でどうしても隙が生まれてしまう。そこに再び、無数の網が放たれる。

 それでも、空中に足場を形成して、俺は少しずつ彼女に接近していく。しかし、彼女も黙って同じ場所に立っているわけではない。近づけば彼女は離れ、また近づいても離れていく。体力や気力勝負の持久戦となれば、こちらが不利。

 凝結した空間の数は相手の方が多い。けれど、それらは的確に俺を狙い続けているから、居合いで体力を使ってしまう。受けているうちに、空中での居合いに慣れてはきたけれど、この状況を打開するにはそれでは足りない。

「やってみる、か」

 足元の空間を凝結。反発力は、できるかぎりの高反発。不安定になろうと構わない。とにかく勢いで、一気に貫く。刀を軽く振り回すだけでも、軽い網なら突破できる。

「……来なさいな」

 サクヤさんは余裕の表情を見せる。網を放つのもやめ、杖を構えて背後の空間を凝結。足元の空間はゼロ固定で、背後の反発力は高い。網の反発力を考えると、彼女が二つ以上の固定値を使えることは明らかだ。

 それに加え、離れた距離の空間凝結という、特殊な才能も合わせ持っている。しかし、接近しての戦闘であれば、そんなものは関係ない。

 そこまで考えて、ふと疑問が浮かんだ。それだけの力を持つ彼女が、この場面で武器による戦闘を挑んでくるだろうか。

「しまった!」

「ふふ、ようやく気付いたみたいですね」

 サクヤさんは朗らかな笑みとともに、空間を凝結させる。声は出せたけれど、もう間に合わない。

「ですが、詰めろに気付かず攻めた者に、待っているのは即詰みのみ。この王手から逃れる術はありません」

 凝結される空間は、俺の周囲。網ではない。いくつもの小さく固い空間が、膝や肘、手首や足首、首や腰、肩などの周りに同時に凝結される。自由に動かせるのは、口と指先だけ。

 空を歩いてゆっくりと近づいてくるサクヤさん。彼女は俺に杖の先を突き付けて、はっきりと言った。

「王手、です」

「……負けました」

 俺は素直に負けを認めた。それでとどめを許してもらえるとは思わないけれど、少しくらい手加減はしてもらえるかもしれない。

「素直でよろしいことです」

 すると、彼女は杖を引いて、俺の動きを封じていた空間の凝結も解いてくれた。何事か、と思ったけれど、落下していく途中に見えた、空に立つ少女の姿で何が起きたかを理解する。見えたのは、サクヤさんと正対する立ち姿と、ミニスカートの下の真っ白なぱんつ。

 地面に衝突する直前、柔らかな空間が俺を包み込む。ヒナタの凝結した空間だ。

「引いてくれてありがとございます」

 ヒナタの声が空から降ってくる。姿は遠く、表情は見えない。白いものもいつの間にか見えなくなっていた。

「私もさすがに、二人を相手にする自信はありませんからね」

 ヒナタとサクヤさんは空から降りてくる。俺の側には、ヒヨリとリリィロットさんが駆け寄ってきた。

「あなたでも油断することはあるのですね」

「それだけじゃない、けどね」

 冷静なヒヨリの言葉に、俺はぼそっと答えた。確かに、油断していたのもあったと思う。けれど果たして、油断がなかったとしても、今の俺に彼女に勝つだけの力があっただろうか。接近戦に持ち込めれば勝ち目はあるにせよ、持ち込む手段がなくては意味がない。

 あの技に対処する手段はある。空間凝結には、空間凝結で。同じ空間か近い空間を、より強い力で凝結して破壊、もしくは上書きする。理論上はそれで対処できる。修行のときに、父さんや母さんが見せてくれたのもはっきりと覚えている。けれど、俺にはそれを行えるだけの力がない。剣や拳を使い、力尽くで破壊することしかできない。

 それを防ぐには、複雑な形――彼女が見せた網のような形など――にするのがいい。複雑に凝結された空間であればあるほど、破壊や上書きをするのが難しくなる。

「とりあえず、今回はこれで許してあげます」

 サクヤさんは言葉遣いは変わらないまでも、優しい声でそう言った。

「ありがとう」

 その言葉は彼女と、ヒナタに向けて。始まりこそ理不尽ではあったけれど、自らの実力不足を思い知らされたのには感謝すべきだ。

「あなた方の目的は知りませんが、ひとつ忠告しておきます。あなたの今の実力で遠くに旅に出るのは、やめておくのが懸命ですよ。今回のように、また彼女が助けてくれるかもしれませんが……これ以上は、言わないでおいてあげましょう」

 俺は黙って頷くしかなかった。今の俺では、彼女のような強敵に出会ったときに、足手まといになるだけ。

 彼女だけではない。ここへ来る途中でファルフォルの群れと戦ったときも、そうだった。あのときはリリィロットさんを守るという役目があったけれど、それがなかったら戦力としてはほとんど役に立たなかったことだろう。

 もちろん、そんな怪物ばかりがいるとは限らないけれど、ファルフォルは本で見た飛狐そっくり――いや、そのものと言っても過言ではない。もし他の怪物も本に載っているものと同じか、似ているのだとしたら、空間凝結を扱う空中戦が苦手なままでは苦戦は必至。ヒナタやヒヨリ、サクヤさんのように、自在に空間凝結を扱って飛び回るような戦い方は無理でも、それに匹敵するような戦闘技術がなくてはならない。

 空間凝結が苦手な代償としてか、使えることの代償としてか、そもそも関連性があるのかどうかさえもわからないけど、幸いにして、俺には凝結された空間を見る力がある。

 先手をとるのは難しくても、後手に回れば十分に戦える。問題はやはり、射程外からの攻撃にどう対処し、接近するかだ。地上を駆けていけるならともかく、空中となるとそう簡単にはいかないだろう。

「ねえ、カゲユキくん」

「ん?」

「考えるのは宿についてからにしない?」

 ヒナタに声をかけられて、しばらく考え込んでいたことに気付く。いつの間にか、サクヤさんはどこかへ消えていた。

「ごめん」

「ん。それじゃ行こうか」

 広場から道を戻り、曲がり角へ。そこから宿屋までは五分と経たずに到着。広場からでも十分程度と、それほど時間は経っていない。リリィロットさんによると、街は神の柱から西に広がっているそうだ。宿屋がある場所は、西の市街地への入り口に近い。

 質素ながらも大きめの宿で、俺たちはみんな一緒に三人部屋に泊まることにした。案内を終えたリリィロットさんは、軽く買い出しを済ませてから、

「何か困ったことでもあれば、いつでも尋ねてきてください」

 そう言い残して、家に帰っていった。


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