桜の花に集まって

第七話 重ねるデートで輝く指輪


 早朝、朝食を済ませた俺たちは部屋に集まっていた。服装は浴衣から着てきた服に着替えている。目的は姫とルクスから話を聞くことだ。

「光の指輪から漏れた力を補充する方法は見つかった」

 俺たちの世界と妖精さんの世界の扉を開く、光の指輪。使えるのは妖精だけで、妖精の力を込めることで扉を開くことができる。これから姫が具体的な話を進める前に、ルクスが補足してくれた。

「そうだな……簡潔に伝えてもいいが、それでは納得しない者もいるかもしれないし、理論からしっかり伝えるとしよう」

 微笑を浮かべる姫の視線は俺に向けられている。納得しない者の筆頭は俺のようだけど、どんな方法なのかはまだ聞いていないから文句は言わない。姫のことだから、根拠もなしに俺の反応を決めつけるようなことはしないはずだ。

 もし方法を聞いて、不当な決めつけだと感じたら、そのときに文句を言っても遅くはない。これがお姉さんだったら、すぐに文句を言って方法を聞き出すところだけど。

「前にルクスが三葉のブルマ、雪奈のスク水、すすきのぱんつを盗んだことがあっただろう。あのときのことは覚えているな? 妖精の力はすすきや三葉、雪奈の体質に近いものだということはそのときにわかった。

 その二つは近いものであって同質のものではない。だがどちらもこの世界に存在するものであることに変わりはない。ならば変換することも可能ではないかとルクスは考えた。

 しかし当然ながら、ルクスにそんなことはできない。そこで私の出番というわけだ。すすきたちの体から発せられる力を、妖精の力に変換して光の指輪に注ぎ込む。単純に変換する方法ならすぐにでも思いついたが、効率の良い変換方法を探すには相応の時間を必要とした」

 そこで一旦姫が言葉を区切ったので、俺は気になったことを質問する。

「姫の力を直接変換することはできないのか?」

「当然の疑問だな。私は超越的存在だからな、不可能とは言わない。しかし私は異世界の姫であり、この世界の者ではない。宇宙だけでなく、この世界の全てを把握した後なら別だが、現状では酷く効率の悪いものになるだろうな。修理を待つよりは早いと思うが、宇宙の調査を一時中断したとしても一月はかかる。続けながらだと一年は必要になるな。

 対してすすきたちの力を変換するのなら、一日あれば十分だ。もちろん普段通りに生活していて、時折強く発せられる力を変換するだけでは、数か月はかかってしまうだろう。変換効率を上げるにしても、既に五百パーセントまで高めているからな。これだけあれば文句はないだろう。

 変換方法に関しては、詳しい説明はいらないだろう? 私も面倒だしな。――よし、なら話を続けるぞ。

 そこでだ、すすきたちの力をより高めるにはどうすればいいのか、ということになる。そこで三人の体質の共通点を探っていたのだが、過去に溯って力が強まったときを調べていたときにそれは見つかった。

 ちょうどある時期を境に、三人とも放出される力が高まったのだ。雪奈が葉一に出会い、チェリーブロッサムに連れてきた頃にな。つまり葉一、貴様との関係が体質にも影響を与えている、ということだ」

「俺が?」

 意外な結論につい口から言葉が出る。力が強まるときとしてすぐに思いつくのは、体質を利用した瞬間や前後。けれど姫によるとそうではないらしい。

「貴様とすすき、三葉、雪奈の関係が近づけば近づくほど、生まれる力は大きくなる。要するにだ、貴様たちが仲良くすればそれでいいというわけだ」

「仲良く?」

「えっちするわけだね」

 お姉さんが勝手に答えを引き継いだ。姫はくすりと笑ってから続ける。

「ああ、利里の言うのも間違いではない」

 その言い方に俺は黙って言葉の続きを待つ。お姉さんの言う通りではなく、間違いではないという表現が意味するところは、それが唯一の解ではないということだ。

「だが少々効率が悪いな。体だけ仲良くなっても、心が仲良くならねば意味がない。葉一のことだから、いきなりそんなことをしても困惑するだけだろう。まあ、それでも快楽には抗えずに感じてしまうとは思うが、そんなことはどうでもいい。

 ま、今の関係から妥当なのは、二人きりでデートをするくらいだな。それが最も効率よく仲良くなれる方法だと思うぞ」

「なるほどな」

 確かにいきなりデートをしろ、なんて言われたら俺は納得しないと思う。理由を聞かずに無視することはないにしても、すすきや三葉、雪奈が暴走して、今みたいにすんなり話が進むようなことはなかったはずだ。

「二人っきりで愛を深めればいいんだね」

「兄さんと甘くてとろけるようなデートをするわけですね」

「楽しみ」

 三人とも乗り気である。このあとに、そのままキスしてえっちする、というような台詞を誰かが言うかと思っていたけれど、意外にも誰もそんなことは言わなかった。

「はいはーい。お姉さんはー?」

「残念だが、利里は関係ない」

 手を上げて質問するお姉さんに、姫は申し訳なさそうな顔をして答える。

「お姉さんだけ?」

「デートの必要がないのは私も同じだ。だが、やることはあるぞ」

「らぶいちゃタイムのお手伝いだね」

「その通りだ。ルクスは力の回収と変換に忙しいからな」

「本当は私もお手伝いしたかったんですけど」

 ふよふよと浮かぶ妖精さん。てっきり姫が変換をするものだと思っていたので、その言葉はちょっと意外だった。すると俺の視線に気付いたのか、ルクスが説明してくれる。

「変換には私の持つ妖精の力を使うんです。でも私、この力を他人に分け与えるようなことはできなくて。フィルベァリクゥさんにやり方を教えてもらって、昨日練習していました。結構時間かかっちゃいましたけど」

「だが、当初の予想では二百パーセントが限界だった。五百パーセントにまで達したのは、ルクスに素質があってこそだ」

「そんな、フィルベァリクゥさんの教え方が上手だっただけですよ」

 ルクスは頬を赤く染めて照れているけれど、まんざらでもなさそうだ。

「そんなことより、二人は変なことしないでくださいね」

「わかってるって。基本的に私たちは若いみんなを見守るだけ。待つだけなのも暇だし、初々しい姿を覗いて楽しむだけだよ」

「まあ、あまりにも貴様が不甲斐ないようであれば、私たちも動かざるを得ないがな。期待を裏切ってくれるなよ?」

「あ、ちなみに私も二人と一緒にいますから。力を回収するには近い方が便利なんです。それに人間の営みを覗くのは、妖精たちの間では大人気の趣味でもありまして。私も一度やってみたかったんです」

 お手伝いと言うから念のために注意しておいたけれど、今回ばかりはお姉さんも、からかったり掻き回したりする気はないようだ。幼馴染みや妹、同級生らの様子もいつもと違うから、なんだか少し調子が狂ってしまう。

 三人を見ると何やら話し合っている様子だ。二人きりという条件があるのだから、おそらくは順番を決めているのだろう。ややあって、三人が俺のところにやってきた。

「兄さん、順番が決まりました。すすきさん、雪奈さん、私の順番です」

「どこで交替するんだ?」

 それがわからなければデートをする場所や時間も決められない。さすがにお姉さんや姫と一緒について来て、時間になったらその場で交替なんてのは、ムードも何もなさすぎる。

「午前中は私で、午後は雪奈、夜は三葉。昼ご飯と夕ご飯が区切りだね」

「ご飯はみんな一緒がいい」

 宿では朝、昼、夕と食事を出してくれるので、その時間には戻ればいいということか。食事の時間は十二時と五時。今の時間は七時過ぎだから、時間的にもちょうどいい。三葉が最後なのは、三人の中では一番夜更かしに慣れているからだろう。

「それじゃ、行ってきます!」

 手を振る三葉たちに見送られて、俺たちは宿の外へ歩き出した。手を振り返しているすすきを置いていかないように、俺はゆっくりと足を進める。

 三葉たちが宿に戻ったところで、俺たちは完全に二人きりになった。そのタイミングを見計らって、俺は左を歩くすすきの手を握る。

「ふえ?」

 肩をぴくりと震わせて、幼馴染みは変な声をあげた。

「どうしたんだ? ……俺、変なとこ触ってないよな?」

 手にそういう変なところがあるのかどうかはわからないけれど、実は幼馴染みは手が弱点だった、なんてこともあるかもしれない。

 すすきは大きく首を横に振って否定する。滅多に見ない幼馴染みの姿がおかしくて、つい笑ってしまいそうになるけれど、ここはなんとか堪えないといけない。しかしどうにも耐え切れずに、少しだけ頬が緩んでしまう。

「あ、笑った!」

「すまん。でも珍しくてつい」

「私だって恥ずかしいんだからね。いきなり手を握るしさ、せめて一言くれないと」

「恥ずかしい?」

 思わず疑問系で聞いてしまい、慌てて口を塞ぐけれどもう遅い。幼馴染みは繋いだままの手をぐいっと引っ張って、グーに握ったもう片方の手に引きつける。

 腹部への衝撃に言葉を失う。けれど痛みが少し引いた後に沸いた感情は怒りではなく、面白いなというものだった。自然と顔に浮かぶのは笑顔。

「また笑った」

「だって、普段はこんなことしないだろ。すすきに殴られたのって、子供のころに喧嘩したとき以来か?」

「殴ってない。今のは葉一がぶつかっただけでしょ」

 ここで意地を張り合っても仕方ないので、そういうことにしておこう。

「二人きりで出かけるのも久しぶりだよな」

「最近の朝は二人になるけどね」

 俺にとっての幼馴染みはすすき一人だけど、すすきにとっての幼馴染みは俺と三葉の二人になる。だから特別な用事があるとき以外はいつも三人で行動していたし、こうして二人きりで出かけたのは去年の一月の末、二月五日に控えた三葉の誕生日プレゼントを買いに行ったとき以来だ。

 それにしても三葉が関わっていて、俺とすすきだけの目的で最後に出かけたのは中学生の頃だったと思う。

「……行こっか」

 少し間を置いてから、すすきが言った。言葉とともに軽く手を握り返してきて、幼馴染みの柔らかい手の感触がよりはっきりと伝わる。

「けど、なんで葉一は照れてないの?」

 歩き出してすぐにすすきが聞いてきた。俺は隣を歩く彼女を見て答える。

「すすきが照れると思わなかったから」

 笑みを浮かべて俺の目を見つめてくる幼馴染み。俺はそれが恥ずかしくて、前を向いて彼女から視線を逸らす。

「じゃあ今は恥ずかしいんだ」

「少しな」

 動作を見れば聞くまでもないことをわざわざ聞いてきたすすきに、俺はぶっきらぼうに答えを返す。すすきならデートといってもそんなに照れることなく、いつもとあまり変わらないで気楽にできると思っていた。

 もちろんいつもと同じままでは意味がないのだけど、それでもそのときまではデートという感じではなく、二人で登校するときと同じような雰囲気になると思っていた。

「ふーん。じゃあこうしちゃおうっと」

 すすきは俺の腕を引いて、左手を腕に回してくる。右手は握る力を緩めていて、俺にも手を離すように促すけれど、俺はちょっと抵抗してみた。

 するとすすきは構わず俺の腕に抱きついてくる。真横から抱きつかれる格好になって非常に歩きにくいし、もし誰かに見られたらと思うとかなり恥ずかしい。俺は諦めて右手を離して、すすきに両腕で抱きつくことを許した。

 これはこれで歩きにくいのだけれど、すすきの胸の感触が心地好いから、まあいいかなと思う。

 すすきは抱きついたまま俺の腕に顔を押しつけている。振り向いても後ろに隠れてしまうので顔が見えない。勢いに任せて自分から抱きついたはいいけど、冷静になってから恥ずかしくなったのだろう。俺も恥ずかしいけどすすきほどではない。

 言葉も発しなくなった幼馴染み。ここで俺が何を言っても、まともな会話が成立するとは思えない。ならばここはおとなしく歩きながら、じっくりと柔らかな感触を楽しむとしよう。

 俺たちは特にあてもなく歩き続け、土産物屋の並ぶ路地についたところで、ようやく慣れたのかすすきが顔を出した。

「入るか?」

「ん。そうする」

 近くの店を指差して聞くと、すすきは普通に返事をした。

 腕に抱きつかれたまま土産物屋の中を見て回る。店の人が微笑ましそうに見ていて少し恥ずかしいけれど、すすきは土産物を見るのに夢中であまり気にしていないようだった。

 抱きついたまま引っ張ってくるので、ときどきバランスを崩しそうになる。こういうときは手をつなぐだけにした方がいいと思うのだけど、今のすすきにそんなことを言ったら怒られるだけだ。

 しっかりと両腕で抱きついているので左腕は幸せだけど、やはり動きにくい。そこでふとすすきが足を止めたので、とりあえず右腕だけにしてくれないかと言おうと思ったら、彼女から左腕を抜いてきた。

 伸ばした腕の先、左手には小さなキーホルダーがつままれている。木製の文字だけが連なる和風な雰囲気のキーホルダーで、連なる四文字は英語で愛を意味する言葉。

「なんだこれ」

「ラブだよ」

 それくらい読める。俺がつい口から出したのは和風に英語という違和感からだ。

「ねえ葉一、これほしいな。ペアでつけたい」

「えー」

 反射的にそう言ってしまった。キーホルダー自体は三百円と安いし、プレゼントとして買うのは構わない。しかしペアとなると話は別だ。

「一個でいいだろ。愛はすすきのものだ」

「じゃあこっちは?」

 すすきは近くにあったキーホルダーを手に取る。木製の文字だけが並ぶ和風な雰囲気のデザインは同じ。文字は二つで、ひらがなであいと書かれていた。

 ふと近くのキーホルダーを見ると、英語、日本語の他にも色々な国の言語のものが見つかった。ドイツ語、フランス語、イタリア語……ヨーロッパ系以外にアジア系も揃っている。発音はわからないけれど、全て愛を意味する言葉なのは間違いないだろう。

 愛シリーズのキーホルダー。一体どこの誰がこんなのを考えたのかと思ったけれど、土産物としては意外とよくあることな気がしないでもない。

「漢字の愛はないんだな」

「そっか。葉一はそれがいいんだね!」

 違う。と言うよりも早くすすきは店員さんに聞いていて、俺が口を挟む時間はなかった。

「それでしたら、こちらに」

「あるみたいだよ!」

 嬉しそうに勢いよく俺を引っ張っていくすすき。少し離れたところ、店員さんが示したのはキーホルダーではなく置き物が並ぶところ。キーホルダーと同じ雰囲気の置き物がそこにはあって、大きな文字で愛という漢字が書かれていた。

「高いねー」

「そうだな」

 愛の置き物、五千円なり。色々つっこみたいところだけど、面倒だからやめておく。

「他のにしよっか」

「ああ、そうしよう」

 すすきからそう言ってくれたので、俺は迷わず同意を示す。勘違いを正さないままというのはちょっと悪い気がしたけど、高いと思ったのも事実だから、騙していることにはならないと思う。

 色々と見て回りながら、他のお土産を探す。無難なものから特殊なものまで、様々なものがあったけれど、すすきにとってさっきのよりも良いものは見つからなかったらしく、結局何も買わずに俺たちは店を出た。

 店を出てからは、再びあてもなく歩き回る。ここは有名な宿泊地だけど、俺たちが来るのは初めて。ただ歩いて見て回るだけでもそこそこ楽しいものである。

「あ、お団子売ってるよ」

 すすきが指差したところには小さな店があり、そこではみたらし団子を売っていた。

「食べるか?」

「食べたいけど、うーん……」

 自分で指差しておきながら、すすきは何やら悩んでいるようだった。幼馴染みの目は、団子屋と俺の腕を交互に見ている。

「そうだ、葉一が食べさせてくれればいいんだ!」

「俺が食えないじゃないか」

「えーと、じゃあ口移し?」

 本気か冗談かわからないような軽い声ですすきが言った。

「口移しって……」

 恥ずかしいという以前に、みたらし団子を口移しでというのは無理があると思う。丸くてもちもちしているし、肝心のみたらし部分が口移しをする前に消えてしまいそうだ。

「ま、いっか。また繋げばいいしね」

 すすきはあっさりと抱きついていた腕を離すと、一人先に歩いて団子屋に向かっていた。彼女も同じことに気付いたのか、最初から冗談で言っていたのか、それはわからない。

 追いかける俺を待たずに、すすきは手早くみたらし団子を二本買っていた。そして一本を俺に手渡して、そのまま手のひらを開いて待つ。

「一本百円」

「了解」

 俺はポケットから小銭を取り出して、すすきの手に百円玉を乗せる。

 店の近くにある休憩所の長椅子に腰を下ろして、俺たちは買ったみたらし団子をゆっくりと味わう。特別に美味しいというわけでもない普通のみたらし団子だけど、食べている場所が違うから味も少し違って感じる。

 日はまだ昇りきらず、昼までにもっと他のところも回れると思う。だけど俺たちはここから動かないで、ゆったりと時間を過ごすことにした。

「すすきに聞きたいことがあるんだけど」

「なに?」

 みたらし団子をくわえながら、すすきが返事をする。

「すすきは俺のことをどう思ってるんだ?」

 このことを一度ちゃんと聞いてみたかった。デートを楽しんでる状況で聞くのもどうかと思うけれど、二人きりじゃないとなかなか聞けないことでもある。

「ん……幼馴染みとして愛してるけど」

 みたらし団子を飲み込んで、すすきが答える。いつもと変わらない、幼馴染み。

「それと、今は恋愛感情もちょっと入ってるかな。それがどうかしたの?」

 すすきは微笑んで首を傾げていた。手を繋いだときはあんなに照れていたのに、こういうことを口にするのに照れはないらしい。

「やっぱりそうなんだよな」

「うん。迷惑じゃないよね?」

 すすきは不安そうな表情は一切見せずに、微笑みを絶やさずに聞いてきた。答えはわかっているとでも言いたげな、自信に満ち溢れた態度。

「ああ。答えはいらないんだろ?」

 俺もすすきに負けじと、自信満々に確かめる。幼馴染みに俺の答えが予想できたのだから、俺にだって幼馴染みの答えは予想できる。

「今のところはね。でも、葉一に選べる答えは一つしかないよ。私だけじゃなくて、三葉や雪奈、他のみんなもまとめて愛する。それ以外は認めません」

「すすきだけを愛するよ、なんて言ったら?」

 俺がちょっと意地悪に聞くと、すすきは小さく息を吸ってからはっきりと言った。

「私の知る幼馴染みは、そんなことを言う悪い子じゃありません」

「俺の知ってる幼馴染みも、俺に恋愛感情を抱くような子じゃなかったけどな」

 俺の返しに、今度はすすきもちょっと黙ってしまう。けれどそれも長くは続かない。

「私だって思ってなかったからねー。だからいつからなんて聞かないでね?」

 照れくさそうに笑う幼馴染みに、俺も同じように笑って答える。それから特に盛り上がる話題はなくて、俺たちはただ静かに二人の時間を楽しんだ。

 宿への帰り道は、来たときと同じように手を繋いで。俺が左手を伸ばしたところで、先にすすきが手を握ってくる。小さく微笑む幼馴染みの顔には、既に照れはなくなっているように見えた。

 宿にみんな集まっての昼ご飯を挟んだ午後。朝と違い見送りはなく、部屋に残るすすきや三葉と別れて、俺と雪奈は宿の廊下を歩いていた。二人きりではなく、お姉さんと姫、ルクスも一緒について来ている。

 宿を出たところでお姉さんや姫の姿はいつの間にか消えていて、今度こそ俺と雪奈は二人きりになった。だけど俺はすぐには行動に移れない。

 俺の言葉を待ってじっと見つめている雪奈。すすきや三葉なら長い付き合いだから好みがわかるけど、雪奈とは出会ってまだ一月も経っていない。昼ご飯の間も考えてはいたけれど、特にいい考えは浮かばなかった。

「雪奈、どこか行きたいところはあるか?」

「迷ってる?」

 呟くような声でいきなり的確な指摘をされて、俺は言葉を失ってしまう。俺が沈黙で肯定を示していると、雪奈が左手を伸ばして、俺の右手を強く握ってきた。

「歩きながら考える」

 腕を引いて歩き出す雪奈。その後ろ姿を追うように俺の足も自然と前に進む。

「悪いな」

 俺がそう言うと、雪奈は小さく首を横に振った。後ろからなので表情は見えない。

「とりあえず、人気のないところに行く」

 雪奈は山の奥へと歩いていく。簡素ながらも遊歩道が整備されているので、未踏の地を探検しようというわけではなさそうだ。

 そのままずっと歩いていくと、遊歩道の中間にある休憩所に辿り着いた。雪奈が先に腰を下ろしたのを見て、俺も隣に腰掛ける。木々に囲まれた休憩所。鳥のさえずりがたまに聞こえるだけで、人の声や姿はない。

「静かなところだな」

「うん。ここなら声も響かない」

「話をするにはちょうどいいな」

 雪奈はこくりと頷いた。これでいいのか少し自信がなかったけれど、この反応を見る限りでは正解だったようだ。

 話をする、とは言ったけれど会話の内容が思いつかない。初めて出会ったときは二人きりになったけれど、あれは三葉やすすきに会わせないためだった。それからはみんな一緒にいることが多くて、雪奈とこうして二人きりで、腰を落ち着けて話すのは初めてだった。

 掃除当番だとか、先生やクラスメイトに用事を頼まれたとか、そういうのでちょっとだけ二人きりになることはあったけれど、そんな短い時間では会話も広がらない。

 俺から会話を始めても興味を持つ話題がわからなくて、やっと乗ってきたと思ったらみんなも合流。待ってみても雪奈は二人きりでいるだけで満足らしく、彼女から会話を始めることは滅多にない。

 それはそれでいいと思うし、特に気まずい空気が流れることもないのだけど、さすがに今日のデートもその調子でというわけにはいかない。

 雪奈は俺のことを良く知っているのかもしれないけれど、俺は彼女について知らないことが多すぎる。単なる同級生ならそれでもいい。だけど俺のことを好きだと言ってくれる同級生なら、色々と知りたいと思うのは自然だと思う。

「雪奈にいくつか聞きたいことがあるんだけど」

「ん。なに?」

 俺がそう言うと、雪奈はちらりとこちらを向いて、あっさりと承諾してくれた。

「ありがとう」

 それじゃあと早速質問しようとして、少し照れてしまいすぐには言葉が出ない。雪奈は微かに期待するような表情でじっとこちらを見つめている。

 このまま見つめられ続けるのも恥ずかしい。俺は雪奈の目をしっかり見つめて、照れを重ねた勢いに任せて質問した。

「雪奈はさ、どうして俺のことを好きになったんだ?」

 言ってからまた恥ずかしくなったけれど、ここで目を逸らしたら勢いが消えてもっと恥ずかしい。ここまできたら一気にいくしかない。

「長くなるけどいい?」

「日が暮れるほどじゃなければ」

「大丈夫、そこまでじゃない」

 互いの目を見つめたままの会話にも少しは慣れてきた。けれどここからの会話をそのまま聞くのは、さすがに耐えられそうにない。俺がそう思っていたら、雪奈は俺から逸らした視線を正面に向けて、静かに語り出した。

 俺と同じように思ったのかな、と一瞬思ったけれど、雪奈はこのくらいで照れるような女の子じゃない。おそらく、思い出話をするときの雰囲気を考えてそうしたのだろう。何にせよ、おかげで助かったことに変わりはない。

「きっかけは一目惚れ。になると思う」

 俺は最初だけ雪奈の横顔を見ていたけれど、すぐに彼女と同じように正面を向いて、長くなるという話に耳を傾けることにした。

 生い茂る木々の景色が目に飛び込んでくる。さわさわと揺れる葉が擦れる音。再び聞こえてきた鳥のさえずりが止んだところで、雪奈は次の言葉を発した。

「高校を受験する前に、どんなところか下見に来たとき、初めて葉一たちを見た。そのときにちょっと気に入って、もしかすると近くを歩いていたらまた会えるかなって思ったら、本当に会えた。会う、と言っても見てただけだけど」

 受験の前といえば、チェリーブロッサムでお姉さんに勉強を教えてもらっていた頃だ。息抜きに散歩をすることもよくあったから、そのときに見られたのだろう。

「受験のときに葉一を見つけたけど、そのときは遠かったし、集中してたから声はかけなかった。春休みもたまにここへ来て探したけど会えなかった。でも入学式のときには会えた。そのうえ、同じクラスだとわかったときは嬉しくなった。

 それで、その、好きなんだって気付いてからは、葉一たちが近くで話をしているのをさりげなく聞いていたり、中学の頃から葉一を知ってる人に色々聞いたりして、情報を集めてた。そうしていたら、葉一が恋人を探しているって噂を聞いて……」

 雪奈はそれ以上は言葉を口にしなかった。そこからの出来事は俺もよく覚えているから、話してもらわなくても理解できる。

「結構最近なんだな」

「ん。でも、まだ終わりじゃない。あれから葉一と一緒にいるようになってからは、もっと好きになった。想像していた通りの人だったから」

 そこまではっきり言われるとかなり恥ずかしい。けれど照れてばかりで、ここで話を打ち切るわけにもいかない。雪奈から話したのではなく、聞いたのは俺なのだから。

「でも、本当に俺でよかったのか?」

 意地悪な質問だなと思いつつも、照れ隠しにそう聞いてみる。

「告白されたことなくて悩んでた人の言う台詞じゃない」

「……そこまで噂になってるんじゃないよな?」

 思わぬ返しに俺は雪奈をじっと見つめて問う。彼女は正面を見たまま首を横に振った。

「お姉さんから」

「なるほど」

 安心してほっと息をはく。まあ、よくよく考えたらそこまで知られていたとしたら、色々な憶測が噂として広まるようなことはなく、事実だけが広まっていたはずだ。

「そんなところも私は好き」

 雪奈は振り向いて、俺の目をしっかりと捉えながら言った。不意打ちの告白に慌てて顔を背けたくなるけれど、その真剣な眼差しから逃げてはいけないような気がして体が動かない。

 そっと目をつむったかと思うと、雪奈はワンピースの胸のあたりに手をかけて、ボタンがないことに気付くと、今度は裾の部分に手をかけて捲ろうとしていた。

「葉一」

 ここはキスを求めるシーンです、雪奈さん。

 期待するような声とともに、ワンピースの裾に手をかけたままの雪奈に、俺はどうしたらいいのか考える。さすがにここで彼女の求めに応じることはできない。

 とりあえず俺は雪奈の肩に手をあててみた。ぴくりと震える雪奈の体。求めるものが違えば俺もどきどきしていたところだ。いや、今もどきどきしていることに変わりはないけれど、その質は彼女とは全く別のものになる。

 そのまま雪奈の腰に手を回して、俺は静かに彼女を立たせる。雪奈は抵抗する様子もなく、俺のされるがままになっていた。

「……立ってするの?」

「しない。ここは他の人も来るからな」

 そう言いながら、雪奈を連れてそろそろと歩く。まだ目をつむったままなので、転ばないように連れていくのはちょっと大変だ。

「木陰?」

 さて、とりあえず動いてみたけれど、ここからどうすればいいんだろうか。はっきり言ってしまえばいいのかもしれないけど、そうするとムードも壊れるし、もしかすると雪奈も傷つくかもしれない。

 俺がどうしようかと迷っていると、ふと頭の中に声が響いてきた。

『そこから前に三フィート、右に一フィート二インチ』

 俺はいつの間に電波を受信できるようになったんだろう、一瞬だけ不思議に思う。けれど響いた言葉の中にあったフィートにインチという単位。俺の知る限り、そんな表現を使って念話みたいなことができるのは一人しかいない。

 姫だな、と心で聞いてみると、あっさりと認める返事がきた。

『いいから行け。私たちが手助けをしてやる』

 何の手助けだ。身を隠す場所を探す手助けは求めていない。

 前に三フィート、右に一フィート二インチ。いまいち距離感がつかみにくいけれど、そこにあるのは大きな木。あの辺りに隠れれば大きな声を出さなければ、遊歩道を歩く人がいても見つからないだろう。

 しかしこのまま無視してもうるさそうなので、言われた通りにその場所に行ってみると、大きな木の裏には姫とお姉さんが潜んでいた。

「何してるんですか?」

 俺の声に気付いてか、雪奈も目を開けて驚いたような顔をする。そしてすぐに、がっかりしたような表情を見せたのは気のせいではないと思う。

「雪奈ちゃん。こっち」

「葉一はこっちだ」

 雪奈はお姉さんに手を引かれて、俺は姫に手招きされる。何事かと思ったけれど、ここは黙って従うのが吉だ。少なくとも、困った状況を脱することはできたのだから。

「葉一、これを」

 姫は俺の手に小さくて丸い、ちょっとぬるぬるしたゴムのようなものを渡してくれた。

「おい」

「袋はないが、案ずるな。私の特製コンドームだ。衛生面は問題ない」

「いらないから」

 俺ははっきりと言って姫に避妊具を返した。ふとお姉さんたちの方を見ると、二人とも俺の様子を確かめていたようで、揃って肩を落としてため息をついた。

 そんなことより右手がぬるぬるしてちょっと気持ち悪い。このままデートを再開するなら何かで拭かないといけないだろう。

「今だよ、雪奈ちゃん!」

「うん」

 なんだと思って見てみると、雪奈は素早く俺のところに近づいてきて、俺の手首をとったかと思うと右手に顔を近づけていた。何をする気なのか気付いたときにはもう遅く、雪奈は俺の手を舌でれろれろと舐めていた。ぺろぺろなんて甘い表現は使えない。

「これでその気にさせる」

「雪奈、やめ……」

 雪奈は俺の指先をくわえると、ぬるぬるした部分を的確に舐めてきた。想像以上に気持ちが良くて、俺は言葉が出せなくなる。

「効いてるよ、雪奈ちゃん!」

「その調子だ。そのまま油断させて……」

 右手の感触に意識が集中していた俺はその言葉の意味を考える余裕もなく、気がついたら雪奈の左手が俺の下半身に伸ばされていた。チャックは既に下ろされていて、このままでは脱がされるのも時間の問題だ。

 慌てて雪奈の手を握って引き剥がそうとする。けれど軽く力を入れても剥がせない。俺は傷ついたらごめんと思いながら、彼女の手を強く握り締めると、あっさり離れてくれた。

「……冗談」

 聞こえてきたのはそんな声。右手から顔を遠ざけた雪奈の顔には、綺麗な笑みが浮かんでいた。その笑顔の可愛らしさに、やりすぎだと怒る気も失せてしまう。

 後ろのお姉さんや姫も微笑んでいて、雪奈から事前に協力を頼まれたと説明される。

 それから、またもいつの間にか消えていた二人を置いて、俺たちは手を繋いで宿へと戻る道をゆっくり歩いていった。さっきの出来事はなかったかのように、雪奈はいつも通りにしている。けれど繋いだ右手はまだ少し濡れていて、夢ではないと認識するには十分だった。

 雪奈のことはまだわからないことだらけだけど、一つわかったことはある。雪奈が本気で襲ってきたら、色々な意味で俺に抵抗はできないということだ。

「今日はどうでしたか、兄さん?」

 俺の前に座る三葉がいきなりそう聞いてきた。夕ご飯を食べた俺たちは、二人きりになった部屋で浴衣に着替え、ゆったりとくつろいでいた。間に机はなく、畳の上で俺たちは向き合っている。他のみんなはついさっき露天風呂に行った。

 デートなのに本当にここでいいのかと尋ねたところ、妹はここがいいんですとはっきり答えたので、俺は納得するしかなかった。そして最初の質問がこれである。

「楽しかったよ。すすきと二人きりになるのも久しぶりだったし、雪奈と二人きりになるのは初めてみたいなものだったしな」

「それはよかったです」

 柔らかに笑む三葉の言葉に嘘もなければ、声に嫉妬や羨望も感じられない。本当に心からよかったと、そう思っているのは明らかだ。

 三葉は細かいことの質問はせずに、ただ俺の前でぼんやりとしているだけだ。会話もなく一緒にいるだけの時間。いつもの夜と変わらない光景に俺は安心してしまう。

 それだけではいけないと思いつつも、心地好くて言い出せない。

「兄さん」

 しばらくそうしていると、三葉から声をかけてきた。俺はすぐに返事をする。

「兄さんと一緒に、旅行先の宿でゆったりと過ごす……私はそれだけでも満足ですよ」

「本当に三葉はそれでいいのか?」

 繰り返すように俺は尋ねる。三葉は言葉は口にせず、大きく頷くことで答えた。

 妹がいいと言うのなら、それに従えばいい。でも素直に納得するのは抵抗があった。その気持ちが顔に出ていたのか、三葉は俺の顔を見つめたまま、小さく息をついてから言った。

「いいんですよ。兄さんはすすきさんや雪奈さんとのデートで、楽しく過ごせるように色々考えたんでしょう? だから私のときは気楽にしていればいいんです。私は兄さんの妹ですからね」

 三葉は微笑んでみせる。無理をしているようには見えない、いたって自然な笑顔。

「あ、でも、兄さんがしたいと言うなら準備しますよ」

 この一言を付け加えなかったら、ここで納得していたんだけどな。

 三葉は自称もしているし、鋼さんからも言われているようにブラコンなだけ。にしてはちょっと度が過ぎているような発言もよくするし、本当にそれだけなのか判断に迷う。

「そっか。じゃあすぐに準備してくれ」

 というわけで、俺はいつもと違う対応をしてみた。旅行先で二人とのデートを重ねて、気分が高揚しているのもあってか、思ったよりもすんなりと言うことができた。

 直接尋ねても、返ってくる答えはどうせいつもと同じ。ならばもっと積極的に、普段は言わないようなことを口にすれば、三葉も油断したり動揺したりするかもしれない。

「いいですけど、何をするんですか?」

 妹は冷静に羞恥プレイを求めてきた。

 と思ったけれど、そうではないとすぐに気付く。確かにこの状況ならできることはいくつもある。妹は何をすると明言したわけではないのだから、何をするのか決めるのは俺だ。

 今ならまだ、ここで将棋やトランプなどと言って逃げることもできる。でもここまできたからには、そんな生温いことは言ってられない。誤解のない決定的な一言を口にしないと意味がない。そこまで考えて、やっぱり羞恥プレイだなという結論に辿り着く。

「えっちなことに決まってるじゃないか」

 俺はにこやかに答えた。こういいうときは照れると余計に恥ずかしくなるから、爽やかに言ってしまうのが一番だ。

「つまり、私の小さな胸で兄さんのモノに奉仕しろ、ということですね」

「そういうことだ……ってちょっと待て」

 素直に納得しかけて、慌てて否定する。妹の口から出てきたのはやたらマニアックな内容。俺はいきなりそんなことを求めるような変態じゃない。

「違うんですか? 小さいのに必死になって気持ち良くさせようとする、そんな妹の姿に萌えたり興奮したりしませんか?」

「しませんか、と言われてもな」

 つい冷静に答えてしまって、油断してはいけないと気を引き締める。ここで冷静な思考を取り戻したらいつもと変わらない。三葉に勝つにはここからが勝負どころだ。

 とりあえず妹の提示するシチュエーションについて考えてみる。がんばる三葉に「小さいんだから無理しなくてもいいんだぞ」と言う俺に、三葉が「そんなこと言って、後悔させてあげます」と動きを激しくする。

 最初は微笑ましく見ていた俺だけど、次第に三葉も慣れてきて、俺はうっかり声をあげてしまう。そこで「兄さん、今のはなんですか?」と勝ち誇る妹。

 うん、まあ、悪くない。いやむしろ結構いいと思う。しかしである、ここで素直に同意を示すのは負けを認めるようなものだ。

「それは俺がしたいことじゃなくて、三葉がしたいことなんじゃないのか?」

 妹が一瞬だけ目を逸らしたのを俺は見逃さなかった。いくらなんでも、俺がいきなりそんなことを求める変態だと、三葉が思っていたとは考えにくい。

「三葉はそういうことがしたいのか?」

 繰り返し尋ねると、三葉は今度ははっきりとわかるように目を逸らした。

 なんかこうしてるのって変態みたいだな、という考えが一瞬頭をよぎったけれど、ちょっと気分が乗ってきたからやめる気は起きない。

 でも言葉だけでは足りない。ここは行動しないといけないところだ。

「そんなことは……ないと思いますよ」

 弱々しく否定する三葉。はっきりと否定しない時点で、認めているようなものだ。

 俺はそんな妹の肩を優しく掴むと、そのまま体を前に倒して静かに押し倒した。ここで反撃の隙を与えてはならない。

 三葉は突然の俺の行動に、顔を真っ赤にして目を逸らした。口では色々と言っている割に、直接的な行動には意外と弱いのは予想通り。露天風呂で下から覗いたときに、それらしき反応を示したのはまだはっきりと覚えている。

「じゃあそういうことにしておこう。でも、俺がしたいのはそんなことじゃないんだ。三葉なら、ここまでされたらもうわかるだろ?」

 いくら乗ってきたといっても、ここで直接的な言葉を口にするのは気が引けた。本気でそんなことをするつもりはないんだし、そこまで言ってしまったら後が怖い。

 押し倒した勢いで、三葉の浴衣は少しはだけている。小さな胸がちらりと見えてどきどきしてきたけど、俺の理性はそんなに弱くない。照れている三葉がいつになく可愛く見えるのも、多分気のせいだ。

「し、知りません。兄さんは変態ですから、きっと私には想像もつかないようなことをするつもりなんです」

 はっきりと言って、弱々しくも俺を睨んでいる三葉だけど、体が少し震えているのをこの距離でわからないはずがない。

 やりすぎたかなと思う気持ちと、なんか可愛いからこのまま本当にやっちゃってもいいのかなと思う気持ちが頭をよぎる。でも後者はさすがにないとすぐに思い直す。でも、キスするくらいならいいんじゃないかな、とは思ってしまう。

 だって照れている三葉はとても可愛いし、三葉は俺のことが好きでしてもいいって言ってくれた。純粋に兄としてなのか、恋愛感情も混じるのかはっきりしてないけれど、というかそれをはっきりさせようと今こうしているわけだけど、急いで確かめなくてもいいと思う。

 三葉自身もその辺、曖昧ではっきりとわからない状態なのかもしれないし、とりあえずキスでもすれば、三葉も気持ちがわかるんじゃないだろうか。

「なあ三葉。ここでもし、冗談だって言ったらどうする?」

 冷静さを欠いてちょっと混乱した俺は、ふとそんなことを聞いてしまう。

「じょう、だん?」

 妹は俺の言葉をゆっくりと繰り返してから、明朗な声で答えた。

「とりあえず、本気で蹴ります。それからどこかで見ているお姉さんと姫を呼んで、みんなに伝えます」

「そっか」

 そういえば二人も見ていたんだったな。ルクスもどこかにいるんだろうけど、午後も出てこなかったし彼女は気にしなくても良さそうだ。

「……冗談、なんですか?」

 妹は悲しそうな目で俺をじっと見つめている。どうやら俺は既に引けないところまで進んでしまったようだ。

 思考を速めて考える。ここはほっぺにキスするくらいにして、勘違いした三葉が悪いとするのはどうか。いや、でも俺ははっきりとえっちなことだと言ってしまった。よって不可。

 ならば普通にキスしてしまうのが一番ではないだろうか。軽く唇を触れ合わせるだけじゃなくて、舌まで入れるようなキスなら、えっちなことだと思う。しかし、妹の気持ちをはっきりと確かめていないのに、そういうことをするのはいけない気がする。

 それならいっそのこと処女を――考えるまでもなく却下だ。

「そんなわけないだろ」

 三葉の目にほんの少し疑いの色が見えたので、俺は先に答えを口にしておく。妹が安心したように目を細くしたのを確認して、再び思考の海に潜る。

 冗談ではないと示せるだけのえっちなこと。それでいて三葉の気持ちも考えて、やりすぎないような行為。そこでふと、俺の頭に天啓がひらめく。

「三葉のおっぱいをデートが終わるまで好きに触らせてくれ。揉んだりいじったりつまんだり舐めたり、何時間もずっとそうしていたい」

 完璧だ。これなら条件を満たせるし、三葉も胸で奉仕したいと言っていたから全く問題はない。我ながらこの短時間でよく思いついたものだと自画自賛したくなる。

 けれどそれを表情には出さないように気をつけて、三葉の反応を待つ。

「……本気ですか?」

 心配するような視線を俺に送ってくる三葉。やっぱり不安なんだろうか。

「当たり前だろ」

「えー」

 妹は明らかに嫌そうな顔をした。予想外の反応に俺はすぐに対応できない。

「兄さんがしたいのなら断りたくないですけど、いきなり変態すぎます。もう少し順序というものを考えてください」

「えー」

 思わず俺の口からもそんな言葉が出てしまう。いや冷静に考えたら確かに変態な気がしないでもないけど、小さなおっぱいで必死に奉仕したいなんて考える三葉に言われると、なんか抵抗したくなる。

「……まあ、いいです。どうせ冗談だったんでしょう?」

 咄嗟に俺は足を絡めて妹の攻撃を封じる。二人の足が絡み合っていて、俺の体重もかかっている状態では、三葉も蹴れないはずだ。

「重いです。蹴りませんから、どいてください」

「そうか?」

 言われたままに絡めた足を解いて、三葉を自由にした。

 互いにはだけた浴衣を整えて、俺たちは再びゆったりとくつろいでいた。正面から俺にもたれかかる三葉を、優しく抱きしめながら静かな時間を過ごす。

 蹴らないし伝えない代わりにこうしてください、という三葉からの交換条件だ。それくらいでいいなら安いものだと俺は承諾。すぐに抱きしめたところで、妹はデートが終わるまでずっとですよと付け加えてきた。

 しばらく抱きしめていると、三葉はふと顔をあげて俺の顔を見つめてきた。そのまま何も言わずに、俺の胸に顔を埋めてくる。

 不思議な行動に俺が首を傾げていると、三葉は小さな声で呟いた。

「私は兄さんのこと、好きですよ」

 胸に顔を埋めたまま小さな声で発せられた言葉。夜の静かな部屋では聞き逃すこともなければ、聞き間違えることもない。

「そうか」

 聞こえていたことを示すように、俺はそれだけ言って答える。三葉はまたしばらく無言のまま、俺の胸に顔を埋めていた。

「兄さん」

 胸から顔をあげて、三葉は俺に呼びかける。見上げる妹の目と見下ろす俺の目が合う。

「どういう意味での好きだと思いますか?」

「さあな」

 わからないから俺は素直に答える。三葉は再び俺の胸に顔を埋めて、沈黙する。

「答えは?」

 妹はすぐに返事はしない。もぞもぞと胸の辺りで動いてから、再び顔をあげて悪戯っぽい笑みとともに、小さいけれどよく通る声で一言。

「秘密です」

「そうか」

 予想していた答えに、俺は微笑んで相槌を打つ。妹は再び俺の胸に顔を埋めていた。

 それからは約束通り、デートが終わるまでずっと三葉を抱きしめていた。他のみんなが戻ってきたのと、妹の寝息が聞こえてきたのはほぼ同じとき。

 俺は三葉を寝かせて布団をかける。ルクスも寝ているというので、その辺りのことは明日にして、俺たちはゆっくりと休むことにした。


第八話へ
第六話へ

桜の花に集まって目次へ
夕暮れの冷風トップへ