お堀と眠りと契り不可思議

霊編


「おはようございます。今日は良き朝、目覚めの気分はいかがですが?」

 その声で目を覚ました私は、その後に繰り返される指示を聞き流しながら、近くにあるはずのものを探していた。

「お。発見ー。で、こうだっけ?」

 愛用のベースが入った、とても大事なベースケース。大切なものを見つけたところで、開いた手帳端末に付属するタッチペンで触れておいた。触れたら止まるかと思っていた、目覚ましの声は止まらなかった。

 止まらないものはしょうがない。目覚めた丘の上は景色もいい。繰り返す目覚ましボイスに合わせて、ここは自慢のベースでセッションと洒落込もう!

 チューニングはおっけー。このベーシスト椋比奈理、どんな音にも合わせてみせる!

「おはようございます。今日は良き朝、目覚めの気分はいかがですか?」

 その声で目を覚ました私は、慌てずに周囲の状況を確認した。雲の高さ、周囲の地形、山の上の高い場所。それから、真っ先に死体を探した。

「連・続・殺・人! ……ついに、ついにその日が!」

 逸る気持ちを抑えながら、さっきからうるさい手帳端末の指示に従って操作を済ませる。声は黙らなかったけれど、指示を繰り返すことはなくなった。

 それからすぐに聞こえてきた声は、聞き覚えのない女の子の声。『封鎖の契り』というゲーム、私たちはその参加者。正直そんなのはどうでもいい、さっさと死体を見つけて連続殺人を推理したい。けど、行動の自由は捜査の権利、ゲームへの参加は受け入れよう。

 私はさっさと基本ルールに目を通し、推理の障害になりそうな情報だけを記憶して、死体を探しに歩き出した。

 探偵重三神の大活躍、そのための第一歩だ!

「……ゲームねえ」

 セッションを終えてベースをしまった私は、ぼんやりと手帳端末を操作しながら呟く。勝てばあらゆる願いを叶えてもらえる。お金で叶えられる範囲なら。

「ふむー」

 周囲を眺める。これだけのことをする誰かなら、本当なんだろう。もし嘘だったとしても、このままじっとしているのも退屈だね。うん、ゲームには参加する!

 そうなると、契りのための協力相手を探さないといけないけ……ど……?

「なにあれ?」

 視界の先、ふわふわと浮かぶ鉄の塊を発見した。未確認飛行物体。

「……よっし」

 追いかけよう。怪しいものは怪しいから怪しいのだ。調べてしまえば怪しくない。未確認飛行物体も、飛行物体になる。

 近付いてみると、それはプロペラやジェット噴射のような、目立つ動力で飛んでいるのではなかった。磁力なのか空気なのか、目に見えない何か。それとも私が眠らされた……そう、眠らされた何かのような、凄い何か。

 犯人の姿は見えなかったけれど、目が覚めたなら眠ってた。眠った記憶はないから、眠らされた。音もなく空を飛ぶ未確認飛行物体――ああいうのが犯人なら簡単にできそう。

 あれを捕まえたら、演出に使えないかな? そんな考えも一瞬頭をよぎったけど、それより乗り物にした方が、色々と便利かもしれない。

「おーい! 聞こえてるー! そこの空飛ぶ機械さーん!」

 だいぶ接近したところで、大声で叫んでみる。これで聞こえるかな? 聞こえないかな?

「オウ! 誰デ――あー」

 返ってきた。返ってきたよ、答え!

「色々聞きたいことがあるんだけど、いいかなー」

「の、ノー! ラーク・イズ・ビューティフルガール!」

 喋っているのはこの複雑そうな機械じゃなくて、機械を通して声を届けてる誰かみたい。

「ラークは警備ロボットでーす。ラークは警備ロボットでーす」

「ふーん……」

 微妙に違うトーンで繰り返された言葉。ちょっと動揺してるみたいだけど、空に浮かんだままこっちを見ている。さっきまで進行方向に向いていたのが、こっちを向いたもの。でも相手は人間じゃない。警備ロボットなら、後ろを向いてもきっと凄い速度で逃げられる。

「ラークは警備ロボット! じゃあ、声を出してるあなたは?」

「何のことデスカー?」

「美少女なんだよね?」

「イエス!」

「お名前は?」

「ナンノことデスかー?」

 なんか機械っぽく受け答えしてるけど、美少女に「イエス!」と即答しちゃったり、声の印象がだいぶ違っちゃったり、すっごく甘い気がする。こんなのが警備ロボットで、大丈夫なのかな? ううん、警備ロボットだけど、警備してないのかな?

「どうしよっかー」

「ラーク・イズ・ビューティフルガール!」

 一応逃げる様子は見せない、美少女警備ロボットラークちゃんを前に、私は困っていた。

 怪しい機械が女の子に襲いかかろうとしている。

 ごくり、と唾を飲み込む。その状況を見つけたとき、私は咄嗟に隠れてしまった。死体は探してるけど、目の前の殺人を見逃すのは理想の形じゃない。けれど、怪しい機械がどんな戦闘能力を持っているのかわからないのに、飛び出すのもまた無謀。

 どこかからスパーンと長くて鋭い剣が何本も飛び出して、さらに爆発して証拠も隠滅するような、高性能殺人ロボットかもしれないのだ。あれで誰かを殺して、ゲームの参加者たちを疑心暗鬼にさせて、そして巻き起こる連続殺人……それを止められるのは、私だけ!

 襲われかけの少女が持っているのは、ギター――ベースかもしれない。断定するには情報不足。余計な先入観は推理の大障害。

 声は聞こえないが、少女は怪しい機械と正面から話をしているみたい。友好的な仕草で近づいて、油断したところに背中に仕込んだミサイルでドドーンと、不意の一撃を狙っているのかもしれない。

 と、怪しい機械が女の子から離れてこちらに移動してきた。女の子は追いかける。

「テッタイでーす。ラーク・イズ・ビューティフルガール! 怪しくナイでーす!」

 見るからに怪しい声が耳に届いた。

「あ、待ってよー。誰か操作してるんだよねー!」

「そんなことないデース!」

 そんなことを言いながらゆっくり逃げ続ける。女の子は追いかける。怪しい機械は動きを止める。といっても、空に浮かぶ姿はそのままで、逃げるのをやめただけ。

「ついに正体を現したようだね。殺戮機械とでも呼べばいいのかな?」

 私は姿を現してラークというらしい怪しい機械を指差す。

「オウ! 誰で――ハローですかー?」

「おっと。あなたは?」

「私は重三神。探偵として一部始終は見させてもらったよ。急に動きを止めて、ついにその本性を……何かをしようとしていましたね?」

 ラークという機械は機械なので表情がわからない。仕草の変化もない。しかし、この距離ならほんの少しの変化に気付けない私じゃない。微かに、微かにではあるが、怪しい機械の一部が怪しい動きをした。それを見逃すわけがない。

「な、ナンノことデスかー?」

「さしずめ、うっかり見つかってしまった君は、逃げるために彼女を――ふむ。椋比奈理さんを殺めて逃走を図ろうとしていた……そんなところだろう?」

 軽く開いた手帳端末で女の子の名前を確認しつつ、私は推理を披露する。

「アヤメル? ラーク、ソンナことシマせーん! ただチョットだけ、眠ってモライたかったダケでーす!」

「……え? 殺人じゃないの?」

「ハイ! 当然デース!」

「そうか。ならば今は見逃してあげよう。行くといい」

「イエス! サンクス・ガール! 三神サン!」

 殺戮機械ではなかったラークはそのまま逃げていった。残されたのは、私と眠らせかけの女の子比奈理さん。

「あー、逃がしちゃった。ま、いいんだけど……これ以上しつこくしたら、危なかったみたいだし」

 比奈理さんは少しばかり残念そうな表情を見せながら、小さく肩をすくめていた。

「それで、三神さんだよね? あなたも目が覚めたらここに?」

「ああ。仕方ない、情報交換としよう。はあ」

 殺人じゃなかったことへの落胆から、私はやる気なさげに答えてみせた。目の前の女の子に警戒する要素はない。焦らずまずは今の状況を確認するとしよう。

「へー、連続殺人……起こってほしくないなあ」

「だが、起きてしまったものは解決するしかない。それより、それはやはりベースでしたね」

「うん」

「ふむ」

 重三神さんとの情報交換を終えて、ほんのちょっとの沈黙が訪れた。

「このゲーム、三神さんは参加するつもりなの?」

「君は参加する気があるようだね。私も行動範囲は広げたい」

「そっかー。じゃあ」

「だが、それも無駄になるかもしれない」

「事件が起きたら?」

「ゲームどころではない」

 殺人事件なんて起こらないといいなあと思うけど、事件が起きたらゲームは中止。そこは間違いじゃないね。

 私は端末からコードを伸ばして、三神さんもコードを伸ばす。二つのコードが繋がって、契りは結ばれた。早速起きた変化を二人で素早く確認する。

「三神さん、わかってたの?」

「単純な推理さ。私の移動カードは『橋』。そしてここまでに他の移動方法が使えそうな経路は三つ確認しました。一つの移動カードで最後まで戦うのは不利と判断すれば、契りを結ぶことで行動範囲が広がる……そう考えたまでだよ」

「さすが、探偵さんだね!」

「まだ志望さ。殺人事件は未解決、こんな推理など私の趣味ではないよ」

 趣味ではないけど推理はできる。もし彼女がこのゲームに本気を出したら、きっと凄く強いのだろう。趣味ではないから、彼女に本気を出させるのは難しそうだけど。

「そういうことで、行動方針は君が決めてくれ。……死体見つからないかなー」

「あはは。じゃ、そうだねー」

 一任された私は、一つの提案を三神さんにしてみた。彼女の反応は……。

「あの機械を追いかけると」

「そう。怪しいものは調べないとね」

「同感しよう。どこに死体が隠れているか、知れたものではないからね」

 比奈理さんの提案を私は受け入れた。ゲームに参加はするが、参加する前提を崩しかねない不審なものを調べる。その権利は私たちには与えられているはずだ。

 推定参加人数は少なくとも十二人。エリアの数、契り・協力ルールの内容を考えると、これだけの人数がこの場にいて、事件が起こるには十分な人数。そして起こった事件を私が迅速に解決する。連続殺人犯にみすみす多くの人間を殺させるような真似は、私はしない。事件の発生は止めないけれど、発生した事件は容疑者が最大の間に解決するのだ。

 それは被害者の数を減らすという意味もあるけれど……それよりも、僅かな手がかりでも事件を解決する、探偵としての実力を証明するための行為である。

「ラークが向かったのはエリア5の方向ですね」

 地図で見ると左下、ここ中央のエリア3からは『橋』で向かうのが速い。

「うん。まっすぐに向かっていればだけど……急ぐ?」

「その荷物で私の速度についてこられるなら。体力はどうです?」

 探偵として捜査の速度は重要だ。私が試しに普段の速度で歩いてみせると、比奈理さんは少し遅れながらもさほど遅れずについてきた。余裕の表情から、体力はあるみたい。

「ずっとこれ?」

「……は、辛いようだね」

「うん。こっちなら自信あるんだけどねー」

 そう言って軽くベースを弾く仕草。探偵とベーシストでは普段の動きが違う。得意とする動きも違う。一度逃げた相手、すぐには見つからない可能性も考えると、ここは比奈理さんに合わせるのが最適。

「ほどほどで」

「りょうかーい!」

 そうして私たちは怪しい機械、ビューティフル・ガールことラークを追いかけた。警備ロボットがなぜこの場に、それも一台だけ存在するのか。他に存在しないなら、警備ロボットだろうと怪しい機械であるのに変わりはない。

 ラークを操る何者か。その目的を考えることはなく、私は事件を期待した。余計な先入観は推理の大障害。推理の材料は、まだまだ不足しているのだ。

 三神さんと一緒に、私たちは目標を発見した。エリアを移動して少し、意外にもあっさり見つかったラークちゃんは、一人――一機かな?――じゃなかった。別の女の子がラークちゃんの傍にいて、二人――一機と一人かな?――は親しげに話をしているみたいだった。

 このまま追いかけて姿を見せるべきか、三神さんの横顔を確認する。彼女は私を横目に小さく頷いて、躊躇なく彼女たちに近付いていった。

「あら、お二人は……おはようございます、重三神さん、椋比奈理さん」

 気付いた女の子が口を開いて、ラークちゃんもこっちを向く。その声は聞き覚えのある声だった。目が覚めるときに聞こえてきた、端末からの声と同じ声。それに彼女は、手帳端末を開くこともせず私たちの名前を口にした。それはつまり……始まる前から知っていたってこと。

「ふむ……その声、私の記憶に間違いがなければ、このゲームの主催者ですね?」

 三神さんも手帳端末をポケットに入れたまま、まっすぐに目の前の二人を見て尋ねる。

「はい。古宮杜梓葉と申します」

 女の子は恭しく礼をして、三神さんの言葉に答えた。

「古宮杜……梓葉。なるほど。そちらのラークを含めた警備システムの構築者であり、個人の資産も豊富に蓄えていると推測されるかの天才少女。その名はよく知っていますよ」

 私はよく知らない。なのでここは三神さんに任せることにする。

「ええ。この地も私が個人で所有する土地でして、特別な土地なのですよ」

「そのようですね。しかし、一つ気になることが。お聞きしても?」

「何なりと。私はまだお二人と戦うつもりはありません。ゲームは可能な限りフェアに行いたいものですから」

「どの国にも属さない土地など、よく見つけられましたね? ただゲームに適した土地であるというだけではないように思いますが、例えば凶悪な殺人犯が潜んでいたり……」

「いません」

「……どこかの軍が放棄した、凶暴な生物兵器が閉じ込められていたり」

「ません」

「では」

「殺人事件は起こりません」

 とどめの一言。三神さんは質問する声を止めて、盛大にため息をついた。

「下調べは完璧、というわけですか」

「いえ、そのようなものはないというだけで、この地は曰く付きの土地なのですよ。この土地を所有した国は滅びの道を辿る、国滅ぼしの土地と呼ばれていまして」

「ああ、だからどの国も領有権を主張せず……呪われているのでしょうか。事件が起こらないなら、興味がないことですが」

「そっちの事件は興味ないんだ?」

「ホラーなんて人外の起こした事件、人の身で解決しようなんて……失礼」

 私の疑問に答えた三神さんは、再び梓葉ちゃんに向き合って視線を向ける。

「ふふ、残念でしたね。それはそうと、ラークとは既に出会っているのでしたね?」

「ハイ! ラーク・イズ・ビューティフルガール!」

「殺戮兵器でないとのこと。興味は薄いですが、一体どなたが操作しているのです?」

「さあ? ただ、一つだけ教えてさしあげましょう。彼女と私は既に契りを結んでいます」

「始まった時点から、ですね」

「その通りです。私がゲームを楽しむために、少々の工夫をしておりまして」

「序盤は主催者であり指導者であり、中盤から終盤はプレイヤーとして戦う。一人でこなすのは大変ではありませんか? 裏切りそうな仲間は」

「いません」

「……ふ」

 三神さんは小さく笑った。その表情からは完全に何かが抜けたような雰囲気を感じる。

「こんな状況で殺人事件も起こらないなんて、私は楽しくない!」

「あなたがゲームの勝者になれば、色々お手伝いもできますよ?」

「……まあ、今はそれで妥協しましょう。それより」

 三神さんの視線は梓葉ちゃんから、ラークちゃんに向いた。直接正体を確かめるのかと思ったけれど、どうやら違うみたい。その視線の意味を私が理解したのは、その事件が起こってからだった。

 私の視線の先には、警備ロボットのラークが存在している。しかし、それはほんの数秒前までのラークとは違うものであると、私の直感が告げていた。それが何かは、まだわからない。

「あら、どうしました?」

「美少女警備ロボットラークさん。今のあなたは何者ですか?」

 答えは……。やはり、返ってこない。

「あれ? どうしたのかな?」

「……故障、でしょうか?」

「梓葉さん。あなたの警備ロボットは、そう簡単に故障するものとは思えませんが」

「ふふ、当然です。ではこう言い換えましょう。リアネラ、どこか調子が悪いのですか?」

 その質問にも答えは返ってこなかった。それだけなら、梓葉さんも平静でいるだろう。だが彼女も平静でいられない事態がもうすぐ起こると、私は予感していた。

 そしてそれは、起こった。

 唐突に前進したラークは、正面にいる者――私に向かって突進してくる。警備ロボットの全力にして、突然の攻撃。予測していなければ、その一撃で私は眠らされていただろう。

 だが、予感はあった。私は横に跳んで華麗にその攻撃を回避し、反転しながら次の動きを黙って見守る。ラークは突き抜けた先で高速回転して振り向きかけたが、その正面が向いていたのは私たちから見て真横の、誰もいない方向だった。

「これは……リアネラ!」

「それが操縦者の名前ですね。聞こえてはいないようですが」

 尋ねながらも、それの動きには注意を払う。探偵を志望するなら、いつでも力尽くで逃走しようとする犯人を捕縛する術は学んでいなくちゃならない。ただ、こういう警備ロボットを相手にするのは、この状況では私にも厳しいと思う。せめて、こういうことは得意じゃなさそうな二人――比奈理さんと梓葉さんの安全を確保してからじゃないと。

 さっきの速度から、逃がして対峙するのは逆に危険が増すと判断する。殺戮兵器は積んでいないようだけど、あの速度での体当たりは痛そうだし、眠らせる装備は積んでいるはず。

「ウィルスなどが混入する可能性は?」

「ありえません。私の構築した警備システムは、細菌の侵入にも対応しています。それが電子的なものであろうと、物質を介するのなら条件は同じです。魔法使いや超能力者、サイボークなどの超人相手にも対応できるようにしていますわ」

「それは結構なことですが……現状はどう判断します?」

「リアネラの身に何かが起こった……いえ、それなら何らかの情報が私の手帳端末に表示されるはず」

「特別な手帳端末を?」

「警備システムの要の一つです。他の手帳端末でも、少し改造すれば……」

 梓葉さんが答えている途中で、ラークが再び動き出した。さっきから向いている正面の方向に、高速で飛翔していく。少しだけ高く、少しだけ早く。その様子を見るに、あれはまだ慣れていないみたい。何が、何に、なのかはわからないけれど。

「お二人とも、私についてきて下さいな。リアネラと合流します」

「はーい。三神さん、何が起こったの?」

「不測の事態が発生したようだね。……これは、期待してもいいかもしれない」

「それ、私はちょっとやだなー」

 微笑んでみせる比奈理さんだが、その表情には微かに陰りが見える。怯えというには大げさだが、好奇心の中に少しばかりの不安も混じっているのは感じ取れる。

 先頭を歩き始めた梓葉さんの心情は読みとれない。先ほどまで見せていた驚きも、今はすっかり消えていた。彼女のような人間が相手だと私も動きやすい。味方であっても、犯人であっても、探偵たる私の能力を十二分に発揮できる。感情に流されて暴走した人間を相手にするのもまた面白いのだけど……それなら八割の能力でも十分に渡り合えてしまう。

 向かった先で死体が見つかるのか。それとも、何らかの手がかりだけが見つかるのか、あるいは手がかりさえも見つからないのか。

 どちらにしても、事件は起こった。それだけは変わらない事実であろう。

「ハイ! アズハー! 待ってマシたー!」

「リアネラは無事のようですね。ひとまず、安心しました」

「イエス! ラークが突然イウコトを聞かナクなって、ヤクソクのココに」

 私たちが移動した先のエリアには、金髪の女の子がベンチに座って待っていた。

「オウ! グッモーニング! ヒナリ・アーンド・ミカミ! ノウミカワ・リアネラでーす」

 リアネラさん。ラークから聞こえてきた声と同じ、ラークの中の人みたいな人だ。

「リアネラ、状況を詳しくお願いします。こちらの情報が先の方がよろしいですか?」

「ソウですネー。リアネラの情報は、もうナイでーす。ゲンイン不明でーす」

「不審な存在も確認できなかったと?」

「イエス!」

「そうですか……仕方ないですね」

 一通りの会話を終えた梓葉ちゃんは、連れてきた私たちの方を向いた。

「私の警備システムをすり抜ける何かが、この土地に現れたようです。よって、今回の『封鎖の契り』は中断しますわ。手帳端末を通して、他のみなさんにも連絡を入れますが……」

「その前に質問は許可されているのだね?」

「ええ。もしかすると、あなたの推理力で解決できるかもしれませんし」

「君の警備システムは完璧ではなかった。魔法や超能力にも対応できるというのに、つまり物質的な存在ではないと見ていいのだろうね。そうなると、何がありますか?」

「心霊や幽霊の類、でしょうか」

「霊があの警備ロボット、ラークに取り憑いたと。それでしたら、私の専門外ですね」

 大きく肩をすくめた三神さん。梓葉ちゃんは頷いて、手帳端末を操作しながら、さっき私たちに言った言葉をどこかにいるみんなに聞こえるように声にした。

「しかし、霊が操り殺人を犯すのであれば、私の専門……ふふ」

「犯すというのはおかしいですわ。この地は法律に縛られませんから、私が逃さない限り罪に問われることは……」

「ふむ。だが人が死ねば私は推理するよ。そして犯人を捕まえて、力を示そう。たとえ相手が人間でなくとも、ね」

「頼りになりますね」

「オウ! でも、デキレバ死ぬマエにお願いシマーす」

「だよねー。三神さん、今からだよ?」

「無論、止められるものは止めさせてもらうさ。どちらにせよ、こんなゲームよりもわくわくするものだからね」

 彼女の言葉に梓葉ちゃんが少し反応したが、笑顔で何も言わなかった。もしかすると、三神さんをも満足させられるような、次のゲームの案でも考えているのかもしれないね。

「では、私は他のみなさんへの説明と、警備システムの調査を行います。リアネラ。あなたはお二人と一緒に、調査のお手伝いをして下さい」

「了解デース!」

「ああ、ちなみに移動カードの制限は解除しましたので、自由に移動できますよ」

「この土地の内部に限り、かな?」

「はい。ラークを奪った存在が何であれ、物質に取り憑いているのなら土地の外には逃げられません。離れて逃げるのであれば、追いかけはしませんが……」

 そうなるかどうかは、ここにいる誰にもわからないことだ。

「外の人に助けを呼ばないの?」

「正体不明の何かを追い払ってほしい、という要求に応えてくれる親切な方がいらっしゃるのなら、すぐにでも。状況次第では考慮しますわ」

「ああ、そっかー」

 それよりはまだ生きている、梓葉ちゃんの警備システムを利用した方が早い。彼女の答えに私が納得したのを見て、三神さんは微笑んだ。疑問は解決、行動開始だね。

「君は、梓葉さんとはどういう関係なのかな?」

「あ、それ私も聞きたいなー」

 ゆっくりとエリアを歩きながら、私と比奈理さんは新たに増えた同行者、能海川リアネラに質問する。少なくとも彼女の状況は、私たち二人とは違うのだから。

「アズハとはナカヨシでーす。でも、親友ってイッタら怒ラレマース。パートナーなら喜ンデクレまーす。微妙なカンケイですネー」

 にっこりと、楽しげにリアネラさんは答えた。

「このゲームにはリアネラさんも賛同してたの?」

「オウ! リアネラ、楽シイことは好きデース。それはアズハと同じデスガー……情熱や才能はカナイマセーン。リアネラ・イズ・ビューティフルガール・オンリー!」

 彼女は確かに美少女である。梓葉さんが美少女を傍に置いておきたいから置くようなタイプには見えないから、彼女の言葉に嘘はない。ただ、その比較対象が凄すぎる、という点は考慮に入れた上で、私からもう一つの質問を与える。

「だが、ラークを操縦する腕には自信があるのだろう?」

 その質問に、リアネラさんは半歩ほど足を止めて、くすりと笑って振り向いた。

「フウ! サスガですねー。リアネラ、ロボットの操縦はトクイでーす。アズハにだって互角未満にワタリアエまーす」

 再び歩き出すリアネラさん。これで彼女についてある程度は把握できた。梓葉さんの信頼に加え、私の目から見ても信頼に足ると判断する。共に行動しても、通常なら危険はない。

 問題は今回の相手が、通常の相手ではないことだけど……不可思議な事件を解決に導くのも探偵だ。怪物に見えるようなものでも、本当に怪物が犯人とは限らない。今の私には理解できないだけで、ラークに取り憑いた何かも現実の存在であるのだ。

 例えそれが超常の力を持つ、霊と呼ばれる存在であろうとも。現実に、この世界に存在できないものが、この世界の存在を傷付けることなどできはしない。

 同じ世界の存在なら、手がかりさえ見つけられれば推理できる。それが探偵だ!

 ……と。

 私たちの歩く先、二人の男女が困った様子でベンチに腰掛けていた。

「ゲームは終わったんだから、契りは結ばなくてもいいんじゃないか?」

「それとこれとは話は別」

 手帳端末の機能は生きている。少年の名は大鎌嵐雪、少女の名は板前神奈木。全員の情報を開示してもらえるよう提案することもできたが、しなかったのはこういうときのため。

 見知らぬ誰かが犯人である。あるいは犯人の協力者である可能性は、まだ否定されていない。

「やっほー! 二人ともー、少し聞いていいかなー!」

「ん? 神奈木さん」

「……なに?」

 比奈理さんが大きく手を振って話しかける。それから私とリアネラさんも混じって、私たちの事情を簡単に説明し、二人にいくつか質問をしてみた。結果、得られた手がかりはなし。

「質問は以上だ。嵐雪くん、神奈木さん、君たちも気をつけてくれ。ああ、神奈木さんにはもう一つ。私の専門外ではありますが、応援していますよ」

「うん。期待に添える自信はないけど」

「ああ、機械が襲って来たら全力で逃げるよ」

 応援の意味に気付いていないらしい彼のことは放っておいて、私たちは各エリアを回って手がかり探しを再開する。ラークは見つからない。死体も見つからない。この間に何か事件が起きているのか、起きていないのか。それを調べるために、捜査は続く。


次へ

お堀と眠りと契り不可思議目次へ
夕暮れの冷風トップへ