お堀と眠りと契り不可思議

魔法編


「……まだやっているのですか」

 呆れたでもなく、怒るでもなく。ただ確認するようなトーンで梓葉ちゃんが声をかけてきた。

「む。信じてないね梓葉ちゃん。でも仕方ないの。悪と戦うのは魔法少女の宿命。たとえそれが孤独な戦いになっても、私は戦わなくちゃいけないの。私のために!」

 世界の平和とか大事な人を守るとか、そういうことじゃない。私は魔法が使える。生まれたときから、きっと私の中に魔法はあった。だったら魔法は、私そのもの私が魔法。多分そういうことなのだ。

「いえ、魔法そのものは信じていますが……魔法が目覚めたからといって、敵が現れるという根拠は見つかっていますか?」

「そんなのないよ」

 私は笑顔で即答。梓葉ちゃんの困った表情を見ながら、私は言葉を続ける。

「根拠はないけど何かは起きた。何かが起きたのはこの場所。だったら、この場所に何かはあるんでしょ? 梓葉ちゃんの知識も教えてほしいなあ」

 梓葉ちゃんの表情から困惑が消えて、冷静な答えが返ってきた。

「この地は国滅ぼしの土地と呼ばれていまして、かつてこの土地を所有した国々は全て滅んでいます。この場所について私が知る情報は、それだけですね」

「梓葉ちゃんはその情報をどこで知ったの? 滅んだ国の生き残りさん?」

「国が滅べば周辺の国にも情報は伝わる。その記録から知りました」

「滅んだ原因は?」

「不可思議なものである、と」

「国を滅ぼす不可思議な存在……それが私たちの敵?」

 私は梓葉ちゃんにも聞こえるように呟く。答えは返ってこない。彼女も答えを知らないのかもしれない。知っていても話せない事情なんて、ここまで素直に話してくれた梓葉ちゃんにはないと思う。魔法少女の勘は鋭いのだ。

「だとしたら、あなたには荷が重いのではありませんか?」

「梓葉ちゃんならどうにかできるの?」

「……可能な限りの対処は考えていますが、何しろ相手は不可思議な存在。対処可能だと断言はしかねますね」

「なら、ここは私に任せてよ! 梓葉ちゃんにとってこのゲームが大事なように、私にとっての魔法少女もとても大事なの。梓葉ちゃんだって、こんな状況は予定外でしょ?」

「そうですね。魔法があっても逃げられないようにはしていましたが、よもやこれほど多くの人間に魔法が目覚めるとは……。少々、ゲームバランスが崩れました。各々の魔法の種類や規模を確認し、バランス調整をするには一日はかかるでしょう。ですがその多くは、魔法による戦いを禁止すれば、ゲームの根幹に与える影響は軽微です」

 梓葉ちゃんはそこで言葉を止めて、小さく肩をすくめた。顔には微妙な苦笑い。

「とはいえ、放っておくと危険な行動をしかねない人物もおりますから、今しばらくは様子見と致します。彼女を落ち着かせて下さるのなら、全力でお手伝いしますわ」

「あれは私が倒す敵じゃないと思うんだけどなあ……」

 変態だけど。実行力のある危ない変態だけど。涼香お姉ちゃんが強大な敵? 違う、あれはただの強大な変態だ。魔法が目覚める前から変態だったんだから、魔法とは無関係。

「ところで、お仲間さんお二人の考えをお聞きしても?」

 梓葉ちゃんの興味は勇馬くんと灸くんに向いた。

「僕は別に、敵を倒すとかそういうのはどうでもいいんだけどね。そもそも、僕の身体能力と魔法じゃ、できることなんて偵察くらいだ」

 勇馬くんが先に答えた。淡々とした答えも、勇馬くんのいつも通り。

「俺にできるのは変身だけだ。強大な敵が鍛えた人間ならまだしも、魔法を必要とするならサポートが精一杯だな。まあ、ネイリーンを抱えて跳ね回るくらいはできると思うが」

 灸くんは力強く答える。抱えられた状態でも、魔法は使って戦える。

「ふむ……ではお任せします。私は決して誰も外には逃がさないよう、最低限の警備システムだけでお手伝いします」

「あれ? 涼香お姉ちゃんを倒すのは決定なの?」

「嫌ですか?」

「襲われたら守るけど、あるいは誰かが襲われてたら」

「ではそのように」

 梓葉ちゃんは首を傾けて微笑むと、小さく手を振って去っていった。仕方ない。強大な敵が現れるまでの前哨戦として、相手をしてあげよう。大きな魔法の力に惹かれて、ようやく強大な敵が目覚める可能性も否定できないもんね。

 決してそれは、高い可能性ではないのだけど……。警戒すべき可能性は否定しない。

 そしてその機会は、意外にも早くやってきた。

「……手紙?」

 木に括りつけられた細い縄の先端に、一枚の紙が丁寧かつ繊細に縛られていた。前に見たときとは縄の太さが違うけど、あんなことができるのは他にいないよね。

 手に取った手紙にはたった一言、大きな筆文字でこう書かれていた。

「『ここにいる全ての女の子は私のもの!』だってさ」

 私はそれを、勇馬くんや灸くんにも聞こえるように読み上げる。そこそこ達筆な文字に署名はないけど、こんなことを書くのはただ一人しかいない。

「行動、開始したみたいだね」

「ほう……楽しみだな」

「勇馬くん、大丈夫?」

 私は手紙をポケットにしまって、ついでに縄も回収しながら勇馬くんに尋ねる。あれくらいの括りつけなら、私の魔法を使えば簡単に解ける。彼女を縛るための縄、確保完了!

「また縛られて、すぐに役立たずにならないかって?」

 勇馬くんはそのときのことを思い出しているのか、頼りない笑みを浮かべながら答えた。

「違うよ」

 私はそれをすぐに否定。こういうことは迅速が第一!

「偵察、できるんでしょ? すぐにお願いしたいんだけど、小水くらいなら待つよ?」

「……ああ」

 勇馬くんはすぐに――じゃなかったけど短い時間で、理解してくれた。

「場所探しまで全部僕の役目かい?」

「うん。あ、どこにいても私に伝えられる? 無理なら作戦変更だよ」

「できるよ。ネイリーンはわかりやすいから」

「魔法少女の力は凄いからね」

「ああ。頼りにしてる」

 勇馬くんの魔法は、魔法の力を目印にできるらしい。視覚や聴覚、他のものが目印になるかはわからないけど、今はできることが確認できれば十分だ。

「お願いね。ご褒美にキス――」

「いらない」

 むう。最後まで言う前に否定された。勇馬くんは照れ屋さんだ。表情には出さないけど恥ずかしがってる勇馬くんを、私は大きく手を振って見送ってあげた。

「キスか」

「灸くんはどこにほしいの?」

「無事に終わったら、成果次第で判断してもらおう」

 こっちはこっちで真面目さんである。微笑ましい彼らに、私は微笑みを浮かべる。

 偵察勇馬くんからの報告を待つ間、私は戦い方を考えていた。涼香お姉ちゃんが動き出したということは、私に勝てる自信がついたってことだ。目覚めたばかりの頃より、もっと上手に魔法が使えるようになってると考える。どれくらいかは、どこまでもの想定で。

 さらに策も用意しているだろうけど、それは勇馬くんの偵察次第。露骨な罠なら灸くんに破ってもらって、それから魔法少女の大活躍。

 少し経って。大体十五分くらい経った頃。

『目標を確認したよ』

 勇馬くんの声が耳元で響いた。灸くんに目で合図を送る。

「了解。作戦続行……って、私の声も聞こえてる?」

 そういえばこの確認をしてなかった。でも勇馬くんは偵察ができるって言ってたから、きっと何らかの反応は届いてると思う。

『集中すれば何とかね。ただ、僕から伝えるよりも負担が大きいから、要件は手短に伝えてもらえると助かるよ』

「うん」

 ということで手短に。私は勇馬くんからの言葉を待つ。聞くだけ聞いてから、気になることを尋ねていこう。灸くんは……、伝えるのが面倒だから私一人で。

『羽頭女涼香さんは船の上にいるよ。二本の川が合流する地点から、ほんの少しだけ川下の方。縄で一方の船着き場とだけを繋いで、側面や後方は水に守られているね』

 奇襲をするなら水上から、あるいは空中から攻めるのが良さそう。近くに水がいっぱいあるなら、私の魔法にとっては好都合だ。事前に水を調達するのも簡単だけどね。

『船には彼女の他に、女の子が二人。縄でしっかり縛られて捕まってるよ。どこで見つけたのやら、目隠しまでしてご丁寧なことだね。名前は椋比奈理、重三神。二人の前に涼香さんが立ちはだかってる。周囲に他の人影はなし』

「名前はどうして知ってるの?」

『手帳端末の機能でね。少々接近が必要だったけど、無事にクリアしたよ』

 さすがゲーマー。褒めてあげようと思ったけど、手短にと言われているので我慢する。

「女の子の状態は?」

『普通に服を着てるよ。手足を封じられて抵抗はできないみたいだけど、窮屈そうには見えないね。上手い縛り方とでも言えばいいのか……魔法が目覚めても、抵抗は難しいと思う』

「うん。じゃあ勇馬くんはそのまま、様子を見ていて。船で逃げられたら困っちゃう」

『了解。足止めは必要かい?』

「できる?」

『縄を使って船を動かすにも時間はかかりそうだ。僕が飛び出せば、少しなら稼げるよ。捕まるか、気絶させられるかはするだろうけど』

「私たちの姿を見て逃げようとしたら、お願いね」

『……了解』

 勇馬くんからの答えには少し間があった。無理はさせたくないけど、船を使って逃げられたら追いかけるのは大変だ。私たちに川は簡単に越えられない。

 言葉が切れて、灸くんに合図を送って、私たちは伝えられた場所に向かう。

「……で、まずは……」

「ふむ。俺ならもう少し、無茶は通るぞ?」

 道すがら勇馬くんからの情報を伝えつつ、作戦を話し合う。ここからは私たちの出番。灸くんには念のため、人質の救助をお願いする。人質にする気なのかはわからないけど、私が結構困るのはその状況だ。

 一通りの作戦を立て終えた頃、私たちの目指す川が見えてくる。

『もうそろそろだよ。細かい案内をするね』

「あ、勇馬くん」

 どこにいるのか姿は見えない。けど、偵察中なんだから身を隠すのは当然だ。私は勇馬くんの案内に従って、後ろから涼香お姉ちゃんの乗る船を確認する。

 灸くんに合図を送って、私は正面に。ここで逃げるなら、勇馬くんが足止めして、灸くんが奇襲をかける。そこで私も素早く動けば、勝利は目前だ。でもきっとそうはならない。あんな手紙を括りつけておいて、最大の敵である私から逃げるなんてありえない。

 私さえ倒せば、涼香お姉ちゃんはやり放題。私にはもっと強大な敵が待っているけど、彼女にとっては魔法少女がその存在だ。

 梓葉ちゃんの警備システムも、これだけ多くの魔法には万能じゃない。私がどうにかされちゃえば、力を合わせて梓葉ちゃんも涼香お姉ちゃんのものだ。

 スロープを渡って涼香お姉ちゃんの正面に回り込む。ゲームの機能が生きているから一緒に行動するときは不便だけど、別行動になればみんな自由に動ける。

 私は正面に姿を現す。涼香お姉ちゃんの視界にも入って、視線が動いた。逃げる様子は見せないので、私は正面から歩いていく。

『灸も準備完了してるよ』

 私は頷くことなく、勇馬くんの声を頭に入れる。この距離なら勇馬くんの魔法は、灸くんにも簡単に届く。彼も準備できてるなら、私も早速動こう。

「久しぶりー! 涼香お姉ちゃんっ!」

「ネイリーンちゃん、あなたも私のものになるの。この子たちのように!」

 涼香お姉ちゃんは私の声に反応して、すかさず地を這う縄を伸ばしてきた。

「わっ」

 問答無用だ!

「と、危ないなあ」

 私は小さな炎で縄を焼いて、涼香お姉ちゃんの攻撃を防ぐ。それからすぐに、前に駆け出しながら次の準備。話し合う余地がないなら、戦うだけ!

 船の浮かぶ川の水を勢いよく、涼香お姉ちゃんの脚を狙って。当たれば転ぶとても強力な水鉄砲。お高い水鉄砲でも出せない、細いけれど威力は消防ホース!

「ふふん。甘いわね、ネイリーンちゃん! 舐めたい!」

 集中した私の攻撃を、涼香お姉ちゃんは縄をリボンのように回して華麗に防いだ。握った縄を軽々と振り回しているのは、果たして魔法なのか涼香お姉ちゃんの腕なのか。

「舐めたいの? じゃあ、いいよ!」

 私はさっきよりも多くの水を、私の精一杯を涼香お姉ちゃんの口に向けて飛ばす。今度は水鉄砲じゃなくて、水飛沫! 太い縄でも防げないよ!

「甘いわ!」

 何十本もの縄を重ねて、涼香お姉ちゃんの前に現れた縄の壁。ぐるぐる渦のように巻いて盾にするくらいは想定してたけど、想定以上の守りの壁だ。

「えい!」

「おおっ!」

 それをそのまま、全部の縄が踊るように私に襲いかかる。縄ばかりだけどすごい数。

 私の炎の壁じゃ、これだけの数を防ぐ大きさは作れない。でも、一本一本を小さな火で焼いちゃえばいい。魔法の縄は素早いけど、私の魔法で防げない力じゃない。魔法の力は私の方が強いのだ。

 そして、戦ってるのは私だけじゃない。

「とうっ!」

 掛け声とともに、涼香お姉ちゃんの後ろから変身済みの灸くんが跳んだ。川を跳び越えんかという勢いある声に、涼香お姉ちゃんの新たな縄が空中に伸びる。

 まだ出せたんだ! 私は驚きながらも、冷静に踊って襲いかかる縄を燃やしていく。後ろに伸びた涼香お姉ちゃんの縄は、誰もいない空に伸びて振り向いた彼女の動きが一瞬止まる。私に背中を向けて灸くんを探す涼香お姉ちゃんに、私は縄を回避しながら近づいていく。

 彼女の縄は自動じゃない。後ろを向いても動かせるけど、その精度は落ちる。だったら魔法を使わなくても、避けるだけでいい。

「どこに……ふん。そこね!」

 涼香お姉ちゃんは縄を水中に伸ばして、私の見えないところで縄を動かす。私には見えていなくても、きっとお姉ちゃんには自由自在。

「くっ!」

 水中の縄に弾かれて、川を泳いでいた灸くんが打ち上げられる。あのスーツは潜水スーツじゃないから、いくら灸くんが鍛えていてもずっと潜ってはいられない。潜っていたとしても、近付くにはいずれ動かないといけない。

「見えたわよ。私のハーレムに男はいらないの。縛られてじっとしてなさい!」

 さすがの灸くんでも、空中では襲いかかる縄に対抗できない。腕や脚を動かして抵抗しようとはしていたけど、縦横無尽に動く縄に縛られて彼の体は地上に放り出された。

 ここにいても聞こえる大きな音で落ちたけど、今は気にしていられない。私たちの作戦はもう成功しているんだから!

「ハーレムなんて作らせないよ。私がお姉ちゃんを止める!」

「ふふ。止められるかしら?」

 涼香お姉ちゃんは余裕の笑みで振り返った。私は船の下の水を操って、準備を整える。

「本当はこんなことしたくなかった。なかったけど、仕方ないわ。この子たちを怪我させたくなかったら、黙って私のものになりなさい!」

「ざばーん」

「……え?」

 船の下から勢いよく水が噴き上がり、船が持ち上がる。そのまま涼香お姉ちゃんと、人質にされそうだった二人の女の子ごと、船はひっくり返って川に大きな音を立てて落ちる。私の声なんかより、ずっと大きい派手な音だ。

「怪我したらごめんねー。でも、涼香お姉ちゃんを放っておくと、凄く変態的な怪我をさせられそうだったから」

 と、ついでに優しい水の魔法で縄を解いて目隠しを外しながら、落ちた女の子二人に声をかける。ここはゲームのマップ内の川。二人が動けるなら、泳げなくても安全に配慮された川になっているはずだ。梓葉ちゃんのゲームは、命を奪い合うものじゃないもんね。

 それから、咄嗟に縄を伸ばして川岸に逃げた涼香お姉ちゃんを見る。船着き場に縄を引っかけてはいるけど、体は半分水の中。

「そんなことしないわよ。もったいないじゃない。私は私の手で、女の子を気持ち良くするんだから!」

「はい。お姉ちゃんも黙っててね」

「ふみゅ」

 水の中ならあとは簡単。涼香お姉ちゃんの口に、川の水を流し込む。口の中で水を動かしていれば、吸収されずに彼女は黙るしかない。

「これ以上やるなら、縛っちゃうよ?」

「私の縄で、私は縛れないわよ?」

 川岸に到達した涼香お姉ちゃんに持ってきた縄を見せると、縄が消えた。

「お姉ちゃん……私、お姉ちゃんのことは傷付けたくないの。だから、私の仲間として戦ってくれる? 涼香お姉ちゃんの力も、強大な敵を倒すためには必要なの!」

「キスしてくれたら考えてもいいわ。もちろん場所は……そうね」

「やだ、そんなえっちなこと、私はしないよー。黙って?」

 見下ろす涼香お姉ちゃんに、私は笑顔を見せる。

「……ネイリーンちゃん、怖いのね」

 魔法の気配を感じ取ったのか、見上げる涼香お姉ちゃんはそう言った。

「うん。魔法少女はね、ときには非情にならないといけないの。例えば、変態さんから身を守るとき」

「襲おうとした女の子に、返り討ちに会って屈服させられる。そしてそれはベッドの上まで続く関係となり、私は可愛いネイリーンちゃんの言いなりに……趣味じゃないけど、今は我慢してあげるわよ」

「しないよ?」

 一言で否定したけど、涼香お姉ちゃんはどこか嬉しそうだった。本当に趣味じゃないのか疑問だけど、一番の趣味でないことだけは行動から信じてもいいと思う。

 しばらくして、やってきたのは二人の仲間。

「終わったみたいだね。川に落ちた二人は、川下で無事に救助されていたよ。一人が水の上を歩いて、もう一人を背負ってね」

「魔法、目覚めたんだね」

「そうみたいだ。姿を見せて、声をかけたんだけど……大事なものを回収しないといけないからって、風のように消えていったよ。あ、これは魔法じゃなくて、ただの比喩」

「そっか」

「俺も救出しようと、飛び込んではいたんだがな。不要だった」

 変身してない灸くんの服は濡れていない。潜水スーツじゃないけど、防水はしてくれる強靭なスーツ。正体隠してヒーローするのも楽しそうだ。

「涼香お姉ちゃんも仲間にしました」

 そこで私は二人に告げる。

「え?」

「ふ。心強いな」

 ぽかんとした顔の勇馬くんと、驚きもせず受け入れる灸くん。

「はい。私はネイリーン様のしもべです。ベッドの上でも、そうベッドの上でも。もっとして下さい、ネイリーン様」

 抑揚のない声で、腰を低くして私の腕に抱きつきながら涼香お姉ちゃんが言った。

「……何をした?」

 さすがに今度は、灸くんも驚愕の表情を見せる。勇馬くんは言葉もない。

「あ、これはお姉ちゃんが勝手に言ってるだけだから。気にしないでいいよ。面白いから付き合ってるだけ」

「ああ」

「理解した」

 二人も納得したところで、涼香お姉ちゃんが付け加えるように一言。

「勇馬と灸だったわね。ネイリーンちゃんのためには戦うけど、男と仲良くはしないから」

 もう様って呼んでくれなくなった。涼香お姉ちゃんは気まぐれだね。

「さ、私たちの戦いはまだ終わりじゃないよ!」

 ともかく新たに増えた仲間を連れて、私たちは歩き出した。

 まだ見ぬ強大な敵が、私たちを待っている。ここにいるみんなに魔法が目覚めるのを待っているなら、まずはまだ見ぬプレイヤーを探さないといけない。

 それとも、既に目覚めていて、どこかに潜伏して力を蓄えているのかも。だとしたら、探して見つけて倒さなくちゃ。力を蓄え終えて現れたところに戦いを挑むのも面白いけど、あまりにも遅いなら待ってられない。

 だって、今はゲームの最中。『封鎖の契り』を始めた梓葉ちゃんは、魔法少女の戦いを急かすのだ。魔法少女としてではなく、ゲームの参加者、一人のプレイヤーとしての戦いを。

 私は魔法が使える。

 私たちは魔法が使える。

 この土地で目覚めた魔法の力。とても強い魔法の力。その魔法で倒さなくちゃいけない強大な敵が、私を――私たちを待っている!

 虎視眈々と待ち構える強大な敵に、私は胸を高鳴らせていた。

魔法編 完


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