異世界からの誘拐犯は裁けない

第七話 旅する淫魔


 礼をした少女は、露出の多い剣士服の上に、薄手のロングコートを身につけていた。明るい青の長い髪は、細長い白のリボンでポニーテールに。見上げる瞳は暗い青色。澄んだ顔立ちだが幼さも残り、明日花たちより年下に見える。身長は高く、二人に近い百七十センチ。服装からはっきりわかる膨らみは、夕衣やフィーリーよりもやや大きいが、メイシアよりはやや小さい。

 それだけならただの可愛い女の子なのだが、彼女の腰には武器があった。それも、明日花と夕衣にとっては馴染み深い、日本刀のようなものが。

「刀、珍しい……ですか?」

 視線に気付いたのか、少女は明日花たちに声をかけてきた。小さいが耳に残る、透き通るような美しい声。こうなっては、完全に告白の機会は失われたといっていいだろう。

「珍しいというか、懐かしいというか」

「うん。本物は初めてだけどね」

「懐かしい? 名前、聞いても? 私はアルマリノ・ローゼ。刀魔の国の、淫魔……そう呼ばれる者」

「戸辺明日花だ」

「澄川夕衣です。淫魔っていうと……えっちなやつだよね?」

「俺たちの世界なら、な。それ、何の略称だ?」

「淫らな者を裁きし魔の使い手――淫魔。……その名、その反応。異世界の方で、間違いない……ですね?」

「そう。私は異世界から召喚された救世主! 明日花は誘拐されたみたいだけど」

「誘、拐?」

「それで、隣の国の王様をやることになった」

「隣……百合の国ですね。なぜ、ここに?」

「今度は彼女に、誘拐された」

「明日花も大変だよね」

「誘拐……淫らな行為は、裁かなくては。アスカ……すぐに、救出します。そして、百合の国へ参り……帰還のお手伝いを」

 ローゼは立ち上がり、刀の柄に手をかける。抜刀の構え。見据えるのは当然、夕衣だ。

「私から、明日花を奪うつもり?」

 夕衣は微笑みながらも、全身に魔力を溜めて反撃の準備を整える。

「はい。私も、齢十五にして、淫魔の称号を授かりし者……なりたてとはいえ、甘く見ては、怪我……しますよ」

 淫魔って称号だったのか、とぼんやり思いながら、明日花は後ろに下がって二人から距離をとる。このまま近くにいては、流れ弾ならぬ、流れ魔法が直撃する。防ぐことも避けることも、今の明日花には難しい。

 明日花が一定の距離まで離れたところで、対峙していた二人――魔法少女と淫魔が、同時に動いた。

 体を落とし、大きく踏み出して刀を抜くローゼ。夕衣は寸前まで引きつけて、強力な魔法の壁を目の前に作り出して防ぐ。

「堅い……ですね」

「貴方こそ、びっくりしたよ」

 ローゼは刀を振り抜く瞬間、切っ先に鋭い魔法――切断と衝撃の魔法をかけて、その威力を飛躍的に高めていた。寸前まで引きつけていなければ魔法の壁は切り裂かれ、夕衣の体は吹き飛んでいたことだろう。

 明日花の目には、何か凄い魔法がぶつかった程度にしか見えなかったが、彼にもはっきりと見えているものも一つあった。

「そのままでも魔法、普通に使えるんだな」

「うん。変身する余裕……与えてくれなさそうだしねっ!」

 夕衣は答えながら、水の魔法を放つ。ローゼの足元から大量の水が沸き上がり、徐々に彼女の体を包んでいく。全身を包み、呼吸を奪う強力な魔法。相手の実力から払われることを予測しての、時間稼ぎ。だが、水に包まれたローゼは何もせずにじっとしていた。

「あ、あれ?」

 意外な反応に疑問と、僅かな心配を顔に浮かべる夕衣。

「……知らないみたいだから、教えてあげます。刀魔の国は湖の中。種族はミズヒト族。つまり、この魔法は効果……ないです」

「へー、そうなの? なら!」

 ローゼを包んでいた水の魔法を解いて、次の魔法を使おうとする夕衣。そんな彼女に、ローゼは小さな笑みを浮かべて言った。

「不要……です。もう、勝負は決しました」

 魔法が解除された瞬間、ローゼは軽く刀を振る。刀の先から放たれたのは巨大な竜巻の魔法。解説している間に溜めていた魔力を一気に解放した、防ぎようのない強力な魔法だった。

「そんなのも使えるの! でも、私だって、そう簡単には!」

 夕衣は風の魔法を一点に集約し、竜巻を貫くように撃つ。二つの風がぶつかり合い、竜巻が揺らぐ。その隙に次の魔法を準備し、狙うのは完全な相殺。

「これで!」

 次の魔法を放とうとした夕衣の目に、刀を下ろして正面から駆けてくるローゼの姿が映る。竜巻を追いかけるように、追いついて、突き抜ける。

「勝負は、決しました。聞こえません……でした?」

 竜巻を防ぐために、広範囲に展開された魔法。それを淫魔は、振り抜いた刀でいとも簡単に消滅させる。そのまま刃は――切っ先に込められた魔法が、魔法少女に直撃する。

 大きく吹き飛ばされた夕衣には目もくれず、ローゼの視線は明日花へと向けられる。

「さあ、手を……アスカ」

 駆け寄ってきたローゼが手を伸ばし、明日花の名を呼ぶ。既に刀は鞘に収めていた。

「いや、待ってくれ、俺は夕衣に――」

 そんな彼女に、明日花はまだこの場にいたいと伝えようとする。今すぐには無理でも、この国にいれば告白の機会はまた訪れるかもしれない。

「時間は、ない……です」

 手をとらない明日花に、ローゼは風の魔法を放って彼の体を包み込む。優しい風は、彼を運ぶためのもの。彼女は風に右手を触れて、魔法少女が吹き飛んだ方向に左手から水弾を散りばめる。地面に落ちた水は弾けて、深い霧を生み出していく。

「明日花ー! どこー!」

「夕衣! ここ……うわあっ!」

 霧の中から聞こえてきた声に、返事をする明日花。その途中でローゼは高く跳躍し、枝の上を軽やかに跳んで公園の外、城下町の外へと高速で駆け抜けていった。

「百合の国まで……急ぎます。平原で戦うのは、面倒そう……です」

「あー……ありがとう、と言っておくよ。一応」

 急に動いたときは驚いたが、揺れはなく、衝撃もない。どういう仕組みかはわからなくとも、魔法の風に守られている間は、非常に安全であることは何となくわかる。

「はい。ですが……これからです。最も淫悪なる者を、裁かなくては……ですね?」

「そう、だな。あれは淫悪だ」

 その点に関しては明日花も否定しなかった。無理やり誘拐し、王にならねば殺すと脅迫し、さらにはフェントゥーグを切り落とすとうとする。淫悪――フィーリーにはぴったりの表現である。

 夕衣に告白できなかったことは惜しいが、頼まずとも帰還を手伝ってくれるという彼女に、ここで強く抵抗するのはもったいない。

 魔法少女ユイが、平原を追いかけてくる様子はない。明日花は百合の国に到着するまでの間、ローゼに詳しい事情を話しておくことにした。


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