異世界からの誘拐犯は裁けない

第五話 魔法少女 対 天使


 約束通り三日後。リリが再び百合の国へとやってきた。王に仕える近衛兵ということもあって、さすがに口約束ではいけないと、書面で契約を交わす明日花とリリ。指示したのはココットで、契約の場にはフィーリー、ココット、メイシアに加え、ハイリエッタも同席していた。

 リリが戻ってくる一日前。隣国からの書状が届いた。内容は、三日後に戦いを申し込むというもの。当然、ハイリエッタは迷わず承諾し、メイシアが直接返事を伝えた。

「次の戦いは、前より激しくなる。あの魔力――彼女が本気を出せるようになったら、こちらもそれなりの対応をしなくちゃならない」

 書状が届いたときに、アスカに伝えた言葉を、ハイリエッタはリリに向けて繰り返す。

「正直、王を守る余裕はない。リリ、アスカ王は任せたよ」

「もちろん。全力でやっていいんだよね?」

「うん」

「全力……夕衣が怪我しないか?」

 あっさり認めたハイリエッタに、明日花は幼馴染みを心配して尋ねる。

「彼女が何も魔法を練習していないなら、怪我するかも。でも、そうじゃないのはもうわかってる。それより王も注意しておいて。この世界での彼女は、アスカ王のいた世界の彼女と同じじゃない。魔法が使える。王も、見たでしょ?」

「そう、だな。俺には使えそうもないような、凄い魔法を使ってた……と思う」

「夕衣、だっけ? 彼女の実力は未知数。あれが限界ならさほどの脅威ではないけど、派手な登場だけで見かけ倒しなら、ヴィクセンが救世主なんて呼ばない。彼、そういうのにはこだわるネコだから」

「なかなか楽しめそうな相手だね。ボクもちょっと血が騒ぎそうだよ」

「リリも、好きなのか?」

「体を動かすのが好きなだけだよ。雲上の国ではもう、ボクが本気を出せる相手はいないからね。かといって、地上に降りて自ら戦いを求めるほどでもないさ」

「アスカ王、詳しい説明する。といっても、王は後ろでリリと控えているだけでいい。前線は私一人で大丈夫だから」

 ハイリエッタの言う一人は、魔法人形と魔法機械を含めての一人だ。本気で戦う姿を見たことがなくとも、数体まとめて自在に操れることは前の戦いで見ている。

 それ以上の説明はなかったので、明日花はふと気になっていたことを聞いてみる。

「けど、ハイリエッタくらいだな」

「何が?」

「俺のことを、ずっと王と呼んでるのは」

「だって、王だよね?」

「そりゃそうだけど」

「アスカ王は、私とそれ以上の関係を望んでる?」

「うーん、そうじゃないけど……なんていうか、実感がな」

「なら、そのうち慣れる。多分」

「振られたみたいですね、アスカ」

「アスカさん、浮気ですか?」

「こっそりハーレムを作ろうとするなんて、アスカって……」

「ふふ。楽しいね、アスカ」

 メイドたちから矢継ぎ早に言葉が飛んでくる。彼女たちの態度こそ、王としての実感が沸かない原因なのだが、その方が気楽でもあるので明日花は何も言わなかった。

 近衛兵となったリリは、フィーリーたちと昔から仲良くしていたこともあってか、すぐに王城に馴染んでいた。ちょっとだけ賑やかになった王城で、明日花もつい微笑みを見せる。他のみんなも微笑を浮かべる中、無表情でぼーっとしていたのはハイリエッタ一人だけだった。

 二日後。新たな戦が始まる。今回ハイリエッタが連れてきたのは、小さな人型の魔法人形が十体。中型の魔法機械が三体。大型のものがないのは、夕衣の機動力を確認するためだと明日花たちには伝えられていた。

 対する隣国、縫いの国は勇者ヴィクセンを先頭に、百人近いワタヌノ族の兵士を引き連れていた。明日花は戦場の奥から、魔法の双眼鏡でその様子を確認する。これも雲上の国の開発で、小さな双眼鏡でも遠くの景色をはっきり確認することができた。

 大軍の裏には、軍師であるドックスが、三十人前後の兵士とともに待機していた。別働隊ではあるが、あれだけわかりやすいなら伏兵とは言えないだろう。

「魔法少女は見つかったかな?」

「いや、どこにもいないな……とすると」

 平原といっても、遮るものが何もないわけではない。中央付近にある巨石と、その周辺のやや起伏の激しい丘。あの辺りに隠れているとすれば、明日花には確認できない。

 他にも川や、小さな森林など、人一人が隠れられそうな地形はいくつもある。人間よりも小さなワタヌノ族であれば、もっと簡単に隠れられるだろう。といっても、それは平原全体で考えた場合で、両軍が対峙する場所に近いところに限ると、三つか四つといったところだろう。

「伏兵、か。しかし……」

「ああ、この近くにはいないだろうな」

 明日花とリリのいる場所は、平原の開けた場所。伏兵が潜む場所はなかった。

 再び戦場の中心に目を移すと、ヴィクセンが剣を上げる姿が見えた。ワタヌノ族の兵士が駆け出し、ハイリエッタは五体の魔法人形を前線へ。戦いが、始まった。

 魔法機械の砲撃支援を受けながら、五体の魔法人形がワタヌノ族の兵士を蹴散らしていく。彼らは足を止めずに突進して、魔法人形を指揮するハイリエッタを目指していた。

「小さな魔法人形だな、ハイリエッタ!」

「でも、兵士を相手にするには十分」

「かもしれんな。だが、勇者の私を止められるかな!」

 ハイリエッタは二体の魔法人形を動かして、単騎で突入してきたヴィクセンを止める。彼は華麗な剣捌きで対応するも、人型の魔法人形は小さな相手に強い。魔法機械の砲撃こそ後方の兵士に集中しているが、こちらはこちらで別の支援があった。

 魔法人形の間を縫うように、放たれたのはハイリエッタの風の魔法。ヴィクセンの体は吹き飛ばされ、そこに魔法人形の拳が放たれる。

「くっ!」

 剣で受け止めて、後退するヴィクセン。追い討ちをかけるように、ハイリエッタは再び魔法を放って支援する。

「甘い。これが、ドックスの策?」

「ふ、さてな」

 ハイリエッタと魔法人形に押されて、徐々に後退していくヴィクセンたち。何人か腕がもげている者もいるが、ワタヌノ族は縫えば治る生き物。痛みは感じるが、出血はないので動きに支障はない。

 ドックスのいる場所へ向けて、兵士たちを追い込んでいくハイリエッタ。魔法人形の消耗はなく、彼の周りにいる三十人の兵士が加わっても勝利は揺るがないだろう。

(魔法少女は、どこ?)

 しかし、相手は一騎当千の伏兵を残している。ハイリエッタは油断することなく、周囲に気を配りながら堅実に進軍する。もうすぐ、巨石の傍を抜ける。何が出てきてもすぐに動けるよう、ハイリエッタは魔法人形に予め指示を出しておく。

 魔法人形や魔法機械は、基本的にハイリエッタの手動制御だが、簡単な命令――反射的な自衛をこなす程度なら、自動制御も可能だ。

 それ以上の制御も理論上は可能であるが、魔法少女という未知の相手に、自動制御だけで臨機応変に対応するのは難しい。

「第二軍、突撃せよ!」

「はっ!」

 岩の陰から、十数人のワタヌノ族が襲いかかってくる。側面から直接ハイリエッタを目指す相手を阻むのは、残る三体の魔法人形。

「……いない」

 しかし、そこに魔法少女の姿はなかった。ハイリエッタは二体の魔法人形を戻し、一体は兵士たちの相手として残す。最初こそハイリエッタを狙っていた彼らは、魔法人形の反撃を確認すると、すぐに目標を後方の魔法機械へと切り替えていた。

 川の傍を抜けたたとき、再びヴィクセンが叫ぶ。

「第三軍!」

「突撃ー!」

「十二。一体で対応できる」

 魔法人形とワタヌノ族の兵士が戦う。ハイリエッタの支援がなくとも、一般兵であれば魔法人形だけで勝負は互角以上。

(まだ、こない?)

 他にも隠れる場所はあるが、そこに到達するときには、これまでに襲ってきた兵士たちも消耗している。ハイリエッタが伏兵のことを考えずに突進していれば話は別だが、慎重に進軍している以上、背後をとられる可能性はない。

 そして残る隠れ場所、小さな森林から襲ってきた伏兵をハイリエッタは軽くあしらう。数は二十。やや多いが、消耗の激しい敵と違い、魔法人形の消耗はほとんどない。

 最後の岩場からは十人のワタヌノ族が顔を出し、その少し前には、ドックスの周りにいた三十人の兵士が、魔法機械の射程外から回り込むように動いていた。

(逐次投入で惑わせたつもり? ドックスにしては、甘い)

 魔法少女を警戒しているとわかっていながらも、戦力の逐次投入。それで惑わし、回り込むのを気付かせないようにする……作戦としては素人以下だ。

 回り込む兵士には、一体の魔法機械を動かして対応する。砲撃が中心であるが、近接戦闘もできるので一体に任せて問題ない。

 兵士は消耗しているので、支援砲撃は減らしても問題ない。ヴィクセンを含め、彼らは時間を稼ぐような動きをしているため、無傷に近い兵士もまだ残っているが、腕や脚のもげた兵士はもっと多い。

「ふっ、魔法少女を警戒しているようだな」

「いない、わけじゃないよね?」

 開戦時以来、久しぶりに話しかけてきたヴィクセンに、ハイリエッタは尋ねる。ここで彼が喋ったことには、間違いなく何らかの意味がある。これまでの戦いから、彼女はそのことをよく理解していた。

「もちろん、いるさ。いや、いたといった方が正しいかな?」

「それは……ああ、そっか」

 ハイリエッタは彼の言いたいことをすぐに理解して、後方を確認する。確認したのは最初に通りすぎた、巨石の傍。ワタヌノ族の伏兵が潜んでいた場所。

 その巨石の上に、魔法少女が立っていた。遠くからでもはっきりとわかる、特徴的な魔法少女服。どこから現れたのかなど、考えるまでもない。彼女はずっと、巨石の裏に隠れていたのだ。

「王を倒せば勝利は我らのもの、さあ、覚悟するが――うおっ!」

 大々的に宣言したヴィクセン目がけて、ハイリエッタは風の魔法を連発する。不意の強力な一撃に、ヴィクセンの腹部の布が破れて綿が飛び散った。

「じゃ、殲滅するから。とりあえず、全治一か月? ヴィクセン、それにドックスも覚悟してもらう」

 魔法機械の砲撃は、射程内に入っていたドックス目がけて放たれる。さらにハイリエッタは、自身を守るように待機させていた魔法人形を、飛べない黒いトリのマスコットを倒すために向かわせた。

「これは、激しいね! 王はいいのかい?」

 一人では戦えないと、兵士たちと合流したドックスが、敵国の戦闘狂に届けようと大きな声を響かせる。

「アスカ王には、王を守る近衛兵がいる」

 ハイリエッタは大声は出さず、近くにいるヴィクセンに聞こえる程度の声で返す。

「近衛兵がいるらしいぞー!」

「それは予定外だねー! ヴィクセン! やれるかい?」

「ふ、やるしかない、の間違いだろう?」

「ああ、あちらの決着が着くまで、耐え切ってみせるよ!」

 互いの意思を確認し合う勇者と軍師を眺めながら、ハイリエッタは全ての魔法人形を自分の周囲に戻す。そして、一体の魔法機械に三体の魔法人形を組ませて、突撃させる。残る一体の魔法人形は、自らが使う魔法の隙を狙われないようにするための防御役。

「魔法少女を相手にできないのは残念。でも、殲滅戦も嫌いじゃない。ふふ、白ネコさんと黒トリさん、布切れになるまで私を楽しませて、散ってもらうから」

 満面の笑み。普通の男なら、誰もが見とれてしまうような可愛らしい笑みを浮かべて、ハイリエッタは言った。

 ワタヌノ族は簡単には死なない。しかし、布切れにされたり、炎で焼かれたりすれば、意識は失う。そのショックで、すぐには心も戻らない。死はなくとも、意識不明の重傷を負うことはあるのだ。

 覚悟を決めたヴィクセンとドックス、そしてワタヌノ族の兵士たちが、ハイリエッタの魔法人形と魔法機械、そしてそれを操る本人との本気の戦いに臨む。

「安心していいよ。何か月も休まれたら困るし、程々に、殲滅してあげるから」

 ハイリエッタは笑ったまま、楽しそうに、踊るように、自らの兵士を指揮していた。

「夕衣――あんなところに」

「彼女、こっちへ来るみたいだね」

 双眼鏡で戦況を見ていた明日花は、ハイリエッタの視線の先を追って、夕衣の姿を確認していた。直後、彼女の姿は双眼鏡の視界から消え、同時にリリの声が聞こえた。

 肉眼で確認する。魔法少女服を来た、明日花の幼馴染みにして想い人。澄川夕衣――魔法少女ユイが、巨石から飛び降りて地面を高速で駆けていた。あの速度なら、ここまで到達するのに五分とかからないだろう。

「ほう、凄い魔法だ。憧れちゃうね」

「リリも魔法、使えるんだよな?」

 平原の真ん中、逃げる場所も隠れる場所もない。ハイリエッタもヴィクセンやドックスとの戦いに集中しているから、二人にできるのは魔法少女の到達を待つことだけだ。

「人並みにはね。魔力は意外とあるらしいんだけど、使える魔法は君とほとんど変わらないよ。魔力が活かせているのは、飛行の補助くらいだね」

「大丈夫なのか?」

「心配無用さ。魔法が使えないなら使えないなりの戦い方もあるんだよ。君に仕える近衛兵の実力、お見せしようじゃないか」

「怪我、させないように頼むぞ」

「はは、ボクより彼女が心配なんだね? 実力差次第でもあるけど、善処はするさ」

 リリは笑顔を見せて、軽く手を上げて歩み出る。平原を駆けていた魔法少女は、明日花たちにある程度近づいたところで跳びあがり、魔法の煙幕とともに二人の目の前に降り立った。

「到着! 魔法少女ユイ、参☆上!」

「夕衣、前口上はいいのか?」

「私も本当は省略したくないよ! でもね、明日花には秘密だけど、私にも事情があるんだよね。ええと、で、その娘、誰? 明日花の恋人?」

「こういうときのために、近衛兵として仕えてもらってる」

「ソラソノ・リリだ。天使とも呼ばれている。よろしくね、魔法少女さん」

「あ、澄川夕衣です――じゃなかった! 縫いの国の救世主、魔法少女ユイよ!」

 まだ慣れていないところもあるみたいだが、恥ずかしさはすっかり克服したようだ。明日花にとっては予想通り。彼女の秘密については気になるが、彼にできることはもう、戦いを黙って見守ることだけ。

「じゃ、やろうか? 目当てはアスカ王なんだろう?」

「もちろん。奇襲はあんまり上手くいかなかったみたいだけど、ここで貴方を倒せば、私たちの勝利という結果は変わらない!」

「ふふ、その自信……本物かどうか、見極めさせてもらうよ!」

 先に動いたのはリリだった。夕衣が魔法を展開するより早く、一瞬で距離を詰めての回し蹴り。

「ふっ!」

「っと」

 夕衣は魔法を使わず、しゃがんで蹴りを避ける。見え見えの、大振りな一撃。油断さえしていなければ避けるのは難しくない。

「アスカよりは、やるようだね」

「当然」

 幼い頃から、運動は夕衣の方が上手だった。明日花としても負けないように努力したこともあったが、一か月かけて追い抜いても、翌日には夕衣にあっさり追い抜き返される。それが三回続いて、明日花は運動では幼馴染みに敵わないと諦めた。それと同時に、笑顔で自分の上を行く彼女に惹かれていった。

 リリは回し蹴りの勢いを左脚に流して、地面を蹴って斜め前に跳ぶ。

 夕衣が右を向いた頃には、彼女は再び地面を蹴って魔法少女に突進していた。

「はっ!」

 今度、放たれるは鋭いローキック。夕衣は咄嗟に防御魔法を展開して、その蹴りを受け止める。空中に飛び退けば、その隙を天使は逃さない。それを理解しての行動だった。

 三度の蹴りが放たれる前に、夕衣は先ほどから左手に溜めていた魔法を炸裂させる。

「吹き飛んで!」

「おっと、やるね!」

 リリは魔力を込めた右腕を盾にして、翼を使い後ろの空に飛び退いた。使える魔法は全て防御に、攻撃は全て体術で――それが彼女の戦い方だ。

 対する魔法少女、夕衣の戦い方はまだはっきりとわからない。防戦一方で、左手に魔力を溜めて放つ、その繰り返しだ。しかし、彼女が何かを企んでいることは、明日花の目にも、対する天使にもはっきりわかっていた。

「さてと、そろそろかな」

「ふふ、させると思うかい?」

 より一層鋭く、重く、強烈な回し蹴りが放たれる。夕衣はそれを回避するでもなく、右手で受け止めてみせた。直後に、今まで溜め続けた魔力を解放する。

「捕縛!」

「む……これは」

 魔法の光がリリの右脚を縛る。力尽くで抜けることのできない、強力な捕縛魔法。

「で、どうするんだい?」

「もちろん、こうするよ?」

 空いた左手から、更なる魔法が放たれる。草の魔法――伸びた蔓がリリの左脚を絡めとり、雷の魔法――轟く稲妻が彼女の体を貫いた。

 夕衣は拘束魔法を解いて、上半身を捻らせ、リリの体を軽く後方に投げ飛ばした。

「いっくよー! 炎よ、焼き尽くせ!」

 空中に浮いたリリ目がけて、至近距離から巨大な炎の魔法が放たれる。魔法の直撃を受けて、体勢を崩したまま投げ飛ばされた彼女には、回避ができない――ように見えた。明日花と、夕衣の目には。

 魔法の炎が直撃するかと思った瞬間、二人の目には別の光景が写っていた。

 微笑。

 反転。

 飛翔。

 降下。

「てやっ!」

 瞬く間に起きた、予想外の変化。リリが炎の魔法を回避したと思った直後には、彼女の体は夕衣の眼前にまで迫っていた。

「うそ、ちょっと待って!」

 夕衣が咄嗟に放った魔法は防御にはならず、空高くからの飛び蹴りが彼女の体を吹き飛ばす。思いもしなかった高速の反撃。その衝撃に、夕衣は地面に倒れ伏していた。

「い、たた……」

「なんだったんだ……今の速度」

 あの魔法を回避するだけなら、なんとか理解できた。しかし、彼女は回避、上昇、反撃の全てを、瞬間的に、ほぼ同時に行っていた。

「ふふ、言っただろう? ボクが魔法を活かせているのは、飛行の補助だって」

 立ち上がろうとする夕衣を制するように、彼女の目の前に降り立ったリリが、明日花の呟きに答えた。起きた直後に蹴りをいつでも放てる態勢で、反撃の隙は与えない。トゥーグリッサにはゲームみたいな魔法はあっても、ゲームみたいに起きた瞬間の無敵時間は発生しないのだ。

 補助ってレベルじゃなかったぞ、と明日花は感嘆を伝えようとしたが、なぜか口が開かない。それどころか、足も、手も、体全体が動かなかった。

「ん? アスカ?」

 返事がないアスカ王に、リリは夕衣に視線を向けたまま声だけで尋ねる。明日花は現状をどうにか伝えようとしたが、身動きのとれない彼には何もできなかった。まるで、さっきリリの回し蹴りを止めたような……と、明日花がそこまで考えたところで、倒れたままの魔法少女が口を開いた。

「負けちゃった。けどこの戦は、私たちの勝ちだよ、天使さん?」

「なるほど。さっきのは、不発じゃなかったというわけだね」

「そ。それに、今度は拘束だけじゃないよ?」

「だとしても、させなければいいまでさ!」

 立ち上がると同時に、魔法を使おうとした夕衣に、リリは鋭く重い回し蹴りを放つ。

「明日花、こっちだよ!」

「え? おわっ!」

 眩しい光に目が眩んだかと思えば、口が開くようになっていた。そして目を開いたアスカが見たのは、自分の頭を目がけて勢いを増していくる、綺麗な素足だった。

「って、アスカ!」

「ぐはっ!」

 白!

「拘束、ついでに転移! 貴方も、仕える王を盾にされたら攻撃できないでしょ?」

「あはは、やられたね。お手上げだよ」

「おい待て、今思いっきり蹴ったよな!」

「あれ、そうだっけ? でもアスカ、意識があるじゃないか?」

「俺だって、ちょっとくらいは魔法が使えるからな」

 といっても、明日花は反射的に魔法を使っただけなので、ほぼ直撃したようなものだ。

「せっかくだから、そのまま魔法で脱出できないかい?」

「できると思うか?」

 魔法の腕では、自分を盾にしている幼馴染みの方が遥かに上。明日花が呆れた顔でそう言うと、リリも苦笑して、そうだよねといった表情を見せた。

「じゃ、明日花はもらってくね!」

「え? 夕衣……ん」

 夕衣は明日花の体を抱き寄せて、魔法でふわりと低空に浮かびあがる。明日花は疑問に思いながらも、背中に当たる柔らかな感触が気持ち良かったので、じっとしていた。

 会話している間に魔力を溜めていたのだろう、夕衣はそのまま高速で、明日花を抱きすくめたまま、リリの前から撤退していった。リリも軽く追いかけてはいたが、攻撃はしない。このまま蹴りを放って夕衣を倒すには、明日花の骨を何本も折らなくてはならない。

 こうしてアスカ王は、一切の抵抗をすることなく、魔法少女ユイに誘拐された。


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