緋色の茜と金のオルハ

十二 金のオルハと幼馴染み


 金藤織羽――オルハは一人で五葉カフェにやってきていた。特に深い理由はない。浴衣が博物館を見たいと言って、茜も博物館を見たいと言った。自分は今日はゆっくり五葉カフェでくつろぎたかった。ただそれだけの理由での、普段と変わらぬ別行動だ。

 ただ一つだけ違うとすれば、浴衣が茜に告白して成功して恋人同士になってからは、初めての一人だということ。でも、それには何の意味もない。そうオルハは思っていた。

「ほう、今日は一人よの」

「こんにちは。お二人は博物館ですよね?」

 オルハが訪れた五葉カフェには、先客が二人いた。それも見知った二人である。

「ラフィェリータには色々と話を聞いておったよの。おかげで七不思議の一つ、氷の精については解明できたよの。聞くかの?」

「不要。どうせ、この星の文明では未解明の、超常現象の一つ」

 魔衣とラフィェリータは、ガラス正面に一列に並んだ席に座っていた。両隣の席は空いていたが、オルハは近くのテーブル席に腰を下ろす。一人で五葉カフェに来たときは、決まってこの席に座ることにしている。いつも通りの行動だ。

「確認はしていないけど、自然水氷結現象――私たちはそう呼んでいる」

「ふむ。その呼び名は知らぬよな。知らぬといえども、その通りよの」

「凄いんですね。私に聞いただけで解明した魔衣さんもそうですが、オルハさんも」

「もっと褒めてもよいぞ小さき女神や」

「私は知識として知っているだけだから」

 店内は空いていて、一列席とテーブル席の距離も近い。こうして会話をするには支障がない距離だ。そんな会話をしながら、オルハはやってきた椛に注文する。

「アップルパイ一つと、紅茶」

「かしこまりました。恋愛相談も無料ですよ!」

「仕事してください」

 わけのわからないことを言った店員に、きつい視線を送ってオルハは言った。

「んー……はい。ちら」

 ぽかんとした表情で椛は答えて、最後に露骨な声とともに魔衣とラフィェリータに視線を送った。その視線に魔衣は「任せるよの」と頷き、ラフィェリータも笑顔で大きく頷いた。

 こっちの二人もわけのわからないことをしている。オルハはそう思ったが、口には出さずにアップルパイの到着を待つことにした。この店の名物は焼き菓子。窯やオーブンで焼けるお菓子は、何もクッキーだけではないのである。

「弟に恋人ができたことは聞いているよの」

「私も知っています」

 ちなみに今日のラフィエリータは幼女の姿。その姿でブラックコーヒーを美味しく何杯も飲んでいるが、女神なのでたくさん飲んでもカフェインの利尿作用には負けられない。

「幼馴染みとしてどんな気持ちかの?」

「どんな?」

 オルハは繰り返す。それからしばらく沈黙の時間が続き、それをオルハが破ることになるのは、頼んでいたアップルパイが到着したときだった。

「ゆかたんが恋をしたいなら応援する。でも、将来的に幼馴染みとしての関係も変わるのかと思うと、少し寂しい」

「そうかの? そなたらの関係は、変わっていないように見えたよの」

 いつの間に観察を。オルハは思ったが、聞いたのがついさっきでないなら、彼女たちに見る機会はいくらでもあった。不要な質問はしない。

「将来の話」

「浴衣からは変化を望むようには見えぬよの。幼馴染みとしての直感やもしれぬが、そなたが動かねば変化は僅かではないかの?」

「私から……理解はしてる」

 何についてとは言わずに、アップルパイを一口。

「でもこれは、そういう感情じゃない。杞憂になるとわかっていても、二人きりの関係が変化するかもしれない……その不安が拭えないことによる錯覚。多分」

「固く考えているわけではなさそうですよ」

 ラフィエリータが言った。飲み終えたコーヒーカップをテーブルに置きながら、笑顔でオルハと魔衣の二人に向けて女神の直感を告げる。

 二人は彼女の方を見て、それから魔衣はもう一度オルハを見てから答えた。

「そうよの。余談猥談はここまでにして、本題に入ろうかの」

「猥談はしていない」

「うむ。その通りぞ。冷静よな」

 魔衣は肩をすくめて笑顔を見せてから、

「再び七不思議の調査に付き合ってくれぬかの? そなたたちがいると捗るよの」

 真剣な表情でそう言ったのだった。


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